「写し」の文化。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

「写し」の文化。

上の写真は、藤吉憲典のつくった「染錦鮑型向付」。古典がお好きな方なら、すぐにお気づきになると思いますが、北大路魯山人のつくった鮑型向付に、同様のものがあり、その「写し」です。

やきものの文化は「写し」の文化。「写し」とはすなわち、古典と呼ばれる古い名品に倣ったカタチや絵付をして、現代によみがえらせることです。例えば、藤吉憲典がつくる「器」に目を向けてみると、生み出される作品の8割くらいは「写し」または写しを組み合わせたもの、発展させたもの、ということになりましょう。

ただ、これは藤吉に限らないのはもちろん、古伊万里に限ったことでもありません。広く周辺を見渡せば、やきものの世界に限ったものではありません。古き良きものをまねるところから、スタートする。これはあらゆる分野で行われていること。

「写し」の本来的な意味は、『そのまま真似するのではなく、元よりももっと良いものにすること』にあり、そのことがもっとも大切であると考えています。またそのためには、一番最初にその形をつくり文様を描いた人がどのようなつもりでそれを生み出したのかにまで思いをはせることが必要です。以前にもこのテーマについては記事にしていました

文様の話、古典とオリジナル(1)

とはいえ自分の目できちんと見ないと、単純に「あの名品の写しだから良い」ということだけで、評価してしまうという失敗が起こります。またそれが、ほんとうに「写し」といえるものであればよいけれど、往々にして「表装だけを真似ている」なんてことが。

福原義春さんの著書『美-「見えないものをみる」ということ-』


「本歌取り」「見立て」によって日本人は文化を進化させてきた。これは「質を落としながらのコピー」とは根本的に異なる。


と書いてあります。これを読んだときに、「写し」の考え方を正しく表現するための言葉遣いとして、我が意を得たりの心境でした。

『美-「見えないものをみる」ということ-』については、こちらにもわたしにとってこの本は、精神的な拠り所のひとつとなっています。

本ふたつ

読書『名画の謎』(文藝春秋)シリーズ。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

読書『名画の謎』(文藝春秋)シリーズ。

花祭窯、大型連休もほぼ平常通りの営業で仕事をしております。そういえば、ここ数年は5月といえばロンドンでの展示が続き、ゴールデンウィークはその準備や出張でテンション高く過ごしていたのでした。

ひさしぶりにゆっくりの「黄金週間」なので、平常運転で仕事をする傍ら、まとめて本を読むことに。ずっと気になりながら読んでいなかった中野京子さんの本を手に取りました。中野京子さんといえば『怖い絵』シリーズが有名ですが、今回わたしが手に取ったのは『名画の謎』シリーズ「ギリシャ神話篇」「旧約・新約聖書篇」「陰謀の歴史篇」の3冊。

面白かったです!まったく予備知識無しで読みだしたのですが、ちょっとシニカルな目線に、独特のユーモアあふれた語り口がツボにはまり、一気に読みました。西洋文化史の専門家でいらっしゃるのですね、さりげなく文章に入っている背景の解説がとても分かりやすかったです。

絵画や美術を読み解く本はいろいろと出ていますが、個人的には、美術の専門家ではない方が書いたものの方が面白いことが多いと感じています。あくまでもこれまでの読書経験からの感想ですが、美術をアカデミックに学んできた方の解説は、その専門性ゆえにでしょうか、見る人の想像力の広がりを許容しないようなところがあるかな、と。

ともあれ、中野京子さんの『名画の謎』面白いです。『怖い絵』シリーズも読まねば(^^)

続・読書『イギリスと日本ーその教育と経済ー』(岩波新書)

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

続・読書『イギリスと日本ーその教育と経済ー』(岩波新書)

先日、読書録をアップしたばかりでしたが、

読書『イギリスと日本ーその教育と経済ー』(岩波新書)

いくつか残しておきたいものがあったので、以下備忘。


  • たとえば、イギリスの中産階級以上のほとんどすべての女の子は、おばあさんの使った人形を使って遊んでいます。人形というものは何代にもわたって使うんだというのが英国人の感覚であります。
  • 大帝国を断念して、ウェルフェア・ステートに切り替えるという転換はきわめて見事であったと思います。
  • これらの努力は一人当たり国民所得の大幅な増加をもたらしませんでしたが、それでも、その結果イギリスがいっそう住みやすい国になったことは事実です。
  • イギリス人は寛容であるということを、非常に大切な徳であると信じています。
  • 日本をここまで引き上げたのは、日本人の俗物根性であり、英国を没落させたのは英国人の教養であったと考えられます。イギリスの教育は成功したがゆえに没落をもたらしたのですが、このように教育が成功すると、人はお金よりも文化的たのしみを選ぶようになります。
  • 教育とは個人の持っているいろいろの資質を耕す(カルティベイト)ことであって、型にはめることではないと考えているようです。その結果、教育と文化(カルチュア)が直結する。

『イギリスと日本ーその教育と経済ー』(岩波新書)森嶋通夫 著 より

 

 

安朗さんの酒器と茶碗。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

安朗さんの酒器と茶碗。

昨日、備前の徳利の話をブログに書いたところで、「そういえば、その前の京都土産は安朗さんのうつわだった!」と思い出しました。

安朗さん=山本安朗さん。花祭窯創業間もないころからのお友だち(先輩)でもある、土ものの作家さんです。某ギャラリーで初めてお会いしてから、酒の器・茶の器・花の器の素晴らしさと、飾り気のないお人柄に、すっかり魅了されています。

我が家にはことあるごとに集めた安朗さんの器(酒器と茶碗)があるのですが、存在感と使い勝手の楽しさが抜群です。そう、日本語が少しおかしいかもしれませんが、「使い勝手が良い」を飛び越えて「使い勝手が楽しい」のです。

山本安朗さんの酒器

そろそろ、日本酒呑み会を計画せねば。

 

お酒を呑みながら建築のお勉強・その8

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

お酒を呑みながら建築のお勉強・その8

毎回楽しみな隣町・宗像にお住まいの建築家、株式会社藤井設計室・藤井さんご夫妻のご好意で開催されるスライドショー&勉強会。今回も素晴らしい時間でした。

昨年来、西洋美術史関連の本を読み漁りつつ、わかってきたことがあります。それは「お酒を呑みながら建築のお勉強」で少しづつ素地を積み上げてきたおかげで、西洋美術史の本に書いてあることへの理解が格段に深く良くなっていること。あくまでも自分比ですが(笑)

すなわち西洋史のなかで、建築史=美術史をほぼ同義に読みとることができる時代が長いということなのですね。多くの芸術家が建築家であり彫刻家であり画家であり、というような時代はもちろん、その前後においても、建築と芸術は切り離せないものだとつくづく。

さて今回のスライドショーは、番外編。「住む」という「必要性」にスポットが当てられた内容でした。ヨーロッパ各地の、「ここに住むしかなかった人たち」が築いた、住み家・街の景色とその背景についての解説。状況が語る悲壮感に反して家や街に質素な美しさがみられることに、人間の強さと美意識を感じました。

それにしても、切り口(テーマ)によるさりげない問題提起も含め、藤井さんの実体験に基づいたスライドショーならではの奥深さ。このような機会に参加できることが、ほんとうにありがたいのです。

 

「英語でアート!in 福岡」に参加してきました。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

「英語でアート!in 福岡」に参加してきました。

正確なイベント名は「英語でアート!著者が語る 海外を目指す アーティストへ伝えたい事 in 福岡」。

少し前に読書記録を書いておりました『英語でアート』(マール社)の共著者のお一人であり、Art Alliance「英語を使ってアートを学ぼう!」主催の宮本由紀さんが、なんと福岡にいらっしゃるということで、1day講座に参加してまいりました。

「海外へ向けてのアーティストへのアドバイス」、「人とつながるための英会話」と「美術英語の基本のキ」。定員25名のスペースは満員御礼で静かな熱気に包まれていました。参加者の皆さんが「アート×英語」という目的意識を持っていることがひしひしと伝わってきました。

「たくさんお伝えしたいことがある」と当初予定を30分延長しての3時間。せっかくだから本には書かれていないことを中心に、というスタンスでお話をしてくださった宮本由紀さんの、世界を目指すアーティストを応援したいという気持ちがとても嬉しい3時間でした。

そして、もうひとつすごいなと感じたこと。今回の福岡での出版記念講座の開催は、ボランティアで事務局を務めてくださった方の熱意で実現したものでした。「ダメでもともと」と、宮本さんに福岡での1day講座を打診してくださり、会場手配から集客その他を引き受けてくださった事務局のお二方があってこその機会でした。

福岡まで足を運んでくださった宮本由紀さん、イベントをつくりあげてくださった事務局の皆さんに心より感謝いたします。ありがとうございました!

 

 

ギャラリー栂さんに持っていくもの。その3。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

ギャラリー栂さんに持っていくもの。その3。

ギャラリー栂さんでの個展は、2016年以来の2回目となります。その1回目の個展のときから「藤吉さんのサイを見たい」とおっしゃってくださるお客さまがあるとお聞きしていました。

ひとつ制作するのに、かなりの時間と手間と精神力を要するサイ。これまでに制作したものは、すべてロンドンのギャラリーで “SOLD OUT” 。今回の栂さんでの個展に、小さいサイがなんとか間に合いました。

藤吉憲典、サイ

ぜひ、サイに会いに来てください(^^)


花祭窯 藤吉憲典作品展
4月17日(火)~4月27日(金)
(注)4月23日(月)は定休日
10:00~17:00

《美酒の会》4月21日(土)18時~(お食事5000円+お酒代)
美酒の会のご予約は、栂さんにお電話(TEL0869-92-9817)にて。

ギャラリー栂
岡山県和気町清水288-1(TEL0869-92-9817)(地図はこちら)

 

続・読書『いちばん親切な 西洋美術史』

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

続・読書『いちばん親切な 西洋美術史』

新星出版社から出ている池上英洋・川口清香・荒井咲紀共著の『いちばん親切な 西洋美術史』。2月22日に読書『いちばん親切な 西洋美術史』を投稿したばかりですが、今回は自分のための備忘録として(^^)


  • 美術の歴史は、人類の歴史
  • 前者はつまり作品の「精神的側面」であり、後者は「物理的側面」である。
  • 技法と素材の歴史は、「いかに美しくするか」という目的(美的追求)と、「いかに安くあげるか」という必要性(経済原理)の、ときに矛盾するふたつの要素によって変化してきた。(中略)その時代と地域が必要とした美的追求と経済原理によって生み出されたものである。
  • “神”か“人間”か   (エジプト・メソポタミア)
  • 絵画において、陶器の表面は最も重要な画面だった。  (エーゲ文明・ギリシャ)
  • “神々”だけでなく、“王や個人”のための美術が生まれ  (エーゲ文明・ギリシャ ヘレニズム美術)
  • ステンドグラスは「読み書きのできない人のための聖書」   (ロマネスク・ゴシック)
  • 人体把握・空間性・感情表現   (プロト・ルネサンス)
  • 君主と教会(中略)“第三のパトロン”としてギルド   (ルネサンス)
  • “人間の視点”   (ルネサンス)
  • 当時の工房は、絵画、彫刻だけでなく家具や武器の製造、修理も行う、いわゆる「何でも屋」だった。   (ルネサンス)
  • 360度、どこからの鑑賞にも耐えうる構図   (マニエリスム)
  • 彫刻と建築が一体化した空間   (バロック)
  • ヴィジョン(幻視)により感情移入   (バロック)
  • 注文主の意図はなく、おそらくは売ろうとする画家の意図さえなく   (バロック)
  • 経済力をつけた市民たちは新たな芸術の鑑賞者となって作品の購入を始めた   (ロココ)
  • 理性よりも個人の感性   (ロマン主義)
  • 「美しいものこそが芸術である」というそれまでの前提   (新古典主義・ロマン主義)
  • 日本美術のもつ造形感覚   (印象派・ジャポニズム)
  • 実在の風景と空想の世界を同時に展開する「総合主義(サンティスム)」   (後期印象派)
  • 大胆な構図に的確な単純化、そして華やかな色彩   (後期印象派・新印象派 ポスター芸術)
  • 人物と植物文様が見事に融合する流麗な世界観   (後期印象派・新印象派 ポスター芸術)
  • 中世的な植物文様や昆虫などの有機的素材を装飾に用いる   (世紀末芸術・アールヌーヴォー)
  • 工芸の技術と絵画の融合   (世紀末芸術・分離派)
  • アカデミックな美術教育の薫陶を受けないまま成立するジャンル   (現代美術・素朴派)
  • 無意識がもたらす偶然性や即興性   (現代美術・シュルレアリスム)
  • 芸術家の存在意義と、美術品そのものの存在意義の問題

以上、『いちばん親切な 西洋美術史』より


 

読書『たゆたえども沈まず』原田マハ(幻冬舎)

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

読書『たゆたえども沈まず』原田マハ(幻冬舎)

写真は『ART GALLERY 現代世界の美術 GOGHO』(集英社)より、ゴッホの「包帯をした自画像」と、佐藤虎清「風景の中の芸者」

昨秋出ていた原田マハさんの新刊を、やっと読みました。今回はゴッホ。


『―たゆたえども沈まず。
パリは、いかなる苦境に追い込まれようと、たゆたいこそすれ、決して沈まない。まるで、セーヌの中心に浮かんでいるシテ島のように。
どんなときであれ、何度でも。流れに逆らわず、激流に身を委ね、決して沈まず、やがて立ち上がる。』

『「考え込んでも、どうにもならないことだってあるさ。どんな嵐がやって来ても、やがて通り過ぎる。それが自然の摂理というものだ」
嵐が吹き荒れているときに、どうしたらいいのか。―小舟になればいい、(中略)
「強い風に身を任せて揺れていればいいのさ。そうすれば、決して沈まない。』

『たゆたえども沈まず』原田マハ(幻冬舎)より


タイトルに込められたメッセージが全編を貫いています。が、ゴッホとテオの物語は「沈まず」に終わったと言えるのだろうかと、わたし自身はすんなり受け入れることができませんでした。沈まなかったからこそ「世界中が認めている」現在の評価を勝ち取ったといえるのかもしれませんが、本人にとっては生きているうちに「評価された」という実感を得ることができなければ、「沈まなかった」ともいえないような気がするのです。

それにしても、今回も原田マハワールドに一気に引き込まれました。次作も楽しみです(^^)

読書『巨大化する現代アートビジネス』(紀伊國屋書店)

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

読書『巨大化する現代アートビジネス』

上の写真右側が『巨大化する現代アートビジネス』の史料。左側の年表は『pen No.407 アートの教科書』の1ページです。

『巨大化する現代アートビジネス』は巻末の史料含めて319ページありますが、興味のある人は一気に読んでしまえるでしょう。読み物として面白かったです。

二人のフリージャーナリスト、ダニエル・グラネとカトリーヌ・ラムールによる「現代アートの世界」の調査報告書とでもいいましょうか。投資・投機対象となった現代アート界を動かす面々とそのネットワーク・仕組みを垣間見ることのできる内容でした。

藤吉憲典の口癖は「国宝より家宝」。「転売されることによって価値を示すもの」ではなく「ずっと大切にとっておきたいと思われるもの」を作りたいと思っていますので、投機対象としての現代アートの世界には興味がありません。

ところがこの本を読むと、その二つはどうやら完全に切り離されるものではなく、現代のアートとして世界の評価を仰ごうと思えば、やはりその文脈にのっかる必要があるようです。なるほど村上隆さんがずっと以前から常々あちらこちらでおっしゃっていたことなのですが、この本を読んで、より明確に理解することができました。

この本のなかには「アート界を牛耳る100人」としていろんな方のお名前がでてくるのですが、そのなかのいくつかの発言に光を見出すことができました。例をあげてみますと…

「アートは投資ではない」

「流行のアーティストは数多く生まれても、いずれ流行は去り、最後は美術史が選択してくれるでしょう」

不安定な時代にこそ、人々は文化を必要とします。価値のあるものとの出会いをとおして、世界と結びつきたいと願うのです」

現代アートをコレクションするということは、(中略)それが魅力的なライフスタイルにもなるということです。」

(いずれも『巨大化する現代アートビジネス』より)

半分ほど読んだときに、そういえば、と『pen』の永久保存版を引っ張り出してみたのでした。これが約1年前に出ていたのですね。アートの近現代史が頭に入っていないわたしは、あわせて読むことで「なるほど~!」と腑に落ちるところも多々。

「アートの教科書」と書いてあったので。