イメージ以上。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

イメージ以上。

久しぶりにこの言葉を聞きました。朝から窯を上げる作業をしていたダンナ、今回の窯に入っていた最新作の青磁の壺を持って、ごきげんです。

独立してから20年、窯元勤め時代を合わせると四半世紀、磁器制作をしてきている藤吉憲典。新たな技法で取り組んだ新作であっても、窯から出てきたやきものの姿があらかじめイメージ出来ていることは、作り手本人にとってはある意味あたりまえになっています。

それが今回は「イメージ以上に良くあがった!」のですから、相当嬉しい様子。電気とガスでコントロールしている磁器の窯であっても、やっぱり「窯の火」という要素による不確実性は、やきものの面白さなのだなぁ、と思います。

作り手のイメージ以上に良く上がった青磁の壺ふたつです(^^)

 

 

 

 

文様の話、古典とオリジナル(2)

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

文様の話、古典とオリジナル(2)

「やきものの文様はどこから生まれるのでしょうか」

ふたつめのこたえは、

日常の景色から生まれるオリジナル。

作り手・藤吉憲典を見ていると、日々の暮らしのなかで目にする自然の生きものが、一番文様の素材になりやすいようです。創業の地・佐賀県の花祭は自然豊かな里山で、四季を通じて折々の自然とのかかわりが密接でした。

草花や昆虫などの小さな生きものが文様のもとになるのは、江戸の昔も今も変わらないのだなぁ、と思います。上の写真のヤマユリも、下のナズナも、メダカも、藤吉憲典のオリジナル文様。

ナズナ皿 藤吉憲典 染付メダカ文蕎麦猪口 藤吉憲典

いずれも、古伊万里の古典文様にありそうでなかったものです。そういう新しいものを古伊万里の文脈に乗せて文様化するのも、藤吉憲典の得意技。

ときどき、有田などで作陶している若い作家さんがナズナやメダカを題材にしているのを見つけると、藤吉のデザインを見て真似ているのだろうということがわかります。なぜなら、古伊万里には無いものなので。でも、皆きっと「藤吉憲典が描いているから、あれは古伊万里の写しなのだろう」と思って、写しているのだと思います。

藤吉の生んだ文様が、彼らにとっての古典になっている部分もあるのだなぁ、とひそかに嬉しくなる瞬間です。

↓ひとつめのこたえ「古典の写し」については、こちらでご紹介↓

文様の話、古典とオリジナル(1)

 

津屋崎陶片ミュージアム:H290712染付のお皿。丁寧な仕事。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

津屋崎陶片ミュージアム:染付のお皿。丁寧な仕事。

有田焼の磁器生産は歴史的に各工程が「完全分業」です。そのため、海あがりの陶片も「せっかく形はきれいなのに、絵付がひどい」とか、絵付のなかでも「線描きはこんなに丁寧なのに、ダミ(色塗り)がどうしてこうなる?」とか、「表はきちんと描いているのに、裏が恐ろしく手抜き」とかいうものが、少なくありません。

そんななかダンナが拾ってきた、染付のお皿。

津屋崎陶片ミュージアム:丁寧な染付

唐草も地紋も、見込の松竹梅も、とっても丁寧に描かれています。

津屋崎陶片ミュージアム:丁寧な染付

高台がきっちりきれいに仕上げられていて、お皿の裏側にもきちんと絵付が施してあります。

このように形のつくりも、表も裏も、丁寧になされている陶片を見つけると、無条件に嬉しくなります。関わった職人さん皆が丁寧にいい仕事をしたもの。

こういう仕事を見つけると、つくり手も背筋の伸びる思いがするようです。

ちなみにこの「完全分業」、いまだに佐賀有田の産地では継承されていますが、「高度な専門化を目指した結果」というのは実は表向きで、江戸時代に職人技術の他藩への流出を防ぐための方法として、佐賀鍋島藩が敷いた方針だったというのがほんとうのところのようです。

 

津屋崎陶片ミュージアム:H29041801墨弾の蓋もの

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

津屋崎陶片ミュージアム:墨弾(すみはじき)の蓋もの。

幕末と思われる「蓋もの」の蓋の陶片です。幕末の蓋もの、よく見つけます。蓋は、表も裏もちゃんと絵付されているものが多くて、程好いサイズ感で形も可愛らしいものが多く、完品で出てきたら使いたいといつも思います。

碗の陶片だけだとそれが蓋ものの身なのか、もともと碗だけのものなのかわかりにくいのに対し、蓋の陶片は「これは蓋もののフタだ!」と分かりやすい。というわけでなんとなく、幕末の蓋ものの蓋だけがたくさん上がっているような錯覚をもちます。

墨弾(すみはじき)」と呼ばれる技法で絵付されたものです。

津屋崎陶片ミュージアム

墨弾とは…生地に墨で文様を描き、その上から呉須(ごす:染付の藍色を出す絵具)を塗ると、墨に含まれる膠(にかわ)分によって墨の上の呉須がはじかれて、これに釉薬をかけて焼くと、墨は焼き飛ばされて白く抜けた文様となります。(佐賀県立九州陶磁文化館図録 柴田コレクションⅥ より)

 

パソコンでインスタ。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

邪道かも知れませんが

パソコンでインスタ。

楽しんでいます。

正直な言い方をすれば、スマホを使いこなせていない、ということですが(笑)

Instagram(インスタグラム)に作品写真をアップしていこうと、取り組み始めたのは昨年の今頃からのこと。まずは1冊の本を手に入れました。その本のなかに書いてあることで、わたしにとっての一番のヒットが

「パソコンからインスタグラムに投稿できる」

だったのです。

さっそくアプリをダウンロードし、やってみたら、思いのほかスムーズにできました。それからすっかり「パソコンから投稿」がお気に入りです。

なかでも最近のお気に入りは、動画投稿。

インスタグラムでは最長15秒の動画投稿ができます。「15秒以内でおしゃれな好い感じの動画を撮る」というのは、わたしにとってはなかなか難しいことで、チャレンジしようとしては挫折し、を繰り返していたのですが、使っているアプリで、自動的に動画がつくれるようになったのです!

どんな動画ができるかというと

「アップした写真に寄っていく(だけ)」。

ところが、この「寄っていくだけ」でも、動きがあることによって見え方がずいぶん変わるのですね。一度やってみたらすっかり面白くなって、それ以来「寄って行ったときに好い感じになるような写真」を意識するようになりました。

パソコンで使えることが何より心強く、楽しみながらやっています。もちろん、スマホのアプリでもインスタグラム投稿用の動画ツール的なものがいろいろ出ていると思います。

わたしが Instagram をスタートするにあたってお世話になった本はこちら。
(※画像クリックするとAmazonの本紹介ページにかわります。)

↓藤吉憲典のインスタグラムはこちらです↓フォロー大歓迎です(^^)

https://www.instagram.com/ceramicartist_kensukefujiyoshi/

12月10日(土)まで藤吉憲典展@町田ももふく

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

おかげさまで好評をいただいております。いよいよ今週末までとなりました

町田ももふくさんでの藤吉憲典展。

今回の個展に合わせて、ももふくさんが藤吉憲典の記事を書いてくださっています。ありがとうございます<(_ _)>

実は初日の晩、お食事をご一緒しながらオーナーの田辺さんがまずおっしゃったのは

「作品全体の雰囲気が、変わったような・・
なんだか、やわらかくなりましたよね!」

ということでした。
前回の個展からは約2年ぶり。
常設でもいろいろと扱ってくださっているので、常にリアルタイムの藤吉の器をご覧なのですが、それでもやはり個展というかたまりで眺めると、あらためて感じられるものがあるようです。

工房を津屋崎に移転して、山から海へと制作環境も大きく変わりました。
また、「ものづくり」に真摯に取り組む異分野のプロフェッショナルな友人が近所に増えました。・・そんなようなことが、作品にも反映されているようです。

同じ文様を同じ作家が絵付しても、描いた環境や本人の状態によって雰囲気が少しづつ変わります。技術の創意工夫・熟練も、もちろんあります。こうした変化を見つけやすいのも、個展の面白さかもしれません。

いわば作家の成長を一緒に感じることができるのも、作家ものの器を使う面白さのひとつ。

ともあれ、ももふくさんが書いてくださった連続記事。
個展訪問前の予習にも、個展訪問後に手に入れた器を眺めながらの復習にも、これを読むと「藤吉憲典の器」をより楽しんでいただけると思います(^^)

藤吉憲典さんの工房を訪ねました

藤吉憲典さん 器に描かれる文様の秘密

藤吉憲典展 0

藤吉憲典展 1

藤吉憲典展 2

藤吉憲典展 3

藤吉憲典展 4 干支の酉と動物たち

ももふくさん、ありがとうございます<(_ _)>

風炉から炉へ。お茶のお稽古。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

風炉から炉へ。お茶のお稽古。

今日は月に数回のお楽しみ、お茶のお稽古に行ってきました。
11月になると釜をかけるのが「風炉(ふろ)」から「炉(ろ)」に変わります。

立冬を過ぎ、肌寒くなってきたところに、炉。
火(炭)の位置が客の席に近くなり、なんとなく暖かい感じがします。
ちょっとした道具の位置の変化も、おもてなしの配慮なのですね。

さて、道具が変わると、点前作法も変わります。
今年の春から濃茶のお点前を修業しているわたくし、
風炉の手前も覚えないうちに炉に変わり、気もまた新た。

とはいえ茶道のお稽古において「変化」は日常茶飯事。
季節だけでなく行事や設定によって、道具も作法も微妙に変わります。
なので、物覚えの悪さを自認するわたしは、南方流に入門するにあたり決めました。

茶道を頭で覚えようとせず、体に染みつくまでやろう。

果たして何年、何十年かかることやら気の長い話ですが、
そう最初に決めたので、お稽古中に作法を途中で忘れても間違えても、笑顔。
教えてくださっている先生方には、出来の悪い生徒で申し訳ないところでありますが‥。

ただ、頭で作法を覚えていなくても、心がけできることがあります。
それは、一つ一つの所作をできるだけ丁寧に、できるだけ美しく、と心がけること。

元来せっかちでバタバタと大雑把な性格なので、
この心がけをしていくだけでも、自分にとって大きな精神修養になると信じています。

実際のところ、気持ちが整っていると、お点前がひととおり終わるまで
「丁寧に美しく」の心がけを持続することができますが、
雑念があると、お点前の最中にこの心がけを持続することさえ難しいのです。

さて本日、自分なりには丁寧で美しいお点前を心がけることができました。
毎回あたたかく見守り、根気強く指導してくださる先生方、先輩方のおかげです。
感謝。

赤絵の蕎麦猪口~知ると楽しい文様のこと

こんにちは。花祭窯の番頭役ふじゆりです。

6月25日(土)からはじまる熊本SUNNYさんでの
『藤吉憲典 蕎麦猪口展』を存分に楽しむ!をテーマに
文様について小話を展開しております。

これまでにご紹介したのはこちら。

●松竹梅~知ると楽しい文様のこと

●立てば芍薬座れば牡丹~知ると楽しい文様のこと

●植物・気象・動物~知ると楽しい文様のこと


かわいくておめでたい赤絵の蕎麦猪口

うえの写真は左から
染錦扇文蕎麦猪口(そめにしき おうぎもん そばちょこ)錦桃文蕎麦猪口(にしき もももん そばちょこ)
赤絵万暦鳳凰文蕎麦猪口(あかえまんれき ほうおうもん そばちょこ)

いずれもおめでたい吉祥文様です。

染錦扇文蕎麦猪口

扇は神事、舞い、儀式の場に欠かせない道具です。
末広がりの形がめでたく、吉祥文様のひとつ。
江戸の古来から人気です。

赤は魔除けの意味を持つ色
吉祥文様を赤で描くことで、その意味を特に強くします。

お正月はじめ、お祝いの席に喜ばれる文様です。

 

錦桃文蕎麦猪口

桃の実も、おめでたい吉祥文様のひとつ。
桃を吉祥文とするのは、やきもののルーツ中国に由来します。

中国では三果文(さんかもん)と呼び、仏手柑・桃・石榴 の三つの実ものが
「子宝の象徴」「魔除けの力を持つもの」として人気です。

日本でも、神話で鬼を追い払うのに桃が使われたり、
昔話で桃から子どもが生まれてきたり、
やはり「子宝」「魔除け」の実として昔から親しまれています。

 

赤絵万暦鳳凰文

「赤絵万暦(あかえまんれき)」というのは、やきものの文様の描き方の様式のひとつです。

鳳凰(ほうおう)は中国で神聖視された霊獣のひとつ。
良いことの兆しを告げる吉兆の霊獣です。
中国では龍や麒麟(きりん)と並んで吉祥文様として描かれる人気文様。

これもまた、お祝いに喜ばれる文様です。

 

今日は赤絵のおめでたい文様を三つご紹介しました。
蕎麦猪口の文様の面白さ、ぜひ現物を手にとってご覧くださいね(^^)


藤吉憲典 蕎麦猪口展
2016.6.25(土)-7.3(日)

Bistrot & Bar SUNNY
熊本市中央区水道町4-39-2F
TEL096-355-4188

月曜定休

営業時間
火/木/金:18-26時
水/土/日:13-16時18-26時

子育てのできる町

おはようございます!ふじゆりです。

昨日は、4月に津屋崎千軒で開催の
「よっちゃん祭」に向けて、お掃除第一弾。
豊村酒造さんの酒蔵のお掃除をお手伝いして来ました。
親子連れOKなのが、参加しやすさであり嬉しいところです。

豊村酒造の酒蔵掃除。
4月のお祭に向けて、大人も子どもも地域のお掃除。

写真は、酒樽を水洗いする作業でびしょぬれになった子どもたちを
これはもう、着替えさせるしかないでしょう!の風景。
どこの子だろうと、みんな一緒です。

つい先日、ダンナと笑いながら話をしていました。
「もう少し早くここ(津屋崎)に来ていたら、迷わずもっと子どもを産んでいたよね。」

最近特に感じます。
子どもを産み、育てることを、気負わず自然にとらえることができるかどうか、
たいせつなのは「漠然とした安心感」なのではないかと。

もちろん、その安心感の元を探っていけば
たとえば経済的なこととか、まわりの大人からサポートを得られるかなど
いろんな具体的なことばとなって現れるのでしょうけれど。

そんなことを考える余裕ができるまでに
すくすく育ってくれている息子に感謝。
そして、受け入れてくれる地域に感謝なのです。