読書『天地に燦たり』(文春文庫)川越宗一著

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『天地に燦たり』(文春文庫)川越宗一著

追っかけ継続中の川越宗一著作を、いつものカメリアステージ図書館から予約で借りてきた一冊。図書館の新刊棚と並んで、蔵書検索からの予約システムは、たいへんお世話になっている仕組みのひとつです。本書は著者のデビュー作にして、松本清張賞受賞作。

手にとって最初に思ったのが「燦(さん)たり」ってどういう意味だ!?でした。「燦」の文字、ふだんあまり使いませんし、眼にすることも少ないような。真っ先に思い浮かんだのは「愛、さんさんと」ではじまる美空ひばりの歌(笑)。検索したところ、「燦」には「きらきらと明るく、まぶしい様子」という意味があることがわかりました。

文春の公式サイトでの本書の紹介をお借りするならば「日本、朝鮮、琉球。東アジア三か国を舞台に、侵略する者、される者それぞれの矜持を見事に描き切った歴史小説」。日本というよりは薩摩藩としたほうが、登場人物の説明にしっくりくると思います。豊臣秀吉の朝鮮出兵を中心に、「国」に振り回されながらも強く生きる者たちの姿に、ページを繰る手が止まりませんでした。

わたしが読んだのは文庫版で、あとがきを本書の編集担当者さんが書いておられて、それがまた、とても良かったです。編集担当者さんの、本著作への熱い思い入れが伝わってくると同時に、文学賞の賞レースがどのようであるのかをちょっぴり垣間見ることができて、とても興味深かったです。

『天地に燦たり』(文春文庫)川越宗一著

「やりたい」を言い続けていたら叶う、を実感(ちょっとしたことだけれど)。

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「やりたい」を言い続けていたら叶う、を実感(ちょっとしたことだけれど)。

自己啓発系の本をはじめとした発信でたくさんの方が言ったり書いたりしていることなので、「やりたいことがあったら口に出して言おう!」のススメは、当たり前の昨今ですね。それでも「実際に口にしてたら実現した」体験を得ると、それがどんなにちょっとしたことでもやっぱり嬉しくなります^^

今回の出来事は「畑」。2025年は1年間「畑レッスン」に通い、ことあるごとに「1年後には小さな自分の畑を借りたい」と口に出していました。幸い、レッスン終了後も引き続き同じ場所を借りることができましたが、もともとは貸し菜園用の場所ではありませんでしたので、そのうち探さなきゃな~と思っていました。

そんなある日、やはり畑をなさっている仲良しのご近所さんから「畑貸したいって人がいるんだけど、藤吉さんどうかな、と思って」とお電話。さっそく現地にお伺いしてきました。ずっと家庭菜園をなさっていたというその場所は、花祭窯から車で5分程度。住宅街にありながら、空がひらけていた日当たりが良く、畑のわきには水遣りに使える水路までありました。

持ち主の方が「夏野菜をするなら、もうスタートしたほうが良いよ!」と、おっしゃってくださいましたので、さっそく見せていただいた畑の一部をお借りすることに。わたしにとってはまあまあ広い畑でしたので、自分でも管理できそうかな、というサイズに分けていただきました。これまで借りている畑がこの7月末まででしたので、なんともグッドタイミングです。

巷には既に夏野菜の苗がたくさん出てきていますので、モチベーションもさらに上がります。「口に出して言いつづける」の効用を実感しつつ、何を植えようか考えニヤニヤしているここ数日です^^

花祭窯の五月・皐月(さつき)の庭-新緑がまぶしい今日この頃。

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花祭窯の五月・皐月(さつき)の庭-新緑がまぶしい今日この頃。

ゴールデンウィーク前後は、晴れたと思ったら雨が降りと、変わりやすいお天気の日が続いていましたが、ここ数日はカラッとした晴のお天気に恵まれています。恵まれています、と書きながら、昨秋からの少雨で水不足の心配があった福岡県民としては、水瓶の満ち具合が気になりつつ。ともあれ、新緑がお日さまにキラキラと光る様子は、それだけで美しく、縁側に座って外をぼーっと見る時間の幸せを感じます。

花祭窯の庭 ナンテンの花

南天の木に、つぼみがたくさんついていました。これから白い花が咲きます。

花祭窯の庭 ツワブキ

ツワブキがいつの間にかたくさん。庭先から収穫して佃煮にします(笑)。

花祭窯の庭 どくだみの花

どくだみの花が咲き始めました。これからがシーズン本番です。

花祭窯の庭 花

ムラサキカタバミ!?

花祭窯の庭 パセリ

プランタのパセリもモリモリと育っています^^

と、緑の画像ばかりとなりました。生命力を感じますね♪

茶道の場で出会ったかけがえのない知己との時間を愉しむ座談会。

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茶道の場で出会ったかけがえのない知己との時間を愉しむ座談会。

お茶のお稽古は月に2回、博多の円覚寺へ。入門して10年以上になり、ご一緒する先輩・同輩の皆さんとも仲良く和やかな雰囲気で、毎回足を運ぶのが楽しみです。ある日、ご一緒にお稽古をしているお友だちから、「長くお顔を合わせているのに、ゆっくりおしゃべりしたことが無いね。皆さんでご飯でもご一緒したいね」と言われ、たしかに!と気が付いたのでした。

善は急げで、さっそく食事会を開催することに。お稽古の終わった後に、気の置けない数名でサクッと集まりました。美味しいものをいただきながら、おしゃべりは弾みます。話題はやはり、お茶のことに集中しました。各々の語る、自分にとっての茶道、先生方への敬意、前回のお茶会の反省、これからのことなどなど。これまでお茶室で顔を合わせたときにも、おしゃべりはしていましたが、深いお話ができたのは初めてで、とても嬉しい時間となりました。

素敵だなぁと思ったのは、皆さんがそれぞれに「あの先生のようになりたい!」という目標を持っておられたこと。南方流の先生方は、ご一緒させていただく時間が長くなるほどに、それぞれに信念をお持ちであることが伝わってくる、すごい方ばかりです。尊敬する先生方がたくさんいらっしゃって、倣い学ぶわたしたちが、自分はどのような在り方を理想とするのかを考えたときに、目指すべきお手本となる先生が目の前にいてくださるというのは、ほんとうにありがたいことです。なぜそのような在り方を目指したいのかを語る皆さんの、静かながらも熱い思いを知る機会となりました。

ところで今回ご一緒したのは、50代から70代までの面々。年齢性別関係無しに、学ぶ場所を同じくし、同じ方向を見ておしゃべりができるのは、とても嬉しいことですね。

スケジュールをできるだけ空けておくと、突発的なラッキーにも対応できる。

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スケジュールをできるだけ空けておくと、突発的なラッキーにも対応できる。

相変わらず「紙」の手帳を使っています。30代~40代の頃は、ときどき「手帳術」的な記事を読んだりして、自分にとって使いやすい方法を試行錯誤していました。気が付けばそういうこともすっかり減り、自分なりの使い方が定着してきたと感じます。

わたしは、1冊の手帳で公私とものスケジュールを管理しています。仕事の予定=ダンナの予定も書きこむことになりますので、いわば二人分の公私ともの予定が入るということ。「自分のスケジュールを自分は把握していない」と、ダンナは冗談めかして周りに言っているのですが、冗談ではなくほんとうにその通りなので、わたしにとっての手帳は、仕事道具として非常に大切な存在です。

そんなわけでスペースが埋まりがちな、我が手帳。ビジュアル的に埋まっているのを見るだけでも、気分的に忙しい感じになりますので、簡潔に記すことを心掛けると同時に、予定そのものをできるだけ入れないように心がけています。そんなことできるのか?本末転倒じゃないのか?という声が聞こえてきそうですが、何を優先するかを決めて、手放すものは手放す、という感じ。最近よく言われる「やらないことを決める」みたいな感じでしょうか。

具体的な方法としては、出張等で集中的に仕事を入れるときは別として、1日に二つ以上の対外的な仕事は入れない、とか、連続で予定が入っているときは意図的にスペースを作る、とか。既に埋まりがちなところに新たに1つ予定を入れたら、その前後で優先順位を考えて、予定を1つキャンセルする、という方法も。そもそも自分一人が全力で対応出来ることは、仕事にしても遊びにしても、たかが知れています。予定を詰め込むことには意味が無いと、年々わかるようになってきました。

そうして余白をとりながら日々暮らしていると、突発的なラッキーが降ってきたときに、時間に余裕があったから対応できた!ということが出てきます。特にここ数年、そういうことがまあまあ増えてきました。こういうことは意図してそうなるのではなくて、いろいろなタイミングが重なってそうなるのではありますが、「余白の効用」を感じる今日この頃です。

読書『禅と日本文化』(岩波新書)鈴木大拙著/北川桃男訳

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読書『禅と日本文化』(岩波新書)鈴木大拙著/北川桃男訳

東京南青山にあるワタリウム美術館「鈴木大拙展 Life=Zen=Art」を観たのは2022年7月のことでした。そのときにミュージアムショップに並んでいたたくさんの本のなかに、もちろんこの『禅と日本文化』もあって、これは読むべき本だと思いながらそのままになっていました。このたび満を持して(!?)読了。著者は日本人であるのに訳者が付いているというのは、本書がもともと欧米人向けに英語で行った講演をもとにしていて、英文で表されたものであるから。このパターンは、岡倉天心の『The Book of Tea 茶の本』と同じですね。

ともあれ、以下備忘。


  • 「言葉に頼るな」(不立文字)
  • 心理がどんなものであろうと、身をもって体験することであり、知的作用や体系的な学説に訴えぬ
  • 知性はもともと均衡を欲するものであるが、日本人は不均衡を好む強い傾向によって、ややもすればそれを無視する
  • 鎌倉・室町時代
  • 禅は武士道精神と相提携する
  • 禅は行動することを欲する
  • いっさいの学問と文字的再構成に反する禅
  • 鎌倉・室町時代(1192-1333-1573年)は(中略)禅僧が中国文化を日本にもたらし、後日同課の道を開いたのはこの時代
  • 特に日本的と見做しうるものが、この時期を通じて孵化の過程にあった
  • 禅と儒
  • 禅には自己の哲学というようなものは無い。その教えは直覚的経験に焦点をおき、この経験の知的内容はかならずしも仏教哲学にかぎられるというわけではない。
  • 寺子屋
  • 茶は原始的単純性の洗練美化
  • 禅がまず知性と闘うのは、知性というものが実用には役立つであろうが、我々が自分の存在をふかく掘り下げようとするのを妨げるから
  • 和・敬・清・寂
  • 禅に必要なのは心の誠実であり、その単なる概念化や物理的模倣ではない
  • いつかどこかで退避の道をもたねばならぬ
  • 四畳半の茶室によって象徴される、静かな「無意識」の一隅
  • 宇宙的無意識
  • 直感的心理
  • 教育者の義務は、その生徒のもつ最も貴重なものを育て上げるために、あらゆる機会を与えること
  • 経験の連続のみが芸術の秘密な深処(中略)へ通ずる

4年前に本書に出会っていながら、読むのが今になったのには理由があったようです。先月の「南方流遠祖・南坊宗啓禅師 献茶会」でお点前を勤めるに至るお稽古のなかで、体感的に分かったと思えることがひとつだけあって、それが具体的に何であったのかを、本書を通して文字で確認することができました。4年前には読んでもわからなかっただろうことが、今だから少しはわかる、という感じです。この先また10年後20年後に読み直せば、そのたびに少しづつ分かることが増えるかしら、そうなると嬉しいな、と思いつつ。

巻末を確認したところ、本書(日本語翻訳版)は1940年第一刷発行でした。「読んでいなかった古典名作」認定です^^

『禅と日本文化』(岩波新書)鈴木大拙著/北川桃男訳

久しぶりの観劇は、北九州芸術劇場で『メアリー・ステュアート』。

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久しぶりの観劇は、北九州芸術劇場で『メアリー・ステュアート』

ブログをセルフ検索したところ、前回の「観劇」は昨年6月の博多座歌舞伎でしたので、約1年ぶりです。福岡で観劇できる場所は、福岡市内なら博多座、キャナルシティ劇場、福岡市民ホールあたり、北九州は大・中・小ホールを持つ北九州芸術劇場ですが、最近は「これ観たいなぁ~」と悠長に構えていると、気が付いたらチケット完売!ということが少なくありません。

さてメアリー・ステュアート。宣伝チラシには「かたや刑務所に留置されたクイーン。かたや王冠に縛られたクイーン。スコットランドとイングランド、相対する2人の女王を取り巻く緊迫の王室ドラマ」とありました。振り返ってみると、これまでわたしが読んだり観たりしてきたものは、エリザベス1世を中心としたものばかり。映画『エリザベス1世』『エリザべス・ザ・ゴールデンエイジ』、ミュージカル『レディ・べス』、中野京子さんの『名画で読み解く イギリス王家12の物語』…。メアリー・ステュアートをタイトルにしている=メアリー側からの視点を観たのは、今回が初めてだったように思います。

幕が上がるとすぐに、宮沢りえさん演じるメアリーの長台詞。舞台変わって今度は若村麻由美さん演じるエリザベス1世の長台詞です。長台詞とはいえ単なる独白ではなく、登場人物との会話形式でしたので、その間合いに緊張感を感じました。前半では主役二人は直接には交わらないものの、それぞれの場での丁々発止のやり取りが緊迫した空気を作り出していました。途中休憩をはさんでの終盤、二人が対峙しての場面の見応えのあること、思わず息をつめて見守りました。13時開演の物語は、終わったときには16時を回っており、あっという間の3時間でした。

それにしても、宮沢りえさんの佇まいの美しくカッコ良いことに、惚れ惚れ。背筋を伸ばしたくなった帰り道でした。

『メアリー・ステュアート』

読書『名前のないカフェ』(新潮社)ローベルト・ゼーターラー著/浅井晶子訳

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読書『名前のないカフェ』(新潮社)ローベルト・ゼーターラー著/浅井晶子訳

いつものカメリアステージ図書館新刊棚より。舞台は第二次世界大戦後のウィーン。孤児院で育った男が開いた小さなカフェに集まる人の、それぞれの物語が紡がれます。読了後のなんとも温かい感じに既視感を覚えたのですが、この著者の本を読むのは初めましてでした。

戦後の名残あるエリアが少しづつ復興していくなか、時代に取り残されていく焦燥感や諦めを感じながら生きる人たちと、そうした孤独を抱えた人たちにとって大切な居場所となるカフェの物語。カフェがオープンしてから閉店するまでの10年間のお話です。上の写真は本書の裏表紙。「人は、心配より希望を少し多めに持ってなきゃ。」というのは、主人公ジーモンの同居人である老齢の未亡人のセリフです。ほんの少し多めに希望を持つことで、一歩前に進むことができる人生があることを、みごとにあらわしていました。

新潮社の公式サイトでの本書の紹介で、エッセイストの松浦弥太郎氏による書評が秀逸でした。「やさしさとは、何かをしてあげることではなく、つねに注意を払い、相手の時間を奪わないことなのかもしれない」という文章が、本書の核心をついていると思いました。これは、主人公でありカフェのオーナーであるジーモンの姿勢そのものでした。物語の終わり方は少々切ない感じがあるのですが、読後とても優しい気持ちになりました。というわけで、ローベルト・ゼーターラー氏の著作も追っかけたいと思います。邦訳がどれぐらい出ているかわかりませんが、まずは図書館蔵書の物色から始めます^^

『名前のないカフェ』(新潮社)ローベルト・ゼーターラー著/浅井晶子訳

カメリアステージ図書館選書ツアー2026、参加してまいりました^^

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カメリアステージ図書館選書ツアー2026、参加してまいりました^^

久しぶりの選書ツアー参加です。ここ数年は応募者が増えてきたということで、抽選での参加者決定でしたので、外れることもありました。いろんな人が、それぞれの目で選んだ本が並ぶのが素晴らしいので、できるだけ「初めまして」の人が参加できるのが理想です。とはいえ、何度目になっても参加できるのはとっても嬉しく^^

今回の選書会場も博多駅の丸善さん。お茶のお稽古ついでに月1~2回程度は足を運んでいる本屋さんですが、見て回る棚はいつも同じような感じなので、選書ツアーはふだんあまり見ない棚をチェックする好機です。「図書館に置いて長く読んでもらうのに良い本」を選ぶのが目的ですから、単純に自分が欲しい本を選ぶのとは少々異なる目線になります。放っておくと興味のある分野の棚に足が向かいがちになりますので、端から端まで回ることを自分に課して、順番に回りました。

1時間で10冊程度の候補本をピックアップします。このなかから、実際に図書館に入るのは1~2冊。今回の選書ツアーに参加したのは5名でしたので、合計10冊前後が「一般市民の目」で選ばれて図書館の蔵書になる計算です。たったそれだけ!という声が聞こえてきそうですが、図書購入費に充てられる予算が年々削られている公立図書館の現状を考えれば、1年間に10冊でも、市民が選んだ本が蔵書として増えていくのは、とても意味のあることだとわたしは思っています。

さてわたしが選んだ本のなかから、どの2冊が(あるいは1冊かもしれませんが)選ばれるのか、ワクワクします。選書本が決定したら、選者は1番目に借りることができ、その本を読んで「お薦めポップ」を作るところまでが選書ツアー。本の決定は2~3か月後ということで、届くのがとっても楽しみです。

直方谷尾美術館訪問・番外編-直方市立図書館の居心地が良かった♪

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

直方谷尾美術館訪問・番外編-直方市立図書館の居心地が良かった♪

今年のゴールデンウィークの唯一のイベントは、直方訪問でした。本日は、先日アップした「直方谷尾美術館」訪問の番外編。

国内外を問わず、出先で思いがけず時間が空いたら、美術館か図書館に足を運ぶようにしています。あるいはギャラリーか本屋さん。これらの場所は、わたしにとっては何時間でも滞在できる場所であり、落ち着ける避難場所です。あまり馴染みのない場所に行くときは、あらかじめ周囲にこうした場所があるかどうか、地図で確認をしておきます。まあ、今はスマホですぐに調べられるので、その場でちゃちゃっと見つけることもできるのですが。

で、今回は直方谷尾美術館での写真展を観たあと、関連イベントの映画上映まで3時間ほどもありましたので、まずは腹ごしらえ。美術館からすぐのところにある、アーケードになっている商店街は「シャッター通り」ですが、当日は「直方五日市」なるイベントで様々なお店が路上に出ていました。どうやら毎月5日に開催されているらしく、お昼時でもあり、たくさんの人で賑わっていました。飲食店を探そうとしていくつか見つけたものの、せっかくでしたので、地元の高校生チームが出しているうどんを食べることに。安くておいしかったです^^

腹ごしらえをした後は図書館へ。幸い、映画上映会場の「ユメニティのおがた」が複合文化施設で、ホールに隣接して図書館があったのでした。ラッキー♪初めての図書館は、とてもワクワクします。まずはぐるりと館内を周りました。郷土の歴史を知ることができる「筑豊文庫資料室」があり、とても興味深かったです。学習スペースもたくさんで、中学生高校生と思しき学生さんたちがたくさん。児童向けの閲覧室のスペースがかなり広かったのも印象的でした。

そしてわたしがなにより感動したのが、図書館のほぼ中央に位置する「屋外読書スペース」。中庭というような感じです。図書館の本を持ち出して読むのも、もちろんOK。程好くコンパクトなスペースに、木があって、風が感じられて、外からの光が程好く降り注いで、そこに机と椅子が設置してありました。↓この写真の通り、木漏れ日が心地よいお天気でしたので、まだ誰もいなかったのを幸いとここに陣取り、1時間以上本を読んでいました。

直方市立図書館

そしてもうひとつ、この図書館等の施設があるのはJR直方駅のすぐ裏側で、ときおり列車の音が聞こえるというのも良い感じでした。外に出るとすぐに、駅と車両がたくさん見える景色も最高。直方へは車で行かないと不便だろうと決めつけていましたが、図書館がすぐ近くにあるし、駅から美術館までは歩いて15分ほどだし、歩く道中はアーケードで屋根もあるし、次回はぜひ電車で来てみようと思いました。