お抹茶

お茶会のお手伝い。

おはようございます。ふじゆりです

週末はお茶会のお手伝いに行って来ました。
準備の土曜日、茶会当日の日曜日ともお天気に恵まれ、
新緑輝くなかでのお茶会日でした。

(注:画像はお茶会の場ではなく、花祭窯で撮ったものです)

お茶会のお手伝いは貴重な勉強の機会。

博多の禅寺・円覚寺に伝わる南方流(なんぽうりゅう)でお茶のお稽古をはじめて4年目。
月に2~3回のお稽古に通うほか、年に数回お茶会前日の準備や当日運営のお手伝いに声がかかります。

稽古時間に習う茶道のお作法が大切であるのはもちろんですが、
茶会の準備やお手伝いは実践的な礼を学ぶ場であり、その空間を体験できる貴重な機会なので、
できるだけ時間を作って参加するように心がけています。

大切な茶会のサポートですから、緊張します。
稽古ではなく実践ですから、緊張します。
まだまだ知らないことも多く、また一度習っても忘れてしまうことも多々あり、失敗の連続です。

ありがたいのは、そのたくさんの失敗を受け入れてくださる土壌があることです。
どんなチョンボをしでかしても、咎めることなく心から指導してくださる先生方、先輩方ばかりなのです。

人前でたくさんの失敗をすることは、正直恥ずかしいです。
勉強不足が露わになって、冷や汗モノです。
ですが、それを恐れずに出せる場があるというのは、とても幸せなことだとも思っています。
というのも、恥をかいた分だけ自分の身につくことを、肌で感じるからです。

準備やお手伝いのなかで動きまわる方々の姿を目の当たりにし、毎回ひしひしと感じるのは、
お茶会は作法の正しさや美しさにも増して、人としてのあり方が問われる場だということです。

そして実際のところ、素敵な方はお作法もとっても美しいのです。

さまざまな場面での先生方や先輩方のありようを拝見するごとに、そう思い至ります。

 

これまでにも、仕事の場で「この人すごいなー!」と尊敬する人にたくさん出会いました。
勉強会などでご一緒するなかにも、スゴイ経営者・人間的にも素晴らしい方がたくさんおられます。
ところが「すごいなー!」とは思っても「この人のようになりたい!」と感じるかどうかはまた別なのですね。

今習っている茶道の場には、「この人のような心の持ちようができる人になりたい!」と
これから生きていくなかでお手本にしたい方がたくさんおられます。
これって、かなり幸せなことですよね。
この環境をつくづくとありがたく感じています。

 

本来無一物

昨日のお茶会、待合のスペースとなった広間の床にかかっていたお軸のひとつに書いてありました。
お寺の方に伺ったところ、禅の言葉で「ほんらいむいちもつ」と読むのだそうです。

言葉の意味はよくはわかりませんでしたが、なんだか楽になる、心地の良い響きでした。

わたしの習っているお茶は博多の禅寺に伝わるお茶ですので、
こうして少しづつ、禅のことにも触れていく機会があることが、とてもありがたく楽しみです。

投稿者:

ふじゆり@花祭窯

磁器作家・藤吉憲典(ふじよしけんすけ)の花祭窯(はなまつりがま)の内儀(おかみ)ふじゆり によるブログです。