見て・触って・少し学んで、選ぶ。

こんにちは!ふじゆりです。

津屋崎・花祭窯で、新しい取り組みはじめます。
とはいっても、特別なことではなく
これまでなんとなくやってきていたことを
意識的にやることにした、というところです。

なにをするかというと
「やきものを見て・触って・少し学んで、選ぶ」
場を提供すること。

花祭窯ニュースレター7月号英語版
花祭窯ニュースレター7月号英語版

日本の美術教育は、美術館などでの一般向けプログラムを見ても
やたらと「体験させる(=自分で作る、的な)」ことがメインに組まれていて
「鑑賞する」ということがなおざりになっているのが
常々不思議でなりませんでした。

「ただ、みる(見る・観る)」
「さわって、みる」
「そのものの背景にあるストーリーを少し知ったうえで、みる」

そんな「みる」を楽しむ場を育んでいけたら、と思っています。

津屋崎陶片ミュージアム~見込に松竹梅~H260709001

こんにちは!ふじゆりです。

津屋崎陶片ミュージアム
本日のご紹介は染付の碗か蓋ものか。

染付碗、見込に松竹梅

染付碗、見込に松竹梅

染付碗、見込に松竹梅

染付碗、見込に松竹梅

写真1枚目、見込文様に松竹梅があると知っているのでそれとわかりますが
まあ、ずいぶんと崩れた松竹梅。

環状の松竹梅を見込文様に描くのは
18世紀中頃から流行りはじめたそうですが
手間のかかる文様であるため
ある程度上手(高級品)のものに描かれているようです。

写真のように雑な(笑)表現になってくるのは、19世紀に入ってからか。
職人さんが文様から文様を写しているうちに
もとの図案がなにを表していたのかわからなくなってしまった!
という感じのもの、古伊万里によく見かけます(^^)

ともあれ、これは表も裏もきちんと文様が描かれています。
表は花かなと思いきや、おそらく宝袋。
松竹梅も吉祥文ですから、宝尽くしですね。

つくりも丁寧で、高台にもきれいに釉薬がかかっています。
宝尽くしの蓋ものかな、と。

 

 

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津屋崎陶片ミュージアム
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<運営責任者>
花祭窯(はなまつりがま) 藤吉有里
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復刻古伊万里からオリジナルまで。肥前陶磁の伝統と革新。
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花祭窯 〒811-3304福岡県福津市津屋崎4-8-20

~日常に文化とストーリーをプラス。
持つ人の個性を引き立てる上質~

藤吉憲典蕎麦猪口展2014

熊本のビストロ&バーSUNNYで開催中の蕎麦猪口展。
7月に入り、展示入れ替えです。

SUNNY蕎麦猪口展2014

新しい文様が本日SUNNYに届いたばかりです。
ぜひチェックしてくださいね♪

Bistro&Bar SUNNY
http://watarufujikawa.sunny-bistrot.com/?eid=43

ロングセラーの桃型小皿

こんにちは!ふじゆりです。

やっと桃型小皿をアップしました。
ロングセラーなのに、蕎麦猪口倶楽部での紹介が初めて。

染付地文桃型小皿(そめつけ じもん ももがた こざら)
藤吉憲典の染付地文桃型小皿

藤吉憲典のロングセラーな桃型小皿。
つくるとすぐに売れてしまう人気者でもあり。

かわいらしく現代的なデザインですが
復刻古伊万里のひとつです。
江戸の方々の粋(いき)が息づいています。

蕎麦猪口倶楽部・染付地文桃型小皿
http://sobachoko.fujiyoshikensuke.com/?pid=76840998

ロックの日は花祭窯開窯記念日

6月9日ロックの日。
花祭窯の開窯記念日です。

花祭窯開窯17周年

創業開窯以来、○○周年、というものを意識したことがありませんでした。
先日、ふと思い立って数えてみたら17周年。
あらためてこれまで支えてきてくださった方々への感謝がこみあげました。

ほんとうにありがとうございます。

18年目も精進いたします。
これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。

藤吉憲典 蕎麦猪口展2014

熊本市水道町にあるビストロ&バーSUNNYの1周年を記念して
藤吉憲典の蕎麦猪口展です。

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藤吉憲典 蕎麦猪口展

<会期>2014年6月21日(土)~7月13日(日)
<時間>18時~26時(水・土・日・祝は13時~26時)

<場所>熊本市中央区水道町4-39-2F
<電話>096-355-4188

Bistrot & Bar SUNNY
www.sunny-bistrot.com
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オーナーの藤川さんとは、SUNNYオープン前からのお付き合いです。
期間中は蕎麦猪口を使った特別メニューが登場したり、
普段SUNNYでは呑めない日本酒が登場したりと、
楽しみ盛り沢山です(^^)
案内状ご希望の方は遠慮なくお申込くださいね。
藤吉憲典の個展案内状はこちらから!
http://sobachoko.fujiyoshikensuke.com/?mode=f5

続々豆皿。貝に青海波。

こんにちは!ふじゆりです。

津屋崎っぽい、貝の豆皿。

染錦青海波文貝型豆皿

文様は青海波(せいがいは)。

染錦青海波文貝型豆皿

ひっくりかえすと、フジツボの高台。

染錦青海波文貝型豆皿

色違いも。

好きだから、やっている。

こんにちは!ふじゆりです。

久しぶりに青い空、青い海です。風は冷たいですが、着々と春の気配。

事業をやっているお友達が多く
日ごろいろんな人と何気なくおしゃべりをするなかで
自分はなぜ今ここにいるのかを考えることがよくあります。

答えはいつも明確で、
自分で選んでここにいて、今がある、ということです。

自分自身でいくつかの選択肢のなかから選んで
今に至っています。

仕事だって、「やりたくて起業し、好きでやっている」。

うちは一代で勝手に起こした仕事なので
代を継いでいる方々のように背負うものもありません。

いろんな要因はあるかもしれないけれど
最終的には自分で選んでいることを知れば
誰かや何かのせいにすることはひとつもありません。

そんなことを考える春です。

陶人形 お茶を飲む婦人

伝統工芸品の価値

こんにちは!ふじゆりです。

このところ、いろんな分野のいろんな方とお話する機会が増えました。

先日、海外駐在10数カ国20数年というK氏とお話していたときのこと。
K氏いわく
「“伝統工芸品”という言葉から連想する価値っていうのは、
日本国内だからこそ通用するんですよ」

「花祭窯の商品は、有田焼になるんですか」
という問いに対し
「技術や文化を学んだ場所、歴史的な背景、使っている材料から言えば有田焼といえますが
“有田焼”とか“伝統工芸品”という言い方はあまりしていません」
とお返事したところ返ってきた言葉です。

伝統工芸品の価値を否定しているわけではありませんし
日本だけがその価値を認めている、ということでもありません。
歴史や伝統を重んじ、価値を尊重する想いは
世界中にあると思います。

K氏の言葉の真意は
「日本の伝統工芸品だ、職人が手間暇かけて作っているんだといったところで
日本人はある程度説明をしなくても理解する土台があるけれど
海外でそれを説明するのは、国により多少の違いはあるけれど難しい。
そのもの自体にそれなりの質が伴っていなければ通用しない」
ということでした。

常日頃考えていることをあらためて確信しました。

日本では「伝統工芸品」=「つくるのに手間や時間のかかっているもの」と
イメージしてくれる方がたくさんいらっしゃいます。
そして
「つくるのに手間や時間のかかっているもの」=「価値のあるもの」
という理解を示してくれる方も多くいらっしゃいます。

でもほんとうに見なければならないのは
「つくるのに手間や時間がかかっているもの」

「それなりの価値が伴っているか」
だと思うのです。

そのものの価値は
そのもの自体の価値であって
「有田焼だから良い」のでは無く「伝統工芸品だから価値がある」のでもなく。

たとえば、すてきだな、欲しいな、と思ったものの背景を詳しく聞いてみたら
「実は日本の伝統工芸品のひとつ、有田焼の伝統技法や文化に基づいたものであった」
というようなことが、格好良いと思うのです。

説明の要らない美しさ

こんにちは!ふじゆりです。

ここ数日、朝日が昇る前の美しい空を眺めていて思うこと。

この景色の美しさを伝えるのに
説明は要らないな、ということです。

有明海から望む朝日。

それは言葉で説明するものではなく
見て・空気に触れて感じるものであって

しかも、おそらく、どんな国の人
どんな文化的な背景を持った人でも、なにかを心に感じる
普遍的なものなのではないかな、と。

よく「芸術がわからない」と言う方がおられますが、
わかる=頭で理解するものではなく
思う=心で感じるものだと思うのです。

他者の評価に左右されるものではなく、
自分が心から良いな、好きだなと思うものが
自分にとって良いもの、なのだと思います。

説明を求められたときに
その「モノ」や「作品」について
美術的・芸術的・歴史的文脈から解釈・説明できることは
つくるひとや、それを橋渡しするプロにとっては必要かもしれませんが

それを受け取る側の人にとって、
心から感動し、愉しむことのできるものには
そんな説明は不要だし、あとからついてくるものだと思うのです。

自然の描き出す美しさは、まさに説明の要らない美しさ。
なーんてことを、朝焼けを見ながら考えたのでした(^^)