こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。
読書『新・リア王(上・下)』(新潮社)
高村薫さん。『晴子情歌』を読んだあとで、あのボリュームを自分のなかで消化するのに休憩が必要かと思っていましたが、早く読みたい気持ちが勝ちました。これぞ本の力ですね。現在、上巻を読み終わり、下巻に入ったところです。
描かれているのは『晴子情歌』の登場人物のその後です。が、単純に続きということではなく。このようなかたちで続きを書くことを最初から考えていたわけではなかったと、高村さんもおっしゃっていたようです。
そうなると気になるのは「何が、このようなかたちで続きを書くことを後押ししたのか」です。おそらく、ご本人へのインタビューなどで理由が語られていると思うのですが、現時点でわたしはそれが何かを知らないので、その「何」を自分なりに推測してみるのもいいかな、と思いつつの読書でした。
1970年代から80年代の国政を駆けた地方選出代議士たる父と、禅僧となったその外腹の息子の、対話というか語りで綴られる871ページ。わたし自身にとって、自分が生まれてから成人するまでと重なる、その時代の移り変わりを知る機会となりました。政治家の名前も、政治的キーワードも、聞き覚えのあるものが少なからず、当時は聞き流していたそれぞれの持つ重みが今になって感じられました。
小説の中で語られる舞台となる高度成長期70-80年代。高村薫さんの書く小説が変わったとされるのは、1995年以降。『新・リア王』の出版は2005年。多くの日本人の価値観が変わったと言われた、2011年以降。そして今2020年。地方と中央、政治家・官僚・市民。なにか変わったのか、どう変わるべきなのか、ほんとうに変わり得るのか、考えさせられつつ読み進めています。
ハードカバー版の表紙は、上下巻それぞれにレンブラントによる老人を描いた絵が用いられています。人生の黄昏を感じさせる陰影が、小説タイトルに重なります。