ロンドンの新しいガイドブックをゲット。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

ロンドンの新しいガイドブックをゲット。

ずっと使っているロンドンのガイドブックが、だいぶヨレヨレになってきているのと、最初に手に入れてからずいぶん時間が経っているので、情報をアップデートした方が良いよね、ということで。あらためて手元にあるガイド本の発行日を見てみると、2012年でした。なんと10年も経っています。でも前回2019年に訪問した際も、この1冊でまったく問題なく、使いやすかったのです。その間情報アップデートの必要性を感じなかったというのは、すごいことですね。

そんなわけで、同じシリーズの後発版が無いかとネットで探して見ましたが、ヒットせず。このシリーズ自体が廃版になっていました。そうなると、やはり本屋さんでページをめくって探さねばなりません。どういうものが望ましいのか、言葉にするのは難しいのですが、ガイドブックとの相性ってありますよね。実際に手元で見てみないと、自分にとっての使い勝手の良し悪しを判断できないのです。

まず出かけた近所の本屋さんでは、海外のガイドブックの顔ぶれがとても少ないのに驚きました。コロナ禍で海外旅行どころではない期間が3年近くありましたから、無理もないことですね。棚の並びを見ながら、ガイドブックを出している出版社はここ数年たいへんだっただろうな、と、あらためて思いました。

近所の本屋さんで見つけられないときは、博多へ。博多まで行けば、紀伊國屋さんと丸善さんがあるので、百人力です。今回は、先日選書ツアーでお世話になった丸善さんへ。

ありましたありました!まずは数あるなかから、気に入るものを3冊選び、そのなかから発行年月日が最新のものを選びました。良いものを発見することが出来て、大満足。ガイドブック、見ているだけでテンションが上がります。ようやく海外旅行がスムーズにできるようになってきましたので、これからまた各地のガイドブックも最新版がどんどん出てくるのかもしれませんね。

十一月、風炉から炉へ。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

十一月、風炉から炉へ。

昨日は、3週間ぶりにお茶のお稽古でした。お茶室に入ろうとして、ご挨拶をしたところで、目の前の景色に一瞬動きがストップ。なにかが違う、という感覚からお茶室をぐるりと見まわして、腑に落ちました。風炉から炉へと変わったお茶室の設えです。この変化が、十一月がお茶の新年であることを、毎年思い出させてくれます。

と同時に頭をよぎったのは、設えに合わせてお点前が変わることへの不安感。またイチからだ…と心の声が顔に出てしまったのでしょう、すかさず先生に「今日は皆さんいらっしゃるなりそんな顔をなさるんですよ」と笑われました。そして無言ながら「大丈夫よ!」と笑顔で頷いてくださる先輩方。皆さんの笑顔に後押しされて、お茶室に入りました。

窯の位置が変わる。たったそれだけのことなのに、あたふたしてしまう我が身の頼りなさです。現在わたしがお稽古をしているのは、奥点前のひとつ「盆点て」。設えが変われば、道具を置く位置が変わり、それに伴ってお作法の流れが少しづつ変わります。ひとつのお点前を1年間通してお稽古することで身に着けていくのですが、なかなか一筋縄には参りません。

いつもよりもさらに時間をかけて、一つ一つ確認しながらのお稽古となりました。春から続けてきた盆点てのお点前も、今月からまた新しいお点前のような気持で学び直しとなりました。ゆっくり取り組むことを受け止めてくださる環境に、心より感謝です。

福津市は今、「光の道」シーズンです。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

福津市は今、「光の道」シーズンです。

このところずっと快晴の日が続いているので、海に沈む夕陽も見放題(笑)な、津屋崎浜から宮地浜。10月下旬が見頃と言われていますが、なんのなんの、11月に入っても浜辺にはたくさんのカメラマンが待機しています。

ちょっと進むと、また違った角度の景色でこれもまた良し。

光の道

海辺を散歩がてらこの景色を見ることが出来るというのは、やっぱりこの地に住まうからこそのラッキー。たまには写真に撮ってみようかな、とスマホを取り出した次第でした。

そもそも光の道って?

こちらは、昨年の光の道シーズンの記事。

読書『朗読ワークショップ』(アーツアンドクラフツ)青木裕子著

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『朗読ワークショップ』(アーツアンドクラフツ)青木裕子著

元NHKアナウンサーであり、退職後は朗読家として自ら「軽井沢朗読館」を設立し、軽井沢町立図書館顧問・名誉会長である青木裕子さんによる、朗読指南書です。上の写真は、その目次。ここを見ているだけでも、読んでみたい本、あらためて読みたい本が、いくつも上がってきます。

著者は元NHKアナウンサーですから、声を出して伝えることのプロ。その方が惹きこまれた「朗読」の魅力がストレートに伝わって参ります。朗読指南書と書きましたが、読後の印象としては、ノウハウ書というよりはエッセイといった方がぴったりくるような感じたいたしました。朗読の魅力が伝わってくるとともに、著者の人間的な魅力が伝わってきます。

本書はじめの約40ページで「基本」を学び、その後は「小説を朗読する」「詩を朗読する」「エッセイを朗読する」と、「実践」に誘われます。ノウハウ書っぽくはありませんが、ノウハウ的な記述ももちろんたくさんあり、「下読みでのチェック作業」「読み聞かせと朗読の違いは」「読み間違い回避対策とは」などは、特に具体的に役に立つだろうと思えました。

ただ、本書を読んでなにより良かったと思えたのは、「まず声を出して読んでみよう」と思えたこと。図書館が主催する音読の研修を受けに行こうと思いながら、なかなか機会を得られずにおりましたが、本書を指南書として、自分一人でも「読み・録音し・修正していく」ことは出来そうです。

本書のなかでは、じっさいに青木裕子さんが読んだものがテキストベースで載っており、対応する音声がQRコードから聴くことができる仕組みになっています。素晴らしい。さっそくスマホを手に、隙間時間で朗読の練習です♪

NEW PORCELAIN SCULPTURE

こんにちは。花花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

NEW PORCELAIN SCULPTURE

11月16日オープンのロンドン個展の案内状イメージが届いて、差し出されたタイトルに、またひとつ今後の展望を示されたような気がしています。

NEW PORCELAIN SCULPTURE by Kensuke Fujiyoshi @ SLADMORE CONTEMPORARY
NEW PORCELAIN SCULPTURE by KENSUKE FUJIYOSHI

藤吉憲典のつくるものを何と称するか、藤吉憲典の肩書は何なのか。第三者に伝えるには、わかりやすく言葉にすることが必須です。なんと表現するのか最も合っているのか、もっとも伝わるのか、その都度頭をひねっているのですが、今回SLADMOREからいただいた「NEW PORCELAIN SCULPTURE」の文字を見たとき、思わず膝を打ちました。

NEW PORCELAIN SCULPTURE。日本語で言い換えれば「新しい磁器彫刻」です。確かに、そうです。ごく普通の言い回しにもかかわらず、ひとつのジャンルが生まれたような気がいたしました。言葉の力ってすごいですね。そういえば昨年5月に参加した展覧会「BEYOND BRONZ」すなわち「ブロンズを超える」というのも、SLADMOREから贈られた一つのイメージでした。

藤吉憲典の作品群に、「新しい磁器彫刻」という位置づけは、とてもしっくりきます。これを新しいジャンルとして切り開いていくことが、陶芸家(磁器作家)でもあるアーティストとしての、道筋のひとつとなりそうです。

「必要」か、「選択」か。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

「必要」か、「選択」か。

「必要」の結果ではなく、「選択」の結果であることが重要だというメッセージ。先日観てきたばかりの映画『アムステルダム』からの問いかけが、頭に残っています。

映画の中で問われていたのは、人間関係における位置づけでした。一緒にいるのは「必要だから」ではなく「一緒にいたいから」であって欲しいというのは切実な想いだよなぁと思いつつ、このセリフが繰り返されるたびに、わたしの頭はついつい仕事のことを考えておりました。

そもそも花祭窯が提供しているのは、必要なものというよりは、アムステルダム風に言うならば「選択」のもの。アート作品はもちろん、食器であっても、それが無いとどうしても困るという類のものではありません。だからこそ、そのものに対する特別な愛着・情熱が不可欠です。

選ぶ人に合わせるのではなく、合ったものを選んでもらう。そのためには、選ぶ人の前に、合うだろうものを差し出すことが出来ているか、が一番の肝となります。誰の前に出すか、どこに出すか。そして、そのモノの性質をよく見てもらえるように、準備・工夫が出来ているか。

対価として比べられることなく、純粋に「これが好き」と選んでもらえることは、人だけでなく、モノにとっても嬉しいこと。そのためにも出会いが大切なのだよね、と、この仕事を始めて以来ずっとある命題を、あらためて考えたのでした。

アート×ウェルビーイング:認知症サポーターになりました。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

アート×ウェルビーイング:認知症サポーターになりました。

アート・エデュケーターとして、博物館リンクワーカー人材養成講座で学ぶなかで、社会教育施設としての博物館学芸員が、地域での役割として福祉の現場とつながっていくのは、とても自然なことだと感じています。

福祉を専門的に学ぶには時間がかかるにしても、認知症サポーターになることは、誰もが無理なくできる第一歩。さっそく認知症サポーター養成講座を受講してまいりました。

講座の時間は約1時間半。短い時間のなかで、簡潔にわかりやすい説明がなされ、講座が終わる頃には、認知症への理解がすっかり上書きされました。わたしは4年間ほど、高齢者福祉施設を複数抱える社会福祉法人で人材育成の仕事をしていたことがあり、ある程度の理解しているつもりでした。が、10年以上のブランクのあいだに、認知症の解明も大きく進み、取り巻く環境も変わっています。それがわかったことが、まず大きな収穫でした。

今回の認知症関連イベントは、市内の大型ショッピングセンター内のホールで開催されました。市役所の高齢者サービス課、地域包括支援センター、地域の薬局、生活支援コーディネーター、福祉施設運営者など、さまざまな立場の方々が協力して運営なさっており、「リンクワーカー」の在り方を目の当たりにする機会にもなりました。

一番大切なのは「心のバリアフリー」=まずは自分の意識を変えることから。認知症サポーター(=地域で暮らす認知症の人とその家族の応援者)宣言をし、その意思表示である「オレンジリング」をいただきました。今日から認知症サポーターです。

映画『アムステルダム』を観てきました。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

映画『アムステルダム』を観てきました。

つい先日『ダウントン・アビー』を観てきたと思ったら、それは先月の「映画の日」でしたので、もう一か月経ったということですね。上の写真は映画とは全く関係がありませんが、オランダ・アムステルダム空港で撮ったKLM機。

「歴史を変えた陰謀の“裏側”…ありえないけど、ほぼ実話」のコピーに引っ張られ、近代史の裏側を覗く気分、事件あるいはサスペンスを想定して映画に臨みました。が、観終わったときにはむしろ、普遍的な「友情・愛情の物語」であり「生き方」の物語だったと思いました。

映画のなかで「『必要』か、『選択』か」という問いかけが何度も出てきます。「必要」の結果ではなく、「選択」の結果であることが重要だというメッセージが、とても響きました。また正確な字幕は覚えていませんが「人生は愛と芸術にこそ意味がある」というニュアンスのセリフが登場します。これもまた金言。このセリフ通り、美しい衣装や美術も見応えがありました。そしてなにより、主役三人の存在感が美しかったです。

主役の三人のなかでは、マーゴット・ロビー演じるヴァレリーの美しさが眼福。そしてジョン・デヴィッド・ワシントンの「目」が、とても素敵でした。周りを固める俳優陣の顔ぶれが豪華ということでも話題のようです。個人的にはマイク・マイヤーズがMI6の諜報員として出ていたのが、ツボでした。

ロンドン個展の案内状が届きました。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

ロンドン個展の案内状が届きました。

NEW PORCELAIN SCULPTURE by Kensuke Fujiyoshi SLADMORE CONTEMPORARY
NEW PORCELAIN SCULPTURE by Kensuke Fujiyoshi @ SLADMORE CONTEMPORARY
藤吉憲典ロンドン個展2022
NEW PORCELAIN SCULPTURE by Kensuke Fujiyoshi @ SLADMORE CONTEMPORARY

ロンドンSLADMOREより、11月16日オープンの個展案内状が届きました。前回の個展から「e-invite」=電子案内状をメールでご案内するようになっています。個展出品作品のカタログも「e-catalogue」が先行してギャラリーのトップクライアントに送られます。世界のどこにいるコレクターさんにも、同じタイミングで作品閲覧機会を提供できるということですね。

11月に入り、準備も大詰め。ドキドキワクワクです。

読書『緋の河』(新潮社)桜木紫乃著

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『緋の河』(新潮社)桜木紫乃著

カルーセル麻紀さんをモデルとした小説。新刊棚にあった『孤蝶の城』を読み終わったのは、つい1週間ほど前のことでした。

読み終わってあとがきを読んで、それが『緋の河』の続編であり完結編であったのだと知り、さっそく「その前」である本書を借りて参りました。読みたいときに読みたい本が手に入る、ご近所図書館のありがたさです。

『緋の河』良かったです。『孤蝶の城』も面白かったですが、それを超えて面白かった。図らずも順番を逆にして読んでしまいましたが、これがまたわたしにとっては良かったです。『孤蝶の城』で出てくる回想風景の原風景を『緋の河』のあちらこちらに見つけることが出来たのは、宝探しに似た面白さがありました。それにしても、前編にあたる『緋の河』を読まずに後編である『孤蝶の城』を読んでも、まったく違和感がなかったことを、あらためて思いました。すごいですね。

主人公・秀雄(カーニバル真子)の少女時代(少年時代?)を紡ぐストーリーは、切ないながらも凄みを感じました。あとがきで著者が、カルーセル麻紀さんの物語は「ほかの誰にも書かせたくなかった」と書いていて、その執念が書かせた本だと思えば、凄みがにじみ出るのも当然かもしれないな、と思いました。

カルーセル麻紀さんがモデルではありますが、登場人物の構成や出来事は、ほとんどが虚構であるといいます。モデルその人の壮絶な人生の物語と、小説家ならではの想像力が爆発した小説です。前編部分を読み終えて、もう一度後編を読みたくなりました。