緒方先生の「博物館浴」研究が、じわじわと広がっています。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

緒方先生の「博物館浴」研究が、じわじわと広がっています。

2016年から継続的に、九州産業大学地域共創学部・特任教授の緒方泉先生が主導してくださる博物館学芸員研修に参加しています。気が付けばもう10年。間にコロナ禍があり、研修の方法は現地開催からオンラインへと主な軸足を移しましたが、オンラインならではの広がりを持つ「オンライン語り場」など、全国各地の学芸員さんたちと一緒に学ぶ機会が続いているのは、館に所属せずに動いているわたしには特にありがたいことです。

さてその緒方先生の提唱する「博物館浴」。昨今は各種メディアに取り上げられることも増えてきたようで、そのニュースをお聞きするたびに嬉しくなります。先日は、NHKラジオ「Nらじ」に、博物館浴特集のテーマで生出演なさったとの情報をいただきました。そこで緒方先生がお話しなさった最新の動きのなかから、またいろいろと思うところがありましたので、以下考察。


  • 日本国内の博物館当施設のうち、年間入館者数が1万人に満たないのは、全体の47%にあたり、前回5年前より減少傾向(2026年3月日本博物館協会発表・有効回答数2507館)。
    →約1200館で、入館者年間1万人=週1休館として1日当たり約30名に満たない状態。
  • 「教育の場=敷居が高い」から「健康増進の場」へ。
    →これは、変えていくというのではなく(無意味な敷居の高さは取りはらっていくべきだけれど)、両方の役割を果たせる場所としての進化が必要。
  • スローウォーキング&スロールッキング。
    →スローアート。「たくさん見る」よりも「じっくり見る」=鑑賞の本質。
  • デジタルストレス。
    →デジタル化が進めば進むほど、「実物(本物)を見る(触れる)」というアプローチはますます価値あるものになっていく=身体性。
  • 例えば「こんな状態のときには、こんな絵」→個別対応が有効であると実証できれば、「処方箋に『博物館』と書く」は、ますます具体性と現実味を帯びてくる。

最新の知見を得て、広がった考察はこんな感じ。今特質すべきキーワードとしては、個人的には「スローウォーキング&スロールッキング」、デジタル化の逆をいく「身体性」だと、強く感じています。

緒方先生の博物館浴の実証実験は、今年も国立西洋美術館(東京上野)をはじめ、各地で予定されているようです。美術鑑賞と健康増進との関係性にご興味のある方、もしお近くの博物館施設で実施されるときは、ぜひ一度参加してみてください。「博物館浴」で検索すると、関連情報がいろいろと出てきます^^

読書『女王陛下に捧ぐ、王家の宝の在処』(講談社)市塔 承 著

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『女王陛下に捧ぐ、王家の宝の在処』(講談社)市塔 承 著

いつものカメリアステージ図書館新刊棚より、豪勢な雰囲気の表紙につられて借りて参りました。その分厚さ(33mm、480ページ!)に少々ひるみつつも、まあ、途中でギブアップしてもいいや、と手に取りました。第66回メフィスト賞受賞作ということで、どんな賞なのかしらとググりましたら「京極夏彦さんが先鞭をつけ、森博嗣さん、清涼院流水さん、西尾維新さん、辻村深月さんなどミステリー、エンターテインメントの異才を送り出してきたのがメフィスト賞です」と出て参りました。なるほど。

読み始めて間もなく、早くも手が止まりかかりました。というのも、本書の半分以上を「本の中に本」の入れ子構造が何重にもなって現れたので。まず本書『女王陛下に捧ぐ、王家の宝の在処』の中に『女王陛下に捧ぐ、王家の宝の在処』があり、その中に『本泥棒と少女』、その中に『ヒアヌビレの業績録』、その中に『砂漠に残された真実』、その中に『水神叙事詩』が出てきます。5階層になっている物語を行ったり来たりしながら進んでいくので、頭がこんがらがりそうになりながら、手を止めること数回。ところが途中から、本の中でもこの構造のややこしさに対して登場人物が「もう読むのをやめたい!」とキレはじめるので、その喜劇的な雰囲気が面白くて、読み続けることができました。

さて内容はといえば、喜劇ではまったくありません。複雑な構造が神秘を感じさせる冒険・歴史小説的でありながら、現代まで続く、宗教・権力・戦争をテーマとした社会小説だと、わたしは思いました。分厚くて面倒くさい(笑)一冊ですが、いろいろな意味で面白い一冊です。ぜひチャレンジしてみてください^^

『女王陛下に捧ぐ、王家の宝の在処』(講談社)市塔 承 著

読書『チャックの数奇な人生 イフ・イット・ブリーズ』(文藝春秋)スティーヴン・キング著

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読書『チャックの数奇な人生 イフ・イット・ブリーズ』(文藝春秋)スティーヴン・キング著

現在公開中の映画『サンキュー、チャック』。あちらこちらで映画評を読んで、観たいなぁどうしようかなぁ、と悩んでいたところに、いつものカメリアステージ図書館新刊棚で原作邦訳の本書を発見しました。映画公開のタイミングできっちり入れてくださっている、司書さんのアンテナに感謝です。

原著は中編4編が入って1冊、という形のようですが、日本での刊行となった本書は、そのうちの2編『ハリガンさんの電話』と『チャックの数奇な人生』が入って1冊になっていました。両編とも、ホラーのスティーヴン・キングではなく、人との温かい交流が主題となるキングです。日本語訳はそれぞれ、安野玲訳・高山真由美訳となっています。ちなみに中編4編のうちの残り2編は、次巻として『もし血が流れれば イフ・イット・ブリーズ』のタイトルでもうすぐ発売されるとのこと。

さて最初は『ハリガンさんの電話』。少年と老人の交流が描かれていて、ほっこりしながら読んでいたら、途中からゾッとさせられました。これがあるからスティーブン・キングです。油断してはならないなぁと反省(笑)。こういうのを読むと「スタンド・バイ・ミーを書いた人なんだよな~」と、今更ながらに思います。わたしは知りませんでしたが、『ハリガンさんの電話』も映画化されていたそうで、たしかに映像がイメージできるストーリーでした。

次は『チャックの数奇な人生』。映画評で読んでイメージしていたよりも、ずっと深い物語でした。当たり前ですね。「ハリガンさん」で油断していましたので、今回は用心しながら読みましたが(笑)、こちらはゾッとさせられることなく読み終えました。「数奇な人生」となっていますが、1点を除けばさほど数奇というほどでもなく、全体として温かさが伝わってくるものでした。第三幕、第二幕、第一幕と遡っていく構成になっています。終幕である第一幕のタイトル「わたしのなかにはたくさんのものがある」に、ジンと来ました。本書でキングが言いたかったことが、この「わたしのなかにはたくさんのものがある」に詰まっていたように思います。

原著にはキング自身が「あとがき」を書いているということで、こちらも興味津々。邦訳版では、次巻に作者解説として掲載されるようですので、これは次巻も読まねば!ということですね。ともあれ本書を読み終えて、映画も観たいなぁと、思いました。来週あたりでお終いになる館もあるようなので、行くなら急がねば、です。

『チャックの数奇な人生 イフ・イット・ブリーズ』(文藝春秋)スティーヴン・キング著

初心にかえり「お薄」のお点前―お茶のお稽古2周目に入りました。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

初心にかえり「お薄」のお点前―お茶のお稽古2周目に入りました。

入門している茶道南方流では、基本のお棗(なつめ)での薄茶点前からお稽古をスタートし、平棗、中継ぎ、吹雪、弦付きなど、種類に合わせて微妙に扱いの異なるお点前に進みます。その後、濃茶手前、炭点前、懐石茶会、奥点前…と、次第に複雑になるお点前をお稽古し、最高位のお点前として天目台を用いた「お献茶」があります。ともあれ、薄茶が一番最初=基本ということです。

干支を一周する時間をかけて、わたしが「お献茶」まで辿り着き「天目」のお免状を拝受したのは、つい先月の事。お献茶までは、学ぶお点前の順番がきちんと決まっていますが、お献茶を経たのちは毎回のお稽古で何を習うかは、各人に任されます。どうしようかとさほど考えるまでもなく、一番最初に戻ることにいたしました。

なにせ習ったのが10年以上前のお薄点前。みごとに忘却の彼方です。先生に「すっかり忘れています。ご指導よろしくお願いします!」と言い訳しながら、臨みました。そうして実際にお点前を終えたときに感じたのは、なんとも言えない清々しい潔さ。先月までお稽古をしていた「天目」では、ひとつのお点前が完了するのに1時間近くかかっていましたが、30分もかかりません。とてもシンプルです。そしてシンプルだからこそ、たいせつな要素がぎゅっと詰まっているような感じがしました。

「薄茶の一番最初って、こんなふうだったのね!」と、なんだかとっても嬉しくなりました。初めて習ったときには必死過ぎて何も見えていなかったのが、少しは見えたような感じ。何が見えたのかは、いまだ定かではありませんが(笑)これからひとつひとつ復習していくのが、とても楽しみなっている2周目です。

再読書『サロメ』(文春文庫)原田マハ著

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

再読書『サロメ』(文春文庫)原田マハ著

出先で、電車のお伴を!と本屋さんに駆け込みました。電車のお伴には、持ち運びやすい新書版か文庫版です。ぷらぷらと文庫の棚を眺めていたら、目に飛び込んできたのが、見覚えのある本書の表紙の黄色。読んだことがあるのは確かだけれど、そのときは図書館で借りたんだったよね?(=我が家蔵書、ダブってないよね?)と記憶をたどりつつレジに並びました。

前回読んだのは2017年のことで、本書『サロメ』の単行本でした。初版が2017年1月となっていましたので、出てすぐに読んでいたようです。今回手に入れた文庫版は2020年初版となっていました。わたしとしては、約10年ぶりの再読。黄色い表紙に「見覚えがある」と思ったのですが、実は採用されている絵が違うものでした。どちらも、オスカー・ワイルドの『サロメ』のために描かれたビアズリーの絵ですが、単行本は「クライマックス(お前に口づけしたよ、ヨカナーン)」で、文庫は「踊りの褒美」。

さて再読の原田マハ版『サロメ』。ビアズリーと、ビアズリーの姉・メイベル、ワイルド、ワイルドの恋人・ダグラスの四つ巴はなんともおどろおどろしく、再読とはいえ緊張しながら読みました。昨年久留米市美術館で開催された「ビアズリー展」での印象と、そこで手に入れた画集のおかげで、最初に読んだ時よりも、当時の時代背景や実際のビアズリーの作品とその変遷のイメージが残っていたので、より没入感がありました。

あとがきは『怖い絵』シリーズでお馴染みの中野京子さん。

原田マハ著は、たいがい読んでおりますが、現時点でのわたしにとってのベスト3は、

  1. 『楽園のカンヴァス』
  2. 『サロメ』
  3. 『キネマの神様』

という感じです^^

『サロメ』(文春文庫)原田マハ著

読書『福音列車』(KADOKAWA)川越宗一著

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読書『福音列車』(KADOKAWA)川越宗一著

いつものカメリアステージ図書館の蔵書検索から、川越宗一さんの著書追っかけで初の短編集でした。これまでに読んできたのが、いずれもずっしりとした長編でしたので、短編集だとは思わずに読み始め、いきなり物語が終わってしまったときには「え!もうおしまい!?」とびっくりしました(笑)。

『ゴスペル・トレイン』『虹の国の侍』『南洋の桜』『黒い旗のもとに』『進めデリーへ』の5つの短編で構成されています。舞台は順に、アメリカ、ハワイ、パラオ、シベリアとモンゴル、インドで、時代は明治維新の後から、第一次世界大戦、第二次世界大戦と流れます。近現代における、日本と外国とのかかわりを垣間見ることができる5編でした。

近現代史を小説で読むことの良いところは、歴史で学ぶ「史実」とされているそれぞれの場面には、その時代を生きた人がいるという当たり前のことが、きちんと伝わってくることにあると、わたしは感じています。登場人物たちが生きている空間はフィクションの中ではありますが、そのフィクション空間を、どれほど膨大な資料が支えているか。歴史小説を書く作家さんたちの凄さに頭が下がりつつ、の読書です。

川越宗一さんの短編集。氏の著書をこれから読んでみようかな、という方がいらっしゃいましたら、お試しで読んでみるのに本書はちょうど良いかもしれません。ここまでガッツリ長編を読んできたわたしとしては、本書の5編の物語がそれぞれ長編になったらどんなふうになるかしら、と思わずにいられませんでした。それぞれをテーマとした長編が出るといいな、と期待しています。

『福音列車』(KADOKAWA)川越宗一著

花祭窯の海外向け商談資料の制作。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

花祭窯の海外向け商談資料の制作。

3月にジェトロさんの海外ビジネス人材育成事業のフォローアップがあったのをきっかけに、数年ぶりにジェトロさんのサービスにお世話になることになりました。10数年前から、海外ビジネス関係での情報集めやスキルアップに、いくつもの公的機関にお世話になっています。国関係では、ジェトロ、中小機構、九州経済産業局などなど。福岡県の機関でお世話になりまくった「福岡アジアビジネスセンター」は、昨年に組織替えで新たに「グローバルコネクト福岡」となりましたが、こちらはわたしにとっては少々使い難くなったかな、というところ。

各機関が提供している様々な支援事業は、日々更新されるので、わたしは主に各機関が発行するメールマガジンでチェックしています。タイミングよく自分たちの欲するものがあれば、その施策を活用すべく申込。このとき、支援事業の内容が合うかどうかというほかに、その時に対応してくださる担当者さんとの相性もあるのが、現実的なところです。そして実はここ数年、ジェトロの地方での窓口であるジェトロ福岡さんとは、どうもうまく繋がらない状態が続いていました。ジェトロさんは異動があるので、こういうときは次を待ちます(笑)。

この4月にジェトロ福岡の担当者さんが新たに着任なさり、落ち着いたかなという頃にお電話したところ、とても親切丁寧に対応してくださいました。さっそく活用したい施策をご相談したところ、的確にご案内をくださり、おかげさまで少し前に進むことができそうです。先日のフォローアップでご紹介いただいた「プラットフォームサービス」の活用と「TAKUMI NEXT」へのチャレンジです。

プラットフォームサービスは「現地での知見、地場企業、地元政府当局等とのネットワークに強みを持つ現地在住のコーディネーターを配置し、日本からの進出・輸出、海外現地法人の運営に関する課題・悩みに関するご相談に対応します」(ジェトロの公式サイトより)というもの。花祭窯は、その情報提供のなかでも「取引先候補となる事業者のリストアップ」のサービスをお願いすることに。申し込むにあたり、申請フォームに自社情報を入力していくという作業に加えて、必要に迫られたのが「海外商談資料」あるいは「パンフレット」の提供でした。

というわけで急遽、海外向け商談資料の制作。ほんの10年ほど前を振り返ると、この手の資料は印刷物としての提供が当たり前で、印刷経費を考えれば、そこそこ汎用性のあるものを制作するものでした。今ではPDFで送信する形でOKですし、むしろその方が喜ばれますから、そうなると汎用性の高さよりも、提出先への個別最適化重視です。花祭窯の最新情報を入れ込み、目的に合った内容にフォーカスして「その都度編集」しています。

いちいち個別に最適化した資料をつくるのは、内容の検討がたいへんなようにも感じますが、これもまた生成AIのおかげで、便利に短時間で作れるようになりました。「花祭窯」あるいは「藤吉憲典」について、これまでのインプット情報が残っていますから、そこに必要に応じて参照資料をプラスして、「こんな海外商談資料を作りたい」といえば、構成案から文章の候補まで出てきます。修正を繰り返しながら、自分の意図を実現するものを、約半日で作り上げることができました。

すごい時代だなぁ、と思いつつ、無事必要な資料を提出完了出来てホッ。

再々読書『The Book of Tea 茶の本』(IBCパブリッシング)岡倉天心

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再々読書『The Book of Tea 茶の本』(IBCパブリッシング)岡倉天心

先日『禅と日本文化』を読みましたので、その流れで復習しようと、本書を引っ張り出してまいりました。再読書!と思いきや、どうやら3周目。最初は2015年、次は2022年。ブログの読書記録を見直すと、読むたびにどんなところに自分が引っかかっているのかがわかり、変わらないところと変わるところがあるのが面白いです。

というわけで3回目の『茶の本』、以下備忘。


  • 西洋がもっぱら「物質」や「理性」を重視するのに対して、日本は「審美」や「内省」を重んじる(松岡正剛氏による前書き「生の芸術の響き」より)
  • 紛れもなく「生の術」である茶道(「死の術」である武士道に対して)
  • (道教の教義を多く受け入れていた南方の禅宗で禅僧らが1個の茶碗から茶を飲んだ)この禅の儀式が、やがて15世紀の日本の茶の湯へと発展
  • 宋の茶は1191年、南方禅の流派に学んでいた栄西禅師の帰国とともに日本に伝来
  • (南方禅の広がりとともに)宋の茶の儀式と茶の理想も伝わった。15世紀の将軍足利義政の時代までには、茶の湯は完成
  • あなたの美的感情を受け入れ、極限まで満たせるような虚
  • ありふれた日常の事が、精神的なことと同じくらい重要
  • (茶道の理想は)人生の些細な出来事の中に偉大なものを認識する(という禅の考えからきている)
  • 見渡せば 花ももみぢも なかりけり 浦の苫屋の 秋の夕暮れ(藤原定家)
  • 現在をより楽しむ
  • 過去の創造を無視するのではなく、それを自分たちの意識の中に取り込んで吸収しなくてはいけない
  • 芸術は普遍的な言語
  • 今日の芸術はまさしくわれわれのものであり、われわれの姿を映している
  • 現在こそが永遠である
  • 完璧なものは、見つけることさえできればいたるところにある

3回目の読書でまず「おお!」と思ったのは、岡倉天心の熱量でした。憤りの大きさがストレートに伝わってくる文章が随所に見られ、この方はすごく怒っていたというか、憂いていたんだなぁ、と、改めて思いました。本書の良いところは、日英の文章が見開きで両側にあるので、対応する箇所をすぐに確認できるところです。なるほど最初に英語で記述しているから、余計に直接的な言いようになっているのかもしれないな、などと思いつつ。次に読むときには、どんな読み方になるのか、我がことながら楽しみです^^

『The Book of Tea 茶の本』(IBCパブリッシング)岡倉天心

読書『ある一生』(新潮社クレストブックス)ローベルト・ゼーターラー著/浅井晶子訳

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『ある一生』(新潮社クレストブックス)ローベルト・ゼーターラー著/浅井晶子訳

先日初めて読んだ、著者の『名前のないカフェ』の読後感の温かさにひかれて、ローベルト・ゼーターラー氏の著作を追っかけることに。いつものカメリアステージ図書館で検索をかけたら、何冊か出てきました。ありがたいですね、さっそく予約して借りて参りました。

主人公エッガーの視点で淡々と語られる、彼の一生の物語。新潮社の公式サイトでの本書の書評に、作家の池澤夏樹氏が「普通の男の特異な生涯」と書いていて、それがあまりにもぴったりでした。エッガーの生涯には、養父の暴行によって一生残った足の不自由、若妻との雪崩による死別、ロシアでの8年間の捕虜生活と、かなり過酷な出来事があったにもかかわらず、それらがあたかも特別なことではないかのように淡々と受け止めて(受け入れて)いるように、物語は進みます。

劇的に描くことも出来そうな生涯を、自身に起こった災難を格好良く受け流しているというのでもなく、「ふつう」に生きる姿。それがどうしてこんなに感動するのだろうと、とても不思議でした。この感覚を上手に説明する言葉は見当たらないのですが、本書は80万部を超えるベストセラーになっているそうで、国や文化を超えて共感を誘うものがあるということなのだと思います。

池澤夏樹氏の書評にある「来るものをすべて受け入れ、来なかったものを思わない」主人公の美質が、読後の満足感につながっているのかもしれません。

『ある一生』(新潮社クレストブックス)ローベルト・ゼーターラー著/浅井晶子訳

読書『天地に燦たり』(文春文庫)川越宗一著

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『天地に燦たり』(文春文庫)川越宗一著

追っかけ継続中の川越宗一著作を、いつものカメリアステージ図書館から予約で借りてきた一冊。図書館の新刊棚と並んで、蔵書検索からの予約システムは、たいへんお世話になっている仕組みのひとつです。本書は著者のデビュー作にして、松本清張賞受賞作。

手にとって最初に思ったのが「燦(さん)たり」ってどういう意味だ!?でした。「燦」の文字、ふだんあまり使いませんし、眼にすることも少ないような。真っ先に思い浮かんだのは「愛、さんさんと」ではじまる美空ひばりの歌(笑)。検索したところ、「燦」には「きらきらと明るく、まぶしい様子」という意味があることがわかりました。

文春の公式サイトでの本書の紹介をお借りするならば「日本、朝鮮、琉球。東アジア三か国を舞台に、侵略する者、される者それぞれの矜持を見事に描き切った歴史小説」。日本というよりは薩摩藩としたほうが、登場人物の説明にしっくりくると思います。豊臣秀吉の朝鮮出兵を中心に、「国」に振り回されながらも強く生きる者たちの姿に、ページを繰る手が止まりませんでした。

わたしが読んだのは文庫版で、あとがきを本書の編集担当者さんが書いておられて、それがまた、とても良かったです。編集担当者さんの、本著作への熱い思い入れが伝わってくると同時に、文学賞の賞レースがどのようであるのかをちょっぴり垣間見ることができて、とても興味深かったです。

『天地に燦たり』(文春文庫)川越宗一著