三日三晩の土用干し、とは参りませんが、梅仕事の進捗状況。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

三日三晩の土用干し、とは参りませんが、梅仕事の進捗状況。

北部九州地方の梅雨入りが発表されました。例年よりもずいぶんゆっくりだったようです。一昨日まで続いた晴れも、昨日の雨を境に、週間天気予報は曇/雨マークが並んでいます。そこに突入する前の貴重な晴れ、ということで、今朝から梅干を干しています。

「ビン干し梅干し」方式を取り入れるようになってから、土用干しに神経質にならなくなりました。手抜きといえばそうですが、毎年のことなので、気楽に作れることのほうがありがたく。土用干しを簡略化した「ビン干し」梅干しのつくり方をわたしに教えてくれたのは、『梅ぢから』という一冊の本。もう10年以上『梅ぢから』一冊。基本的な梅仕事がひと通り載っています。

ビン干しの方法は、上の写真の通り、梅干を仕込んだビンをそのままお日さまの当たる場所に置くだけ。梅干を広げて干すと、とっても良い香りが広がるのは知っていますので、その魅力は理解しつつ、一つ一つ並べるのは、とっても時間と手間のかかる仕事でした。大きなざるを広げる広いスペースも必要ですしね。それに比べると、まずは楽に、晴れていればいつでもできるのが、ビン干しの良いところ。そしてなによりも、天気の急変に慌てなくて良い、というのが一番です。ビンのふたを開けて干しますが、お天気が心配なときはラップをしておけば、上からお日さまは当たるけど雨は入らない、という便利さがあります。

毎年梅干を漬けているので、今年付けた梅を実際にいただくのは2年後3年後。梅干つくりをはじめた最初の頃に、一度カビさせてしまったことがあって、それ以来、塩の分量をレシピよりも多めにしていますが、年数がたつごとに熟成して味がまろやかになりますので、いただく頃には塩分の強さもだいぶ和らぐという算段です。

美味しく出来上がりますように♪

『梅ぢから びん干し梅干しから梅酢みそまで』(農文協)藤清光/中山美鈴 著

今気が付きましたが、農文協から出ていましたね。農文協から刊行された本は、つい先日も紹介したばかり。なにげにお世話になっていますね。

外に出れば井戸端会議―津屋崎千軒には「スアイ」があります。

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外に出れば井戸端会議―津屋崎千軒には「スアイ」があります。

「スアイ」というのは、ここ津屋崎に越してきてから初めて聴いた言葉でした。細い路地を意味する言葉で、津屋崎千軒ならではの景色を表現する言葉になっています。方言なのかもしれません。入り組んだ細い路地が縦横に走り、ときに袋小路になっている津屋崎千軒は、さながら迷路のようでもあり、初めて来る人は迷子になりがちです。

上の写真は、花祭窯の玄関前の小道から海の方を見たところ。「路地から見える海」は、津屋崎千軒の代名詞のような景色だと思います。こんな路地がたくさんあるのですから、迷子になったとしても、楽しめる方は楽しめるはず!?そして海は日々時々でその表情をくるくると変えますので、何度同じところから同じ方向を眺めても、決して飽きることがありません。

さて一日座り仕事をしていると、ダンナもわたしも気分転換に「ちょっと散歩行ってくる」ということがしばしばあるのですが、そうして「ちょっと」のつもりが30分になり、1時間になり…ということがしばしば。暑くなってきた今日この頃は、スアイを抜ける潮風に涼を求めて外に出ているご近所さんが少なからず、会えばそこで井戸端会議がはじまりますので、そのような事態になります。これがまた愉しい。

そしておしゃべりをしていると、その流れで「藤吉さん、玉ねぎ持ってる?」とか「筍持ってる?」とかの話題になり、お裾分けをいただくというありがたい自体もしばしば。散歩で本格的に歩きだす前に、両手いっぱいの頂きものを持って家に帰る、ということが起こったりします。嬉しいですね。ちなみに「ちょっと散歩」が、より長時間になりがちなのは、実はワタシよりもダンナ。見た目にわかりやすいことと、フランクなスタンス、そしてよくしゃべるおかげで、あっちこっちで呼び止められています。

津屋崎に移転してきた翌年にも、「井戸端会議」のタイトルでブログをアップしていました^^

お茶、いよいよ奥点前「天目(てんもく)」のお稽古に入りました。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

お茶、いよいよ奥点前「天目(てんもく)」のお稽古に入りました。

茶道南方流に入門したのは、2013年のことでした。2012年に佐賀花祭から福岡津屋崎に移転して来て、30代のときに3年ほどだけ習ったお茶を習い直そうと、教室を探していて見つけたのが、博多の禅寺円覚寺で「南方録」をもとに禅茶の稽古をしている南方流でした。

茶道南方流

もともと流派にはまったくこだわるものではなく、窯元おかみの仕事上必要なことが最低限身に付けばとはじめた茶道。佐賀時代は、同じ町内で裏千家の先生(正式には先生の先生)をしている方のご厚意で、まったくの初心者でありながら先生方に混ざってお稽古をつけていただいていたのでした。たった三年ではありましたが、その時に茶道の所作の基本にあるもの=動きと精神性を学ぶことの意味・価値を、体験として教えていただきました。

さて茶道教室。ネットで探していたのですが、南方流のサイトで目にした茶道精神がなんとなくしっくり来たので、体験に足を運んだのが第一歩でした。お師匠さん=和尚さんが直々に説明をしてくださり、「やっぱり自分に合いそうな気がする!」と、即座に入門を決めたのでした。その後は、素晴らしい先生方・先輩方に囲まれて、お稽古を続けています。お茶に限らず、お稽古事を継続できるかどうかは、学びの内容もさることながら、現実的にはそこでの人間関係が大きく影響すると思います。そういう意味でも、南方流(南方会)に入門したことは、わたしにとってこれ以上ないベストな選択でした。

2019年3月に、最初の免状である「初伝披露懐石」で、日頃の成果を披露する懐石茶会の亭主を務めました。この時、茶会を終えてご挨拶に伺ったときに和尚さんにいただいたのが、「スタート地点に立ちましたね」の言葉でした。

初伝披露懐石を務めたあとは、「奥点前」と呼ばれるお稽古に進みます。ところが翌年からコロナ禍下となり、お稽古が進みにくい状態が3年ほど続きました。それでも少しづつ少しづつ、先生方がお稽古の機会を作ってくださいました。おかげさまで、奥点前のお稽古を進めてくることが出来ています。

「天目」は、南方流では基本的に納めるべきお点前の一番最後のものと説明をいただきました。もちろん、その他にも場面に応じてさまざまなお点前がありますので、まだ習ったことの無いものがたくさんあります。まずは「天目」を目指してお稽古を積んできた後で、さらに展開があるというように理解しています。その天目のお稽古を自分がするようになるとは、なんだか実感がないというのが正直なところなのですが、ともあれこの春から天目のお稽古がはじまりました。

天目はそもそもお茶碗の種類の名前。そのお茶碗を載せる「天目台」を使ったお点前は、南方流では専ら「献茶」の儀式の際に行われています。いわば非日常的なお点前です。お稽古をはじめて気が付いたのは、とにかく袱紗を捌く回数が多いこと。そういえばお炭手前の御稽古を始めたときに「掃除ばっかりしている」という印象があったのを思い出しました。先生方も冗談半分に「何回袱紗捌きがあるか、数えておきましょうか」とおっしゃられるほど、とにかく「捌いて、拭いて」すなわち「清める」所作が繰り返されます。

この春からスタートした天目のお点前のお稽古は、これから丸一年かけて続きます。今はあたふたしているお稽古が、一年後には多少なりとも落ち着いていることを願いつつ、精進いたします。

再放送のお知らせ:NHK 美の壺 File543「青と白の粋 染付の器」。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

再放送のお知らせ:NHK 美の壺 File543「青と白の粋 染付の器」。

藤吉憲典がほぼ丸二日間撮影に協力し、2021年7月に初回放映があったNHK BSプレミアム 美の壺「青と白の粋 染付の器」。本放送から四年目となる今年も、ありがたいことに再放送が続いています。先日6月9日の放送後も、たくさんの反響をいただきました。ありがとうございました。

今年はもう一回、来週の月曜日に再放送が決まっておりますので、お知らせいたします^^

NHK Eテレでの再放送と、NHKプラスでの配信となります。


NHK 美の壺 File543「青と白の粋 染付の器」

6月17日(月)午前5:55〜6:24 Eテレ

NHKプラスでの配信(同時配信+放送後7日間)


藤吉憲典は、番組後半「三の壺」での登場となります。早朝の放送になりますが、朝型生活を送っていらっしゃる皆さま、ご興味がありましたら是非ご笑覧くださいませ。

今年も山笠シーズンスタート―津屋崎祇園山笠 祝 復活50周年。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

今年も山笠シーズンスタート―津屋崎祇園山笠 祝 復活50周年。

今年は復活50周年だから、と言われ、つい何年か前に「○周年」があったような気がするなぁと思いつつ調べると、2014年に「津屋崎祇園山笠発足300年」なるものがありました。そういえばあったわ!です。どうやらその時が「復活40周年」でもあったようで、つい最近のように感じていましたが、既にそこから10年経ったのですね。

津屋崎の山笠は「丘」「新町」「北」の三つの流れがあります。花祭窯は新町にあるので、新町の山に参加しています。50周年記念行事の大役を引っ張る、三つの流れを統括する会長さんが新町から出ておられるので、花祭窯も(というか、ダンナが)記念行事に入用なお仕事を、ちょっとばかりお手伝いいたしました。

津屋崎祇園山笠 祝!復活50周年

さて先週末は、新町の山笠スタート日でした。7月から本格化する山笠行事に向けてのスケジュール確認をし、参加者の結束を図るための行事、だと理解しています。ごりょんさんにとっても仕事始め。メインの、山の本番当日と前日の差し入れづくりに向けて、役割分担し、集合作業の時間と場所を共有します。ごりょんさんのお仕事は、年々負担が軽くなってきています。ひとつには、若い方々がなかなか集まらないので、これまでのやり方をそのまま続けるのは無理があり、かといってごりょんさん文化をなくしてしまうのも…というところ。これはもう時代の流れなので、仕方の無いことでしょう。新町の若き会長さんとその奥さまが、試行錯誤してくださっています。

コロナ禍が明けての昨年は、飲食を提供するにもかなり神経を使い、方法を考えました。今年は感染症対策はしつつも、ほぼコロナ禍前の状態と同様にできそうだということで、少し気持ち的に楽です。先日の初寄りでは、わたしはキャベツを8玉ざく切りにする、というミッションを仰せつかりました。このあと7月から本番当日までは、小ネギの大量みじん切り、ゆで卵100個、ウインナー大量炒めなどの担当が決まっています。ふだんではありえない量を扱うのは、非日常で面白いのです。

津屋崎祇園山笠2024年の日程は、7月20日(土)が裸参り、翌21日(日)が本番の追い山です。日程詳細や、関連する展示イベントは、こちらでご確認いただくことが出来ます。

津屋崎祇園山笠 祝!復活50周年

↓昨年の山笠・裸参りの様子はこちらからご覧いただくことが出来ます↓

菖蒲まつり開催中の「光の道」でお馴染み宮地嶽神社は、今、紫陽花も見頃です。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

菖蒲まつり開催中の「光の道」でお馴染み宮地嶽神社は、今、紫陽花も見頃です。

毎年この季節になると思い出すのは、2021年のNHKBSプレミアム『美の壺 File543「青と白の粋」』の撮影です。「三の壺」に登場する藤吉憲典紹介のオープニング部分は、『美の壺』ディレクターさんの強いご希望で、早朝の宮地嶽神社、菖蒲園のあたりで撮ったものなのでした。

今年も菖蒲まつりがスタートしたので、足を運んでまいりました。菖蒲まつりと言いつつ、もちろん、菖蒲も美しかったのですが、より目を引いたのは紫陽花。ということで、眼福をお裾分けいたしますね。

宮地嶽神社の紫陽花

宮地嶽神社の紫陽花

宮地嶽神社の紫陽花

宮地嶽神社の紫陽花

宮地嶽神社の紫陽花

菖蒲まつりは、6月中旬頃まで。期間中は、日没〜21:00まで掲題のライトアップをしています。また「菖蒲フォトコンテスト」を開催中で、こちらは6月14日(金)まで。わたしが観に行った時も、平日午後にもかかわらず、カメラを構えた皆さんがたくさんいらっしゃいました。腕に覚え有、の方は、ぜひチャレンジしてみてはいかがでしょう^^

宮地嶽神社 菖蒲まつり

十二種類の向付(むこうづけ)、続々完成中―肥前磁器作家・藤吉憲典の仕事。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

十二種類の向付(むこうづけ)、続々完成中―肥前磁器作家・藤吉憲典の仕事。

制作における新しいチャレンジとして「十二種類の向付の新作制作」に取り組んでいます、とご紹介したのは約ひと月前のことでした。

やきものの制作工程は、ざっとこんな感じ

土こね→成形→素焼→下絵付(染付)→施釉→本窯焼成→上絵付(赤絵)→赤絵窯

で、現在は染付が出来上がった段階まで来ております。

※制作工程の詳しくは、以前にまとめた記事がありましたので、よかったらご覧くださいね↓↓

さて、向付12種類。すべて新作になるため、染付の呉須(ごす)と釉薬の種類の組み合わせがデザインと合っているか、確認する仕事も入ります。作家の頭のなかでは、窯に入れる前に完成イメージが出来上がってはいるものの、実際には「ほぼ思惑通りに上がった」というものと「ここは、こうした方がよかった」というものとが出てきます。「こうした方がよかった」の方は、呉須と釉薬との組み合わせなどを修正して、次回の窯にのぞみます。

向付とは、懐石料理に用いられる器のひとつで、お刺身など酒の肴(「お向こう」と呼ぶそうです)になるものを盛り付ける器です。お膳の向こう正面に置かれる、いわばメインの器。わたしたちも、食事をしに行くときには、料理人さんの器使いが楽しみのひとつですが、向付にインパクトがあると、やはり「おお!」となります。そもそもなぜ12種類と思ったのかといえば、和食では季節ごとに器を変えるから。ある料理人さんとお話をしていて、春夏秋冬の四季では実は足りなくて、12か月で使い分けたいし、もっと欲を言えば、1カ月に2種類あっても良いということを伺ったからです。

たしかに食材を考えても、半月違えば旬が変わってくるものもたくさんあります。ならば、ということで、まずは12種類の新作に挑戦しているのでした。ところが面白いもので、作り始めると次々に案が出てくるようです。結果、カタチだけでも12種類以上が出来上がっていて、そこに染付・赤絵・染錦と文様の組み合わせを加えたら、20種以上になりそうな勢いです。

実物をご覧いただけるのは、7月から。銀座黒田陶苑さんでの個展と、博多阪急さんでの個展がスタートになります。それぞれの個展のご案内は、またあらためて。ぜひ楽しみにしていてくださいね。

藤吉憲典の制作活動のようすは公式インスタグラムで!https://www.instagram.com/ceramicartist_kensukefujiyoshi/

今年も梅仕事―まずは佐賀・花祭にて梅の収穫をしてまいりました♪

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

今年も梅仕事―まずは佐賀・花祭にて梅の収穫をしてまいりました♪

先週、佐賀有田に仕入出張に出かけたときに、花祭窯の創業地にも寄って、草刈りをしてきたのでした。

そのときに梅をチェックしたところ、今年はちゃんと実がついていたのは1本だけ。その1本も、実の数は例年に比べると少なかったのですが、その分、と言いましょうか、一つ一つが大きめに実っていました。まだ熟してはいませんでしたが、青梅としてはじゅうぶん収穫時期を迎えたと言える状態でしたので、近々行かねばと思っていたのでした。

ご近所のお友だちに声をかけて、いざ梅摘みへ。当日は写真の通りの快晴で、風もなく、湿度もなくからっとして、最高の梅摘み日和でした。道具は、剪定ばさみと、のこぎりと、脚立と、高枝切りばさみ、それに下草刈り用の、草刈り機と手鎌です。ダンナが草刈りをしている間に、お友だちとせっせと梅摘み。重労働ではありませんが、ふだん使わない筋肉を使うので、いい運動になります。

毎年同じ反省を繰り返しているのはわかっているのですが、桜伐る馬鹿梅伐らぬ馬鹿、の「梅伐らぬ」はわたしたちのことよね…と、上へ上へと伸びている梅を眺めながら思うのです。「脚立+高枝切りばさみ」という合わせ技を駆使しつつ、落っこちて怪我をしてはなりませんので、安全な範囲内での収穫となりました。

それでも目についた梅はだいぶ摘むことが出来たと思います。収穫のあとは、来年以降に向けて少しでも梅が元気になるように、無駄な枝を落としたり、絡んでいる蔓を断ち切ったりの仕事をしてきました。大きな梅の生る木に、今年は実がついていませんでしたので、来年はたくさんつくかな、と期待しつつ。

さてこの後の梅仕事は、仕込みです。今年は我が家は梅干を漬けこむことさえできればOKなので、それほどたくさんは要りません。梅酒、梅サワー、梅干を漬けるというお友だちに、じゅうぶん持ち帰っていただくことが出来て、一安心。今日はこれから梅干を漬けこむ「塩」を買いに行ってきます^^

花祭窯の磁器制作材料や道具は、佐賀県有田の陶磁器産業の方々にお世話になっています。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

花祭窯の磁器制作材料や道具は、佐賀県有田の陶磁器産業の方々にお世話になっています。

花祭窯の独立以来ずっと、材料や道具は有田焼の産地である佐賀県有田とその近辺にある関連産業の事業者さんにお世話になっています。そしてその多くは、藤吉憲典が独立前に、有田の複数の窯元で社員として商品開発をしていた時からお世話になっていたところ。つまり窯元勤め時代を合わせると、30年を超えるお付き合いがあるところも少なくありません。

独立前から、伝統工芸である有田焼はバブル期の割烹食器需要をピークに衰退の一途をたどっていました。花祭窯を開いたのは1997年ですが、当時、産地の方々からは「よくこんな景気の悪い時期に独立するね」と言われたものでした。その後も多くの窯元・メーカーが廃業するのに伴い、関連産業の事業者さんも廃業に追い込まれたところがたくさんありました。そんななか、堅実なお仕事で産地を支えてくださっている事業者さんのおかげで、今も安心して仕事ができることは、ほんとうにありがたいことです。

さて久しぶりに、有田への仕入出張にダンナと一緒に行ってきました。ダンナは1‐2カ月に一度くらいの頻度で有田に足を運んでいますが、わたしはここ数年足を運べず。前回は2021年かな…コロナ禍があったとはいえ、ずいぶんご無沙汰してしまいました。

久しぶりの有田は、街並み自体はそれほど変わったようには見えませんでしたが、連なるお店や会社の名前がずいぶんと変わったところもあるようでした。釉薬やさん、絵具やさん、筆や機械などの備品を扱う陶芸材料やさん、化粧箱やさん、梱包材やさん…陶磁器産業を支えるさまざまな事業者さんが集積しているのを見ると、やはりここは一大産地なのだなぁと思います。

磁器土を扱う陶土やさんだけは、有田からほんの少しだけ離れた嬉野市塩田川沿いにありますが、これは有田泉山の磁器土が採石できなくなってから、熊本天草で採石された原料土が水路で運ばれてきたからという地理的な理由があるようです。

さて必要なものを買い揃えたあとは、古くからの友人であり、陶芸作家としての先輩でもある、陶房七〇八・豊増さんの工房へ。連絡無しにふらりとおじゃましても、いつも嫌な顔一つせず、中国茶でもてなしてくださいます。久しぶりにご夫妻とお会い出来て嬉しかったうえに、ちょうど北京に行ってこられたという豊増さんに、現地情報をいろいろとお伺いすることができました。

佐賀に行くと、独立以来ずっとさりげなくサポートしてくださっている皆さんにお会いできて、初心に戻ります。そういう場所があることのありがたさを、あらためて感じた一日でした。

映画『劇場版「鬼平犯科帳 血闘」』を観てきました。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

映画『劇場版「鬼平犯科帳 血闘」』を観てきました。

行こう行こうと思いながら、久しぶりの映画鑑賞。いつものご近所TOHOシネマです。前回観た『ジャンヌ・デュ・バリュー』からふた月も空いてしまいました。2024年の三本目です。

フランス映画の次は邦画、それも時代劇です。池波正太郎生誕100年企画で新たに復活した鬼平犯科帳。

『鬼平犯科帳』といえば、わたしの頭に浮かぶのはもちろん中村吉右衛門。テレビで観たことのある世代です。今回は吉右衛門の甥である松本幸四郎が長谷川平蔵を演じることに加え、その青年時代を幸四郎の実息である市川染五郎が演じるという、話題性たっぷりの作品。気になっていたところに、観た人からの「よかった!」という感想があちらこちらから聞こえてきましたから、これはもう観に行くしかありません。

約二時間の上映時間、自分の記憶にある鬼平犯科帳のイメージ・世界観を損ねることなく期待以上で、見終わったときに「良かった!」と思わずつぶやきました。松本幸四郎さんは、この役のために体重を増やしたかしら?と思しき貫禄が出ていました。吉右衛門さんに比べると、遊び人らしい風体というか色香が少し足りないかなぁという感じもしましたが、やや堅物っぽい雰囲気の鬼平も、個人的には好みでした(笑)染五郎さんの演じる、青年時代の平蔵も、良かったです。

映画館で時代劇もいいなぁと思わせる一本でした。まず思いがけず、画的にとても見応えがありました。ストーリー的には、どんなふうに話が展開するかなんとなくわかっているのだけれど、それでも手に汗握りドキドキする。そんな予定調和の醍醐味を、久しぶりにたっぷり満喫いたしました。エンディングで次作への伏線が張られていましたが、こちらは時代劇専門チャンネルでの番組になるようですね。劇場版ならぜひ観に行きたいところでしたが、ちょっぴり、いやかなり残念です。上の写真は、フリーペーパー「TOHOシネマズマガジン」に載っていたインタビュー記事より。このインタビューで松本幸四郎さんがおっしゃっていることもなかなか素敵でした。

劇場版「鬼平犯科帳 血闘」

約ふた月ぶりの映画館での鑑賞は、やっぱり良かったです。大きな画面に好い音響、映画上映のために作られた空間ですから、その違いは大きいですね♪