九州EC勉強会「WEB上のコミュニケ-ション設計」に参加してまいりました。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

九州EC勉強会「WEB上のコミュニケ-ション設計」に参加してまいりました。

九州EC(九州ECミーティング)は、経営者やECに取り組む方々が幹事となり、事業運営に役立つ情報交換・提供を行う会です。完全ボランティアで続いている、稀有な勉強会組織。毎回、充実したテーマと講師による勉強会を博多で開催してくれるので、ほんとうにありがたい存在です。昨年はなかなかスケジュールが合わずに参加できなかった回が多かったので、久しぶり!でした。今ブログを見直してみたら、ほぼ一年ぶり。

講師は、株式会社アルビオンで国際ブランド推進室でANA SUIやPAUL&JOEの公式ECサイトを運営する榊原隆之氏。アルビオンといえば従業員数3000名を超えるまあまあ大手さんですし、ANA SUIやPAUL&JOEは、百貨店に売り場を持つ有名ブランドのひとつ。これまで九州ECで、大手のメーカーさんや商社さんの担当者さんが登壇なさることはあまり多くはなかったと思います。ですが「百貨店での対面コミュニケーションをWEB上でも再現」する取り組みの根本にあるお客様本位の考え方は、規模の大小を問うものではなく「なるほど~!」の連続でした。

以下、備忘。


  • 実店舗の「買い物」の行為のなかで一番の楽しみは?「どれにしようか迷ったり店員さんに相談したりしているとき」→その楽しみを最大化する仕組みをつくる。
  • 事業者目線と顧客目線の「ズレ」を合わせていく。
  • 相談しやすい雰囲気づくり=相談の入り口はすぐに見つかるか?相談しやすいか?
  • コミュニケーションの語源communicare=分かち合い。
  • ウェブ上のコミュニケーション設計の第一は、「問い合わせ対応」ではなく「相談にのる」。
  • お問い合わせの数・質→マイナスのコミュニケーションにかかるコスト(無駄なやり取りに費やすコスト)を切るために、仕組みをつくる。
  • 増やしたいのは、購入を前提とした積極的な相談。
  • チャットボットでの問い合わせ対応は、参照資料・データを正しく揃えておけば、ハルシネーションの起こりようがない=人による対応よりもむしろ正確。
  • 人の出番は「(アルビオンさんでは化粧品やブランド品の)プロフェッショナルでなければ対応できない相談」。

九州EC勉強会「WEB上のコミュニケ-ション設計」より


前提となっている「買い物の一番の楽しみは、どれにしようか迷ったり店員さんに相談したりしているとき」というのが、個人的にはあまりよくわからない(笑)のですが、そういう人の方が多いのだろうな、ということは想像できるので、自分がわからないお客様心理を知るという意味でも、勉強になりました。「人の出番は、その道のプロでないと対応できない部分」というのは、ほんとうにそう思いますし、そこに注力できる仕組みを作ることが、気持ちよく仕事をする環境につながると思いました。

次回九州ECも楽しみです^^

九州交響楽団2026年度幕開けは「英国セレクション」でした♪

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

九州交響楽団2026年度幕開けは「英国セレクション」でした♪

昨年九月の定期演奏会で、指揮者の太田弦さんが熱愛する英国クラシックを初めて聞きました。今年度最初のプログラムには「幕開けは満を持して」のタイトルがあり、今回も英国セレクションとのことでした。クラシック素人のわたしとしては、そもそも知っている曲目や作曲家の数が限りなく少ないので、ほぼ毎回が新たな出会いです。上の写真は、福岡シンフォニーホールのあるアクロス。

前半はヴァイオリンのソリストを迎えてのヴァイオリン協奏曲。ベンジャミン・ブリテンの曲は、昨年の演奏会でも聴きました。そのときに受けた正直な印象が「重くて攻撃的で難解」でしたので、少々構えていました。が、今回は重厚な闇と同時にストーリーらしいものを感じることができましたので、聴き手としてほんの少しは耳が慣れてきたのかもしれません。ヴァイオリンのソロの存在感の大きさの凄さが迫ってくる時間でした。

休憩のち後半は、ウィリアム・ウォルトンの交響曲第1番。こちらもまた初めましてではあったものの、前半のブリテンよりはわかりやすかったように思います。もちろん、素人の勝手な思いですが。壮大さというよりは、激しさを感じながらの鑑賞でしたが、個人的に同調できる雰囲気があり、終章に向かうにつれて、涙腺崩壊。まったく知らなかった曲、自分の記憶や体験に紐づく曲でなくても、感情を動かされる凄さがありました。

今回は開演時間1分前というギリギリに席に着いたので、開演前のスペシャル・トークを聞くことができなかったのが残念でした。九響が用意してくださるこのトークコーナーが、素人にとってはとってもありがたく、貴重な素敵な計らいです。ただその一方で、これは音楽も美術も同じだと思うのですが、まったく知識も情報もない状態で作品に対峙する素晴らしさもある(と、わたしは思っています)ので、今回はこれで良かったなぁと思いながら帰路につきました。

今年度は九響演奏会の鑑賞は、今のところ5回を予定しています。また次回が楽しみです♪

読書『見果てぬ王道』(文藝春秋)川越宗一著

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読書『見果てぬ王道』(文藝春秋)川越宗一著

いつものカメリアステージ図書館から。川越宗一著読書4冊目は、やはり近現代史です。西洋の武力支配からの自立を目指す孫文を支え続けたという、長崎の実業家・梅屋庄吉のお話。わたしは長崎県には10代の頃に8年住んでいましたが、そのような人物がいたとは、まったく知りませんでした。いやほんとうに知らないことばかり。

政情が不安定な激動の時代にも、日本と中国を行き来してきた人がたくさんいたこと、私人として両国の橋渡しになってきていた人たちがたくさんいたことを、あらためて思いました。わたしたち自身を顧みれば、海外のギャラリーさんとのお取引をするなかで、政治の影響はどうしても受ける部分が出てきます。ここ数年は、中国渡航へのビザが必要になったり不要になったり、政治家の発言が遠因となって物流が滞ったり、その結果展覧会予定が延期になったり。そんななか、政治とは関係のないところで築かれた私的な信頼関係は、やはり大きいと感じています。上の写真は、花祭窯の近所の津屋崎浜に上がってくる、中国宋時代の青磁の陶片。

これまで読んできた川越宗一氏の著書を振り返ると、明治維新からの立憲体制、キリシタン弾圧、アイヌ、そして本著の孫文…という顔ぶれ。舞台となる時代は江戸末期から第2次世界大戦の間で、やはり著者のこの時代への執着を感じます。時代が被っているので、共通する登場人物の名前がしばしば目に留まるのですが、なかでも「大隈重信」が良く出てくるなぁ、と(笑)。どの著書のなかでも、傑物でありつつ欠点を持ちながら憎めない人物、的に描かれています。大隈重信は佐賀出身の偉人ですので、15年ほど佐賀に住んでいた身としては、なんとなく親近感。

また本書もそうですが、長崎が登場する頻度が高いように感じましたので、著者のご出身地なのかしらと調べてみましたら、1978年鹿児島県生まれ、大阪府出身、京都市在住となっていました。長崎と特別にご縁があるというわけではないのかもしれません。そういえば薩摩藩出身者のお名前もよく登場しています。わたしはずっと、自分が日本の近現代史をじゅうぶんに学んでいないことが気になっていましたが、おかげさまで少しづつ見えるものが出てきました。小説の形になっていると、入ってきやすいですね。まだまだ追っかけは続きます。

『見果てぬ王道』(文藝春秋)川越宗一著

花祭窯の四月・卯月(うづき)の庭-花の季節がやってきました。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

花祭窯の四月・卯月(うづき)の庭-花の季節がやってきました。

まずは、写真がブレブレですみません^^; 風が強くて定まらず…と、言い訳ですね。スミマセンと思うなら撮り直せばよいのですが、こういうところに面倒くさがり屋が顔を出します。

まずはヒョウタンボク。検索してみたら、赤い花が咲くのは「赤花ヒョウタンボク」と呼ぶようです。小さな花も小さな葉っぱも可愛らしく。

ヒョウタンボク

ザクロの木の新芽がどんどん伸びています。葉っぱが赤いのが可愛らしい。お隣さんにはみ出し気味になっているのを見て、春前に庭師さんに入ってもらうのだったと反省中。ザクロの隣にサルスベリの木があって、写真に撮ってはいませんが、こちらも新芽が出始めています。

柘榴の木

こちらもボケボケ写真ですが、ヤマブキ。黄色い花が次々に咲いてきて、まぶしくなりつつあります。

ヤマブキ

視点を下方に移せば、落ち着いた紫色が目に入ります。ハナアブが止まった瞬間を撮れました(笑)

これから草木も花も、どんどん伸びてくる季節。手に負えなくなる前に、庭仕事も進めたいところです^^

読書『わたしたちの不完全な人生へ』(新潮クレスト・ブックス)ヴェロニク・オヴァルデ著/村松潔訳

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読書『わたしたちの不完全な人生へ』(新潮クレスト・ブックス)ヴェロニク・オヴァルデ著/村松潔訳

いつものカメリアステージ図書館新刊棚から。パステル調の可愛らしい表紙に惹かれて手に取りました。8編の短編集で、それぞれの話の登場人物が別の話にも出てくる構成になっていたので、読みながら「あとから全体的につながるのかしら!?」と思いましたが、ストーリー的にはつながるものではありませんでした。かといってつながらなかったのが残念だったというわけでもなく、読後感には、オムニバス映画を観終わったときのような面白みが残りました。あ、あの人あのシーンに映りこんでいたよね?あの役で出てたよね?的な。

さて本書、パステル調の可愛らしい表紙に惹かれたのですが、中身はまったくパステル調ではありませんでした。身の丈サイズの日常に存在する、読み手にも大いに心あたるところのある滑稽さが、少々度を超えてシュールに映ります。ちょっと不思議な感覚で、以前に読んだ『家庭用安心坑夫』を思い出しました。まあ『家庭用安心坑夫』に比べると、ずっとマイルドでしたが。

新潮社の公式サイトで、作家の津村記久子氏が書いている本書の書評タイトルが「不完全な人々の静かな共助」とあり、なるほどそういうことかと思いました。この読後感をどんな言葉に置き換えたらよいのか、さすが作家さんですね。偶然ですが、わたしが本書と並行して読んでいた本のタイトルが『不完全主義』。こちらはジャンルとしてはビジネス書とか自己啓発本に入るのかな、と思います。「不完全」であることを受け入れることを促す空気があちらこちらから生まれているのかもしれませんね。

『わたしたちの不完全な人生へ』(新潮クレスト・ブックス)ヴェロニク・オヴァルデ著/村松潔訳

読書『熱源』(文藝春秋)川越宗一著

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読書『熱源』(文藝春秋)川越宗一著

いつものカメリアステージ図書館から。ゆるやかに川越宗一氏の著作追っかけをしていますが、先日読んだ『パシヨン』(PHP)川越宗一著が重かったので、少し時間を空けていました。とはいってもひと月も経っていませんが(笑)。ともあれ図書館の「か」の棚に行けば、同著者の未読本がまだ何冊も並んでいますので、心強いことです。本書は2019年直木賞受賞作。

今回はアイヌを登場人物の中心におき、サハリン/樺太の地を題材にした歴史小説。時代はやはり近代で、著者のこの時代への執着を感じます。地理・民族・文化・文明。文春のサイト「本の話」で紹介されているなかにある、作家・中島京子氏の書評が、そのまま本書のことを伝えてくれているように思います。

そこで語られていることは、いまを生きているわたしたちに「故郷」について、失われていく「文化」について、人の「帰るべき先」について、考えさせる。わたしたちが知っているかのように思っている歴史を、角度を変えて見せてくれるばかりか、いま、この世界を生きていくうえで、考えなければならないことに気づかせてくれる。

江戸末期、明治維新から現代にかけての近現代史を知ることは、今を生きている自分の足元を知ることだと、わたし自身、年を追うごとに感じています。今の世の中の動きを少しでも理解するには、その手前にあった近現代史をもう少し知らなければ、という焦りのようなものとでもいいましょうか。そんな気持ちに、たくさんのヒントを用意してくれている、川越宗一氏の著作の数々。これからも緩やかに追っかけ継続です。

『熱源』(文藝春秋)川越宗一著

読書『海に眠る古伊万里 水中考古学からのアプローチ』(雄山閣)野上建紀著

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読書『海に眠る古伊万里 水中考古学からのアプローチ』(雄山閣)野上建紀著

雄山閣という出版社からの刊行物について、このブログに掲載するのは初めて。公式サイトには「日本最大級の学術専門書籍出版社 考古学・歴史・美術を中心に刊行」とあり、なんとも魅力的な響きです。学術書は価格が高くなりがちですが、欲しい人にとってはそれだけの(あるいはそれ以上の)価値あるものなので、仕方がありません。この機会に野上建紀氏の著作をまとめて購入しようかとも思いましたが、まずは一冊目を読んでみてからにすることに。ところで「水中考古学」なる言い方を、わたしは本書で初めて知りました。上の写真は、陶片ミュージアム@花祭窯の展示棚に並ぶ唐草の陶片。

「海を渡る陶磁器」に関する本は、これまでにも何冊か読んできていましたが、ここまでがっつりと自分たちの取り組む「陶片ミュージアム」とフィールドが被っているものに出会えたのは、とても貴重です。数年前に、野上建紀氏が西日本新聞に「海に眠る古伊万里」についての連載記事を書いているのを見つけ、こんな研究者が長崎大学にいらっしゃるのね!と、密かに喜んでいたのでした。その最新刊が出るという情報を得たので、即ゲットした一冊。昨今すっかりページ枚数が減り、字も大きくなって記事ボリュームが心もとなくなりつつある西日本新聞ですが(笑)、こういうことがありますので、チェックが欠かせません。

さて本書。陶片ミュージアムをいよいよスタートしたわたしたちにとって、関連知識を補うのに、素晴らしい教科書になりそうです。ここ津屋崎周辺の沿岸部は、本書で区分するところでは「玄界島海底遺跡」から「岡垣浜」の間にあるエリアになり、そりゃたくさん上がってくるよね!と嬉しくなりました。肥前磁器が上がってくる国内の沿岸部を示した地図だけでなく、輸出伊万里についても調査報告が載っているのが、ワクワクします。アフリカの喜望峰(ケープタウン)でたくさん発見されていることは、わたしが肥前磁器の勉強を始めたころに、骨董屋さんでいろんなお話を聞いていましたが、その貿易路を示した地図もあり、「世界に運ばれた」という言い方が大げさではないことが、あらためてわかります。

実はまだざっくりと読み終えただけですので、これからじっくり細かく読み直します。著者の野上建紀先生は、長崎大学での研究職に入る前には、佐賀・有田にある「有田町歴史民俗資料館」におられたそうで、そこもまた本書の内容への説得力となっています。本書の巻末に載っている、引用文献・参考文献のリストも、とてもありがたく。そのうち花祭窯の陶片も見に来て下さったら嬉しいな、と思います。

『海に眠る古伊万里』(雄山閣)野上建紀著

佐賀出張―この季節の花祭は、新緑と小鳥の鳴き声のパラダイス♪

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

佐賀出張―この季節の花祭は、新緑と小鳥の鳴き声のパラダイス♪

佐賀・花祭にやっと行って来ることができました。例年春になると「これ以上放置すると、草刈りがたいへんなことになる!」という焦りが出てきて、それが背中を押してくれます。ダンナ・藤吉憲典は、陶芸材料等の仕入れや情報集めにしばしば佐賀(というか、有田エリア)に足を運びますが、わたしは毎回同行するわけではないので、気が付いたらうっかり時間が経ち過ぎている!事態に。なので、やっと行ってこれると、ホッとします。今年こそはもっと定期的に行くぞ!という決心を、もう何年続けていることか(笑)

さて花祭。花祭窯も30年目を迎える今年は、そろそろ今後の整備についてきちんと考える時期に来ているように思います。創業以来、無意識のうちに「感性」を研ぎ澄まし育む場所となった自然豊かな里山は、津屋崎に移転した後もその働きが健在であることを、訪れるたびに思い知らせてくれます。庭というには野生化しつつあるエリアの草掃いは、なかなかの重労働。ですが、緑に囲まれさまざまな小鳥の美しい鳴き声が空から降ってくるなかでの作業は、汗びっしょりになりつつも爽快で、なんとも言えない充足感があります。

ミニ果樹園計画続行中ですが、この間にミカンの木がひとつ枯れてしまいました。レモンとポンカン(のはず、の柑橘)と昨年植えた梅の木の皆さんは健在。土地に合う合わないもあるので様子を見ながらですが、これから増やしていきたい梅は、どうやら合いそうなので一安心です。収穫物としては、カボスの摘み残しがありましたので確保し、出始めのタケノコを掘り、大満足です。帰りにご近所の農家さんの直売所で、サイズの小さいイチゴが1パック250円で出ているのを見つけて、大喜びでゲットしました。

これからまたグングンと草が伸びてくる季節。手入れにちゃんと足を運ぶべく、スケジューリングです^^

2026年本屋大賞が発表されましたね♪

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

2026年本屋大賞が発表されましたね♪

本屋大賞、第23回目だそうです。初めて「本屋大賞」なるものが発表されたとき、「書店員さんが選ぶ」という画期的な位置付けに、なんだかとってもまぶしさを感じたのを覚えています。「権威から現場へ」とでも言いましょうか(大げさ!?)そんな痛快な感じ。

今年の本屋大賞は、朝井リョウ氏の『イン・ザ・メガチャージ』。これは読んでいました。「大賞というほどだったかな?」と一瞬考えましたが、わたし自身、本書を契機に朝井リョウ氏の著作を遡ってまあまあの冊数読んだことを考えると、たしかに影響力の大きい一冊だったといえます。「推し活」をテーマにしながら、普遍的な社会問題をあぶりだしているあたりが、「凄腕」な印象につながった読書でした。

2位以下10位までの面々は読んでいませんでした。すなわち「これから読もうかな」本のリストが積みあがったわけで、ワクワクしています。翻訳小説部門の1位は『空、はてしない青』で、こちらも読んでいました。3位の『ジェイムズ』も読んでいましたので、なんとなくニンマリ。いずれも、いつものカメリアステージ図書館新刊棚で手に取ったものでしたので、これらのタイトルを選書してくださた司書さんに感謝です。図書館蔵書の選書に際しては、ある程度書店からの推薦があるのだろうとは思いますが、それでも実際に図書館に並ぶかどうかは司書さんの選択にかかっていますので、尊い仕事だなぁと思います。

本屋大賞の公式サイトに、歴代の受賞作が載っているのを、あらためて見てみました。第1回目の小川洋子さん『博士の愛した数式』は読んでいますが、その後の23回までで、読んだ本が7冊。三分の一よりも少ないことが判明しました。本屋大賞だからといって読まねばならない、ということではありませんが、機会があれば読んでみようかな、のリストに入ります。翻訳小説部門は2012年に第1回がはじまっていました。2026年までの15回(冊)のなかで読んでいたのは、わずか3冊。まだ読んでいない翻訳小説受賞作は、優先的に読書リストに挙げていきたいと思います。

「本が売れない時代」への新しい流れとしての本屋大賞。書店や図書館では、「本屋大賞特集」が組まれる季節です。楽しみにして足を運びたいと思います^^

読書『食べられる野草 採り方・食べ方・見分け方』(成美堂出版)長野修平・三宅克典監修

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『食べられる野草 採り方・食べ方・見分け方』(成美堂出版)長野修平・三宅克典監修

いつものカメリアステージ図書館新刊棚から。緑が青々と伸びてくるこの季節に、思わず手が伸びた一冊です。もともと佐賀の里山でスタートした花祭窯。季節の野草や山菜を収穫して食すのは、当時から日常の楽しみです。海辺へ来てからは海の幸も加わり(採ってくるのは専らダンナですが)、我が家の「食」に関するサバイバル能力は、農家さんや漁業者さんには遠く及ばないものの、まあまあなのではないかしら、などと思う今日この頃。

さて『食べられる野草 採り方・食べ方・見分け方』。まず嬉しかったのは、そのナビゲートの親切さ丁寧さでした。手厚い案内は時代の要請(!?)もあると思いますが、ほんとうにわかりやすく、特に「見分け方」に関する内容は、食することを前提の本では大切なところだと思いました。野草採り山菜採りは、それが習慣化してくると、むしろ決まったもの・わかりやすいものに偏ってくる実感を持っていたので、あらためて「そういえば、これも食べれるんだった!」を教えてくれる本書は、非常に魅力的です。

今年に入ってから、すでにタラの芽はいただいたところですが、これからノビル、ツワブキ、ワラビなどの定番の顔ぶれが楽しみな季節がやってきます。昨年スタートした「畑レッスン」から引き続き畑を営んでいるわたしとしては、春になって畝のまわりに生えてくる面々のなかに「食べられる草」がたくさんあるのがわかっているので、これらを雑草扱いせずに収穫したいところです。

佐賀・花祭での生活を始めたときに手に入れた野草の本・山菜の本は、常に身近においていました。それから約30年。採取のガイド本として外に持ち出すので、まあまあボロボロになってきていたところ。本書を読んで、そろそろ新しいガイド本を手に入れてもいいかな、と思いましたので、購入決定本です^^

『食べられる野草 採り方・食べ方・見分け方』(成美堂出版)長野修平・三宅克典監修