読書『<英国紳士>の生態学』(講談社学術文庫)

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『<英国紳士>の生態学』(講談社学術文庫)

著者の新井潤美さんは英文学・比較文学を専門とする東大大学院教授。本書は2001年に中公新書の一冊として刊行されたものが、約20年ぶりに復刊したものでした。文庫として復刊されたおかげで、原著が刊行されたときには目に留まらなかった本にも出会うことができる。ありがたいですね。

さて英国の「階級社会」を論じた本は古今いろいろと出ていますが、この本の面白さは、そのなかでも「ロウアー・ミドル・クラス」に的を絞ることで階級の全体が見えてくるところ。階級社会を生きる英国市民の生態が、愛情と可笑しみをもって描かれています。

ロウアー・ミドル・クラス。文字そのままを読むと、中流階級をさらに下級・中級・上級に分けた、その下級、というところでしょうか。英国のようなあからさまな階級意識ではなくても、あらゆる場面でロウアー・ミドル・クラス的な悲喜こもごもがあるのは、日本の社会も同じですね。思い当たること多々で、読んでいて決して他人ごとではないのでした。「身につまされる」という感じ。

この『<英国紳士>の生態学』を読むことによって、本や映画に登場する英国の背景が、もっと色鮮やかになります。シャーロック・ホームズ、ハリー・ポッター、オスカー・ワイルド、メアリー・ポピンズ、ウィニー・ザ・プー、ミスター・ビーン、『日の名残り』(カズオ・イシグロ)、『ハワーズ・エンド』(フォースター)…再度、読み返す(観返す)のが楽しみになってきました。

図書館再開!

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図書館再開!

6月1日から地元のカメリアステージ図書館が再開しました。図書館に行くのに嬉し涙が出そうになるなんて、そんな日が来るとは思いもしませんでした。こんなことでは、コンサートや演劇を観に行くことができたときには、間違いなく泣きますね、わたし(笑)

再開に先立ち、市の図書館のホームページから、キーワード蔵書検索で借りたい本の名前をピックアップ。開館したとはいえ「長時間滞在はしないでくださいね」というスタンスですから、サッと行ってサッと帰れるよう、事前準備です。

借りたい本が具体的にわかっていない時こそ、図書館内をぶらぶらして長居したいのですが、もう少し我慢です。あらかじめ蔵書のキーワード検索をかけておくことは、さしづめ「図書館内をぶらぶらする」の代理行為。

閉まっていた間に図書の整理がされて、新刊も増えていました。またたくさん本を借りることができます。嬉しいなぁ。

続・読書『色の秘密』(文春文庫PLUS)

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続・読書『色の秘密』(文春文庫PLUS)野村順一 著

昨日、読書『色の秘密』(文春文庫PLUS)のブログを書いたところでしたが、本日はその内容備忘メモ。


  • 生命は色彩である
  • 「肌で感じる」
  • 目とか心とかで判断する以前に、皮膚が識別する。
  • 色には感情がある
  • 味は視覚で決まる
  • 色彩呼吸法
  • 色聴
  • 音楽を色彩に翻訳
  • 色をして語らしめよ
  • 何よりも太陽光線
  • (色彩の)面積配分による快い芸術的な効果
  • 私たちの目は無意識のうちに、色彩や形態を単純化して見てとろうとする。
  • 生活空間のリズムを、視空間のなかの五パーセントの小さな面積が作り出す。場所は一か所に限定するものではない。
  • 緑色は名医だ。
  • “皿まで食う”
  • 食器の優劣で料理の味は、ものの見事に大差がついてしまう。
  • (味覚は)自らの視覚経験や味覚記憶によって条件づけられている
  • 成人の視覚は観察と観念の累積
  • 「捨て色」の美学
  • 日本人は色を見るための色を使う。
  • 思考などはこわれやすいのに、シンボルはこわれにくい。
  • 色は形よりもずっと容易に記憶される
  • 生命あるものは震動で形成されている
  • 人間は「見る」ことに慣れるにしたがって、「見えないもの」に対する感覚を鈍らせてしまった。

『色の秘密』(文春文庫PLUS)野村順一 著より


第4章「IV社会を動かす色彩術」で茶道の話が出てきます。今回十数年ぶりに読み直して、そのなかにわたしの入門する南方流の『南方録』からの引用があったことに気づき、思いがけず嬉しかったです。この本を手に入れ最初に読んだときには、南方流の存在も知らず、目に留まらなかったのですから、面白いものです。

読書『色の秘密』(文春文庫PLUS)

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読書『色の秘密』(文春文庫PLUS)

思うところあり、十数年ぶりに読み返した一冊。

著者の商学博士・野村順一氏は「商品学」の草分け的存在だそうです。わたしは学生時代経済学部経営学科で、「商品学」なる学問があることをそのときに知りました。当時、商品学の授業で1年間をかけて「マヨネーズの比較論」をしたのが、とても面白かったのを思い出しました。「商品学の先生が科学的に解明した」というのが本書の売り文句です。

1994年に書かれた単行本の文庫版です。今でこそ「色」をビジネスに生かすことは誰もが知っていて、「カラー○○」などの肩書きでビジネスをする人もたくさんいらっしゃいます。が、執筆当時は、もちろんファッション業界をはじめデザインの世界ではあたりまえでも、今ほど「色」への注目は一般的ではなかったと思います。

約四半世紀前に書かれた本。わたしが初めて読んでからも十数年が経っていますが、やはり面白かったです。中身が濃いのに、文庫なのでさっと読めるのが魅力です。ビジネスに関わる方に、色彩学の最初の一冊としておすすめの本です。

読書『トラベルデイズ ウィーン プラハ・ブダペスト』(昭文社)

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読書『トラベルデイズ ウィーン プラハ・ブダペスト』(昭文社)

旅行ガイド本。図書館が休館に入る前に借りて来ていたなかの1冊。旅行の予定を具体的に立てているわけでもないのに、こんなにしっかりガイド本を読んだのは初めてかも知れません。まさに「読書」しました。

写真はウィーン分離派会館。福岡ACAD.『世界史を建築家の視点で学ぶ!』シリーズでも学んだ、時代を象徴する建物のひとつ。講師の株式会社藤井設計室藤井昌宏氏が現地で撮ってきた写真のなかの一枚です。

まずは地図をチェック。オーストリアのウィーンであり、チェコのプラハであり、ハンガリーのブダペストよね、と広域図で確認しないと、位置関係もよくわかっていないところからスタート。

特に読み応えがあったのは「ハプスブルク家 645年の栄華」とタイトルのついた特集。そもそもガイド本ですから、豊富な写真にわかりやすい地図、建物の見取り図など、ビジュアル的にも充実。家系図や年表までついて、20ページほどの特集ながら、1冊の本を読んでいるかのようでした。

「建築」「アート&カルチャー」「エンターテインメント」の各ジャンルも、読み応え抜群でした。このエリアが「持っている文化」のすごさをひしひしと感じました。ガイドブック1冊を見ただけでも「見たい、知りたい、体感したい」が詰まっていて、まさに芸術の都なのですね。

わたしが読んだのは2013年発行版(写真)。現在は最新版のガイドが出ていると思います。

さて、そろそろ図書館もオープン。思いがけず長く借りることができた旅行ガイド本のおかげで、妄想旅行を楽しむことができました。ウィーン、プラハ、ブダペスト。実際に時間をしっかりとって出かけたい場所です。

本の表紙に着目してみる。

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本の表紙に着目してみる。

フェイスブックなどのSNSで、Stay Homeを楽しむためという呼びかけで、いろいろな流れができています。そんななか、わたしのもとにも「読書文化普及のための BookCoverChallenge」なるものへのお誘いがありました。

友人からまわってきた「ブックカバーチャレンジ」のルールは【好きな本の表紙を1日1冊7日間/内容の説明はしない/都度1名を招待/でもま適当で/スルーも可/ルールもてきとーでよい】というもの。チェーンメール的な要素も感じるルールでしたので、ルールを自分仕様に大幅改編(笑)。誰にも回さず、本の表紙を紹介するだけにしました。

もともとブログで本を随時紹介してはおりますが、ブックカバーすなわち表紙に注目しての紹介はしていなかった!ことに気づいたので、その視点で「これ!」というものを7冊一挙にご紹介。

その顔ぶれがこちら(画像をクリックするとAmazonの本の紹介ページにジャンプします)。

1冊目:Winnie the Pooh 洋書ペーパーバック版。子どものころ、石井桃子さんが翻訳したプーさん本が家にありました。大好きで繰り返し読んでいて、その日本語訳がほぼ頭に入っているから、洋書でも大丈夫!で手に入れた一冊。

2冊目:こちらも頭の中に石井桃子版日本語訳が入っている「プー横町に建った家」。

3冊目:中島らも。20代初期によく読んでいました。ナンセンスな小説やエッセイも面白いのですが、これは、ちょっとガツンとやられた一冊。

4冊目:表紙が気になる…と思っていた時に、友人が「勢いで2冊買っちゃったから」と、プレゼントしてくれた本。大笑いしながらマジメに読む本。暑苦しくて、面白い。

5冊目:しりあがり寿氏と谷川俊太郎氏の贅沢な組み合わせ。シュールです。子どもが小さいときに手に入れたものの、息子はほぼ興味を示さず、わたしのお気に入りに。

6冊目:ギュスターブ君。あちらこちらで絵を見かけて気になっていたヒグチユウコさん。ある日思いがけず絵本の企画展で見つけ、即決で買った本。

7冊目:表紙のインパクトに劣らず、中身もケンカ腰(笑)。でもとても大切なことを言っていて、ずっと大切にしたい本。

本棚を整理していたら。

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本棚を整理していたら。

Stay & Enjoy Home, Stay Safe.

図書館が開いていないのが辛いねとダンナと話しつつ。図書館が大切な存在であることを、あらためて思っています。でも、実は家にある本で、まだ読んでいない本や、ずいぶん前に読んだけれど内容をすっかり忘れてしまった本が、いくらでもあることを思い出し。というわけで、週末は本棚整理。

折を見ては、要らない本はブックオフに出したり、読みたいという方に譲ったりして整頓しているつもりでしたが、増えているものですね。小説などは比較的きれいな状態で読んでいるのですが、仕事に関わる本は書き込みをしながら読む癖がついているので、手元に残りがちです。

本棚に並ぶ顔ぶれを見つめることは、その持ち主の頭のなかを覗くようなもので、思いがけず自分の頭のなかの変遷を見つめなおす機会になっています。ダンナの本とわたしの本、それぞれに特徴を見出すことができるのも、あらためて面白く。

我が家には、お義父さんが遺してくださった「日本文学全集」なるものがあります。1冊1冊が大判のハードカバーでかなりのボリューム。いまだ1冊完読にも至らず、この棚に手を伸ばすのはいつの日か!?という感じで眺めておりましたが、案外近々手に取ることになるかもしれません。

それにしても、本が身近にある安心。手元にしっかりした本がたくさんあるということは、とても贅沢なことだと、あらためて思っています。これらを知的資産に昇華させることができるかどうかは、己にかかっていますね。

読書『自分の中に毒を持て』(青春文庫)

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読書『自分の中に毒を持て』(青春文庫)岡本太郎 著

地域のニュースを知りたいので「西日本新聞」を購読しています。電子版ではなく紙版。毎週日曜日は「図書紹介コーナー」が見開き2ページ、合わせて帯広告の欄でも本の紹介が多くあるので、楽しみです。週末新聞を読んでいて『自分の中に毒を持て』のタイトルを見つけ、あれ?昔の本…と思ってよく見たら、今また流行ってきているらしく。約20年ぶりに読み返してみました。

ご存知、「芸術は爆発だ」であり「太陽の塔」の岡本太郎。洋画家。今なら「現代アーティスト」と呼ぶのかもしれませんが。わたしが初めてこの本を読んだのは、ダンナと結婚し独立してすぐのころだったと思います。「陶芸家として独立して生きていく」というのがどういうことなのか、サラリーマンであったわたしにはイメージがつかず、この本を読んで漠然と「こういうことなのかしら?」と思ったのでした。

さっそくダンナにこの本を贈り、「こういうことなのかな?」の意思確認。ダンナにとっても、特に「覚悟する」という点において大きな刺激になったようでした。わたしたちのスタートに、共にあった本です。

あらためて読み返してみて、岡本太郎が言っていることがあまりにもまっとうで、そのことに気づいて驚きました。「芸術」を使って話をしていますが、芸術家を目指すとかいうこととはまったく関係ありませんし、狭い芸術論でもありません。とても真剣に「人間の生き方」を案じていると思いました。だからこそ今、また読まれているのかもしれませんね。

個人的には、初めて読んだときのような強い印象はなく、ただただ岡本太郎のまっとうさが残りました。こんなふうに印象の違いがあったのは、読む側の自分も多少は成長したということかもしれません。


  • (前略)真の生き方、人間性、つまり芸術の問題(後略)
  • 芸術は呪術である。
  • 本当の芸術の呪力は、無目的でありながら人間の全体性、生命の絶対感を回復する強烈な目的をもち、広く他に伝える。

『自分の中に毒を持て』(青春文庫)岡本太郎より


初版は1993年、新刊書で刊行されたのはさらに遡って1988年ですが、まったく古びていません。

読書『新・リア王(上・下)』(新潮社)

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読書『新・リア王(上・下)』(新潮社)

高村薫さん。『晴子情歌』を読んだあとで、あのボリュームを自分のなかで消化するのに休憩が必要かと思っていましたが、早く読みたい気持ちが勝ちました。これぞ本の力ですね。現在、上巻を読み終わり、下巻に入ったところです。

描かれているのは『晴子情歌』の登場人物のその後です。が、単純に続きということではなく。このようなかたちで続きを書くことを最初から考えていたわけではなかったと、高村さんもおっしゃっていたようです。

そうなると気になるのは「何が、このようなかたちで続きを書くことを後押ししたのか」です。おそらく、ご本人へのインタビューなどで理由が語られていると思うのですが、現時点でわたしはそれが何かを知らないので、その「何」を自分なりに推測してみるのもいいかな、と思いつつの読書でした。

1970年代から80年代の国政を駆けた地方選出代議士たる父と、禅僧となったその外腹の息子の、対話というか語りで綴られる871ページ。わたし自身にとって、自分が生まれてから成人するまでと重なる、その時代の移り変わりを知る機会となりました。政治家の名前も、政治的キーワードも、聞き覚えのあるものが少なからず、当時は聞き流していたそれぞれの持つ重みが今になって感じられました。

小説の中で語られる舞台となる高度成長期70-80年代。高村薫さんの書く小説が変わったとされるのは、1995年以降。『新・リア王』の出版は2005年。多くの日本人の価値観が変わったと言われた、2011年以降。そして今2020年。地方と中央、政治家・官僚・市民。なにか変わったのか、どう変わるべきなのか、ほんとうに変わり得るのか、考えさせられつつ読み進めています。

ハードカバー版の表紙は、上下巻それぞれにレンブラントによる老人を描いた絵が用いられています。人生の黄昏を感じさせる陰影が、小説タイトルに重なります。

読書:まだまだ続く、シャーロック・ホームズ。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書:まだまだ続く、シャーロック・ホームズ。

図書館が臨時休館する前に駆け込みで借りてきたなかに、シャーロックホームズがいました。創元推理文庫「シャーロック・ホームズ全集」から『シャーロック・ホームズの冒険』と『シャーロック・ホームズの復活』。ともにアーサー・コナン・ドイル著、深町眞理子訳。

短編集なので、隙間時間に読めるのが嬉しいです。ひとつひとつの事件は一話完結。にもかかわらず、すぐに続き(=次の事件簿)を読みたくなり、読みだすと本を閉じるのが難しくなります。

今回、この二冊を読みながら、ストーリーを魅力的にしている大きな要素のひとつが、「筆者」のホームズへの深い敬意と愛情であることに気づきました。ここでややこしいのが、「筆者」は誰かということ。ホームズの事件簿は、友人であり相棒であるドクター・ワトスンが記している、という設定であり、そのワトスンのホームズへの敬意と愛情が、読み手たる自分に伝播しているのを感じました。

正確には筆者はもちろん、コナン・ドイル。なんとも魅力的なキャラクター・ホームズを生みの親ながら、自ら何度も終わらせようとし、そのたびに読者によってくつがえさざるを得ない状況に追い込まれ…(おかげでのちの世の我々が、いくつものホームズ物語を読むことができているのですが)ということが、昨年からのホームズ読書でわかっていました。

でも、ドクター・ワトスンの手を借りてホームズへの愛と尊敬を語っているのは、まぎれもない実在の筆者・ドイル自身であったわけで。「愛憎」という言葉は、こういう関係性に使うのかもしれないな、と思いつつ。愛情を注いで綴られたキャラクターとストーリーだからこそ、ついつい読みたくなるのだろうな、と思いました。

創元推理文庫「シャーロック・ホームズ全集」 には、まだ読んでいないものが何冊も。まだまだわたしの「シャーロック・ホームズ追っかけ」は続きそうです。