秋が来て、お茶のお稽古がはじまりました。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

秋が来て、お茶のお稽古がはじまりました。

博多の禅寺・円覚寺で、南方流の茶道に入門しています。毎年八月の一カ月間はお稽古が夏休みで、九月から気持ちも新たにスタートします。お茶の世界では、風炉から炉に代わる十一月に、新茶の封を切る「口切の茶事」を行い、「お茶のお正月」と呼んでいますが、南方流ではそのような茶事は行っていません。なので、わたしの気分的にはこの夏休み明けの九月と、お正月一月の初釜茶会が、ひとつの区切りのような気がしています。

さて久しぶりのお茶のお稽古は、やっぱりいいですね♪お休みの間に作法をすっかり忘れているのはいつものことで、そうだった!と言いながらのお点前は、なんとも楽しく。この九月は、暑い時期にしかできないお点前を習うことにして、平茶碗(ひらじゃわん)と呼んでいる浅いお茶碗、それも片口型のものでお稽古をしました。形が変われば扱い方が変わるのは、お茶碗もお棗も同じこと。なぜそのように扱うのか、ちゃんと理由があるのですね。

年に一度のシーズンものなので、せっかく習ってもまた来年は忘れていますよね~と笑いながらのお稽古でした。今この季節だけ、というのもまた、お茶のおもてなしの楽しさです。来月は、これまた恒例の野点の茶会がありますので、楽しみです^^

最近の英語学習状況。

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最近の英語学習状況。

再び、英字新聞「The Japan Times Alpha」で英語学習♪と書いていたのは、ずいぶん前のことのように思っていたのですが、ブログを遡ってみたら昨年の11月のことだったと判明。ということは、再開してから止めることにするまで、半年もかからなかったようです。はい、止めました。理由は、以前とっていたときよりも、現在の政治や経済についての記事が多くなっていて、結果として悲観的な内容というか、読んで嫌な気持ちになるニュースも増え、読むのが楽しくなくなったから。まあ「新聞」ですし、世相を反映しているだけ、ということではあるのですが。わたし個人的に「読みたい!」と思える内容が少なくなってしまったので、残念ですが、というところでした。

というわけで、現在は週1ペースに戻したリアルでの英会話レッスンが、英語学習の柱となっています。英会話レッスンは、しばらく月1ペースの個人レッスンを受けていましたが、数年ぶりにグループレッスンに戻しました。個人レッスンに変更したのがたしかコロナ禍前後だったと思いますので、5-6年ぶりというところですね。その前は5-6年グループレッスンを受けていたと思うので、10年以上通っていることになります。…と考えると、うーん、そのわりに上達していないなぁというのが正直なところですが(笑)、これは自己責任。とりあえず、英会話レッスン中の1時間は英語オンリーになりますので、「今よりもしゃべれなくならないように」キープするための策になっています。

個人レッスンに切り替えたときの主な理由は、自分が発話する時間を集中して持ちたかったから、でした。数年間その状態でやってみて、それはとても良い時間ではありましたが、どうも自分の話しやすい内容だけで終わってしまうなぁ、と反省しだしたのが、グループレッスンに戻すことにした理由です。グループとはいえ少人数。そして、自分よりもちゃんと話せる人と一緒に学ぶことが、「もっとちゃんと勉強しなきゃ」という刺激にもなります。参加人数分、話題が広がるのも、利点ですね。グループでの学びがとても良い感じですので、しばらくはこの形を続けようと思います。

先日、たまたま友人が紹介していた英会話関連のYouTube動画があって、わたしはYouTubeでの英語レッスンをしたことは無く、今後もやるつもりはないのですが、試しに見てみました。そのなかでユーチューバーの方がおっしゃっていたことのひとつが、とっても腑に落ちたので、あらためて実践することに。それは、ざっくりいえば「英文法のパターンを体に覚えこませる」というようなことでした。そこで、わたしが覚えたい文章例がたくさん載っている『英語のお手本』を、あらためて引っ張り出すことに。というか、引っ張り出すまでも無く、本書はほんとうに良く使うので、常に仕事机、目の前に置いてあります。

『英語のお手本 そのままマネしたい「敬語」集』(朝日新聞出版) マヤ・バーダン 著

この本に出てくる文章を暗記するまで何度も読みこむ、という方法です。何度も繰り返し読んではいますが、「暗記するまで」というか「自然に出てくるようになるまで」は、まだ身についていません。2015年に出た本で、発刊後わりとすぐに購入していますので、もう10年は使っていることになります。うん、書き込みやら、めくり跡、折り跡などで、だいぶ姿がくたびれています(笑)が、もうひと頑張りしていただきましょう。マヤ・バーダンさんは、このあとに続編的な本をもう1冊出していらっしゃったので、そちらもチェックしてみようかな、とは思いつつ。

DVDとBBCによる英語耳強化は、機嫌良く継続中です。やっぱり自分の「好き」や「やりたい」につながっているほうが続きますね。今更ですが。あ、この機会に、いつの間にか自然消滅していた「3行日記」を復活しようかな。今日から復活します!と、ここで宣言^^

読書『忘らるる物語』(角川書店)高殿円著

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読書『忘らるる物語』(角川書店)高殿円著

いつものカメリアステージ図書館から、高殿円さんの追っかけ継続中です。本書は2023年刊行ですので、少し前に図書館の新刊棚に並んでいたはずですが、そのときには、わたしの目に留まらなかったようで…。図書館の「た」の棚「高殿円」さんの並びで発見した一冊です。まだまだ未読本がずらりとありますので、次はどれを読もうかな、と、嬉しくなります。

それはさておき、本書『忘らるる物語』。いやぁ、ちょっと、びっくりしました。「上流階級」シリーズや「シャーリー・ホームズ」シリーズのような、コメディタッチのイメージが強くなっていたところに、ガツンと深刻なテーマを、笑いに包むことなく提示されてしまいました。角川書店公式サイトでの紹介文には、『女が産み、男が支配する世界を変える「忘れられた物語」とは? 破格のエンタテインメント巨編!』とあります。

物語は、何千年という時のながれのなかで、希望を持ち続けることを最後まで説き続けています。わたしが実際に本などで見知る歴史は、それに比べたらとても短いわけですが、そのなかでも同じようなことを繰り返す人の在り方に、あきらめの気持ちも強くなってきているわけで、なんともいえない気持ちになりました。もちろん本書はフィクションです。ですが、現実世界で繰り返されてきた愚行と、その背景というか根っこにあるものを並べてイメージすることは容易く。

うん、高殿円さん、すごいです。でもかなり重かったので、次は笑いながら読めるものを選びたいと思います^^

『忘らるる物語』(角川書店)高殿円著

本棚の整理整頓=頭のなかの整理整頓。

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本棚の整理整頓=頭のなかの整理整頓。

お店をやっているお友だちが、お客様向けにオープン日のカレンダーをアップしているのですが、そのなかに3日間「環境整備のためお休み」という表記があるのを見つけました。図書館に行ったら、馴染みの司書さんから「10月初めに図書資料点検で5日間ほど休館します」とお知らせをいただきました。整備や点検のためにまとまった時間を取って、宣言して実施する。これって実は大切なことだよなぁ、と、あらためて思いました。涼しくなってきて、秋に向かって動き出すのにも、今のタイミングで整理整頓をするのが良さそうです。

ということで、ちゃんと時間を取って本棚の整理整頓をすることにしました。まずは、不要になった本をどうしようかな、というところから。以前にも使ったことのある、古本を活用した寄付サービスを利用することにしました。探してみたら、いくつもそのような仕組みができているのですね、そのなかから今回は、寄付先を指定できる「チャリボン」を使うことにしました。買取の値段がつかなかったものも、できるだけ「本」の形で活用する道を模索してくださっているようなのも、決め手となりました。

いざ本棚に手を伸ばしますと、予想に反して「これはもう要らない」とサッと決まっていくのに、我ながら少し驚きました。取捨選択の軸が、前回の本棚整理時より鮮明になっている感じです。デスク周りからスタートし、仕事場内3カ所にある棚をチェック。二重にして並べている棚では、後ろの列のタイトルはしばらく目にしていないものもありますので、「そういえばこの本があった!」という発見ができるのも、この整理整頓の良いところです。買ったとき以来読んでいない本でも、これはまだ手元にあった方がいい、と迷わず判断するものが少なからず、ここは直感的な判断に委ねます。

結果、さほど時間をかけずに取捨選択が済みました。手を動かして本棚と一緒に頭のなかも整理整頓、スッキリです。あとは宅配業者さんが回収に来てくださるのを待つばかり。居ながらにして本を無駄にしない道を選べる、そしてほんの少しでも寄付金の形で誰かのサポートになる喜びを感じることができる、ありがたいサービスです^^

花祭窯の小さな畑の近況報告-2026年9月11日。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

花祭窯の小さな畑の近況報告-2026年9月11日。

前回畑の近況報告をアップしたのは7月のことで、そのときは呑気に「すくすくと育ってくれています」なんて書いていたおりました。が、その後の過酷な猛暑。定期的に水やりには出かけておりましたが、暑さに負けて畑作業を後回しにしてしまい、ちゃんとお世話をすることができませんでした。その間に、あれもこれも、枯れてしまいました(涙)。念願のカボチャも、花が咲くところまでは行ったのですが、その後が続かず…。

暑さが厳しかったので、周りの草を取り過ぎると、土が保水しにくくなったり、陽射しが直接当たって良くないよなぁ…という判断で、草を残していましたが、それが果たして良かったのか悪かったのか。ピーマンの収穫はわずか2つにとどまり、カボチャと地這いキュウリは枯れてしまいました。この夏の収穫に関しては、惨敗です。

一方で、サトイモは、葉っぱが枯れたりまた出てきたりを繰り返しているので、この間に土の下で芋の子が育っていることに期待です。ニラは大きくは伸びなかったものの、しっかり根付いてくれました。分葱も全部とはいきませんでしたが、なんとか残ってくれています。ナスは涼しくなってきてからまた花が付き始めましたので、しばらく様子を見ることに。シソも強いですね。そしてサツマイモが葉っぱをたくさん伸ばしてくれているのが、なによりの希望です^^

9月に入ってようやく涼しくなってきましたので、畑仕事仕切り直しです。枯れてしまったところをきれいにして、次の季節に向けての準備を始めています。

現在の畑の顔ぶれは以下の通り。

(サトイモ) サツマイモ
(サトイモ) サツマイモ
      ナス  ニラ  分葱
         シソ ローゼル

サトイモ、サツマイモは9月下旬から10月ごろかな、と思いながら、見守り。手前の畝二つに空きスペースができましたので、ジャガイモを植えるのは確実として、そのほかに何を植えようか、昨年の実績を見ながら検討です。

今年も重陽の節句は、秋祭りのスタート「金比羅さん」。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

今年も重陽の節句は、秋祭りのスタート「金比羅さん」。

花祭窯のあるここ津屋崎エリアでは、8月も末頃になると、波折神社で子どもたちの太鼓の練習がはじまります。おくんちの行列で太鼓をたたきながら練り歩く、その練習です。うちの息子も、小学生の時からずいぶん長いことお世話になりました。夜、風に乗って太鼓の音が聞こえてくると、まだ暑さが厳しくても、ああもうそんな時期かぁ、と季節を感じます。

ご近所エリアで秋祭りシーズンの幕開けを告げるのは、毎年9月9日に行われる「金比羅さん」。昨年があまりにも暑かったので、今年はスタート時刻を少し遅く夕方にしたということでしたが、ここ数日涼しい日が続いていましたので、さまざまな装束に身を包んで練り歩くのも、そこまでたいへんではなかったのではないかしら、などと思いつつ、行列を待ちます。

行列をねぎらう「接待所」が設けられ、ダンナはそのお手伝い。わたしは気楽にただ行列の到着を待つばかりです。ここ津屋崎に移転してきて15年目。気がつけば、いつもおしゃべりしながら一緒に行列を待っていたおばちゃんたちは、お亡くなりになったり施設に入居なさったりと、年々少なくなってしまいました。路地で行列を眺めながら、ふと寂しさがこみ上げてきました。

お神輿にお賽銭を入れ、神主さんからお祓いをしてもらい、行列を見送って、ミッションコンプリート。このあとは宮地嶽神社の周期大祭に、波折神社のおくんちと続きます。

郷育カレッジ講座「知識要らずの美術鑑賞」を開催しました。

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郷育カレッジ講座「知識要らずの美術鑑賞」を開催しました。

福津市民のための生涯学習システム「郷育カレッジ」。今年も福岡市美術館さんのご協力を得て、「知識要らずの美術鑑賞」講座を開催して参りました。現地で参加者の世話役をしてくださるのは、福岡市美術館の教育普及プログラム担当の学芸員さんと、美術館ボランティアガイドの方々です。今年は、例年よりも参加定員を増やすことができました。福津市から福岡市美術館までは、市の公用バスを利用しての移動です。その定員を、コロナ禍後は用心して少なめに人数制限していたのですが、バスの正規の定員まで広げることにより、昨年までより10名ほどアップ。おかげさまで、今年は参加ご希望者の抽選漏れ人数を減らすことができたと思います。

さて当日のわたしの主な仕事は、移動のバス車中での簡単なレクチャー。「知識要らずの美術鑑賞」のタイトルは、わたしが一般向けに分かりやすいように考えたものであり、そのなかで実施されるプログラムは「対話型鑑賞法」を用いたものです。福岡市美術館の学芸員さんとの事前の打ち合わせで、対話型鑑賞法で大切なことについて、皆さんに解説しておいて欲しいというようなご要望がありましたので、バス移動の時間を使いました。

到着後は、福岡市美術館の教育普及担当スタッフさんにお任せです^^。対話型鑑賞のグループは4~5名で、7グループ。それぞれにボランティアガイドさんが一人ついてくださり、常設展示室での鑑賞を行います。それぞれのガイドさんが選んだ3つの作品について、各グループでの対話が始まると、最初は遠慮がちだった参加者の皆さんも、3作品目になると活発な発言が増えてきて、和気あいあいとした声が聞こえてきました。仕掛け人としては、思わずニンマリする瞬間です。

対話型鑑賞の時間が終わったら、自由観覧時間。こちらは文字通り自由に、それぞれに気になるものを観に行っていただく時間です。対話型鑑賞は一つ一つの作品をじっくり見るので、時間内では3つが限度になりますし、集中力が続くのもそれぐらい。でも「せっかくここに来たのだから」ということで、「自分が見たいと思うもの」を探しに行ってもらうのも、良い時間になると思います。帰りのバスの中では、皆さん楽しそうに近くの席の方とおしゃべりがはずんでいました。

というわけで、今年も無事講座を開催することができました。参加者の皆さん、福岡市美術館教育普及担当学芸員さん、ボランティアガイドの皆さん、そしてバスの手配はじめこまごまとした雑務をこなしてくださる市職員さんに心より感謝です^^

読書『Ifの総て』(新潮社)島田雅彦著

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『Ifの総て』(新潮社)島田雅彦著

いつものカメリアステージ図書館新刊棚より。タイトルを見ての「ん?」と、「島田雅彦」さんの著者名で手に取りました。このタイトルを見てまず思ったのは、たしか『イヴのすべて』って本があったよね?ということ。次に考えたのは、つまりパロディ?ということ。わたしのなかで島田雅彦氏といえば、はるか昔にテレビで見た「詩のボクシング」であって、当時の、容易に近づけないような鋭さと、人を食ったような雰囲気の、魅力的なイメージがいまだに鮮明です。と言いつつ、そういえばわりと最近に新著を読んでいたなぁ、とブログを遡ったら、『大転生時代』を一昨年読んでおりました。

さて『Ifの総て』。まったくパロディなどではありませんでした。そして、小説の形を借りているとはいえ、「ここまで書いたのね」とちょっと驚きました。1985年の日航機墜落事故にはじまり、戦後処理から現代にいたる日米関係、そもそもなぜ日本は戦争を始めたのか…と遡ります。そしてそれらは、過去の歴史批判にとどまらず、だから今日本が突き進んでいる危うい道を、今生きているわたしたちがなんとか止める努力をしなければ、という呼びかけとなっています。森永卓郎さんが亡くなる前に出された本を思い出しました。

新潮社さんの公式サイトでの紹介には、「島田ワールド全開のエンターテインメント超野心作!」とあります。主人公がタイムトリップをする物語、という位置づけは、まさにエンターテインメント。ですが、それ以上に社会小説でした。同サイト内の書評で、思想家の内田樹氏が『「あり得た歴史」についての歴史研究があり得ない以上、それはフィクションとして書かれるしかない。本書はそういうフィクションである。』と書いていらっしゃいます。この書評の文章だけ読むと、なにがなにやらわからない感じですが、本書読了後に読みましたので、ああなるほど、と感じました。

文章を書く人の強さに、頭が下がる今日この頃です。

『Ifの総て』(新潮社)島田雅彦著

わたしは行ってないけれど、インド出張手配からあれこれ。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

わたしは行ってないけれど、インド出張手配からあれこれ。

「インド」が降って湧いてきた…と書いていたのは、約一月前のことでした。まあそれからダンナの出発までの約1カ月のあわただしかったこと。まず声をかけていただいたことがとっても嬉しく、またインドでの婚礼行事というなかなか稀な慶事であり、美術を生業とするダンナにとって、これは願ってもないインプットの機会であることは明白でした。迷わず「行く」という、この好奇心があるからこその、作り手です。あとは、手配するわたしの問題…想定していなかった海外出張、しかも初インドを1カ月で手配(できるのか!?)というところだけ。

はい、頑張りました(笑)。まずは渡航先のイメージを少しでも明らかにするために情報集めをしました、というのは前回のブログでのお話。そのあとは具体化です。インド入国にはビザ的なものが数種類必要で、しかもインド国内線での移動もあり、わたしの英語力・ネット活用力ではさまざまな手配情報を集めにくい…ということがすぐに判明しました。そこで、既に航空券を自力で手配したという強者のお友だちに話を聞いたうえで、今回は迷わず旅行代理店さんに依頼することにいたしました。

お願いしたのは、旅の漫遊さん。『日本一面白い旅行を提供できる』会社を目指しておられ、なかなか思いつかないような海外ツアーや、マニアックな個人旅行を組むことでコアなファンに愛されているという旅行代理店さんです。2年ほど前、中国・北京へのビザが必要になったときに、旅の漫遊さんに相談し、漫遊さんが提携している中国の旅行代理店さんをご紹介いただいて、ビザの申請から受け取りまで、とてつもなくすんなりと手配していただいたのでした。今回はインド。依頼してすぐに「お願いしてよかった~!」と実感しました。ビザの申請と航空券の手配だけでなく、インド国内でのトランジットで考えうるリスク回避などのアドバイスやご提案もいただき、百人力。プロフェッショナルなお仕事に心より感謝!でした。

実務的な手配が済んだら、次はインドでの婚礼行事に参加するための、いろいろな準備が必要です。二日間にわたって開催される複数の祝祭行事、それぞれについてドレスコードが指定されているのはもちろん、文化的に暗黙のマナーなどもあるだろうと考え、「少なくとも失礼にだけはならないように」色の確認などに神経を使いました。最後はもう実際に着用する姿の写真を撮って送り、「こんな格好で参加しようと思うんだけど大丈夫かな?失礼にならない?」の確認をとって、「パーフェクト!」の返事をもらい、ようやく安堵。

ここまでお膳立てが済めば、あとは実行部隊であるダンナに託すのみです(笑)。ダンナはダンナで、インドに仕事で何年も赴任していたというご近所さんにお話を聞きに行ったり、旅行でインドに行ったことある人から情報を仕入れたりと、できるだけ安心して渡航できるように、工夫をしていました。さてそして先月末、いざインドへ。で、おかげさまで無事元気に(お腹もこわさず!)戻ってまいりました^^。出国前から、旅の道中、現地滞在中、帰国まで、それぞれのタイミングでサポートしてくださったすべての皆さまに、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

ダンナ実際に足を運んでみて…短期ではありましたし、限られたエリアではありましたが、イメージを大きく上回るカルチャーショックを、いろんな意味で受けてきたようです。これだから、やはり「足を運ぶ」のはだいじなのですね。ここで見たもの、体験したいろいろなものが、本人のなかで熟成して作品に投影されるのは、また先のことだと思いますが、とってもとっても楽しみです。

ブッダとガンジーを生んだ国であるインド。帰ってきてすぐは、面白かったけど疲れた(神経疲れ)…と言っていたダンナですが、もうすでに、もしまた機会があれば、今度は寺社をたくさん観に行きたいと申しております。うん、このアンテナがあってこその作り手ですね。

読書『知的生産のセンス』(日本経済新聞出版)楠木建著、山口周著 

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『知的生産のセンス』(日本経済新聞出版)楠木建著、山口周著

経営学者・経営思想家である楠木建氏と独立研究者である山口周さん、二人の「知的生産者」による、白熱の対談録です。「白熱の対談録」とは、日経BPでの本書紹介文の中での言葉ですが、その通り、お二人の熱さが伝わってくる対談でした。山口周さんの「対談型」著書としては、『人文知は武器になる』(文春新書)山口周/深井龍之介著を読んだのが、つい3か月ほど前のことで、立て続けに唸らされております。

以下、備忘。楠木建氏の発言は(楠)、山口周氏の発言は(山)。


  • センスはその人に固有の判断と選択、さらにはその背後にある基準(楠)
  • 本質的な問題の創出には、人間の価値観や直感が不可欠(山)
  • スキルは本来的に「要素分解」。(中略)センスのベクトルは逆で、「統合」(楠)
  • 要素分解が行きすぎると、センスが阻害される。(楠)
  • 「仕事は結果責任を伴う」のに対して、「作業は結果責任を伴わない」(山)
  • 全体性をつかむセンシングの能力(山)
  • センスとは自分自身の内部で完結している能力ではなく、外側にあるものを感じ取る力であり、だからこそ現場に出て環境にさらされることで鍛えられる(山)
  • 「直接経験の蓄積」(山)
  • 天才はオリジナルより上手にパクるので天才(山)
  • (センスは)仕事経験の中で自分で磨いていくもの(中略)そこでは五感を使った直接経験が不可欠(楠)
  • 体の反応は正直(楠)
  • キャリアは最終的に地頭や適性の問題ではなく「好きか、嫌いか」の問題で決着する(山)
  • 「情報の豊かさが注意の貧困をつくる」(ハーバート・サイモン)(楠)
  • 「身体反応=ソマティックマーカー」による選択(山)
  • 「自分が一番作業しやすい空間や配列」(山)
  • 「いい感じの偶然を引き寄せる」がインプットの要諦(楠)
  • 心が穏やかでないとインプットもアウトプットも上手くできません(山)
  • アウトプットまでつながってこそのストレージ(楠)
  • すべてのインプットが自分の中で消化・発酵して、引用や参照ではなく、すべて「自分の言葉」として出力されている(山)
  • 過去の優れた知的生産者が考えた過程を追体験することで、ある種の構や構えのようなもの、勘所のようなものを参照することはできる(山)
  • 「師弟関係を通じてしか得られない身体知」(山)
  • 「面白がる」(楠)
  • 何かを好きになるとは、直感でそれをつかまえに行くことだ。(中略)何の役に立つのか、どこに価値があるのかと理由を求めてしまうのは、本質的な生き方から離れてしまっている(小林秀雄の考え方)(楠)
  • 芸風こそセンスの集大成(楠)
  • 「機が熟す」(山)
  • 「時間の長さ」よりも、やはり「回数の多さ」(山)
  • 「手を動かす」という身体化と「いったん目の前に見える形で置いてみる」という客体化(楠)
  • 自分のためにやるのは趣味、自分以外の誰かの役に立って初めて仕事になる(楠)
  • 「動機は自分、評価はお客」(楠)
  • 頭のなかで出来上がったものを可視化していく(山)
  • 現場でフィードバックに常時さらされていることが、アウトプットの価値に対するセンスを働かせる上で欠かせない(楠)
  • 「何をやらないか」の見極め(山)
  • 自分自身が心の底から面白いと思えるものしかアウトプットとして出さない(山)
  • 常にアウトプットし続けていないとダメ(楠)

『知的生産のセンス』(日本経済新聞出版)楠木建著、山口周著 より


本にアンダーラインを引いていったなかから、これでもだいぶ取捨選択したつもりですが、大量になりました^^; クリエイティブを仕事にしている、という自覚のあるすべての方におススメの一冊です。

『知的生産のセンス』(日本経済新聞出版)楠木建著、山口周著