読書『アンジェリク 緋色の旗』(講談社)藤本ひとみ

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『アンジェリク 緋色の旗』(講談社)藤本ひとみ

まだまだ続きます、一人で勝手に「藤本ひとみ祭り」(笑)。『マリリン・モンローという女』『シャネル CHANEL』『皇妃エリザベート』『王妃マリー・アントワネット<青春の光と影>』『王妃マリー・アントワネット<華やかな悲劇のすべて>』に続いては、『アンジェリク』。

フランス革命の時代を「国王側」から描いたのが『マリー・アントワネット』なら、同じ革命を「国王ではないもの」の側から描いたひとつが『アンジェリク』。この国・この時代に対する著者の熱い思い入れが伝わってきます。別の視点から描かれた同時代のストーリーを続けて読むことで、点が線につながる感じとでも言いましょうか、世界史に疎いわたしも、少しは理解が深まったような気がします。

「国王ではないもの」とは、さまざまな階層の貴族であり、経済力をつけたブルジョワジーであり、労働者であり、農民であり、そのどこにも入れない者たちであり。上から目線の『マリー・アントワネット』の物語とは一転して、『アンジェリク』は地を這うような人間臭さのあふれるストーリーでした。

そのなかに秘められた「どう生きるのか」の問いが、この本の主題であったように、わたしには感じられました。主人公アンジェリクがなんども自問する「仕事がなくては食べていけない。食べていけないということは、生きていけないということだった。だが、この仕事でいいのだろうか。これを選んでいいのか。この道を歩いていって本当にいいのだろうか。」の思い。これが中心にあったと感じました。

一人で勝手に「藤本ひとみ祭り」、まだしばらく続きそうです^^

いろいろと動き出している、卯月(うづき)。

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いろいろと動き出している、卯月(うづき)。

卯月八日は、お釈迦様のお誕生日「花祭り」でした。花祭窯の窯名は、創業地の通称「花祭」からいただいたもので、お釈迦様の誕生日とは関係が無いのですが、あやかっておめでたい気分になるので、毎年嬉しくなります。創業時に窯の名前を考えていたときには、実は「花祭り」の意味を知らなかったのですから、不思議なものですね。

お釈迦様のお誕生日としての花祭りは、インドから中国を経て日本に伝わってきた仏教行事として知られていますが、もともと「卯月八日(うづきようか)」は日本の農村部にとって大切な節目だったようです。『和のしきたり』(日本文芸社 新谷尚紀著)によると、万物が生長に向かって動き出す月で、農事をスタートする大切な節目として、日本各地で豊作と無病息災を祈る行事がさまざまに行われてきました。

さて動き出しているのは、農事だけではなさそうです。日本では新年度が4月スタートなので、このタイミングで動き出すものもいろいろとあるのでしょう。花祭窯でも、新たに楽しみな打診をいくつかいただいています。創業以来ずっとチャレンジの連続ですが、何歳になってもその機会をいただけることが、とてもありがたいです。ひとつひとつの機会を大切にし、育てていきたいと思う今日この頃です。

フリートークでブレスト。

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フリートークでブレスト。

使い勝手の気軽さが気に入って、このところよく使っている「Zoomでのよろず相談」。特に実務レベルの課題をピンポイントで専門家に聞くことができて便利です。先日新たに「知りたいこと」が出てきたので、「福岡県よろず支援拠点」に問い合わせ。取り次いだ係の方が「それなら○○さんが全般的にお詳しいです!」とおススメしてくださいました。聞けば相談スケジュールもすぐに埋まりがちとのことで、それは人気が高いのだろうと、細かく調べずにその方に頼むことにいたしました。

さて相談日、話をはじめてすぐに、実はそれほどその分野にお詳しくなさそうだということがわかってきました(笑)。でもとても聞き上手。こちらが話すことを上手に整理してくださいます。意見を交わしつつ必要な情報を画面共有で一緒に調べていくことができそうでしたので、当初の課題解決にはこだわらず、フリートークで考えを深めていくことに方針変更。結果、もともと持っていた課題の根本的解決には至らなかったものの、別のアプローチの可能性が広がり、これはこれで充実した1時間となりました。

さて相談時間が終わりというときになって「実はわたしの専門は…」と切り出されたので、思わず笑いました。思いがけない展開ではありましたが、結果オーライ。なるほどこういう使い方もできるのかもと、「よろず相談」の使い方の幅が広がりそうに思いました。もちろん、専門家の方がどれだけ柔軟に対応してくださるかによると思いますが。ともあれ、今回もお世話になりました^^

映画『アンナ・カレーニナ』の美術に感動。

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映画『アンナ・カレーニナ』の美術に感動。

「読んでいなかった名作を」シリーズで『アンナ・カレーニナ』を読んだのは、昨年初めのことでした。ずいぶん前に読んだような気がしていましたが、まだ1年ちょっとしか経っていませんでした。古くはグレタ・ガルボ、ヴィヴィアン・リー、ソフィー・マルソー、その他にもいろいろと映像化されていますが、今回私が見たのは2012年の米英合作版。

新潮文庫上・中・下巻で合計2000ページ越えの超大作。どうしたら2時間ほどの映画に収まるのだろうとドキドキしましたが、余計な心配でした(笑)ストーリーに必要な要所をきちんと抑えていたからなのでしょう、無理に端折った感じはせず、引き込まれました。

舞台を思わせる場面展開、美術の使い方、そして美しい映像。ヴィジュアル的に、とても満足感のある映画でした。わたしが特に目を惹かれたのが、機関車の象徴的な使い方と、舞踏会での艶やかなダンスシーン。そういえば、アンナとヴロンスキーの出会いのシーンにはじまり、アンナが自死に至るまで、重要なシーンは機関車とともにあったのだと、映画を見てあらためて思いました。

また舞踏会での社交ダンスシーンが、とても印象的でした。舞踏会のシーンはいろいろな映画で目にしますが、「踊り自体」に釘付けになったのは、初めてだだったような気がします。特に手の動きが、とても不思議で美しい動きでした。そして、このシーンに込められたたくさんの意味。セリフで冗長に語らせなくてもこれだけ伝えることができるのだと、感嘆しました。

さかのぼって過去に映画化されたものを見てみたいと思った半面、本作がとてもよかったので、そのイメージを保つには、別のアンナ・カレーニナは観ない方がいいかもしれませんね。そう思わせるくらいのインパクトでした。映画館で見たかった映画です。

今年度も福津市エコショップ申請。

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今年度も福津市エコショップ申請。

花祭窯のある福津市には「エコショップ認定制度」があります。この制度がいつからあるのかは忘れてしまいましたが、花祭窯はここ数年ずっと認定を受けています。令和3年度の申請案内が、市役所から届きました。

福津市には、環境保全やゴミ処理関係を扱う「うみがめ課」があります。自治体の課としては洒落たネーミングですよね。「福津市エコショップ認定」の担当をしているのも、うみがめ課。省エネルギー・省資源、ごみ減量化、再生利用促進などの取り組みに関するチェック項目があり、申請・審査により福津市エコショップに認定されます。そういえば、福津市は「SDGs未来都市」でもあります。

花祭窯では特別なことはしていませんが、まだ福津に移転してくる前の開窯時からずっと続けていることとして、下記のような取り組みがります。

  • 梱包材(段ボールや包装紙、緩衝材など)の再利用
  • ご自宅用にお買い上げくださったお客さまへの簡易包装。
  • 事務用品など、事業所で使う物品購入におけるエコマーク商品・グリーンマーク商品・再生品の積極購入
  • 事業所で出たゴミの分別回収。
  • 省エネ電球等活用による節電

こうして見ると、エコな取り組みは、そのまま事業経費を削減する取り組みにもつながることが多く、一石二鳥。ところで今年度から、ウェブでのエコショップ申請ができるようになったということで、さっそくウェブから申し込みました。制度の案内・申請・認可をすべてオンラインで完結すれば、紙の書類も郵送の手間も必要無くなりますから、それこそエコですね^^

読書『王妃マリー・アントワネット<華やかな悲劇のすべて>』(角川書店)藤本ひとみ

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『王妃マリー・アントワネット<華やかな悲劇のすべて>』(角川書店)藤本ひとみ

一人で勝手に「藤本ひとみ祭り」継続中。『マリリン・モンローという女』『シャネル CHANEL』、ちょっと時代をさかのぼって『皇妃エリザベート』(1837-1898年)、さらに約100年さかのぼり『王妃マリー・アントワネット』(1755-1795年)。前半『王妃マリー・アントワネット<青春の光と影>』が読んでいて辛くなるストーリーだったので、少し休憩して気持ちを整えてから、後半(続き)である本書に手を伸ばしました。

少女時代よりもさらに追い詰められていく後半生、どんなに辛いストーリーだろうと思いきや、『王妃マリー・アントワネット<華やかな悲劇のすべて>』でのマリー・アントワネットは、少女時代にはなかった意志や強さを持って描かれていました。その悲劇的なストーリーにもかかわらず、読み手の同情を寄せ付けない強さを感じました。

小さな過ち、些細な選択ミス、少しの油断が積み重なって、知らず知らず困難な立場に追い込まれているところへ、革命という時代の流れが抗いようもなく押し寄せてくる。誰が悪いとも言えない、ただそういうタイミングであったのだと感じました。誰もがその流れのなかで翻弄されていたのだろうと。

登場人物たちが、とても魅力的でした。わたしがこれまでに読んでいる藤本ひとみさんの著書では、登場する女性がいつも(欠点も含めて)とても魅力的に描かれているのですが、本書では男性の登場人物の存在感を強く感じました。マリー・アントワネットの恋のお相手フェルセンはもちろんのこと、解釈次第では悪者にされそうな夫・国王ルイ16世の複雑さの描写がとてもよかったです。

映画も観たいし、舞台も観に行かねば!と思わせる、マリー・アントワネットの物語でした。

久しぶりにEC(Electronic Commerce)の勉強会。

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久しぶりにEC(Electronic Commerce)の勉強会。

お友だちが「少人数での勉強会どう?」と声をかけてくださって、実に久しぶりにオフラインでの勉強会に参加してきました。

ここ一年は、ビジネスでの学びもオンラインでのセミナーや勉強会ばかり。なかでも技術的な勉強会は、Zoomを使ってマンツーマン形式で学ぶことがほとんどでした。少し前にこのブログにも書いた「よろず相談」もそのひとつ。ピンポイントで「今知りたいこと」を専門家から学ぶことができて効率的だった半面、思いがけない方向に派生していくことは、ほとんどありませんでした。

さて少人数勉強会。参加者各々が持っている課題を解決していく過程で、自分の仕事においての課題と重ねて考えることができるのが、一人で学ぶのとは大きく異なる利点です。自分が気づいていなかったテーマが明らかになったり、課題解決方法としてまったく思いがけない提案があったり。やっぱり一人で黙々と考えているだけでは、世界が狭くなるなぁ、と痛感しました。

「これを知りたい」と思ったときに、直線的に答えが返ってくるのは気持ちの良いものですが、「別の課題を持った自分以外の人」が同じ場所にいることで、そこから解が多様に広がっていくことの面白さを久しぶりに実感した少人数勉強会でした。なにげない無駄話のなかにも、ヒントがたくさん。これが大人数になってくると、広がりすぎて訳が分からなくなるので、わたしにとっては、少人数がちょうどよいようです。

以下、備忘。


  • 写真がきれいならオーバーレイは外した方がベ良い。テキスト載せたいなら画像に入れてaltで残す。
  • EMS送料はその都度試算するのではなく、方面と重さでパターンを作成し選べるように。
  • タグ→サイト内検索に有効。タグを正確に、該当するものはすべて入れ直す。
  • コレクション(カテゴリー)、タグをうまく使う。
  • FB、インスタ→海外向けEC。
  • デジタルコンテンツ制作:Udemyなど参照。
  • コンテンツ+モノの組み合わせ販売。
  • Paypay払い増→ソフトバンクペイメント。
  • 手軽に画像制作→Canva。
  • それは本当に必要か?このタイミングで業務・仕組みの見直し。

おかげさまで、出かけるときには考えてもいなかった方向での事業の可能性を見出すことができました。やっぱり顔を合わせて学ぶことで生まれてくるものがありますね。誘ってくれたお友だちに心より感謝!です^^

2021年最初の藤吉憲典個展テーマは「おさらい」。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

2021年最初の藤吉憲典個展テーマは「おさらい」。

4月に入りましたね。5月に東京西麻布の桃居さんで開催される「藤吉憲典 陶展」の案内状用の器を桃居さんに送りました。毎回のことではありますが、DM用の器を選んでいると、いよいよ展覧会が迫ってきた感じがいたします。上の写真は、これまでの個展案内状の数々。いつもスタイリッシュなDMを作ってくださる桃居さんです。

今回、藤吉憲典が掲げているテーマは「おさらい」。ダンナにとって今年は焼物(やきもの)と出会って丸35年であり、独立して25年目に入る年になります。さらに次のステージに進んで行くために、このタイミングで「おさらい」をしようということになりました。基本の食器を作り直すことで原点を再確認し、そのうえで飛躍する。「守破離」の大前提となる大切なステップになりそうです。

昨年は外に出る機会が減り、作ることにより集中する一年になったことが、原点再確認への呼び水になったようです。また師を持たないダンナの「師」である「柴田コレクション」を所蔵する佐賀県九州陶磁文化館に、新たに「柴澤コレクション」が加わり、お披露目の展覧会「特別企画展 柴澤コレクション」が学び直しの機会となったことも大きかったようです。

すでに個展用の制作に入っていますが、独立当初に作っていたものなど、懐かしい顔ぶれを生き返らせる作業は、なかなか楽しそう。「あれを今作ると、こうなる」を見ることができるのは、その道のりを知っているわたしにとっても愉快です。個人的にもう一度作って欲しいものも多々(笑)

5月21日(金)-5月25日(火) 藤吉憲典陶展 桃居(港区西麻布)

肥前磁器作家・藤吉憲典の焼物キャリアの原点と道のりを眺めることができる展覧会になります。個展案内状ご希望の方は、オンラインショップ花祭窯蕎麦猪口倶楽部からお申込みいただくことができます。

マーケットイン/プロダクトアウト

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

マーケットイン/プロダクトアウト

新商品開発中というお友だちと話をしていて、マーケットイン/プロダクトアウトなんて言葉(マーケティング用語)があったなぁと、思い出していました。

この用語については、恥ずかしい思い出があるのです。30年近く前、新卒入社の新人研修でのこと。研究開発部門のマネジャーがこの言葉を口にし「どういう意味か説明できる人いる?経済学部卒の人っているのかな?」と言われ、唯一経済学部卒であったわたしに視線が集まったのでした。まだ入社して数日。立ち上がったものの、緊張で頭が真っ白になり、ちゃんと説明できないまま赤面していたら、そのマネジャーがさらりと助けてくれたのでした(笑)

ごく簡単に言うと、マーケットインは、買う立場の人々に必要(求められている)という発想から商品やサービスを提供していくことであり、プロダクトアウトはその逆に、商品やサービスを提供する側から発想する経済活動になります。実際の経済活動は、きっちりどちらかという二元論的な分かれ方をするものではないとわたしは考えていますが、「発想の方向」を説明するときに使いやすい用語だと思います。

プロダクトアウトで「ものづくり」をする典型的な例として「芸術家」を思いつく人も多いかもしれません。「何を作れば売れるか」ではなく「作りたいものを作る。それが売れたらなお嬉しい」という思考回路を持っているという意味では、真です。でも、職業として芸術家である以上、それで「食べていく」のは必要なこと。たとえば教会や王様や貴族がパトロンになっていた時代、パトロンの求める絵を描き彫刻をつくっていたことを考えると、それはマーケットイン的経済活動と呼べると思うのです。

さらにさかのぼって古代の芸術を考えると、神様への捧げものとしての色彩が強くなります。ここでも「神様が喜んでくれるものを」と、壁画を描いたり神器を作ったりしたと考えると、発想の方向としてはマーケットインです。対価として求めていたのが貨幣ではなく五穀豊穣であったり無病息災であったり、というところ。実際にはそれらは等価なものとして交換できるものではありませんから、直接的に得ていたのは心の安定だった、というところでしょうか。

時代をくだって近代の芸術を考えても、たとえばパリの「サロン」を中心とした芸術の発展は、やはりサロンという名のマーケット志向であったといえます。つくる側(商品を提供する側)から見ると、「サロンで評価されるものを作れば売れる」可能性が高いので、評価されやすい傾向のものを描く(=マーケットイン)発想を持つ者が出てくる。買う側にしてみても「サロンで評価されているものを買えば(いろいろな意味で)失敗しない」という打算で作品を求める側面はとても強い。結果として「サロン」からはみ出た芸術家たちこそが、対価を求めずに自分の創作欲求を貫いた真の芸術家であるという評価も出てくるのかもしれません。

「現代においては、マーケットイン/プロダクトアウトの二元論ではマーケティングは語れない」という話を最近よく耳にする(目にする)のですが、実はそれは現代に限ったことではないのでしょう。購買行動の背景にある動機が、単純に説明できるものばかりではないのと同様に、商品(芸術家なら作品)を世に出すという行動の背景にあるものも、単純明快に説明できるものばかりではない…などということを考えていた春の午後でした。

読書『王妃マリー・アントワネット<青春の光と影>』(角川書店)藤本ひとみ

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『王妃マリー・アントワネット<青春の光と影>』(角川書店)藤本ひとみ

一人で勝手に「藤本ひとみ祭り」継続中です。『マリリン・モンローという女』『シャネル CHANEL』、ちょっと時代をさかのぼって『皇妃エリザベート』(1837-1898年)、さらに約100年さかのぼり『王妃マリー・アントワネット』(1755-1795年)にたどり着いたところです。西洋史をもとにした小説で知られる藤本ひとみさんの著書のなかでも、このあたりの時代は特にお得意なのではないかというイメージがあります。

エリザベート、マリー・アントワネットの物語を生み出している背後に控える「ハプスブルグ家」。2019年秋から2020年初にかけて国立西洋美術館で「ハプスブルグ展 600年にわたる帝国コレクションの歴史」が開催されていました。ちょうど同じタイミングで東京に出張していたことを思い出し、足を伸ばして観に行けばよかったと、今頃悔やんでいるところです(笑)ハプスブルク家が蒐集したコレクションと、王家の人々の肖像画の数々。エリザベートマリー・アントワネットも、絵画でその姿を確かめることができます。そういえば2017年に福岡市博物館で開催された「神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ2世の驚異の世界展」ルドルフ2世も、ハプスブルグ家です。上の写真はその展覧会でのもの。

さて『王妃マリー・アントワネット<青春の光と影>』、読んでいて辛くなってくるストーリーでした。国の意思を背負って14歳で嫁ぎ、政治の道具として政争に巻き込まれていく女の子の物語。マリー・アントワネットの恋の相手フェルセンのいうとおり、「マリー・アントワネットには、客観的な視点が欠けているのだ。自分の行動を冷静に分析することができない。これを正すためには、誰かがそばにいて助言してやらなければならなかった。」のに、誰もいなかったのであり、「このヴェルサイユは陰謀の巣で、王妃様のような方が住むには危険すぎるところ」で「今の王妃様には、誰か力になってくれる人間が必要」だったのです。フェルセンが助け舟を出したときには、もう遅すぎたのでした。

この物語は『王妃マリー・アントワネット<華やかな悲劇のすべて>』に続いていきます。ここからギロチン台へと進んで行くことがわかっているだけに、まさに悲劇そのものの物語が展開されることがイメージできます。ちょっと一休み入れて、気を取り直してから続きを読もうと思います。