オールドタウン。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

オールドタウン。

先日、お茶のお稽古に行っていたら「オールドタウン」という単語が何度も聞こえてきました。写真は博多の御供所町にある聖福寺。

コトバンクhttps://kotobank.jp によると、オールドタウンとは「その都市で最も古い地区。町の発祥の地。」という意味があるようです。

わたしが入門しているお茶の南方流は、博多御供所町にある禅寺・円覚寺に伝わる茶道で、お稽古も円覚寺境内にあるお茶室で行われています。このエリアは大小の寺社の連なる寺町として知られていますが、同時に「旧市街」でもあるのですね。

旧市街、すなわちオールドタウン。朝日新聞デジタル版(2017年12月5日)の記事に、関連記事を見つけました。曰く『福岡市は5日、櫛田神社や承天寺など寺社が集まる博多区の寺町一帯を石畳風の舗装に統一する「博多旧市街プロジェクト」を始めると発表した。』と。

なるほど納得。そういえば、いつも通る道でずっと舗装工事をしていたのは、そういうわけだったのですね。この日は関係者の方が「博多旧市街プロジェクト」の説明をしに、周辺を回っていたのかもしれません。それで「オールドタウン」という単語が飛び交っていたのでしょう。

福岡市のサイトには「博多旧市街プロジェクト」のページができていました。曰く、「博多部の歴史・伝統・文化を活かし,博多旧市街を創生します。」とのこと。インバウンドをにらんでのことですね。海外からの観光客の増加で、問題点もたくさん出てきている京都の前例がありますから、博多の旧市街プロジェクトはそこに学んでくれるといいな、とも思いつつ。

 

 

梅雨入り3。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

梅雨入り3。

梅雨の季節に楽しみたい器をひとつふたつと紹介したら、どんどん紹介したいものがでてきました。我ながら、やっぱり文様の話が好きなんですね。

というわけで3つ目は、これまた蕎麦猪口です。

染付驟雨文蕎麦猪口 藤吉憲典
染付驟雨文蕎麦猪口 藤吉憲典

染付驟雨文蕎麦猪口

里芋の葉っぱと思しき大きな葉を傘代わりにした後ろ姿。驟雨(しゅうう)は、いわばにわか雨です。季節的には梅雨の後期の景色ですね。先日のブログ「梅雨入り。」でご紹介した「傘文」に描かれた雨の雰囲気に比べると、筆致の違いが面白いですね。驟雨では強い勢いを感じます。

梅雨入り。

驟雨文様も江戸時代から描き継がれてきている文様。実はこの文様に出会うまで「驟雨」という言葉を知りませんでした。季節を表す日本語は多種多様。文様を通じて学ぶことがとても多いのです。

読書『新・怖い絵』(KADOKAWA)

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

読書『新・怖い絵』(KADOKAWA)

つい先日、中野京子さんの本をやっと手にしたという話を書いたばかりでしたが‥。

読書『名画の謎』(文藝春秋)シリーズ。

面白いと、連続的に手に取ってしまう性質でして、『怖い絵』シリーズの最新ものを発見。中野京子さんの解説には知的な毒がちりばめられていて、それが麻薬的な面白さになっているように感じます。「名画」の解説として普通は「ちょっと書きにくい」ことを、ウィットに富んだ言い回しで、わたしたちにずばり届けてくださる。作品の背景にある歴史・西洋史の流れを熟知しておられるからこそ、ですね。

そんな『新・怖い絵』から、思わずうならされた文章5つ。


  • 結局、イデオロギーがあろうとなかろうと、いいものは残る。
  • 「時間」は過去から現在を通って未来へ一方通行に流れているとは限らない。
  • 現実が芸術に影響を及ぼすように、芸術もまた時に現実に影響を及ぼす。
  • 論理より美意識のほうがはるかに陶酔を誘う。陶酔は愚かさに似ているが、美意識に殉じる道はやはり煌めいている。
  • 仮装や仮面は何のためか。自己を開放するためのものだ。価値を転換するためのものだ。社会の序列も礼儀作法も性も個も捨てて、変容するためのものだ。

『新・怖い絵』(KADOKAWA)中野京子(著)より


この勢いで、『怖い絵』シリーズにさかのぼって読んでいくことになりそうです。

 

バウハウスってなに!?

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

バウハウスってなに!?

友人であり尊敬する師でもある藤井設計室・藤井ご夫妻と一緒に、モノを生み出すことを生業としている人たちが一緒に学べる場をつくろうとしています。そこで出てきたキーワードが「バウハウス」。もちろん聞いたことがありますが、「バウハウスってなに!?」と問われると、ほぼ説明できない状態であることが発覚。

というわけで、遅ればせながらまずは基本的なことを理解したいと、「バウハウス」に関する参考書類(洋書あり・写真もたっぷり!)を大量にお借りしてきました。

上の写真はその一部、『bauhaus 1919-1933』(tachen)、『Design for the Future』(Hatje Cautz Publishers)、『アール・デコの世界』シリーズ(学習研究社)。

たくさんの写真情報を眺めてまず思うことは、バウハウスが生み出したモノや、その影響を受けたモノ・現象が、現在進行形で生み出され続けているということ。そして、これはあくまでもわたしの個人的な思いですが、「消費され続けているもの」としてのインパクトを感じました。

ただ、わたしは「つくる人」ではないので、そこをきっかけに生まれてきたモノや現象もさることながら、むしろバウハウスが誕生するに至った経緯というか、立ち上げに奔走した人たちが、いったいなにを(どんな状態を)目指していたのかという理念に興味があります。

さて大量にお借りしてきた資料、まだ半分も読むことができておらず、わたしが知りたいことへの解答は得られていません(汗)が、ほふく前進よろしく少しづつ自分のなかに取り込んでいくことができればよいな、と。

ちなみに、次に読みたい本は、この本です(^^)

「目が良い」。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

「目が良い」。

先日は月に一度の 書道部@花祭窯 の日でした。

いろんな方と一緒に字を書いていると、「初心者です」とおっしゃっいながら、お帰りになるころにはとても良い雰囲気の字を書いて行かれる方がいらっしゃいます。

何年もかけても(毎週お稽古しているわけではありませんが^^;)なかなかきれいな字を書くことができないわたしとしては、1~2時間のうちにめきめき「お手本」に近い字を書けるようになる方を目の当たりにすると、すっかり感心してしまいます。

いったい何が違うのでしょうか。

お手本を書いてくれるダンナによると、その違いの第一は、「目が良い」ということ。

ここでいう「目が良い」は、「この形が美しい(きれいな字の)カタチなんですよ」というお手本を見て、その形の美しさのポイントを把握する力があるかどうか、とでもいうところでしょうか。そういえば、めきめき上手になる方は、デザインや造形の心得がある方に多い。形の捉え方に違いがあるのかもしれません。

次に、美術館での教育普及学芸員として第一人者である齋先生の説をお借りすれば、「運動神経が良い」

目で見た「このような形に文字を書くときれい」を、自分の手碗を伝って紙の上に実現(再現)する力、とでもいったところです。運動神経にもいろいろあって、足が早い、力が強いということだけが運動神経の良さなのでなく、思ったように繊細に手腕指を動かすことができるというのもまた、運動神経なのですね。

そして、なんといっても「集中力がある」

半紙に向かう1~2時間の集中力を感じます。そして、その集中力の背景には、その(筆で字を書くという)動作を楽しんでいる、という状態があります。楽しんでいるといっても、表情は真剣そのもの。真剣に向き合って楽しむことができている状態が、もっとも集中力が発揮される状態なのだと、見ていてつくづく思います。

月一度の書道部。個人的には目下、第二の要素である「運動神経」を鍛えるべく、くりかえし「書く」ことに勤しんでおります(^^)

 

 

 

 

中国茶をぐい呑みで。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

中国茶をぐい呑みで。

お友だちが上等な中国茶葉を分けてくださったので、ウキウキとティータイム。お茶の色を楽しみたかったので、色が見える器に淹れようと思ったのですが、わたしが持っている中国茶器の揃いは、土もの(陶器)。というわけで、サイズ的に近い(厳密にはやや大きめでしたが(汗))ダンナ・藤吉憲典作のぐい呑みでいただくことに。

で、上の写真です。色を見て「おお~!」飲んでみて「おお~!」と、二度楽しい。とってもおいしくて、好みの味でしたので、これはどんなお茶なのだろうとお茶が包稀ていたパッケージを確認したところ、プーアール茶のようです。

わたしは中国茶を飲むのは好きですが、詳しくはないので、さらに『中国茶の基本』なる本で探してみたところ「プーアール茶の熟茶」であるらしいことが判明。プーアール茶は「黒茶」と呼ばれるもののひとつなのですね。この色合いに納得です。黄金色をした中国茶も好きなのですが、今回このお茶をいただいてみて、自分の好みはどちらかというとこっち(熟茶)だ!とわかりました。

「お茶の色も楽しみたい」と思うときは、やっぱり杯は磁器の白い生地のものだと、より色が映えますね。実は今年に入ってから「中国茶器」のオーダーをいただいている藤吉憲典。そのためいろいろと資料を集めておりましたが、そろそろ本制作に取り掛かることができそうです。素敵な磁器の中国茶器もどうぞお楽しみに(^^)

 

徳り庵でお茶。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

徳り庵でお茶。

このところしばらく徳り庵でお茶を点てることをサボっておりました。が、日に日に色を増す庭の緑や花々に後押しされて、久しぶりにお茶会。

なにしろお茶室が小さいので、一度にお招きできるのは1~2名。裏を返せば、個別にゆっくりとお話ができる機会です。

徳り庵はもともと外廊下で繋がる厠を改装したもの。改装したとはいえ、元の骨組みというか作りはそのまま生かし、2カ所についていた窓も、そのまま残して灯りとりにしています。

今回お招きした方々がまず目に留めてくださったのが、その窓から伸びた緑。

花祭窯徳り庵

昔のままの木製の窓枠の隙間から外の蔓植物が入り込み、聚楽風の土壁に根を這わせていたのでした。もちろん日々の掃除の際に気づいてはいたのですが、景色として面白いかなと、そのままにしておいたところ、皆さん面白がってくださいました。

さて、この蔓。果たしてどこまでそのままにしておいてよいものか、しばらく様子を見たいと思います。

 

 

南坊忌の献茶茶会に参加してきました。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

南坊忌の献茶茶会に参加してきました。

南坊忌は、毎年この季節に南方流で行われる、茶道南方流遠祖・南坊宗啓禅師を祀る献茶式です。献茶式ののち、残茶拝服として濃茶と淡茶をいただきます。

この日は気持ちの良い晴れ。庭に新緑とツツジが映えるなか、献茶のお点前と和尚さまのお経。とても清らかな気分になるひとときでした。

年に一度のこの機会は、わたしにとっては南方流で茶道をならう意味をあらためて自分に語りかける機会でもあります。


南方録とは

千利休が茶道の秘伝を高弟であった南坊宗啓に折々に伝えられ、それを書き留めたものを一巻一巻の末尾に千利休が奥書証明してある全七巻の本でございます。(中略)南坊宗啓は禅僧としては一休禅師の孫弟子にあたり、千利休と同じ堺の出身でもあります。(中略) 茶もいろいろございます。道具の茶、骨董の茶、交際の茶、美食の茶、芸術の茶、様々ありますが、茶の本道は修行による人格の向上、和敬の道こそが本意であります。それでこそ初めて禅寺でやる意味があります。

「南方流茶道のご案内」より)


南方流に出会えてよかったと、つくづく(^^)

 

安朗さんの酒器と茶碗。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

安朗さんの酒器と茶碗。

昨日、備前の徳利の話をブログに書いたところで、「そういえば、その前の京都土産は安朗さんのうつわだった!」と思い出しました。

安朗さん=山本安朗さん。花祭窯創業間もないころからのお友だち(先輩)でもある、土ものの作家さんです。某ギャラリーで初めてお会いしてから、酒の器・茶の器・花の器の素晴らしさと、飾り気のないお人柄に、すっかり魅了されています。

我が家にはことあるごとに集めた安朗さんの器(酒器と茶碗)があるのですが、存在感と使い勝手の楽しさが抜群です。そう、日本語が少しおかしいかもしれませんが、「使い勝手が良い」を飛び越えて「使い勝手が楽しい」のです。

山本安朗さんの酒器

そろそろ、日本酒呑み会を計画せねば。

 

岡山土産、備前の徳利。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

岡山土産、備前の徳利。

先週末、ダンナ・藤吉憲典が岡山のギャラリー栂さんでの個展に顔を出してきました。個展でお客さまにお会いできるのが、なによりのありがたい機会です。
ご来場の皆さま、ほんとうにありがとうございます。

さて、栂さんのギャラリーがある和気町は備前の近く。当日の宿を備前にとってくださっていたので、個展会場に向かう前にあちらこちらの窯元の展示場を訪問することができたようです。よい感じの徳利をゲットしたと嬉々として見せてくれました。

備前徳利、香山窯

備前の徳利、香山窯

備前の徳利、香山窯

いいでしょう♪実物は写真よりももっと素敵です(^^)

我が家は磁器の器は自前でたくさんありますが、土ものは他所の作家さんのものを手に入れるのが楽しみのひとつです。

香山窯さんは現在三名の備前焼作家さんがおられるようで、花押を確認したところ、この徳利は柴岡力さんの作でした。

少し窯キズがあるということで、破格のお値段だったようですが、言われないと気づかないくらいの小さなキズでしたし、気づいたところで景色として味にこそなれ、です。姿かたちの美しさもさることながら、手に持ってわかるつくりの良さに、思わず「いい買いものしたね!」と撫でまわしてしまいました。

ダンナに「花挿しに欲しい」と打診してみましたが、「これは徳利」と却下され。これはそのうち自分で探しに出かけるしかありません。

備前にも行かねば、です。