冬至に柚子をたくさんいただいたので、柚子茶を作って飲んで楽しんでいます。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

冬至に柚子をたくさんいただいたので、柚子茶を作って飲んで楽しんでいます。

お友だちから柚子をたくさんいただいて、冬至だったことを思い出しました。黄色くてキラキラした柚子がたくさん。冬至といえば柚子湯です。ありがたくお風呂に浮かべて温まりました。香りの良さはもちろん、湯船にぷかぷかと浮かぶさまはビジュアル的にも楽しいですね。こうして季節の行事を楽しむことができるのは、ささやかながら大きな贅沢だと思います。

さてまだ柚子が残っています。料理上手な友人は柚子のマーマレードを作ったと言っていましたので、わたしもなにか保存食を作ろう!と思い立ちました。ほんとうに便利な世の中になりましたね。スマホで「柚子 簡単レシピ」を検索して、最初に出てきたのが柚子茶。これまでも「簡単レシピ」とか「ずぼらレシピ」とかのキーワードに助けられること数知れず。即座に柚子茶を作ることを決定しました。

柚子を丸ごと刻んで、種を除け、鍋に同量のお砂糖と一緒に入れて煮込むのみ。煮込むといっても10分程度で時間もさほどかからず、なんともシンプルです。たくさんあった柚子もずいぶん嵩が減り、これなら1週間もせずに食べて(飲んで)しまいそう。さっそく出来立てに熱湯を投入して柚子茶をいただきました。美味しい。香りの高さに幸せな気分になりました。

柚子茶

読書『ターングラス 鏡映しの殺人』(早川書房)ガレス・ルービン著/越前敏弥訳

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読書『ターングラス 鏡映しの殺人』(早川書房)ガレス・ルービン著/越前敏弥訳

いつものカメリアステージ図書館新刊棚より。あれ?表も裏も表紙?と気になって手に取りました。ただそのときは、それがどういう意味を持つのか、想像もしませんでした。そのままふつうに読み出し、本の真ん中あたりでお話が終わり、まだまだページが残っているところで、おや?となり。その先に進んだら「訳者あとがき」となっていて、頭のなかが???となりつつ、訳者あとがきの解説でようやく「仕組み」に気が付きました。

表と裏の両方から、二つの独立した物語を読むことができるのです。二つの独立した物語ですのでどちらから読んでもOKですが、それぞれの物語が、もう一つの物語の伏線になっている、という凝った作り。上の写真は、早川書房さんの本書紹介ページからお借りしました…どういう作りかをわかってもらうのに、一番良い写真だと思いましたので。そのページ第一声は「ミステリ界騒然!? こんな翻訳ミステリ見たことが無い!」で始まっていますので、わたしが初体験だっただけでなく、業界的にもチャレンジングな試みだったようです。

いろいろな意味でドキドキしながら読みました。1881年のエセックスにあるターングラス館を舞台にした物語と、1939年のカリフォルニアのターングラス館で起こった事件の物語です。いずれも当時の社会的・政治的背景が伝わってきてイメージしやすく、読後に著者がもともとはジャーナリストであるという解説を読んで、なるほど納得しました。ガレス・ルービン氏の著作に、興味が湧いてきましたので、また探してみようと思います。

『ターングラス 鏡映しの殺人』(早川書房)ガレス・ルービン著/越前敏弥訳

我慢強く付き合ってくださる額縁屋さんに感謝―額装の検討は時間がかかるけれど、楽しい。

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我慢強く付き合ってくださる額縁屋さんに感謝―額装の検討は時間がかかるけれど、楽しい。

藤吉憲典のシルクスクリーン作品第一弾が完成したので、さっそくディスプレイサンプル用に額装することに。「作らない人」であるわたしにとって、額装で作品を飾る仕事は、貴重かつ愉しみな美術的創造力発動の機会です。

いつもの博多中洲川端・大崎周水堂さんへ。額装にしても軸装にしても、毎回ふつうとは違うオーダーを繰り出す私に対して、スタッフの方々も慣れてきてくださったようで、我慢強く付き合ってくださいます。今回も10時のオープン早々におじゃまし、二つの額装をようやく決定したときには、もうすっかりお昼をまわっていました。

フレームの決定、余白の取り方の決定、作品の背景となるマットの決定と、予算内でいかに格好良く仕上げるか。わたしの「あんなのありますか?こんなのありますか?」に対して、大量の在庫のなかから、提案をしてくださいました。上の写真は、背景の候補に合わせてみているところ。

おかげさまで、満足のいく選択ができたはず。はず…というのも、頭のなかで組み合わせの完成図を完璧にイメージするのは、わたしにとってはなかなか難しく、ある程度「これでいけるはず」と思ったらGOするしかないのです。あとは出来上がりを待つばかり。年内にふたつとも仕上がる予定なので、とっても楽しみです。

読書『蔦屋重三郎 江戸を編集した男』(文春新書)田中優子著―江戸文化の専門家による解説本。

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読書『蔦屋重三郎 江戸を編集した男』(文春新書)田中優子著―江戸文化の専門家による解説本。

来る2025年のNHK大河ドラマの主役が「蔦屋重三郎」だということで、ここ1-2年で関連本が続々と刊行されている感があります。わたしがこれまでに読んだのは、小説二冊。いずれも「そんな人がいたんだ!」という驚きをもたらしてくれるものでした。

小説世界で面白さに浸ったあとは、実際のところどうだったの?の検証とまでは言いませんが、専門家のお話を聞きたくなりました。ということで、江戸の文化といえば、田中優子先生。2017年に、当時「法政大学総長」であった先生の講演会を聴きに行くことが出来たのは、思い返すほどにとてもラッキーなことでした。

本書は2024年10月20日刊行です。小説とはまた異なったアプローチでの「蔦屋重三郎の生きた時代」を読むことは、面白いばかりでなく学びになりました。「編集」の意味、「アバター」としての筆名や芸名など、現代のわたしたちの仕事につながるヒントがたくさんです。

『蔦屋重三郎 江戸を編集した男』(文春新書)田中優子著

読書『「ふつうの暮らし」を美学する』(光文社新書)青田麻未著

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『「ふつうの暮らし」を美学する』(光文社新書)青田麻未著

最近、異動のお伴に「新書」を選ぶことが増えています。小説はストーリーに入り込み過ぎて、うっかり電車を乗り過ごしそうになる危険があること、新書だとサイズも厚さも程好いのでバッグが重くなり過ぎないこと、などがその理由です。なかでも光文社新書は、美術系の考察に強いような気がしています。個人的に保存版的位置づけの本に、光文社新書が何冊も入っているもので、本屋さんではまずチェックする場所になりました。

さて『「ふつうの暮らし」を美学する』。サブタイトルに「家から考える「日常美学」入門」とあります。日常美学の入門書、とあります。「日常美学」という学術分野があることを、この本を見るまで知らなかったのですが、その字面から、自分がやろうとしていることに近しいものがあるかもしれないと勝手に想像して、手に取りました。

学術分野としては、哲学の領域に入るようです。たしかに、本文中に引用される何人かの研究者の主張する内容を見ていると、いかにも哲学的な「これは無理矢理でしょ!?」というような論旨展開も多々あり、久しぶり(学生時代ぶり)に哲学の面白さを垣間見ることが出来ました。

著者の言わんとすること、日常美学とは簡単に言うとどんなものなのか、なぜこの本を書いたのかは、序章を読むことで明らかになります。そのなかから、わたしがピンときたのは、

  • 美学は「感性の学」である
  • 美しくない芸術もある
  • そもそも芸術と日常を峻別することができるという前提は、西洋近代に特有のもの
  • 芸術という概念抜きに発展してきた文化
  • 生活のなかで実践される「美」、「芸術」
  • 文化がかたちづくられる以前に、私たちは生きていくなかで自然に感性をはたらかせている

というようなところ。

とにかく新しい分野だということで、帯にも「気鋭の若手研究者による唯一の入門書」とあります。興味のある方は、ぜひ読んでみてくださいね^^

『「ふつうの暮らし」を美学する』(光文社新書)青田麻未著

読書『可及的に、すみやかに』(中央公論新社)山下紘加著

こんいちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『可及的に、すみやかに』(中央公論新社)山下紘加著

いつものカメリアステージ図書館新刊棚より。この場所のおかげで、たくさんの「はじめまして」の小説家さんに出会います。ふと気がつけば、そうした作家さんの多くが、わたしよりもお若い方々。だんだんと、そんなふうになってきますね(笑)。そしてこれは洋書・邦書問わずなのですが、すごい!と思ったら若い女性の作家さん、ということが最近とみに増えてきました。

本書の著者、山下紘加さんもそんななかのお一人。と思ったら、2年ほど前に著書『あくてえ』を読んでいましたので、厳密には「はじめまして」ではありませんでした。『あくてえ』は、家族の問題てんこ盛りのヤングケアラーの物語でした。

さて『可及的に、すみやかに』。こちらも家族の問題を扱った中編二編が収録されています。タイトルは『掌中』と、表題にもなっている『可及的に、すみやかに』。ふたつとも「母と子」の関係を描いています。母の目線で「母と息子」を軸に物語が進む『掌中』と、娘であり母である立場から描かれる『可及的に、すみやかに』。どちらも、じりじりとする立場の痛みが伝わってきて、苦しくなりながらも目が離せませんでした。

物語の主人公と読んでいる自分に性格的に重なる部分がまったく無くても、そうなってしまう主人公の追い詰められた感じはなんとなくわかる、というのが、読みながらの感想でした。スマホに残る指紋の跡のこととか、鏡にやつれたおばさんが映っていると思ったら自分だったとか、細かい描写に心当たるところが、登場人物への共感につながります。光が見えそうだと思ったらあっけなくひっくり返されるラスト。むしろ残念な状況が続くことを予感させる終わり方にも、リアリティを感じました。著者追っかけをしてみたいと思います。

『可及的に、すみやかに』(中央公論新社)山下紘加著

「令和6年度デザイン開発ワークショップ」第3回目は、一人(一社)につき一時間の贅沢ブレスト。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

「令和6年度デザイン開発ワークショップ」第3回目は、一人(一社)につき一時間の贅沢ブレスト。

福岡県の新事業支援課の事業のひとつ「デザイン開発ワークショップ」。わたしが参加する北九州地区では、西日本工業大学の梶谷克彦先生、株式会社GKデザイン総研広島の遠藤大輔さん、株式会社宣研の重松依子さんが、アドバイザーを務めてくださっています。昨日はその三回目。参加社数は4社なので、そもそも少数でじっくり取り組める体制なのですが、インフルエンザで2社が欠席となり、いつもにも増して濃い時間となりました。

この日の成果と宿題は、以下5点。

  • エントリーモデル(普及版)作品群としてのシルクスクリーンは、独自のブランディングストーリーを作る。
  • 入口はひとつ(=藤吉憲典)。そのなかで、エントリーモデルからハイエンドモデルへのステップをストーリー化する。
  • なぜこの作品群が生まれたのか?
  • すべての普及版作品に添付することのできるブランドストーリーの小冊子化。
  • 額装・作品のアレンジ→世界観を示す「実際に飾ってある場所」の写真や動画。
藤吉憲典 昇龍

やりたいことに対して、次にすべきことが明らかになるこの時間は、ふだん一人で仕事をしているわたしにとって、とてもありがたく貴重です。次回に向けて、しっかり準備を進めます^^

楽しみにしていた「藤吉憲典のシルクスクリーン作品 第一弾」が完成しました。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

楽しみにしていた「藤吉憲典のシルクスクリーン作品 第一弾」が完成しました。

藤吉憲典の書画、次なる展開は「エディション作品」です。「エディション作品」というのは、わたしもこの仕事を通して初めて知った呼び方でしたが、リトグラフやシルクスクリーンなど、版を刷って複数完成できる版画作品をこのように呼ぶのですね。英語だと「editioned prints」、あるいは原則的には数を限定して制作することから「limited edition prints」と呼ばれるそうです。

このプロジェクトに具体的にとりかかったのは今年10月のことでしたが、平面作品だからこそできる展開として「手に取れるアート」構想を温めはじめてからは、1年以上が経っています。最終的に「GO!」となったのは、ミラノのギャラリーさんからの「気軽に楽しめる普及版があるともっといいのだけれど」という一言でした。

まずはシルクスクリーンにチャレンジしようと決定し、パートナーさん探しをはじめ、打合せ・発注から納品までは約2カ月。やると決めてからは早かったと思います。なにより信頼できるパートナーさんに出会えたのが大きいです。出来上がりはほぼ期待通り。チャレンジ精神と遊び心を共有できそうなので、これからどのような面白い展開を考えることができるか、期待が高まります。

先月参加した「デザイン開発ワークショップ」でのキーワードでいえば、藤吉憲典の書画作品の中での「エントリーモデル」としてのシルクスクリーン作品。エントリーモデルからハイエンドモデル(肉筆画)までのステップとして何を提供するか、いかにナビゲーションしていくかが、これからのわたしの仕事になります。

2025年度は、エントリーモデルだからこそできることを追求します。まずは、よりたくさんの場所で、よりたくさんの人にご覧いただける機会を作ること。「こんな展示場所・機会があるよ!」のご提案がありましたら、ぜひお寄せ下さいませ^^

博物館学芸員研修「オンライン語り場」―「恐れず弟子をとれ!~博物館の最コアユーザーの育成~」に参加しました。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

博物館学芸員研修「オンライン語り場」―「恐れず弟子をとれ!~博物館の最コアユーザーの育成~」に参加しました。

2016年からお世話になっている、九州産業大学の緒方先生が責任者を務める博物館学芸員のための技術研修会。令和6年度も文化庁「大学における文化芸術推進事業」連続講座・オンライン語り場が開催されました。今年度のテーマは「地域の子ども、若者を支えるミュージアム活動」。最終回は、沖縄市立郷土博物館の主任学芸員さんからの報告でした。

以下、備忘。


  • 師匠はいますか?弟子はいますか?
  • 「もの」を中心に、時間・空間・こと・人とつながる(つなげる)。
  • 「恩師」との出会い。
  • 引き継ぎたい時間の流れ。
  • 背中を見せる・追いかける。
  • 子どもの「体験格差」。
  • 格差を縮小させることができる、公的施設での体験。
  • 博物館の理念に共感する「コアユーザー」。
  • 近隣施設との協力。
  • イベント参加者ではなく、「調査隊員」。
  • レポート(観察報告記録)を書くことで、より観察力が増す。観察力が増すと、レポートもよりレベルが上がってくる。の、好循環。
  • 単なる体験イベントではなく、科学的な成果も残す。上がる。→論文の発表、成果の共有(動画など)。
  • 科学者・研究者とは?-大学の研究者じゃなくても、在野でもできる!
  • 学校に行けない子たち→博物館へ!!
  • 来館者(弟子)も、学芸員(師匠)も、笑い合える場所。
  • 同じ方向性を見つめ、師の作った道の延長線上に、さらに道を進めること。
  • こんな仕事もあるよ!を示せる大人。
  • いろいろな場所に、それぞれに「師匠」が存在する。
  • 次の世代へ、の想い。空回りも多いけれど。

「恐れず弟子をとれ!~博物館の最コアユーザーの育成~」沖縄市立郷土博物館からの報告より


沖縄市での、子どもの教育環境に見られる問題点の提示からスタートした、今回の報告。「体験格差」の言葉が頭に浮かびました。経済的なゆとりが無いと、子どもに習い事や旅行などの体験をさせることが出来ないというのは、世の中がある程度豊かになったからこそ生まれた事態だとは思うものの、やはり切ないです。

公的施設である美術館博物館は、家庭での経済状況に関わらず、館に来る子どもたちに「体験」を提供できる場所です。その機能を最大に生かすことで「経済的な格差≠体験格差」を掲げていくことが出来る場所し、そうならなければならないと思いました。美術館博物館には、お金をかけた習い事や旅行などにも匹敵するような体験を、来館者に提供できるポテンシャルがあると信じています。

また参加者の自由な意見交換の場である「語り場」からは、芸員さんの立場の不安定さについての話がでました。日本の文化・教育行政の大きな課題ですが、現状がこうである以上、そのなかでいかに道を拓いていくかをそれぞれに考えて行くしかありません。報告者さんのお話のなかで「在野の研究者」という言葉が出ており、同様に「在野の学芸員」もアリなのです。もちろんそのなかで、いかに収入を得るかという問題は大きなものですが、現にわたしはフリーで動いているので、難しさと同時にたくさんの可能性・選択肢があることも感じています。これからは学芸員の在り方も、もっと自由になるように思います。

一番上の写真は、わたしが勝手に師と仰いでいる、齋正弘先生の著書。

久しぶりの京都巡り―よく食べ、よく歩き、よく学び―番外編・奈良。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

久しぶりの京都巡り―よく食べ、よく歩き、よく学び―番外編・奈良。

「タイミング」って、あるものですね。来週は京都だ!というある日、料理人さんから器に関するお問い合わせをいただきました。その内容がなかなか興味深く、お店の場所が奈良だとおっしゃるので、京都ついでにお伺いして直接お話を聞くことに。奈良もまた、わたしは博物館学芸員の実習で奈良国立博物館に行って以来でしたので、久しぶりでした。

というわけで、三日目は近鉄線で一路奈良へ。お約束の鹿を眺めつつ、まずは興福寺に向かいました。五重塔が「素屋根建設工事中」ということで、下の写真の通りの眺め。五重塔を拝めないのは残念でしたが、これはこれで滅多にない景色だと思えば面白く貴重です。国宝館内の宝物は、阿修羅像をはじめ相変わらずの素晴らしさで、嬉しくなります。京都の三十三間堂もそうでしたが、こちらも以前来た時(って、かなり前ですが^^;)より、ずいぶんと鑑賞しやすくなっていました。

奈良興福寺五重塔

↓こちらは中金堂。

奈良興福寺中金堂

奈良町を散策しつつ、目的地に向かいました。途中「奈良町情報館」なる観光案内書を発見。親切なスタッフの方にいろいろ伺いつつ、「奈良町おさんぽガイドMAP」をいただき、これがまた便利でした。それにしても奈良町にのこる古民家の数々。いいな、と思ったら文化財登録のプレートがついていて、なるほど、の繰り返し。その数の多さに感嘆しました。

入り組んだ路地の散歩を楽しみながら、目的地に辿り着きました。訪問先でも、イメージしていた通りのお話をお聞きすることが出来ましたので、直接お伺い出来てよかったです。このお話の続きを、いずれ皆さまにご紹介できる(はず!)のが楽しみです。時間に余裕を持ってミッションコンプリートで、京都駅へ。「奈良といえば中川政七商店の旗艦店=奈良本店に行くのだった!」と思いついたのは、津屋崎に到着してからのことでした。

大満足の三日間ながら、宿題というか、やり残しも多々の京都・奈良でした。次はできるだけ早いうちに行きたいな、と^^