The beauty of Japanese porcelain ; The works by Kensuke Fujiyoshi (001)

Good morning! This is Yuri. I am a wife/manager of Ceramic Artist Kensuke Fujiyoshi. Kensuke is an artist of fine porcelain.

A set of stacked boxes,
peony and scrolling vine design,
under glaze blue

We started showing the beauty of Japanese fine porcelain through the artworks of ceramic artist Kensuke Fujiyoshi. All of his works are based on the traditional techniques of Hizen jiki. Hizen jiki which is known as Old Imari is one of the traditional Japanese crafts kogei which has been handed down over 400 years, since Edo period (1615-1868).


A set of stacked boxes, peony and scrolling vine design, under glaze blue (2019)
Kensuke Fujiyoshi
H. 10 (3 each), W. 7, D. 7 (cm)

染付牡丹唐草文三段重箱 藤吉憲典
染付牡丹唐草文三段重箱 藤吉憲典

We think that the real value of the Japanese crafts include their beauty and their usefulness. What would you like to put in the Box? I’d like to put some Japanese seasonal sweets in it.

We can use facebook messenger. Please feel free to ask me in English if you have any question about the work.

専門家に知恵を借りる。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

専門家に知恵を借りる。

写真は藤吉憲典作の歌舞伎陶板「助六」。本文とはあまり関係ありません(笑)

昨日は商工会で専門家相談のサービスを利用してきました。専門家派遣など中小企業を応援する仕組みは、県が主導しているもの、国が主導しているものなど、いろいろあります。これまでもジェトロ、福岡アジアビジネスセンター、中小機構、九州経済産業局などにお世話になること多々。せっかく用意されている機会ですから、必要に応じて出来るだけ有意義に使わせてもらいましょう。

さて専門家相談。今回は地元の福津市商工会を通じて、国(中小企業庁)がお金を出している「ミラサポ」の専門家派遣事業から、紹介していただきました。

専門家派遣の事業は、失礼ながら、担当者により当たり外れがあるのも事実のようです。幸い、わたしは今まで人に恵まれていましたが、聞くところによると「全く噛み合わない」ということもあるそうです。1回にお願いできる相談時間は1時間。時間を無駄にすることなく、出来るだけ成果をあげたいものです。

ということで、毎回そうなのですが、相談にあたり課題の現状・知りたい内容・目指す到達点などをできるだけ細かく具体的に提示しました。当初、福岡県商工会連合会の専門家派遣をあたってみたところ、その具体的な内容を見て「この内容に対応できる人がいない」ということになり、商工会の経営指導員さんがミラサポにつないでくださったのでした。

相談内容をご覧になったうえで対応していただけるということは、確実に課題解決につながるということ。今回はZoomを使ったオンライン相談でしたが、すべての質問内容に、具体的な解決法を提示していただくことができました。時間も所定の1時間もかからず、残りの時間は同じ相談分野で思いつく質問を投げかけてみましたが、すべてきちんと返答をいただくことができました。

おかげさまで、とっても充実した専門家相談となりました。こちらが求めることをきちんと揃えて事前に提示しておくことが大切だなぁ、とつくづく感じました。相談環境を用意し、良い方をコーディネートして下さった関係機関の皆さんに、心より感謝です。

読書『森美術館のSNSマーケティング戦略 シェアする美術』(翔泳社)

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『森美術館のSNSマーケティング戦略 シェアする美術』(翔泳社)

著者は森美術館広報・プロモーション担当の洞田貫晋一朗氏。このブログでビジネス書の紹介は久しぶりのような気がします。お友だちがSNSマーケティング関連の書籍を何冊も紹介している中に「森美術館」の文字を見つけ、即購入。

2018年美術館展覧会入場者数で、「ルーブル」「ゴッホ」「印象派」「北斎」など美術的キラーワードを並べた国公立美術館の数々の展覧会を抑え、日本では特に道半ばにある現代アート分野の展覧会でみごと1-2位を占めた(『美術手帳』調べ)という森美術館。その集客を支えたのが無料のSNSツールと聞けば、読むしかありません。

以下、『森美術館のSNSマーケティング戦略 シェアする美術』(翔泳社)より、備忘。


  • インターネットで情報を得(62%)、SNSが来館動機(55.6%)※ただし来館者の約70%が10-30代。
  • 公式ハッシュタグ(長くても)正式名称で。
  • 「文化や芸術は、経済より上にあるべきもの」(森ビル2代目社長森稔氏)。
  • 「中の人」は接客の最前線。
  • 「『アート&ライフ』をモットーに生活の中のあらゆる場面でアートを楽しむことができる豊かな社会の実現」(森美術館ミッション)
  • アメリカの美術館では(中略)公正利用の範囲であれば著作権侵害にはあたらない(中略)それに対して日本は、著作権法に公正利用に関する規定が無い。
  • クリエイティブ・コモンズ。
  • 基本情報をきちんと伝えていくこと。
  • そのアカウントから伝えるべきこと、ユーザーが欲している情報。
  • タイムラインは流れるもの。
  • 必要なことは様々なタイミングで「同じ内容の短冊」を何度も流す。
  • 大事なお知らせや基本情報は、日本語と英語、バイリンガル投稿。
  • 「自分は何者なのか」をきちんと発信していく。
  • 最初のステップは、森美術館の名前を覚えてもらうことでした。
  • 長期的なブランディング。
  • アイコンとカバー写真を固定。
  • アカウント名も固定。
  • SNSは公式ウェブサイトに誘導するだけのものではない。
  • できるだけ情報はリンクに頼らず、SNS内で完結していることが望ましい。
  • 実際の行動につながるフックとなっているのは圧倒的にSNS。
  • SNSはプライベートな空間。
  • 値段を載せない。
  • その投稿で一番伝えたいこと、大事なことを、1行目で表現(中略)これはどんな投稿なのかという「タイトル」にする。
  • せっかくいい展示をしても、見る人がいなければ何の意味もありません。
  • 目指すゴール。
  • 「文化的な投稿」は突出してユーザーの心に届きやすい。
  • ユーザーの日常を少しだけ豊かにする「提案」。
  • その場の思いつきだけで投稿するのではなく、なるべく計画を立てること。
  • SNSの話題にあがっているトレンドを作品に紐づける。
  • 口コミで拡散したいならツイッター、ファンとのつながりを強めたいならインスタグラム、ピンポイントでファンに情報を届けるときにはフェイスブック。
  • インスタで重視される「統一感」と「リアリティ」。「美観」。
  • 動画を投稿したいなら「ストーリーズ」に。
  • コツコツ信頼を積み上げて、将来的にユーザーに来館してもらう道。
  • 企業アカウントは、最初にしっかり設計図をつくってから始めるべき。
  • 「自分たちが伝えたいこと」(目的)と「その先にあるもの」(志・理念)。

『森美術館のSNSマーケティング戦略 シェアする美術』(翔泳社)より抜粋要約。


「文化や芸術は、経済より上にあるべきもの」という森ビル2代目社長森稔氏の言葉を知ることができただけでも、この一冊を読んだ甲斐があったというものです。と言いつつ、ちょうどインスタグラム運用について考えていたタイミングでもあり、ずいぶんたくさん本文中から引っ張りました(笑)。おかげさまで一番大切にしたいことを思い出しました。

そういえば、インスタグラムで海外美術館のフォローはしていましたが、国内の美術館はほとんどフォローしていなかったことに気づき…。さっそく森美術館をフォローです。

そろそろ山笠絵皿。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

そろそろ山笠絵皿。

例年ならば6月最初の日曜日からスタートする津屋崎祇園山笠。いつもならソワソワし始めるところなのですが、今年の山笠奉納は一年延期となりました。街も静かなら、気持ち的にも静かな感じです。

梅雨も本番のなか、こんなときこそ気分だけでも盛り上げたいと、山笠の絵皿を飾り棚に出しました。

津屋崎祇園山笠
津屋崎祇園山笠絵皿 藤吉憲典

写真左から「岡流」「新町流」「北流」の三つの流れ。2014年に津屋崎祇園山笠発足300年を迎えたとき、その記念に制作したのでした。

花祭窯にお越しのお客さまが目に留めては「山笠ですね!迫力ありますね!」と声をかけてくださいます。特に地元の方々に好評で、皆さん「今年は無いからね…」と遠い目。出してよかったなぁと、つくづく思いました。

津屋崎祇園山笠絵皿。7月いっぱい、花祭窯のギャラリーに飾っております^^

まずは一人でお茶のお稽古。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

まずは一人でお茶のお稽古。

3月以降、お茶のお稽古が中止になっています。わたしが入門している南方流では、例年ならば3月に懐石披露、4月に南坊忌とお茶会があり、気持ちが引き締まります。今年はこれらに参加できず、とても残念でした。仕方がありませんね。

ふだんのお稽古も、お茶のお稽古はまさに「三密」ですので、お休みが続いています。自分一人でも、家で手元にある道具を使ってお稽古ができることは頭ではわかっていながら、気分的に釜の前に落ち着いて座ることができませんでした。

6月も下旬になって、ようやく「そろそろ自主練(お稽古)しよう」と思えるようになってきました。もうすっかりお点前を忘れてしまったかもしれないという焦燥感もありつつ、とりあえず一歩前進です。

そんなわけで先週末は、まずお茶室周りのお掃除。露地の雑草を抜いて枯草を取り除き、お茶室に掃除機をかけて畳を乾拭き。そういえば花祭窯のお茶室「徳り庵」もずいぶん使っていませんでした。梅雨の晴れ間にお掃除できて良かったです。

季節は既に風炉。次は道具の点検です。茶筅を買い替えたほうがいいなとか、お抹茶はまだ十分にあるかなとか。少しづつ整えていくうちにだんだんと気分が上がってきます。お掃除やら道具の点検やらを通して、空間と一緒に気持ちが整っていくのだったと、今更ながらに実感しつつ。

さあ、あとは季節の和菓子を買ってきたら、十分です。美味しい水無月が手に入りますように!

海がある贅沢。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

海がある贅沢。

このところブログのアイキャッチ画像が連続で海の写真でした。無意識でしたが。そういえばSNSのフィードに流れてくる、近所の友人たちの写真にも、いつにもまして海が増えてきた今日この頃(笑)

海の近くに住んでいると、秋冬春に暴風が吹いたり、潮風でいろいろなものが錆びたり傷みやすかったり、特有の少し困る点もあります。が、それにしてもあまりある恩恵。

日が長くなってきたと思ったら、先週末は夏至でした。夕食後に「海と夕陽」を見にちょっとそこまで散歩、ができる贅沢。

津屋崎浜は内海になっているので、風が無いと上の写真のように鏡面のような穏やかさです。湖か⁉というくらい。この穏やかさに慣れると、風が強く波が立ったときに「おお、海っぽい!」と思ってしまいます。

鷺発見(見えるかな?)。津屋崎浜からは干潟が続いているので、生きものが豊かです。それを狙って、鳥たちも集まってきます。

ぐるりと半円状の海岸線。徒歩30秒でこの景色を満喫できる贅沢。目の前が開ける景色に、気持ちも開放。ありがたい環境です。

○○初心者。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

○○初心者。

という、さりげない言いまわしに感心した出来事がありました。ご近所友だちが「わたし津屋崎初心者なので教えてください」とおっしゃったときのこと。

その方は代々この地・津屋崎に住んでおられる家系の若旦那。対するわたしたちは、ここに移住してきて9年目。この歴史的年数だけ見れば、どちらが津屋崎初心者かといえば、圧倒的に私たちなのですが。

この会話が交わされたのは、彼がお子さんの手を引いて「海岸のどのあたりに行けば、子ども連れで潮干狩りが楽しめるか」を思案していた時のことでした。たしかに「小さい子どもがいる状態での津屋崎」については、彼は初心者であり、わたしたちは経験者。さらに津屋崎浜を毎日朝な夕な散歩している我がダンナは、その道のベテランと言えるかもしれません(笑)。

ということで、ダンナが紙にささっと地図を描き「このあたりがいいよ」と、潮干狩りポイントをレクチャー。後日伺ったところによると、無事、家族で潮干狩りが楽しめたようです。

何気ないおしゃべりのなかで「津屋崎初心者」という言葉が無意識に出て来たのだろうと思います。その響きには自然な謙虚さがあって好ましく、そういう言い方があったかと感心したのでした。自らを振り返っても、子育ては分からないことだらけで、まさに「初心者」場面の連続であったことを思い出しました。

自然体で好ましい言葉遣いができる人に、とても憧れます。「言葉を選ぶ」という言い方がありますが、そういう人はおそらく意識的には選んでもいないような気がします。気持ちがそのままきれいな言葉に載るのですね。そんな言葉づかいができるようになりたいです。

2020上半期読書ベスト3。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

2020上半期読書ベスト3。

少し早いですが、半年振り返り。この上半期は家にいる時間が長かったので、読書数も増えているかもしれないと、数えてみました。写真は図書館が臨時休館する前に本を借りてきたときのもの。

さてブログにあげているだけで15タイトルありました。そのなかに上下巻ものやシリーズものもあったので、冊数で換算したら20冊を超えます。月平均3冊以上ペースは、自分としては十分充実の読書生活と言えます^^


第1位『アンナ・カレーニナ』(新潮文庫)
トルストイ。読んでいなかった名作シリーズです。国も時代も環境も自分とはまったく異なる登場人物の「ダメなところ」に共感しつつ、この年齢だからこそ理解できる機微を楽しむことのできた本でした。

第2位『三銃士』(角川文庫)
アレクサンドル・デュマ。昨年はまった『ハリー・ポッター』同様、登場人物の魅力がそのままストーリーの面白さとなっていました。『ダルタニヤン物語』の続きは是非読みたいと思っています。

第3位『新・リア王』(新潮社)
高村薫さん。『晴子情歌』に続く上下巻で、ボリュームも内容も圧巻でした。現在の日本の状況と合わせて、政治の問題、地域の在り方の問題を考えさせられました。高村薫さんの本、特に2011年以降の既刊でまだ読めていないものがあるので、折を見て読みたいと思います。


顔ぶれからわかるこの上半期の読書傾向の特長は、小説の多さでした。それも、ボリュームのある長編。ベスト3も小説で、いずれも上下巻、あるいは上中下巻でした。小説をたくさん読むのは、現実逃避的傾向とも言えるのですが(笑)、仕事頭からスカッと切り替えることができていた、という前向きな捉え方もできましょう。

最近の本のニュースで嬉しかったのは、カズオ・イシグロ氏の新作ニュース。日本では来年春に刊行される予定ということで、今から楽しみです。

ホームベーカリーの愉しみ。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

ホームべーカリーの愉しみ。

ホームベーカリーを使い始めて、かれこれ20年ほどになります。我が家でホームベーカリー習慣が続いているのは、「パン作りが好き!」というようなおしゃれな理由ではありません。日本の家庭に炊飯器があるように、ホームベーカリーもある、という感じです。写真はぶどうパン生地を寝かせているところ。

そもそもは佐賀の山の中に暮らしていた時に、パンを買いに出るよりはホームベーカリーで焼いた方が早い!と発想したのでした。「美味しいパン屋さん」までの距離が遠かったのです。ホームベーカリーなら失敗なく、手軽に焼きたてパンをいつでも食べることができる、というのが手に入れた理由。(実際はたまに失敗します(笑)

最初の十数年はリーガル社のものでした。雑誌『通販生活』で紹介されていたものを、故障しても部品を変えてもらったりしながら使い続け。リーガル社のものを2台使いました。現在使っているのは三代目でツインバード製。三代目を購入した時に驚いたのは、その性能の良さと価格が安いことでした。いろいろなメーカーがホームベーカリーを出すようになった結果なのでしょうね。

20年で3代目というのは、家電でもなんでも長く使う我が家としては、寿命が短い方。でも「ご飯を炊くように食パンを焼いている」ことを考えると、しっかり働いてくれた結果ですね。さすがにご飯のように毎日ではありませんが、週に1-2回は焼いています。そうそう、最近はときどきお餅もついています。

パンは食パンしか焼きませんが、胡麻を入れたり、レーズンを入れたり、ライムギを混ぜてみたり、全粒粉を入れたり。ちょっとした変化をつけるだけで、大いにワクワク楽しんでいます。いずれの場合も材料を投入してスイッチを押すだけですから、こんなにお手軽で美味しくて楽しいものはありません。

ホームベーカリーでのパン作りは、大雑把な性格のわたしにぴったりなのだと思います。自分でパンを焼くとか考えられない!というような方に、ぜひこの楽しさを知ってもらいたいものです。

ひそかにリスペクト。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

ひそかにリスペクト。

している人が、ご近所に二人いらっしゃいます。あいさつ程度のご近所づきあいですが、その佇まいや振る舞いを見聞きするたびに「真に余裕のある大人」の優雅が感じられ、そのような雰囲気を醸し出せる人物になりたいなぁ、と思うのです。

お二人に共通するのは、怒りや焦りの感情を表に出したり、大きな声を出す姿が、まったくイメージできないこと。あるときお嫁さんとおしゃべりの最中に聞いてみたら、「たしかにわたしが嫁に来てから1回もお義父さんが大きな声出してるとこ見たことないわ」ということで、やはりイメージ通りのようです。

もうひとつ共通しているのは、家のなかを歩くように、ご近所内を歩いている姿。近所でお見かけするときはいつも、いかにも気負いのない格好で歩いていらっしゃるのです。実のところお二人ともいわば地元の名士でありながら、まったくそのようなものにとらわれていないのがわかります。

いったいどうしたら、そのように飄々として品のある雰囲気が身に付くのでしょう。年齢的に考えると、お二人ともわたしよりおそらく20歳ほど上でおられるのですが、20年後に自分がそのような雰囲気をまとえるものかどうか。

「何かを成し遂げた」という行いへの敬意の場合は、その目指すものが行動として明確なのですが、「真に余裕のある佇まい」にたどりつくための指針は、漠然としています。どんな日々を積み重ねてきたかが問われるのだろうなと思いつつ、いったいどんな毎日を送ったらよいのでしょうね。お二人の姿をお見かけするたびに、思わず考えてしまいます。