ひさびさに宗像盛り上げ隊。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

昨日は、

ひさびさに宗像盛り上げ隊の会議でした。

宗像盛り上げ隊は、2013年の第1回イベントからスタートした、自律的な集まりです。上の写真は、隊員の一人、株式会社二光さんの営むシャイニーガーデン。今回はここで幹事会議でした(^^)

宗像盛り上げ隊、第一回記念イベント。

その後も、小規模経営者の勉強会やネットショップの勉強会をときどき開催したり、熊本地震の際のボランティアや支援物資送付に協力したり。完全ボランティア運営なので、「できる人ができる範囲で出来ることを」のスタンスで活動しています。

宗像盛り上げ隊の特徴は、皆で良くなっていこう!良くしていこう!というのがいつも真ん中にあること。幹事メンバー全員が自分の仕事に誇りを持って一生懸命に取り組んでいるというのがベースにあることです。

今の時代、福岡市内に出れば、経営者向けの勉強会やセミナー・交流会などはたくさん開催されていて、「学ぶ場」はたくさんあります。そこをあえて福岡市内から30分ほど郊外の宗像地域に足を運んでもらい、地元の経営者の方々と交流を持ってもらうというのが、面白さ。

今回企画しているのは、ミニ勉強会&餃子会。勉強が主目的でも、餃子が主目的でも、参加した方が「足を運んでよかった」と思える会になりますように、というのが一番の願いです。

 

生涯学習の研修に参加してきました。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

生涯学習の研修に参加してきました。

花祭窯のある福津市には「郷育カレッジ」という市民のための生涯学習の仕組みがあり、そこで微力ながらボランティアでお手伝いをしているのですが、

福津市には「郷育カレッジ」があります。

ボランティアとはいえ運営に携わる以上、現在の社会のなかでの生涯学習の課題や目指すべき方向について理解している必要がありますよね、ということで研修会が開催されました。

講師は福岡教育大学の井上豊久教授(2017年6月現在)。子どもとメディア、生活体験学習、家庭教育、ボランティア、市民活動などを中心に研究なさっています。

やさしい語り口ながら熱いマシンガントークで、井上先生が実際に関わっている国内外での取り組みの現状や課題をお聞かせいただくことができました。日本国内での大きなトレンドと、地域としての取り組みのあるべき姿、さらに自身の取り組みである「郷育」に落とし込んだ時に、具体的になにがどう求められるのか。

特に印象に残ったキーワードとしては…
新しい「公」、防災とコミュニティ、もっと小さい単位のコミュニティ、自己決定学習、中間支援、祖父母性、「拠点」の重要性 などなどなど。

実践的に生かしていけることを実感する研修でした。学ぶ機会をいただき、心より感謝です。

 

花祭窯の仕事場の様子を伝える。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

ロンドン個展を控えて、現地のギャラリーから「工房やギャラリーの様子の写真が欲しい」と言われ、あわてて撮っています。

花祭窯の仕事場の様子を伝える。

お客さまにとっては、これもまたつくり手・藤吉憲典の世界観を構築しているものの一つとして、楽しんでいただける要素になるのだなぁと、感じつつ。

ただ、あらためて仕事場のなかを見渡してみると、まあひどく雑然として人様にお見せできるような状態ではなく…。ふと天井を見上げたところお見せできそうだったのが、これ。

工房は築90年ほどの木造建築で、立派な柱や梁があります。この歴史ある環境でものづくりができるのは、ほんとうに恵まれたことであると、住むほどに実感しています。

建具もガラスもほぼ昔のままなので隙間風がビュービュー吹くし、窯のある場所は昔の「おくどさん」(いわば台所)で土間づくりなので、冬は底冷えがします。

この写真の梁(はり)、ここに工房を移転してきたときは、低く天井が貼られて見えない状態になっていました。天井が高いと寒いから、あとから塞いでいたのですね。

その、あとから塞いだ部分を取り払って出てきたのが、この梁。

この梁が出てきたときは、思わず歓声を上げました。この景観のなかに身を置いて仕事をすることのできる贅沢を体感しています。

 

むなかた自炊塾で食育を考えた。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

むなかた自炊塾のオープン企画に参加してまいりました。

美味しい野菜の味を知ろう!
〜 菌ちゃん野菜のススメ

むなかた自炊塾とは、九州大学持続可能な社会のための決断科学センター准教授である比良松道一先生が代表を務める活動グループ。比良松先生は、九州大学での「弁当の日」や「自炊塾」の講義だけでなく、年間60回を超える食育に関連する講演を全国各地でなさっています。

むなかた自炊塾で行っているのは、九州大学の講義をベースとする宗像版市民向け講座。市内産地見学ツアー、市内レストランシェフによる簡単な調理実習、漁業者・農業者との交流、みそ作り体験、大学教員によるお話などを通じて自炊力の向上と食にまつわる多様な知識修得ための持続的プログラムを立案し、実行します。(むなかた自炊応援団FBページより)

今回は、特別ゲストに佐世保市を拠点に活動するNPO法人「大地といのちの会」吉田俊道先生をお迎えし、

野菜が本来持つ力に関するお話を聞き、想像を超える野菜の味を体験するという、一般参加OKのオープン企画でした。

ユーモアたっぷりのお話に大笑いしながらの講義で学んだのは、

  • 食文化=普通の家庭にあった和食文化の継承の大切さ。継承者の育成の大切さ。
  • 自炊を日常化する=自炊を通して、食の向こう側にある(農業・漁業その他たくさんの)社会を俯瞰することの大切さ。
  • 団らん=みんなで食卓を囲むなかで生まれる心の交流の大切さ。

文字にするとこんな感じになるのですが、この字面では表し尽くせない大切なお話を聞くことができました。

食べるものがわたしをつくる。

“まずは1品でもいいから、自分で野菜をつくる”

あらためて、ここからはじめようと思います。

 

 

続・床の間。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

昨年末に、床の間について少しは勉強しようとブログに書いておりました。

次なるお題は、床の間。

床の間。

実は先日博物館についての講義のなかで「博物館誕生の歴史」を振り返っていたときに、思いがけず一つの答えがでてきました。

床の間は小さな博物館。

床の間は、部屋のなかにある展示空間。それはすなわち、博物館機能のひとつである、と。そう考えると、床の間のあるお家はみんな、あらかじめ博物館(的なもの)を持っていることになります。これってとってもすごいことだ!と嬉しくなりました。

そして、写真は我が家の床の間の違い棚にならんだアートオブジェ。既にそういう(博物館的)空間になっていたことに気づきました。難しく考えはじめる以前に、感覚的に博物館的要素を採り入れることができたのは、そもそも「床の間」が構成的に持っている性格ゆえなのだなぁ、と思わずうなりました。

ところで狭小茶室・徳り庵(とくりあん)をつくったときに、「床の間どうする?」ということをかなり検討したのでした。そのときに読んだ本のなかで、考え方に大きな影響を受けたひとつが

「日本の極小空間の謎 藤森照信の茶室学」 藤森照信 著。

この本のなかで床の間について書かれた部分をあらためて読み返してみると、床の間を含む書院造が確立したのは室町時代後半。お寺のお坊さんが生活する僧房の個室にその由来があるといいます。

僧房では押し板と呼ばれる幅広の厚板を据え、そこに仏画を掛け、香炉・花・三方(三宝)を置き、朝晩拝む。この「押し板」のセットが武家の室内に飾りとして持ち込まれたのが、床の間だというのです。

そして殿中の茶会では、床には美術品を所狭しと並べ、壁には画や書の軸を掛け、違い棚には筆墨や硯箱や絵巻物を置き、盆栽や盆景や花を持ち込んだというのですから、まさに博物館的展示空間ですね。(「日本の極小空間の謎 藤森照信の茶室学」より部分引用)。

 

もうひとつ、床の間について知ろうと物色したなかで、この本もたいへん面白く勉強になりました。

 

 

博物館と地域について考えた。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

昨日は放送大学が開催した公開講演会に行ってきました。タイトルは

「博物館の新たな魅力を探る」。

学芸員研修でお世話になっている、九州産業大学美術館教授の緒方泉先生の講演でした。

サブタイトルに「2020年東京五輪に向けた取り組み」とあり、東京五輪に向けた国の動きに合わせて、博物館に関わる人たちがなにを大切にしていくべきか、という視点での課題がいくつも提示された講演会でした。

2020年に向けて、文化庁では「文化芸術の振興に関する基本的な方針」なるものを掲げ、文化芸術の振興を図ろうとしています。文化庁ホームページから関連資料を見ることができます。

例えば、文化プログラムの実施に向けた文化庁の基本構想(PDF)。

五輪を機会に文化芸術立国を目指す。2020年は日本の博物館にとって良い転換期になる(しなければならない)はずなのです。期待したいですね。

それはそれとして(笑)

今回の講演を拝聴して、個人レベルでも博物館的施設やアートが地域に対してできることがまだまだあると、あらためて実感したのでした。そのひとつが、博物館施設やアートと、地域・市民との間にある敷居を取り払う・あるいは低くしていくための努力。

国の調査によると、現在、日本では国民の博物館訪問回数は平均して年間に1.1回。何回も何十回も行く人がいる一方で、平均するとそんなに少ない回数になってしまうのですね。なんとももったいないことです。

この回数が増えていくようになるには、なにより「美術館・博物館にあるもの・ことは、他人事ではなくて自分事」と、意識と観方が変わるような働きかけが必要だと感じました。オリンピックのような何かがあるから、ということではなく、地に足をつけて日常的に美術・芸術にできることを考え、できることから取り組んでいきたいと思います。

 

 

豆まきに行ってきました。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

波折神社の豆まきに行ってきました。

小さいころから豆まき行事が大好きで、節分の豆まきは藤吉家の一大イベント。大きな声で「鬼は外、福は内」を言いながら豆をまき、そのあとに大豆を食べるだけのシンプルなものですが、テンションが上がります(笑)

ところがその節分行事が、神社で行われる神事のひとつであることを認識したのは、すっかり大人になってから。福岡に住むようになって、櫛田神社の節分祭を見て知ったのでした。

櫛田(くしだ)神社にお参りしてきました。

そして今、暮らしている津屋崎で氏神様の波折神社が毎年豆まき行事を実施してくれることのありがたさ。回覧板で節分祭の案内がまわってくると、今年も来たな、と嬉しくなります。小さな神社ですが、地元の幼稚園からと、小学校は三年生が毎年参加しています。

年男・年女は豆を撒く係になることもでき、その募集も回覧板で回ってきます。実は今年はトシオンナなのですが、手を挙げませんでした。12年後の次回は手を挙げてみようかな・・などと思いつつ。

 

本日の写真は藤吉憲典のつくる染付福鬼文蕎麦猪口。先日の「福」のなかでもご紹介しましたが、反対側にはお多福さんが描かれています。

染付福鬼文蕎麦猪口のご注文はこちら。来年の節分に向けていかがでしょうか(^^)

 

 

 

櫛田(くしだ)神社にお参りしてきました。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

博多の櫛田神社にお参りしてきました。

別に何ということではなかったのですが、お茶のお稽古の帰りにお天気が良かったので足を延ばしてみました。個人的なことではありますが、結婚式を挙げたのが櫛田神社。津屋崎に越してきてからは、津屋崎祇園山笠の「もと」である櫛田神社。ということで、ご縁をいただきお世話になっている神社です。

この季節の櫛田神社といえば、節分モード。今や櫛田神社の豆まきの代名詞ともいえる「日本一大きなおたふく面」が、神社への入り口となる鳥居に設置され、そのお多福さんの口から神社のなかに出入りするというのが、毎年の愉しみです。

節分といえば「恵方巻」の習慣が、このところ九州でもすっかり定着してきましたが、その「恵方」を示すのが、上の写真の「干支恵方盤」です。櫛田神社の楼門の天井に吊り下げられていて、毎年大晦日に新しい年の恵方を示すように矢印が回転されるのだそうです。

このような「干支恵方盤」なるものがあるとはつい数年前まで知らなかったのですが、実はダンナが似たようなものをつくっていました。

十二支(藤吉憲典)
藤吉憲典 作 十二支

そういえば、数年前に九州国立博物館で観たチベット展でも、同様に十二支を円形に配置した、同じようなサイズの立像群を見つけ、時代も国も違うところに同じ発想が既にあったのだと嬉しくなったのを思い出しました。

こういう偶然性をみると、創造性とかオリジナリティとか言っても、人の考えることって、昔から変わらない部分も大きいのかもしれないな、と感じます。

 

博多・櫛田神社の魅力は、こちらのサイトに詳しく載っています。
「博多の魅力―博多の名所 観光スポット」

博多方面お出かけの際は、ぜひ(^^)

お魚のこと。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

このところ「食」に関する話題が続きましたが…

ごはんと味噌汁、に思うこと。

【読書】一汁一菜でよいという提案

今日もまたタイムリーな話題があったので、

お魚のこと。

上の写真は、本日の藤吉家の夕食になるヤズ。ヤズというのは九州地方での呼び方で、ブリの若魚のこと。「ヤズ→ハマチ→ブリ」という出世魚なのですね。地域によって呼び方は異なるとか。ちなみに測ってみたら40㎝ほどでした。

ここ津屋崎には小さな漁港があって、隣接して「お魚センター」なる市場があります。開店時間の朝8時半になるとそこに向かい、お魚をチェックするのが、津屋崎に移転してきてからの藤吉家の日常です。

  • 並んでいるのは、切り身でなく「一匹」の姿です。

  • 今とれる魚貝海藻=旬が並びます。

  • お天気や海の都合で、何も並ばないときもあります。

これがあたりまえのこととして日常にあることのありがたさ。最近「食育」という言葉をやたらと耳にしますが、この環境そのものが食育だなぁ、とつくづく思います。

ここで初めて出会ったローカルな地魚も数え切れないほど。「美味しいけれど足が早い(いたみやすい)」ため他所には出回らない魚がいるのですね。初めて見る魚でも、近くにいる漁師さんやお魚センターのスタッフさんに「どうやって食べるのがおススメか」を聞いて帰ることができるので、心配ありません。贅沢なことです。

さらに藤吉家では、ダンナが「魚捌き(さばき)係」なので、魚が食卓に上がる日は、わたしはごはんと味噌汁さえ作ればあとはらくちん。週に3~4日はお魚なので、かなり楽をしています(笑)

さて、今日のタイムリーな話題というのは、西日本新聞の連載記事のひとつ、九州大学で比良松道一先生が取り組んでおられる「自炊塾」のレポートです。

毎回楽しみに拝読しているのですが、今回はお魚の話でした。このなかで、自炊塾の活動にボランティア協力をなさっている、福岡県宗像市のFRANCEYA(ふらんす屋)シェフ舩越清玄さんからの、魚食への最初のアドバイス「丸ごと魚を一匹買ってきてさばく」ことからはじめよう、というのがとても印象的でした。

九大(九州大学)自炊塾の記事に興味のある方は、西日本新聞のウェブサイトから「自炊塾」で検索すると、これまでの記事を見ることができます(2017年2月1日現在)。ぜひご覧になってみてくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

ごはんと味噌汁、に思うこと。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

昨年の秋に「朝食は一汁一菜」という話で

一汁一菜(いちじゅう いっさい)。

ごはんと味噌汁の偉大さを思っていたら

年が明けて「一汁一菜」の言葉をあちらこちらで耳にするようになりました。その理由のひとつが土井善晴さんの著書 『一汁一菜でよいという提案』

また、時を同じくして、日光みそのたまり漬 上澤梅太郎商店さん の朝食のご様子が『婦人之友』2月号で特集されているのを拝読。

どちらも、味噌汁が日本人の食生活のまんなかにあることを、しみじみと考えさせられる内容でした。ごはん、味噌汁、お漬物。ごはん、味噌汁、常備菜。たくさんの知恵とヒントがありました。

 

実は藤吉家には、ごはんと味噌汁にまつわる面白い話があります。

息子が4歳ぐらいの時、珍しく外食の機会がありました。家では和食がほとんどのため、普段あまり作らないものを食べよう、ということでイタリアンレストランへ。パスタやハンバーグをおいしく食べました。もちろん息子もご満悦。ところが家に帰り着くやいなや、息子に「今日の夜ご飯は?」と聞かれたのでした。

「え?もうお腹すいた?さっき食べたのが夜ご飯だよ」と言うわたしに、幼い彼は「だって、ごはんと味噌汁がなかったから、夜ご飯じゃないよ」と応えたのでした。そして「ごはんとお味噌汁食べないと眠れない」と。それからご飯を炊いてお味噌汁を作り、無事「夜ご飯」が完了したのでした。

ほのぼのとした笑い話ではありますが、このときに「ごはんと味噌汁」の偉大さを、身をもって感じたのでした。そんなわけで、今でも藤吉家の食卓は、ごはんと味噌汁がメインなのです。

本 『一汁一菜でよいという提案』の読後感想は、また次回(^^)