読書『家日和』(集英社文庫)奥田英朗著

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『家日和』(集英社文庫)奥田英朗著

このところ立て続けに読んでいた、奥田英朗著作品。『家族のヒミツ』『我が家の問題』と読み、本書で「家族小説」三冊を読了したことになります。もっともいずれも文庫であり、刊行順とは異なる順番での読書になりましたが。

さて『家日和』。安定の面白さでした。あえて順位をつけるならば、わたし個人的には読んだ順=刊行が最近のものの方が、好みだったような気がします。それにしても、サクッと読める量で面白いお話を完結させる力量は、すごいものだなぁ、と思います。

本の面白さというのは、いろいろあると思いますが、奥田英朗著の家族小説シリーズでは、深刻な重々しさが無く、けれども毒はあって、クスッと笑えて読後は爽快、な面白さを楽しみました。読み終わって数日もしたら、それぞれのストーリーや、それらに対する感想はほとんど消えてしまうのですが、その軽やかさがまた良いのです。

すっかりはまってしまったところで、著者を紹介してくださったお友だちから、「奥田英朗をより深読みするには」と、おススメの著作リストを頂きました。

  1. 『最悪』『無理』『邪魔』
  2. 『延長戦に入りました』『泳いで帰れ』『用もないのに』
  3. 『イン・ザ・プール』『空中ブランコ』『町長選挙』

3冊づつの、3ジャンル。この順番で読むと、面白みが増すとのお達し。少し休憩してから、この順番で読むことにチャレンジしようと計画中です。持つべきものは本好きの友。大量に本を読んでいる友人の存在はとてもありがたく、そういう師匠的な友人が何人も周りにいることが、とても嬉しい今日この頃です。

再読書『名画の生まれるとき 美術の力II』(光文社新書)宮下規久朗 著

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再読書『名画の生まれるとき 美術の力II』(光文社新書)宮下規久朗 著

再読書。本書に出会ったのは、5月の連休中のことでした。一度目はさらっと通して読みましたが、刺さる部分が多くて、これはあらためて要点箇条書きしておきたい!と思ったのでした。

以下、備忘。


  • 日本の美術教育はこうした実技、つまり「お絵かき教育」に偏重しており、欧米と違って美術鑑賞や美術史を教えることがほとんどない
  • 元来、美術というものは(中略)言語と同じく、ある程度の素養が必要であり(中略)こうした知識は日本の学校教育では得られないが、美術館に足を運び、適切な美術書を読むことによって培うことが出来る。
  • 古今東西を通じて造形文化が存在しない社会や文明は無い。美術は分け隔てなくあらゆる人間に作用するものである。
  • 美術は美術館にあるものばかりではない。かたちあるものすべてが美術になりうる。
  • 個人的な趣味ではなく、ある造形物が社会的・文化的・歴史的な意味や価値を持つとき、それは美術作品となり、そのうちでとくに質が高くて力のあるものが多くの人に見られ、語られることによって、名画や名作になるのである。
  • 美術は文字と同じく知性を動員してみて考えるべきものである。
  • 西洋では古来、美術は文化の中心とみなされてきた。そのため多くの国では、日本とちがって、美術をどう見るかという美術史が義務教育に組み込まれている
  • 小型のものを愛する日本人の美意識
  • 名画は公共のものであり、人類の遺産として本来すべての人に鑑賞されるべきである。しかし、ほんとうに価値の分かる個人に大事に所蔵され、愛される方が名画にとっては幸福ではないのか
  • そこ(博物館や美術館)に行けば、その地の文化や歴史についての概略を手早くつかむことができる
  • ミュージアムの真価は、情報よりも本物のモノに出会わせてくれることにある。
  • 情報を得るにしても、モノと対面することは、書物や映像から得られるのとはちがう臨場感とある種の緊張感を伴うものだ。
  • ミュージアムの文脈とは、その地域の歴史や美術史、民族史や自然観といった、西洋の近代的な価値観に基づいた思想である。
  • ミュージアムを必要としないということは、モノが本来の環境で生きているということ
  • 当初の空間にある方が美術館の明るい空間よりもよく見えるのが当然である。
  • 大事なのは、ミュージアムの文脈だけでモノを見ないで、当初の環境の中でとらえること
  • ロンドンのナショナル・ギャラリー(国立絵画館)は、世界一バランスの良い美術館
  • 感覚を麻痺させる酒は、日常と非日常、人間と神とを媒介する手段であった。
  • 天才が酒によって詩作したということが称えられるのは、きわめて東洋的である。
  • (西洋では)彼らの作品が酒の力によって生まれたと考える者はいないし、それを称賛する言説もないだろう。
  • 日本人の自然観や美意識は、花や紅葉に彩られた恵まれた自然だけでなく、こうした美術の名品の数々によっても培われてきたのである。
  • 彼ら(狩野派)の古典学習は徹底しており、雪舟や南宋水墨画をはじめとする膨大な古画を忠実に写し取っていた。(中略)そして彼らが室町や中国の古典をどん欲に吸収して後世に正確に伝えたことによって、日本の絵画伝統が受け継がれ、その質が長く保たれたのである。
  • 日本的な枯淡の美やわびさびの美意識とは対極にある、見ようによっては悪趣味でキッチュなもの(中略)こうした過剰な美こそが、現代の美意識に合致するようになったのかもしれない。
  • 西洋や中国とちがって、日本の伝統的な山水画の多くは、人間と融和した平和で親密な自然を表現するものであった。
  • 実物と対峙する重要性
  • 通常の展覧会であれば、作品群が撤去された後の展示室は、そこにあった絵画や彫刻の気配や、展示風景の記憶を濃厚に留めている。
  • 作品のある空間に身を置いて作品と対面する体験がどれほど大切か
  • 宗教は美術の母体
  • 広く民衆に働きかけていた壁画芸術や民族芸術の生命力
  • そもそも世界遺産という制度自体が、欧米の価値観に基づく一元的なものにすぎない
  • 美術作品は文脈によって意味が与えられる
  • 芸術も永遠ではない。人類の芸術は三万年ほど前に遡るが、今後また三万年もたてばほとんどの芸術は忘れ去られ、跡形もなく消え去っているにちがいない。優れたものが残るとは限らず、すべて偶然の作用次第である。
  • 出会うべき人間は人生のしかるべきときに会っており、(中略)そして美術館や展覧会で出会う美術作品もそうである。
  • 最後に見たい絵というものがあるとすれば、何がよいだろうか。
  • 美術は宗教と同じく、根本的な救いにはならないものの、ときに絶望にも寄り添うことが出来る存在(中略)ある種の美術にはそんな力があるはずだ。

『名画の生まれるとき 美術の力II』(光文社新書)宮下規久朗 著より


ずいぶん長くなってしまいましたが、わたしにとっては響く示唆の多い一冊でした。上の写真は、本著で「世界一バランスの良い美術館」と評されたロンドンのナショナルギャラリー。

読書『オリンピックの身代金』(講談社文庫)奥田英朗著

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読書『オリンピックの身代金』(講談社文庫)奥田英朗著

お友だちから教えていただいた「奥田英朗 著」に、すっかりハマっています。先日読んだのは、家族小説の短編集でしたが、こちらは文庫上下巻合わせて900ページ近くの長編で刑事ものというか、社会派もの。質量ともに重々しく読みごたえがありました。

オリンピックは、昭和39年(1964年)開催の東京オリンピックのこと。前に読んだ刑事もの『罪の轍』の舞台がその前年、昭和38年でした。著者の数ある著作のなかで、たまたま手に取ったものの時代が重なっていたのだとは思いつつも、この時代に対するある種の執着が著者にあるのだろうな、と思わずにはいられません。

そう思いつつ読みはじめたら、登場する刑事の皆さんが『罪の轍』に登場していた皆さんでした。主人公は刑事の一人なのだろうと思うのですが、『罪の轍』と同様、犯人側と刑事側、どちらが主人公なのかわからないぐらい、どちらもていねいに描かれています。そしてついついわたしは、読みながら犯人側に感情移入。東京オリンピックを底辺で支えた肉体労働者、地方から出稼ぎに出てきて東京の人柱となった人夫たちの淡々とした絶望に、この国・社会への諦めが漂いました。

つい先日の、二度目の東京オリンピック開催でも、一度目とは形を変えたさまざまな不条理があったのは想像に難くなく、それらは一般人のわたしたちの目にもわかりやすく見えていたものも多々ありました。「オリンピック開催」を免罪符にいろいろなことが突き進んでいく様子には、少なからず腹立たしさを感じていましたが、本書を読んで、それは今に始まったことでは無く、結局一度目のオリンピックの時から権力構造的になにも変わっていない(むしろ強化されている)のだろうと思いました。下々のわたしたちが出来ることは、諦めることだけなのでしょうか。小説にして、底辺の怒りを残していくことでささやかな抵抗をする。著者の社会批判を痛烈に感じた一冊(上下巻なので2冊)でした。あとから講談社のサイトをチェックして、本作は「吉川英治文学賞受賞作」だったと知りました。

読み終わって、写真を撮ろうと上下巻を並べたら、上のように風景が繋がりました。そっか、こんな風になってたんだ!と、嬉しくなり。

『オリンピックの身代金』(講談社文庫)奥田英朗著

読書『我が家の問題』(集英社文庫)奥田英朗著

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読書『我が家の問題』(集英社文庫)奥田英朗著

お友だちのおススメを受けて読んだ奥田英朗氏の小説が面白くて、しばらく追っかけとなりそうです。

今回読んだ『我が家の問題』は、先日読んだ『家族のヒミツ』と並ぶ、家族小説短編集。あとがきによると、本書『我が家の問題』の前にもう一冊『家日和』なる家族ものの短編集があり、本書はその対となる短編集だということで、どちらにも登場する家族があるとのこと。これはもう、次は『家日和』も読まねばなりません。

さて『我が家の問題』。面白かったです。奥田氏の家族ものは、その家族が問題を抱えてはいても、ハッピーエンドとまでは言えなくても、ほっとできる結末が用意されている安心感があるので、読んでいてストレスレスなのです。本書では「サラリーマンの夫」が何人も登場しますが、その夫と妻の関係性が、ある種の時代性を感じるものでもあり、ちょっと懐かしく読みました。

もしかして著者はわたしがサラリーマンをしていた会社にいたことがあるのかもしれない、と思えるような描写がいくつも登場し、なんとなく親近感。あらためて著者の略歴を読み直すと、1959年生まれで雑誌編集者でコピーライターを経ている、ということですから、あるいはこの直感「もしかしたら同じ会社を経験しているかもしれない」は、当たっているかもしれません。もし外れていたとしても、そう共感させる筆力に感心するばかりです。

リアリティがあり、ユーモアがあって、ちょっと涙腺も緩む。上質な娯楽小説です。

映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』観てきました。

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映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』観てきました。

2023年の4本目は、2022年から「月1本ペースで映画館で観よう」をスタートして以来、邦画としては1本目。高橋一生さんのファンというわけではなく、岸辺露伴シリーズのファンというわけでもなく、つまり漫画もドラマも観たことはありませんでした。そう、単純に「ルーヴル」に釣られてしまった、というところです。

ルーヴルまでロケに行っているんだから、映画館の大画面で、パリの街並みや、もしかしたらルーヴル内もたくさん見れるかも…という思い込みをもって臨みました。が、そうは問屋が卸しません。冷静に考えれば、映画を作る人は、岸辺露伴のストーリーや魅力をまず伝えたいわけであって、パリやルーヴルは道具立てのひとつですから、そこばかり期待されても困るわけです。もちろん、観たい景色を見ることも出来ましたが、過剰な(しかもお門違いの)期待を抱いたわたしには、少々残念な結果となりました。

映画館内は、昨今の水曜日にしてはまあまあ多かったと思います。高橋一生ファンまたは岸辺露伴ファンなのでしょうね。そんな皆さんにとっては、きっと大満足の映画だったのではないでしょうか。個人的には、久しぶりに白石加代子さんの顔を見れたのが嬉しかったのと、木村文乃さんがとっても可愛くて素敵だったのが、GOODでした。

ちなみに2023年1本目は、午前10時の映画祭から『レナードの朝』。

2本目は、カズオ・イシグロ脚本に釣られて『生きる LIVING』。

3本目はナイキのことを知ろう!の一環で、『Air』。

読書『危険な斜面』(文春文庫)松本清張著

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読書『危険な斜面』(文春文庫)松本清張著

いつものカメリアステージ図書館特集コーナーで、「地元(福岡県)の作家特集」的な並びのなかに見つけた一冊。松本清張は2-3年前に手に取って、そういえば読んだことが無かった!と気づき、何冊か読んだのでした。そこからまた時間が空き、たまたま目に飛び込んできたので、借りることに。

第一章を読み終わった、と思ったら、実は物語はそこで終了、いわば短編集でした。長編だと思い込んでいましたので、ちょっとびっくり。第2章のつもりで2編目を読みはじめたら、ずいぶん設定が飛躍していて、これは…と、とりいそぎ「あとがき」を読んだら短編集だったことが判明した次第です。6つの物語が入っています。

で、その短編集、良かったです。なんとなく勝手に松本清張は長編だと決めつけていたので、意外で新鮮でした。そういえば前回読んだのは『点と線』でしたが、終盤に向かうほどに物語が駆け足で雑な感じになり、連載で締め切りに追われていたのかなぁ、などと考えさせられて少々がっかりしたのでした。今回読んだ短編は、いずれも最後まで面白かったです。

1960年代から70年代と思しき時代背景がぎっしり詰まったストーリーの数々は、当時の社会や生活を垣間見ることが出来るという意味でも興味深く、時代の流れを感じました。そういえば、先日読んだ奥田英朗著の『罪の轍』も舞台となっていたのが1960年代でしたが、両者の大きな違いは、時代背景は同じでも、書いている時代が異なること。書いている時代が異なることが、これほどまでに大きな違いを感じさせるのだと、気づかされた読書にもなりました。

それは行間ににじみ出る、著者自身の持つ偏見、特に女性に対する見方です。ただそれは、著者の個人的な性格というよりは、当時の人々が当たり前としていた空気でしょう。そうと頭ではわかっていても、読みながら苛立つことは否めませんでした。よく巻末に「差別的な表現」を使用することの断りが書いてありますが、そういう単語レベルのことではなく、書いている人の思想が「書き方」に現れる怖さがありました。これがもっと時代を遡った古い話になると、別次元の話として気にならないのだと思いますが、自分にとっては割と近い時代の話だと感じ、実際に思い当たる断片的な記憶もあるがために、気に障るのですね。

そう気がつくと、「松本清張もの」はドラマや映画で観る方が、わたし的には気軽に楽しめるのかもしれないと、一人納得するに至った読書でもありました。

読書:奥田英朗著2冊-『家族のヒミツ』(集英社)、『罪の轍』(新潮社)。

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読書:奥田英朗著2冊-『家族のヒミツ』(集英社)、『罪の轍』(新潮社)。

SNSのおかげで、読書家のお友だちがいることがわかるのは、とても嬉しいことです。皆さんがアップしている読書記録を拝見して広がる本の世界が、多々あります。奥田英朗氏は、そんなお友だちの一人から教えていただいた作家さんです。

まず一冊目『我が家のヒミツ』は、短編いや中編かな、6本です。いずれも、日常に起こりそうな出来事に見えつつ、冷静に考えるとまあ滅多に無いだろうな、というちょっとした事件をとりまく家族の右往左往を描いていて、その「日常感」が絶妙です。「家族小説」なるジャンル。「なんとなくわかる、経験したことは無いけれど共感できる」という距離感。展開にドキドキしながら読んでも、読後にはふっと笑みが漏れる終わり方で、サクサクと面白く気持ちよく読みました。

二冊目『罪の轍』は、打って変わって「社会派ミステリー」。東京オリンピック前年の昭和38年という時代設定で、本書は著者の早い時期の作品なのかと思いきや、2019年8月の発刊でした。「小説新潮」に連載されていたのが2016~2019年ということで、いずれにしても近年の作品。2019年刊行といえば、翌年に二度目の東京オリンピックがあるという年ですから、これは意図したものかもしれませんね。わたしは昭和44年東京生まれで、本書の時代よりも少々後にはなりますが、理解できる描写が多々あり、古いモノクロ写真を見ているような、タイムスリップしたような気分で読みました。

著者を教えてくれた方が、「この人は、腹抱えて転げまわるほど面白い小説と、とんでもなくシリアスな小説の両方書くので毎回楽しみです」とおっしゃっていたのですが、たった2冊読んだだけでも、ほんとうにそうだと感じました。まだまだたくさんの著書がありますので、また楽しみが増えました。ただ『罪の轍』は、続きが気になってなかなか本を閉じることが出来ませんでしたので、読み出すタイミングを注意しなければなりません(笑)。幸いご近所図書館に著作がたくさんありましたので、ゆっくり読んでいきたいと思います。

古代エジプト美術館展@福岡アジア美術館、観てきました。

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古代エジプト美術館展@福岡アジア美術館、観てきました。

今年初めに挙げていた「2023年度に観に行きたい美術展」のひとつです。「これは観たい!」のわたし的ベスト5に入れていました。上半期のうちに、1位の木米展(サントリー美術館)と3位の本展を観ることが出来たのは、とても嬉しいことです。

さて古代エジプト美術館展。素晴らしかったです。なかでも動物神信仰のなかで生まれた護符や神像は、とてもユニークで豊かな想像力が形になっており、見ごたえたっぷりでした。造形も絵や文様も、いくら眺めていても飽きません。平日昼間の訪問で、来場者数はまあまあありましたが、混みあうというほどでもありませんでしたので、気に入ったもののところに何度も戻って見て参りました。

約200点の展示内容は、多くは小品ではありましたが、大満足の展示内容でした。大きいものは大英博物館で見ればよいのです(笑)。良い意味で、日本のコレクションらしい魅力にあふれていました。小さいながら丁寧で繊細に作られた作品のなかに、生命力とでもいうようなパワーを感じました。ミュージアムショップで、展示のなかでも特に気に入った3点を絵葉書で見つけ、連れて帰りました。そういえば、連れて帰りたいという衝動が働いたのは久しぶりだったかもしれません。

渋谷にあるという古代エジプト美術館。いずれ上京のタイミングで、足を運びたいです。

読書『時間のないホテル』(創元海外SF叢書)ウィル・ワイルズ著/茂木健訳

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読書『時間のないホテル』(創元海外SF叢書)ウィル・ワイルズ著/茂木健訳

先日読んだ、著者の小説デビュー作があまりにも中毒性のあるストーリーだったので、もっと著書を読みたいと思い、即、図書館検索で見つけてきました。図書館にちゃんと入っているというのが、嬉しいですね。

実は本書『時間のないホテル』の方が、日本では先に翻訳されていたようです。日本での出版元が「ミステリ・SF・ファンタジー・ホラーの専門出版」を自任する東京創元社さんであり、SF小説系の賞を取ったことで、こちらが先に日本での発売となったようです。

さて『時間のないホテル』。最初は「SFではないよね!?」と読み進めていたものが、中盤からおかしな感じに豹変していきます。「建物から出ることが出来ない」という恐怖感が、「スティーブン・キング的」という書評につながったことは、納得できるものでした。『ミザリー』的といった方が、よりわかりやすいかもしれません。ミザリーが現実的な恐怖であるのに対し、時間のないホテルはSFで非現実的であるのが、まったく異なる点ではありますが。

主人公が本書内でとにかく歩かされます。現実的に歩かされ、非現実的に歩かされ、読んでいるこちらの方が歩き疲れそうになります。歩くという地に足の着いた行為を通しながら非現実的な状況に立ち向かうさまは、徒労感いっぱい。読後は、ふうっと思わず大きく息をつきました。読後しばらくして、物語に登場したいろいろな人物について、いろいろな疑問が沸き上がります。それぞれをすべてきちんと説明してしまわないところが、わたし個人的には、とても良かったです。

ウィル・ワイルズ氏の著作はまだ小説ではまだ2作のみということで、これからがとても楽しみです。2作を読んだかぎりでは、個人的には『フローリングのお手入れ方法』の方が面白かったかな。追いかけたい作家がまた一人増えました。

読書『民王』(文春文庫)池井戸潤 著

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『民王』(文春文庫)池井戸潤 著

こちらも「池井戸潤といえば企業小説」の枠から外れた感じの作品です。文春文庫のサイトでは「痛快政治エンタメ!」と評されています。まぁ、設定がハチャメチャ。SFチックで、これまでに読んできた池井戸作品とは、だいぶ前提が異なります。それでどうだったかと問われれば、馬鹿馬鹿しさのなかにちりばめられた現実味が面白かったです。

首相となった政治家の父と、就職活動中の大学生である(漢字をろくに読めない)息子が入れ替わってしまうことから起こるドタバタ劇。しかもその入れ替わりが、どうやらテロの仕業らしいというのがまた笑えます。首相としてふるまわねばならない息子と、就職活動に赴く首相。どうしたって可笑しなことが起こる舞台設定です。

馬鹿馬鹿しくて笑えるストーリーのなかに社会批判(政治批判)を込めた本を、そういえば久しぶりに読んだように思います。シビアなストーリーでの政治批判的な小説は、ある意味簡単かもしれませんし、その手の本はたくさんあります。けれども本書では、現実離れした馬鹿馬鹿しさがあるからこそ、身近に感じました。

しかめ面をして堅苦しく論じるだけが政治批判の在り方ではないことを、思い出させてもらいました。政治に対する無力感を感じる昨今だからこそ、どうにか一矢を報いたい。そんな印象を受けました。政治参加に興味のない人たちに、おススメしたい一冊です。