こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。
読書『パシヨン』(PHP)川越宗一著
いつものカメリアステージ図書館新刊棚から。前回借りてきた、同著者の『絢爛の法』(新潮社)が、とても読みごたえがありましたので、指名借りです。著者名で図書館の蔵書検索をすると、たくさんの既刊本がヒット。選り取り見取りのなかから、タイトルでなんとなくピックアップした一冊です。
江戸時代、禁教下における最後の日本人司祭となった小西マンショの人生を軸にした物語。キリスト教禁教下での物語については、昨年読んだ『島原リバティ』の記憶が、まだ新しく残っています。意図して探しているわけではないにもかかわらず「島原の乱」が登場する本を手にしてしまうのは、読み手であるわたしに長崎の縁があるから引き寄せるのかしら、などと勝手に思いつつ。
このテーマを扱うときに、描写が壮絶になってしまうのは、しかたのないところなのだろうとは思いつつ、どうしても慣れません。わたしがいまだに遠藤周作の著書を手に取ることができない理由は、ここにあるのかもしれません。そして関連する小説を読むほどに、なぜこうなってしまったのか、宗教の目的はどこにあるのか、一筋縄ではいかない様々な要因に、暗澹たる思いになります。歴史上の過去の話と片付けてしまうことができない昨今の情勢を思いながら、昨今に限らず古今東西で繰り返されてきたことだと気が付けば、なおまた溜息。
思えばわたしが雲仙の「地獄」と称されるエリアを初めて見たのは、小学校2年生のとき。当時住んでいた東京から、長崎にある祖母宅へ行ったときに、親戚の叔父さんが観光に連れて行ってくださったのでした。わたしにとって、その時の説明と、ボコボコとたぎる地獄温泉の景色のインパクトがかなり大きかったのでしょう。ほかのことはまったく覚えていないのに、雲仙の景色はしっかり記憶に残っています。上の写真はJR長崎本線から有明海の向こうに見える雲仙普賢岳。
