梅雨入り。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

梅雨入り。

北部九州の梅雨入りが発表されました。5月のうちに梅雨入りしたのは、ずいぶん久しぶりのようですね。

有田・伊万里・鍋島・柿右衛門などと呼ばれる肥前磁器に描かれる文様には、季節を感じるものが数多くあります。

そのひとつ、この季節になると必ずご紹介したくなるのが、これ。

染付傘文蕎麦猪口 藤吉憲典
染付傘文蕎麦猪口:(藤吉憲典)

染付傘文蕎麦猪口

肥前磁器に描かれる文様は、現在も江戸時代から描き継がれているものがほとんどです。この傘文様も、古伊万里と呼ばれる江戸時代の骨董に描かれていたものを、藤吉憲典が復刻しているものですが、まったく古さを感じないどころか、ポップなデザイン。江戸の粋を感じます。

こんな器を使うのも、梅雨の楽しみ方のひとつです。

 

長屋的ご近所づきあい。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

長屋的ご近所づきあい。

花祭窯のある福津市は、博多から電車で30分という立地であり、昨今は少子化のご時世にありながら人口流入の多い、ベッドタウン的な市。JR福間駅からバスで15分の、ここ津屋崎もまた、日に日に田んぼが宅地に変わりつつあり、小学生の人数を見た感じでは人口が増えています。

そんななかにあって、ここ津屋崎千軒というエリアは、江戸末期~昭和初期の全盛期からこちら、空き家が増え人口が減っている地域です。少しづつ、移住してくる人も増えてきたように思いますが、それでもまだ空き家の増える速度には追い付いていないかな、というところ。

ここに住まいはじめて7年目、津屋崎千軒のご近所エリアは、昔ながらの人付き合いの良さが残り、それが安心して暮らすことのできる基盤になっているのを、つくづくと感じます。

外に出れば必ずといっていいほど知っている顔に出会い、子どもも大人もあたりまえに挨拶を交わす景色、路地で日向ぼっこするおばあちゃんたち、なにかと届くお裾分けの品々…。

長屋的ご近所づきあい。長屋文化=江戸末期の文化と考えると、ここ津屋崎千軒が長屋付き合い的空気をいまだ遺しているのは、なるほど町の隆盛の歴史がこの時期に重なっていたことも大きいのかもしれないな、などと考える今日この頃です。

 

読書『黄金のアウトプット術』(ポプラ新書)

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

読書『黄金のアウトプット術』(ポプラ新書)

写真は成毛眞著『黄金のアウトプット術』(ポプラ新書)より。

文章を書くことがどんどん増えつつある今日この頃。文章を書く=アウトプットに意識が向くと、そういう本が目の前に現れるというありがたさ。

本を探す・見つけるルートというのは、人それぞれにいくつかあると思いますが、わたしがお世話になっているもののひとつは、メールマガジン「ビジネスブックマラソン」。タイトルの通りビジネス書の良書を探すのにとても重宝しています。

土井英司さんのBBM(ビジネスブックマラソン)
http://eliesbook.co.jp/review/

『黄金のアウトプット術』もこのメルマガで(わたしにとって)タイムリーに紹介されていた本です。

著者はマイクロソフト日本法人社長だった成毛眞氏。もちろん現在の肩書はいろいろとお持ちなのですが、どうも、成毛さん=マイクロソフト、のイメージが強いもので…。現在は自ら書評サイトも開設なさっているのですね。

さて『黄金のアウトプット術』、表紙で『「勉強と教養」はもういらない!』、はじめに、で、『インプットの時代はもう終わっている。(中略)お勉強はもう十分だ。』とあります。

ここだけ読むと、この本を読んでいる(=インプットしている)時点で既にアウトです(笑)が、読了後の感想としては、著者の主張は「アウトプットをすることが、よりすぐれたインプットにつながる」というものであって、決してインプットを否定するものではなく。まあ当然といえば当然ですね。

おっしゃっていることのもうひとつに、「公開されないアウトプットは意味が無い」ということがあるのですが、これはほんとうに共感するところで、陶芸家やアーティストを目指しているという若い人が相談に来た時、まず質問するのが「ものをつくったのか?」と「誰かに見せたのか?」なのです。

本書ではアウトプットの在りようについて「文章を書く」「話をする」を中心に展開していますが、もちろん「モノをつくる」もアウトプットなわけであり、外見(服装など)もアウトプットなわけであり、そのあたりも面白く触れられています。

一気にサクッと読めました(^^)

読書『風姿花伝』(岩波文庫)

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

読書『風姿花伝』(岩波文庫)

世阿弥(ぜあみ)著。野上豊一郎、西尾実(校訂)

写真は博多の聖福寺。『風姿花伝』とは関係ありませんが、なんとなく。

さて『風姿花伝』恥ずかしながら、ついこの前まで、「そういえば学生の頃に教科書に出てきたなぁ」「能の本だよね」というぐらいの認識でした(汗)。

「古今東西にわたる、すぐれた芸術論」であるとは、本書巻末の「校訂者のことば」にある、西尾実氏のことば。まずこの「校訂者のことば」を読んで、『風姿花伝』の重要性を知らされました。

もとはといえば、新聞だったか雑誌だったかの書評で『高田明と読む世阿弥』(日経BP社)を見つけ、「へぇ~!」と思ったのが、今回この本を読むに至ったきっかけでした。高田明さん、ジャパネットたかたの創業者の高田さんです。

その書評で興味が湧き、せっかく読むなら原著に近いものを、と辿り着いたのが、岩波文庫の『風姿花伝』。ところが読みやすく校訂してあるとはいうものの、読みなれない身としては、「字を読む」(あるいはなぞる)ことに必死になってしまって、なかなか内容が頭に入ってきません。

そこで、開き直って「声に出して読む」に挑戦してみたら、これがなんとも面白く。本文100ページほどの薄い文庫本なので、まず音を楽しむところから始めることにいたしました。繰り返し読むうちに「すぐれた芸術論」が自然と身体に入ってくると良いな、と。いわば「不朽の著」ですから、長い目で取り組みます。

きっかけをくださった高田明さんの本はまだ読んでいません(ごめんなさい)。そのうち手に取ることがあるだろうと思いつつ。

 

「目が良い」。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

「目が良い」。

先日は月に一度の 書道部@花祭窯 の日でした。

いろんな方と一緒に字を書いていると、「初心者です」とおっしゃっいながら、お帰りになるころにはとても良い雰囲気の字を書いて行かれる方がいらっしゃいます。

何年もかけても(毎週お稽古しているわけではありませんが^^;)なかなかきれいな字を書くことができないわたしとしては、1~2時間のうちにめきめき「お手本」に近い字を書けるようになる方を目の当たりにすると、すっかり感心してしまいます。

いったい何が違うのでしょうか。

お手本を書いてくれるダンナによると、その違いの第一は、「目が良い」ということ。

ここでいう「目が良い」は、「この形が美しい(きれいな字の)カタチなんですよ」というお手本を見て、その形の美しさのポイントを把握する力があるかどうか、とでもいうところでしょうか。そういえば、めきめき上手になる方は、デザインや造形の心得がある方に多い。形の捉え方に違いがあるのかもしれません。

次に、美術館での教育普及学芸員として第一人者である齋先生の説をお借りすれば、「運動神経が良い」

目で見た「このような形に文字を書くときれい」を、自分の手碗を伝って紙の上に実現(再現)する力、とでもいったところです。運動神経にもいろいろあって、足が早い、力が強いということだけが運動神経の良さなのでなく、思ったように繊細に手腕指を動かすことができるというのもまた、運動神経なのですね。

そして、なんといっても「集中力がある」

半紙に向かう1~2時間の集中力を感じます。そして、その集中力の背景には、その(筆で字を書くという)動作を楽しんでいる、という状態があります。楽しんでいるといっても、表情は真剣そのもの。真剣に向き合って楽しむことができている状態が、もっとも集中力が発揮される状態なのだと、見ていてつくづく思います。

月一度の書道部。個人的には目下、第二の要素である「運動神経」を鍛えるべく、くりかえし「書く」ことに勤しんでおります(^^)

 

 

 

 

「写し」の文化。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

「写し」の文化。

上の写真は、藤吉憲典のつくった「染錦鮑型向付」。古典がお好きな方なら、すぐにお気づきになると思いますが、北大路魯山人のつくった鮑型向付に、同様のものがあり、その「写し」です。

やきものの文化は「写し」の文化。「写し」とはすなわち、古典と呼ばれる古い名品に倣ったカタチや絵付をして、現代によみがえらせることです。例えば、藤吉憲典がつくる「器」に目を向けてみると、生み出される作品の8割くらいは「写し」または写しを組み合わせたもの、発展させたもの、ということになりましょう。

ただ、これは藤吉に限らないのはもちろん、古伊万里に限ったことでもありません。広く周辺を見渡せば、やきものの世界に限ったものではありません。古き良きものをまねるところから、スタートする。これはあらゆる分野で行われていること。

「写し」の本来的な意味は、『そのまま真似するのではなく、元よりももっと良いものにすること』にあり、そのことがもっとも大切であると考えています。またそのためには、一番最初にその形をつくり文様を描いた人がどのようなつもりでそれを生み出したのかにまで思いをはせることが必要です。以前にもこのテーマについては記事にしていました

文様の話、古典とオリジナル(1)

とはいえ自分の目できちんと見ないと、単純に「あの名品の写しだから良い」ということだけで、評価してしまうという失敗が起こります。またそれが、ほんとうに「写し」といえるものであればよいけれど、往々にして「表装だけを真似ている」なんてことが。

福原義春さんの著書『美-「見えないものをみる」ということ-』


「本歌取り」「見立て」によって日本人は文化を進化させてきた。これは「質を落としながらのコピー」とは根本的に異なる。


と書いてあります。これを読んだときに、「写し」の考え方を正しく表現するための言葉遣いとして、我が意を得たりの心境でした。

『美-「見えないものをみる」ということ-』については、こちらにもわたしにとってこの本は、精神的な拠り所のひとつとなっています。

本ふたつ

続・「英語でアート! in 福岡」

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

続・「英語でアート! in 福岡」

どうも、セミナー・勉強会のあとや読書のあとレポートブログをあげても、しばらくたってからまた書き足したくなることがしばしば発生。すぐには消化できなかったものを、無意識に時間をかけて整理整頓・吸収しているのかもしれません(笑)今回もそのパターン。

ということで、先日参加してきた「英語でアート」

「英語でアート!in 福岡」に参加してきました。

本日は、内容について備忘メモ。


  • アート市場の世界シェアは、2016年の時点で大まかに米国60%、英国20%、中国20%。
  • 米国における「アートを買う習慣」の定着度合は
    ・ふつうの人→10万円くらいまでの作品
    ・裕福なアート好き→50万円くらいまでの作品
    ・コレクターと呼ばれる人たち→100万円単位の作品
  • 米国においてアートは重要かつ当然のエデュケーションツールであり、各大学が(美術館だけでなく)ギャラリーを持っている。
  • 所得格差が大きい国ほど富裕層も多く、アートコレクターも多い。
  • 米国においてもギャラリーの生き残りは厳しく、「超大手」と「新興」に二極化。
  • ニューヨークだけじゃない。コンセプトに合ったギャラリーがある国・地域を見極め、自作品との「共通点」から作品の観方を導くことも必要。
  • 自分の言葉で、自分のこと、自分の作品のこと(コンセプト・プロセス)を語ることができることは、現代アート市場においてアーティストに必須。一般の人たちに対して専門用語無しで(日本語・英語で)わかりやすくお話しできるか?
  • 米国においては、ギャラリストは「MBA(経営学修士)+MFA(美術学修士)」を持っている人が多い。

以上、「英語でアート! in 福岡」宮本由紀さんのお話より、まとめ。


しみじみ、いい時間でした(^^)

 

 

 

我が家の灯り。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

我が家の灯り。

唐突ですが、写真は花祭窯のお手洗いに向かう廊下の灯りです。7年前にここに引っ越してきたときに、電気の傘が足りず…現代風には「照明器具が足りず」というべきなのでしょうけれど、心情的にはまさに「傘が足りない!」というところでして。

家電量販店は車で少し走ればありますし、ネット通販でもすぐに購入することはできたのですが、「せっかくだから、この家の空気に合うものをつくろっか?」ということになったのでした。(正確には、「つくって!」とダンナに要求)。

それで、とりあえずダンナが作ってくれたのが、レトロ感満載で「電球」が似合う白磁の傘。↓下の写真は、現在お手洗いで活躍中のひとつ。

花祭窯

これが手前味噌ながら思いのほか良かったため、もうこのシリーズで格好良くおさまるところはこれでいこうと、ダンナの気が「電気の傘制作」に向くのを気長に待ちながら、出来た都度、傘を入れ替えている次第です。

花祭窯

上の写真は、最近追加された傘(一番上の写真と同じもの)。裾のひらひらが可愛いのだけれど、もう少し深くてもよかったね(電球が下から思い切りはみ出しているので)、ということで、追加制作をのんびりと待つところです。

ちなみにこの「電気の傘」あくまでも自家用であり、商品化はしておりません<(_ _)>

 

福津の古墳。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

福津の古墳。

といえば、宗像大社とともに関連遺産群として世界遺産に登録された「新原奴山古墳」。正式名称は、

「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」。

「5世紀から6世紀にかけて築いた古墳群です。かつての入海に面した台地上に、前方後円墳5基、円墳35基、方墳1基からなる計41基の古墳が良好な状態で残されています。」(福津市公式サイトより)

の言葉どおり、ほんとうに495号線を車で走っていると、ふつうに目に飛び込んでくるこのような景色。先日お天気の良い日に通った時に、あまりにもいい絵だったのでパシャリとしてきました。

世界遺産に登録され、それなりに道が整備されたり、看板標識が増えたりと、手が入っているようです。循環バスも配備され、観光ボランティアガイドさんによると、これまでよりは訪問する方が徐々に増えているようす。

でも、この日は連休中の好天にもかかわらず人影がまばらでした。実のところ、こののんびりした景色をキープして欲しい地元民としては内心ほっとしています(笑)

2013年に同様の記事をアップしておりました(^^;)

津屋崎には古墳群があります。

読書『名画の謎』(文藝春秋)シリーズ。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

読書『名画の謎』(文藝春秋)シリーズ。

花祭窯、大型連休もほぼ平常通りの営業で仕事をしております。そういえば、ここ数年は5月といえばロンドンでの展示が続き、ゴールデンウィークはその準備や出張でテンション高く過ごしていたのでした。

ひさしぶりにゆっくりの「黄金週間」なので、平常運転で仕事をする傍ら、まとめて本を読むことに。ずっと気になりながら読んでいなかった中野京子さんの本を手に取りました。中野京子さんといえば『怖い絵』シリーズが有名ですが、今回わたしが手に取ったのは『名画の謎』シリーズ「ギリシャ神話篇」「旧約・新約聖書篇」「陰謀の歴史篇」の3冊。

面白かったです!まったく予備知識無しで読みだしたのですが、ちょっとシニカルな目線に、独特のユーモアあふれた語り口がツボにはまり、一気に読みました。西洋文化史の専門家でいらっしゃるのですね、さりげなく文章に入っている背景の解説がとても分かりやすかったです。

絵画や美術を読み解く本はいろいろと出ていますが、個人的には、美術の専門家ではない方が書いたものの方が面白いことが多いと感じています。あくまでもこれまでの読書経験からの感想ですが、美術をアカデミックに学んできた方の解説は、その専門性ゆえにでしょうか、見る人の想像力の広がりを許容しないようなところがあるかな、と。

ともあれ、中野京子さんの『名画の謎』面白いです。『怖い絵』シリーズも読まねば(^^)