肥前磁器の美:藤吉憲典の器「錦百合文食籠(じきろう)」

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

肥前磁器の美:藤吉憲典の器「錦百合文食籠(じきろう)」

磁器作家・藤吉憲典がつくる肥前磁器の美しさを伝えるシリーズをスタートします。「美しさ」と書きましたが、ここには「用途の美」を含みます。つまり、使い勝手の良さも含めて「美しい」と言えるもの。そこにこそ、江戸時代から400年続く肥前磁器の価値があると思っています。

磁器作家・藤吉憲典がつくるモダンな食籠(じきろう)です。茶道でお菓子を入れる菓子器として使われる容器を指して食籠(じきろう)と呼ぶことが多いですが、茶道具に限りません。字の通り「食」の「籠(かご)」として使えばよいと思います。もっといえば、「食」に限らず。

昔ながらの道具ですが、丸みを帯びつつもシャープな姿に仕上げれば、古臭さをまったく感じません。カタチが美しいと、あとは絵付によって自在に雰囲気を変えることができます。古典的な形に、オリジナル文様の組み合わせ。

錦百合文食籠 藤吉憲典
錦百合文食籠 藤吉憲典

描かれた百合は「カノコユリ」という、日本に自生する希少種。絶滅危惧種にも指定されています。隣町の宗像にカノコユリの自生地があり、種の保存活動をしているお友だちに教えてもらったのが、この花との出会いでした。

サイズは径が9cmの円型で、高さは約7cm。ほぼ半分の位置から身と蓋に分かれています。

福津市は花の産地でもあるので。

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福津市は花の産地でもあるので。

昨日に引き続き、花の話題^^

花祭窯の近所にはお花屋さんが無いのですが、その代わりに農産物直売所などのお店で、気軽に地元の花農家さんの花を手に入れることができます。庭に花が少ない季節は、お散歩がてら近所の「お魚センター」へ行けば万事解決。

「お魚センター」で、新鮮な季節のお花が手に入るのです。お魚やお野菜と同様、お花もまた、新鮮なものはより美しく、持ちが良く。先日手に入れたのは、トルコキキョウ一束150円也。ほんとうにいいの?というありがたい価格です。

白地に紫色が入ったトルコキキョウ。色合い的に少し寂しいかも…と思いながら生けたものの、どうしてどうして杞憂でした。生けた日から次々に花が開き、重なる花弁が清楚ながらもゴージャスです。八重なんですね。

お花を買うときは「つぼみがたくさんついているものを」と、ついつい欲張ってしまいます。その欲張りぶりに応えてくれるように、思った以上につぼみがたくさんついていました。まだまだ見頃が続きそうです。

おかげさまで、三カ所の花器がすっかり華やかになりました。

花祭窯の7月の庭。

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花祭窯の7月の庭。

梅雨明けが待ち遠しい今日この頃。ここ数日の蒸し暑さや、晴れたときの空と海の青色を見ると、もうそろそろその日が近いと感じます。

みずみずしいグリーンが主役だった6月の次は、華やかな花の季節です。とはいえ花祭窯の小さな庭では、夏のあいだに咲く花は種類が多くはありません。そのぶん、つぼみがつき、ふくらみ、今にも咲くかという「待つ時間」がまた楽しみなのです。

7月に入ってからの主役は、二種類の百合の花です。

先に咲いたのはこちら、オニユリ。このオレンジ色を見ると、一気に元気が出てくるから不思議です。夏の強い日差しが似合う色ですね。

花祭窯の7月の庭。

そして、カノコユリ。

いずれも球根から植えて、3年目ぐらいから花がつくようになりました。今年はオニユリが三つ、カノコユリは二つの花が咲きました。

球根が増えたり、種が落ちたり、年を経るにしたがって、花がたくさんつくようになるよ、という庭師さんの言葉を信じて、毎年夏の楽しみになっています。

読書『大いなる遺産』(新潮文庫)

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読書『大いなる遺産』(新潮文庫)チャールズ・ディケンズ著

写真は昨冬訪問したロンドン。

どんどん続く「読んでいなかった名作を」シリーズ。読んでいなかった名作、というよりは、あまたある名作の数を考えれば「わたしはそのほとんど読んでいなかった」と言わざるを得ない(笑)と実感する今日この頃です。それはつまり、これからもいくらでも読むべきものがある!という嬉しい現実でもあり。

ディケンズの自叙伝的要素も含む物語と言われていますが、ストーリーのなかに現れる偶然の出来事(設定)の数々には、いかにも出来すぎている感もあります。だからこそ「お話」としての面白さが盛り上がるのはもちろんですが。「そことそこまで繋げちゃう!?」的な、ばらまかれた伏線を残らず拾っていく感じがありました。

ともあれ劇的で、最近読んだ他の名作同様、『大いなる遺産』もまた映画に舞台にと引っ張りだこなのが理解できます。物語の時代は英国産業革命初期。「資本家」と「労働者」が生まれ、「都会」と「田舎」の対比が大きくなっていく、まさにその時代の葛藤が描かれています。

最近『7つの階級 英国階級調査報告』(東洋経済新報社)、『<英国紳士>の生態学』(講談社学術文庫)で英国の階級社会についての分析を読んでいましたが、その時代に生まれた物語を読むことで、よりその事実が生々しく伝わってくる感じがしました。物語のなかに入って自分自身の感情の動きを通した方が、時代背景を理解しやすいこともありますね。

今回わたしが読んだのは新潮文庫版でしたが、とてもわかりやすく面白く読めました。これもまた各出版社から多様な訳者の方の翻訳で出ていますので、いろいろ読み比べてみるのもいいですね。

藤吉憲典公式サイトリニューアル中。

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藤吉憲典公式サイトリニューアル中。

英語版サイトをちゃんと作ったのが2016年。そう思うと、まだ4年しか経っていないのですが、現在リニューアルを進めています。ふと、ホームページの賞味期限はどれくらいなのだろう…と考えたりもしましたが、一概には言えませんね。

仕事(市場)環境が変わったり、新たに目指すところが明確になったりして、公式サイトで表現していることとズレがあることに気づいたら、変え時かなと。そういう意味では、内的にも外的にも変化の要因が重なってきた今は、リニューアルのタイミングとして良さそうです。

今回、リニューアルを担当してくださるWebデザイナーさんと共有しているキーワードは「シンプル」。見る人にとってシンプル=わかりやすいか、運用する側にとってシンプル=簡単か。どうするのが良いか迷ったときには「それはシンプルか?」を問い続ければ、おのずととるべき道が見えてきます。

サイトの構成は決まり、現在デザインが出てくるのを待っているところです。一方で、日英のテキストを準備するのはわたしの仕事。そう、日本語と英語両方で制作するのが、今回のリニューアルのポイントのひとつでもあります。ここ数週間、絶賛文章制作モード。上の写真はその原稿の一部です。

ともあれ、まずはデザインが上がってくるのが楽しみです。リニューアルの完成は9月頃を予定^^

暑中見舞いを。

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暑中見舞いを。

今年前半は個展でお客さまにお会いすることができなかった藤吉憲典。暑中見舞でご挨拶しようと準備しました。小暑が過ぎたら出そうと思っていたのですが、なかなか天気が良くならず、投函するのを少し待っているところです。大暑までには出せるといいな、と。

カワセミ陶箱 藤吉憲典

宛名は、いつものように手書きです。3日ほどかけて200枚ほどを書き上げ、毎度自己満足とわかりつつも、充実感。

郵便料金は別納印にすることもできますが、せっかくですから記念切手で。このところたくさん種類が出ているので、切手好きとしては、選ぶのも楽しみです。ご近所の郵便局で、ここぞとばかり物色。大相撲シリーズ、日本の伝統色シリーズ、国宝シリーズを大人買い(笑)

雨があがったら暑中見舞い出します。早く梅雨明けしますように。これ以上雨の被害が広がりませんように。

Talking about Art 4回目。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

Talking about Art 4回目。

英語で対話型美術鑑賞のオンラインセッション第4回目。『英語でアート』の宮本由紀先生による「Talking about Art in English」。第1回目第2回目第3回目に続く今回も、発見がたくさんのエキサイティングな時間でした。一方で、個人的には反省点満載の1時間。

由紀先生が用意してくださった今回のテーマは、Still Life × Narrative Art。Still Lifeは静物画、Narrative ArtはStory Artとも言うようですが、物語画とでも訳したらよいでしょうか。

開催中のロンドン・ナショナル・ギャラリー展にちなんで、展示作品のひとつディエゴ・ベラスケスの「マルタとマリアの家のキリスト」をメインに。美術ファンにとっては、いわば「旬」の題材で、由紀先生の心遣いを感じます。

いつもの通り「Describe」すなわち「なにが見える?」からスタートです。思惟を交えずに、なにが見えるかを淡々と並べていきます。ある程度出揃ったら、次は「Analyze」=「どう見える?(どう描かれている?)」。何があって、どのように描かれているかを自分の目でしっかり確認することができれば、あとの「Interpret(なぜだと思う?)」、「Evaluate(どう思う?)」にスムーズにつながります。

今回わたしの大きな反省点は、なんといっても「準備不足」でした。日常会話でさえ語彙力が不足しているのに、アートの描写、それにまつわる自分の考えを伝えるとなればなおのことです。Talking about Artへの参加も4回目とあり、雰囲気にも慣れてきて、怠慢が出てしまったと反省しました。

まず最初のDescribeで、自分に見えたものと、他の方に見えたものの違いの大きさに気づいた途端、頭が真っ白になりました(笑)。「見る人によって、見えるものが違う」のは美術鑑賞の大前提であり、だからこそ対話型鑑賞は面白い!のですから、ほんとうは慌てる必要など無いのです。

これはエデュケーターの立場でも、参加者の立場でも、一番大切にすべき大原則であり、猛省しました。「自分にだけ違って見えている」というのはこれまでにもあったことで、それを楽しんでもいたのですが、今回は特に思い込みが強く働いていたのかもしれません。軽いパニック状態です(笑)

焦りに加えて、語彙が足りず、さらに焦る悪循環。そんな状態でも「何を言おうとしているのか」を受け取ろうと、先生だけでなく、一緒に参加していた受講者の方々もあたたかく見てくださっているのがわかり、とても助けられました。オンラインでも「受容する場の空気感」がひしひしと伝わりました。

さて自分の言葉は足りないのに、対話型鑑賞自体は楽しいものですから、意見交換では伝えたいことがどんどん出てきます。これはやっかいです(笑)。伝えたいのならば、ちゃんと準備をしなければ!を痛感。

ともあれ、皆さんのフォローに助けていただき、無事(!?)1時間が終了しました。参加者が、ほかの方々との「見えているもの」「捉え方」の違いに焦ってしまうこともあるのだと、身をもって実感しました。「受容的な場」あってこその対話型鑑賞ですね。

また今回は、題材の「マルタとマリアの家のキリスト」をもとに、西洋画における宗教的要素とシンボルについても言及され、知識という意味でも視野の広がったTalking about Artでした。

なんでもない日に、ちょっぴり贅沢。

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なんでもない日に、ちょっぴり贅沢。

写真はふだんのささやかな楽しみ、常備の和三盆糖のお干菓子に新茶。

晩ご飯の買いものに出たついでに、久しぶりにケーキ屋さんへ立ち寄ってみました。そういえば外出自粛ムードでケーキ屋さんにも足を運んでいなかったので、なんと今年に入って初めての訪問。季節の「桃」のケーキがそろそろ出ていないかなぁ、と期待しつつ。

ありました!白桃がたっぷりのった桃のタルト。和菓子屋さんもパン屋さんも大好きだけれど、ケーキ屋さんの華やかさには、また格別のワクワク感があります。どれにしようかと迷う時間がまた嬉しい。お店に出かけて、宝石箱のようなショーケースから選ぶのは、やっぱり実店舗ならではの楽しみです。

なんでもない日だけれど、そういえば子どもは中間テストが終わったところだし、ダンナはひとつ大きな納品を済ませたところだし…と考えはじめ、いや、別に理由なんてなくていいじゃない!と自分に突っこみ。

「記念日」や「ご褒美」にとらわれず、ただ思いついてちょっぴり贅沢。ささやかな意外性を日常にプラスできる心の余裕は大切よね、と思った一日でした。

初・手作り紅ショウガ。

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初・手作り紅ショウガ。

料理研究家の宮成なみさんが「とっても簡単!」と紹介なさっていたのを拝見し、確かにこれなら自分でも作れそう!と、唐突に作ってみました。写真は、出来上がった紅ショウガを、藤吉憲典の染付間取芙蓉手六角豆皿に盛り付けたところ。

紅ショウガは子どものころから大好きで、でも「自分で作る」という発想はまったくありませんでした。ふだんレシピを参照するのは「作りたいものがあって、つくり方が定かではないとき」なのですが、今回は紅しょうがの色のきれいな写真とレシピが先に目に入り「これ、つくりたい!」と思った、わたしには稀な例でした。

大雑把な性格のわたしでも簡単に作ることができました。思いのほか美味しく、色もきれいに仕上がって、ご飯のお伴に、お酒のあてにと大活躍。紅ショウガができたから焼きそばをつくろうか、お好み焼きをつくろうかと「紅ショウガありき」のメニューが頭に浮かびます。

作り方は「ショウガをスライスして、梅干しを作ったときの梅酢に漬け込むだけ」なので、失敗しようの無い安心感があります。とても嬉しいレシピをご紹介いただきました。これから毎年新生姜の季節には仕込みたいと思います^^

宮成なみさんの紅生姜レシピはこちら。美味しくって体に良いレシピ、ありがとうございます♪

読書『オズの魔法使い』(新潮文庫)

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『オズの魔法使い』(新潮文庫)ライマン・フランク・ボーム著、河野万里子訳

『オズの魔法使い』と言えば、ジュディ・ガーランドが主人公ドロシーを演じ「オーバー・ザ・レインボー」が大ヒットしたというミュージカル。我が家にも、子どもが何歳の時だったか忘れましたがプレゼントしたDVDがあります。わたしはずっと興味が向かず、観ていなかったのですが、ダンナのお気に入りで「子どもにも見て欲しい」ということで。

さて、文庫のおかげで手に取った『オズの魔法使い』。著者が「現代のおとぎ話になれると嬉しい」と「はじめに」で書いているのが1900年4月。それから100年以上経っている今もなお、ミュージカル映画として世界に知られているのですから、現代のおとぎ話として定着したといえるのではないでしょうか。

映画では設定やストーリーがずいぶん変わっているようですね。映画のストーリーに慣れていた息子は、文庫を少し読んで「だいぶ違う」と本を置きました。映画の方が設定が細かく、わかりやすくなっていたようです。幸いわたしはDVDをちゃんと見ていなかったので、純粋におとぎ話そのものを楽しむことができました。ざっくりした描写や設定も、想像力を自由に働かせるのにはむしろ好都合です。

古典的な「おとぎ話」同様、子ども向けといいながら大人にも刺さる物語でした。訳者の河野万里子さんが「あとがき」で、「アメリカの財産のひとつ」と書いておられましたが、100年以上が経って、本の先にミュージカル映画があって、ストーリーと映像と音楽が合わさって、ひとつの文化的財産になったのですね。

実はわたしが『オズの魔法使い』に興味が出てきたのは、ジュディ・ガーランドの映画「ジュディ 虹の彼方に」の予告編を見てからのこと。映画館に観に行きたいと思いつつ行けませんでしたので、観れる機会を楽しみにしておくことにいたします。今回も、本を読むタイミングの面白さを感じました。