失敗した!と思ったものが、うまいこと化けることもあるから面白い。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

失敗した!と思ったものが、うまいこと化けることもあるから面白い。

独立してからだけでも約30年のキャリアになるダンナ、制作中に大きな失敗をすることは、あまりありません。それでもたまに、工房から「わー!」とか「あー…」とか、悲鳴めいたものが聞こえることがあり、そんなときは珍しく失敗をしています。完成してもなお「割れもの」である陶磁器は、制作の過程ではなおのこと壊れやすい存在です。

つい先日、本窯焼成が終わり、開いた窯から作品を取り出している最中に、久しぶりに「うわぁ~!」と大声。なにごとかと降りていくと、まあ今回の窯の上りの素晴らしいこと、呉須の発色が完璧でした。では何が起こったのか?ダンナの顔を見ると、見事に完成したばかりのお皿のひとつを裏返して見せてくれました。と、裏が真っ白=裏の絵付をすっかり失念して窯に入れていたようです。まあ珍しいことでした。ぜんぶで5枚、めちゃいい感じに上がった染付皿なのに、裏の絵付が空っぽ…という状態。磁器の「壊れやすさ」とはまったく関係のないところでした(笑)。

こういうことが、ごく稀に起こるんですね。一番ショックを受けているのは本人です。こちらも「珍しいね」とまあ、笑うしかありません。表の絵付が素晴らしい出来でしたので、わたしは笑いながらも、ではこれをどうするか、を考え始めます。器としては、使えるけれど失敗作ですから、「仕方がないから家で使おうか」となるのが常ですが、そうするにはあまりにも完成度が高い。絵付けの題材となっているものから、お客さまの顔が浮かび、そのお客さまの志向・お好みに対して、こんな提案をしたら喜んでいただけるのではないかしら、と頭に浮かんできます。こういうとき、藤吉憲典が器の作り手としてだけでなく美術的なアプローチができることが、可能性をグンと広げます。

ダンナに提案をしてみたところ、OKが出ましたので、さっそくGO!。善は急げで、額縁画材の専門店・大崎周水堂さんへ向かいました。信頼できるスタッフさんに考えていることを伝えると、次から次へと色々と案を出してきてくださいました。おかげさまで、イメージしていた以上に素敵なものが生まれそうです。一緒になって面白がってくださる方があるのは、なんともありがたいことです。というわけで、失敗!が転じた結果を、連休明けにご紹介できると思います。どんな結果になるやら、今からとっても楽しみです。乞うご期待♪

ゴールデンウィークは、雑多な仕事を片付けるグッドタイミング。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

ゴールデンウィークは、雑多な仕事を片付けるグッドタイミング。

今年は連休が取りやすいようですね。連休に入る前の平日に博多に出ましたが、既になんとなく連休っぽい雰囲気でした。花祭窯では、例年そうなのですが、ゴールデンウィークに合わせて何の計画も立てていませんので、通常通りに仕事です。とはいえ、対外的な仕事は先方がお休みだったりしますし、新聞を読んでもラジオを聞いても「連休」と連呼されるので、その空気に飲み込まれて「のんびり仕事しよう~」という気分になっています。こんな時は、気になりながら後回しになっていた作業仕事を片付ける好機です。

ひとつには、これまでECサイトにアップしていた作品データのまとめ直し。200点ほどある作品の明細と画像をバックアップする仕事が、やらなきゃ!という状態になってから手つかずになっていました。これを連休中に終わらせることが出来たら、めちゃ嬉しい。それから、藤吉憲典公式サイトの今年のリニューアルに向けての準備があります。ウェブデザイナーさんとのやり取りを経て、大枠は決定して既に発注しましたので、こちらで準備するべき情報=テキストと画像を用意しておくこと。この二つをある程度完成に近づけることが出来たら、連休の仕事としては十分です。

連休中らしい動きとしては、映画を観に行ったり図書館から大量に本を借りてきたり、お天気が良ければ畑に行ったり。気が向いたら九州国立博物館か久留米市美術館に行こうかな…と、ここまで書いて、これってふだんとあまり変わらないことに気が付きました。平常通りだけど、平常よりさらにゆっくりした気分で、というのは、案外一番贅沢な時間の使い方のような気がします。満喫します^^

読書『地べたから考える』(筑摩書房)ブレイディみかこ著

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読書『地べたから考える』(筑摩書房)ブレイディみかこ著

いつものカメリアステージ図書館新刊棚から。筑摩書房の「ちくまQブックス」です。公式サイトによると、ちくまQブックスは「10代のためのノンフィクションシリーズ」だそうで、それで子ども向けの本の並びにあったのね!と合点しましたが、大人が読んでもぜんぜん良いと思います。というか、ぜひ大人にも読んで欲しい一冊です。

ブレイディみかこさんは、ちくまQブックスのサイトでの本書紹介欄では、その肩書がライター・コラムニストと書いてありましたが、エッセイストとして知られているのではないでしょうか。英国の「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始し、日常にひそむ社会の問題をエッセイの形で発信し、最近は小説も書いていらっしゃるようです。福岡のローカル紙・西日本新聞でもたまに連載があり、読者としては楽しみのひとつ。お子さんの姿を通して社会問題を描いた『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)が有名です。と言いつつ、まだわたしは両書とも呼んでいないのですが^^;。

さて本書。「アンソロジー」ということで、著者がこれまでに書いたエッセイのなかから、選りすぐられた15編を読むことができます。巻頭の「はじめに」に「生きるための問いは立てるものではなく、立ってくるものであり、すでに立っているもののことだ。」と書いてあります。そのすでに立っている問いに対して、見ないふり無かったふりをしないで向き合うことが、著者のスタンスであり、この「Qシリーズ」の意図でもあるのだろうな、と思いました。

英国における階級社会のありようを見ることで、日本における(無いものとごまかされてきた)階級社会のありようが照らし出されていると感じました。著者のパートナーの言葉に、自分たちの息子が親の一人がイエロー(日本人)であるという理由で、いつかいじめられる時が来るから、幼い時から格闘技を習わせているというのがあり、なるほどこういうのは日本と変わらない感覚かもしれないと理解できるエピソードでした。英国での生活では階級社会であるのがあからさまであるにもかかわらず、生まれも育ちも現在も「労働者階級」であると自認する著者にとって、日英どちらの方が生きやすいかという問いに対しての解は、著者が英国に住み続けているという事実が語っています。

実は、昨年ロンドンに行ったときに、同じようなことを、アテンドさんが言っていました。藤吉憲典の作品を扱ってくださるギャラリーは、英国王室が顧客リストに名を連ねる、いわゆるアッパークラスの人たちが集まる場所です。そこでのパーティーの翌日に、電車で30分ほどの場所にある「労働者階級のエリア」に連れて行ってくれました。そこには、福祉的な観点で工芸の担い手が活動できる場所が公に設立されていて、たくさんのクリエイターが制作活動をしていました。同じロンドン市内でも、その二つの場所の間には、地理的にも心理的にも(線は目に見えなくても)明らかな境界がありました。ただそこでアテンドさんに言われたのは、労働者クラスエリアにはそこでの世界・生活がきちんとあって、アッパークラスがうらやましいとか、そのような発想は無いのだということ。今回本書を読んで、アテンドさんがおっしゃったことが、あらためてよくわかったような気がしました。

『地べたから考える』(筑摩書房)ブレイディみかこ著

花祭窯の「小さな畑」の近況報告。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

花祭窯の「小さな畑」の近況報告。

2月からスタートした小さな畑。2026年2月15日時点での畑の顔ぶれに続く、近況報告です。3月~4月にかけて、いくつかの苗を植えたり種を蒔いたりしました。

【3月15日時点での顔ぶれ】

カボチャ(3/15)ジャガイモ(2/15)
サンチュ(3/15)
ニラ
ジャガイモ(2/15)
スティックセニョール(3/15)九条ネギ(3/15)
春菊サヤエンドウ

タマネギが出なかったと思った畝には、少し早いかなぁと思いつつカボチャの苗を投入。ニラと並列してサンチュ、レタスミックスを収穫した後にはスティックセニョール、ホウレンソウの収穫後には九条ネギの苗を植えました。

その後、スティックセニョールは収穫時期のタイミングを逃して1度の収穫のみで花になってしまいました。もう少し早く収穫してあげたらよかったかしらと思いつつ、5つ植えた苗に対してあまりにも収量が少なかったので、来年はスティックセニョールはやめておこうと思います。春菊も花が咲き始めたので急いで収穫しました。結果、連日の春菊で、美味しいのだけれど少々飽き、マメに時間をつくって収穫しなきゃね、と反省。

【4/25時点での顔ぶれ】

カボチャ(3/15)タマネギジャガイモ(2/15)
サンチュ(3/15)
ニラ
ジャガイモ(2/15)
オクラ(4/25)
シソ(4/5)
九条ネギ(3/15)
ピーマン(4/5)サヤエンドウ

芽が出なかった!と思っていたタマネギは、遅ればせながら半分ほどが芽を伸ばしていましたので、もう少し様子を見てみることに。3つ植えたカボチャの苗は、何者かによって1つ苗が掘り返されていましたが、2つはどうやら根付いた様子です。昨年植えたオクラから採った種を蒔きました。シソは市販のものですがこちらも種から。ジャガイモは連休明け頃に収穫できるかしら、という感じ。これから先、草がどんどん伸びてきていますので、できるだけ間が空かないように、畑に足を運びたいと思います。

読書『不完全主義』(かんき出版)オリバー・バーグマン著/高橋璃子訳

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『不完全主義』(かんき出版)オリバー・バーグマン著/高橋璃子訳

昨年末、正月休み用にと購入していた中の一冊。気が向いたときに少しづつ読んでいたら、思いのほか読み進まず、読了が今になりました。メールマガジン「ビジネスブックマラソン」で紹介されていて、気になっていた本です。この手の自己啓発本を購入するのはとっても久しぶり。自分のためというよりは、これから社会に出ていく息子に贈ろうかな、その前に内容を読んでおこうかな、という感じでした。

以下備忘。


  • 現実を思い通りにコントロールする能力が人生の充足感や達成感に結びついているわけではない
  • まちがっていたのは、そもそもの目標
  • 情報過多
  • 意識して思いだせなくても、それはたしかにそこにある
  • 自分の戦うべき戦いを選ぶ
  • 小さくて明確な仕事を淡々と片付ける
  • 「自分を広げる」方向性
  • そのためにはまず、自分に正直になる
  • 今いる場所で、手持ちのスキルやリソースで、あなた自身にできること
  • ルールに人生を捧げない
  • 良い仕事をするためには、休息と快適さが欠かせない
  • 人間が万能でない以上、問題は必ずある
  • 充実した人生を送りたいなら、何よりも「力を抜く」ことを覚えたほうが良い
  • 他人にしたくないことを自分にしない
  • 「インスピレーションは素人のためにある。我々プロはただ現場に行き、仕事をするだけだ」(アーティスト チャック・クロースの言葉)
  • 他人のネガティブな感情は、結局のところ、その人自身の問題でしかない
  • 思い通りにいかないほうが満足度が高い
  • 完璧主義とは、傷つくことを避けようとする脳の働き
  • 集中力を高めない
  • 今ここにある、これがあなたの人生だ。
  • 「現在」の価値
  • まず自分に時間を割り当てる
  • 問題はいつだってなくならない
  • 今起こっていることの価値は、いつかのために取っておくことよりもその場で体験することにある
  • 体験から何かを得ようとしない
  • ただ生きているから生きているのであって、そこに言い訳も大儀も必要ない
  • これも人の手でやったこと。
  • 「どうなるかわからない」という状態を受け入れられるかどうか
  • 功利的にメリットの大きさを計算しなくても、自分のやるべきことがただ直感的にわかるときがある
  • 何も克服できなくても、そのままで人生を生きてしまえばいい

期待以上に面白かったです。50代の今だから言っていることがよくわかる、という部分もあるとは思います。ビジネス系自己啓発本にこれまで書かれてきたような思い込みに対して、さらりと否定してみせるあたりが痛快でした。特に「意識して思いだせなくても、それはたしかにそこにある」というのは、まさに我が意を得たり。この言い回し、今後どんどん使わせてもらおう!と思いました^^

巻末に載っている「読書案内」がまたとても興味深かったのですが、残念なことに「未邦訳」の参考文献が多く。ただ、紹介されても実際には全部は読めないだろうなと思えば、とりあえず邦訳されているものを読みはじめるぐらいでちょうど良いのかもしれません。

『不完全主義』(かんき出版)オリバー・バーグマン著/高橋璃子訳

読書『トロイの女たち』(早川書房)パット・パーカー著/北村みちよ訳

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『トロイの女たち』(早川書房)パット・パーカー著/北村みちよ訳

いつものカメリアステージ図書館新刊棚から。なんとなく既視感があって借りて参りました。読みながらも、いくつかの描写に「このシーン知ってるかも」の既視感。読み終わっても、既視感の原因には気が付かなかったのですが、ブログを書く段になって「もしかして…」で、以前に同著者の本を読んでいたことに気が付きました。読書『女たちの沈黙』(早川書房)パット・パーカー著/北村みちよ訳、です。早川書房の公式サイトによると、本書『トロイの女たち』は『女たちの沈黙』の続編。

舞台は『女たちの沈黙』に引き続き、今から3千年以上前に起きたと言われているトロイア戦争です。中世から近世のあいだ、トロイア戦争は神話だと考えられていたものが、1870年代のトロイア遺跡発掘から史実の可能性を見直され、研究が続いているのだそうです。本書は、古代ギリシアとトロイア王国(現トルコ)との戦いを描いた叙事詩『イリアス』を、女たちの側から描いた物語。全三部作のうちの第一部『女たちの沈黙』、第二部『トロイの女たち』という位置付けで、このさきに完結編となる第三部が続くようです。「訳者あとがき」でも、この続きを日本の読者に届けたい!という気持ちが伝わってきましたので、早川書房さんに期待して待ちましょう。

さて物語は、有名な「トロイの木馬」による作戦が、いよいよ決行されるシーンから始まります。読みながら頭のなかで、木馬が宮殿内に運び込まれ、木馬のなかから兵士たちが飛び出すイメージが、鮮明に浮かび上がってきました。勝敗が決した後、戦いの「戦利品」あるいは「奴隷」としてやり取りされる女たちの運命と、そのなかで生きていく彼女たちのそれぞれの立場・ぞれぞれの思いが、ストーリーの核となっています。無力感のなかでもできることをなそうとする、登場人物の女性たちの静かな気概と誇りに頭が下がる場面がいくつもありました。

歴史上の出来事を小説にしたものは昔からたくさんありますが、近年、語り手・目線を変えて描き直したものが、洋の東西を問わずたくさん出てきているそうです。そこには時代の要請もあるのだろうと感じます。人種を変えて、宗教を変えて、性別を変えて…これまで「語り手」となり難かった人たちに語らせたらどんなストーリーになるのか。複数の視点が提示されることで、視野が広がり想像力が鍛えられるように思います。

『トロイの女たち』(早川書房)パット・パーカー著/北村みちよ訳

2026年映画4本目は、シェイクスピア夫妻の物語『ハムネット』。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

2026年映画4本目は、シェイクスピア夫妻の物語『ハムネット』

映画の予告編で『ハムネット』が流れて、これは観ねば!と思っていました。原作本があると知り、まずはいつものカメリアステージ図書館でゲット。張り切って借りてきたのですが、文体によるものかストーリーによるものか、理由は判然としないものの、なんとなく読み難くて進まず途中でギブアップしてしまいました。

さて『ハムネット』。美しい映像と登場人物の生き辛さが息苦しいストーリーに、シェイクスピアの息子「ハムネット」のけなげな姿。中盤からずっと涙腺緩みっぱなしでした。まず1580年台の英国の地方は、このような感じだったのね、と、興味をそそられました。ストーリーは、ハムネットの妻・アグネスを中心に描かれています。ラストに登場する、劇場でシェイクスピアの作品が演じられるシーンは、こんなふうに演劇が楽しまれていたのね、という根っこを垣間見たような気がしました。シェイクスピアファンでなくても記憶にある有名なセリフ「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」も、シェイクスピアの口から出てきます。

ちょっぴり読んだ原作本では、序盤でシェイクスピアとその父親との確執が激しく描かれていたのが印象的でした。なので、映画中のシェイクスピアと息子ハムネットとの会話にあらわれる、男親と子との絆のようなものが、シェイクスピアにとってどれだけ大切なものであったかを強く感じました。映画を観終わった今、再度『ハムネット』の本にチャレンジしてみようと思います。

映画『ハムネット』

よくここまでお稽古を積んでこられましたね。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

よくここまでお稽古を積んでこられましたね。

博多の禅寺・円覚寺で受け継がれている茶道南方流に入門しています。このたび「天目」のお免状を拝受致しました。2013年春に入門し、2019年春に「初伝披露懐石」で初伝を頂戴し、この2026年4月19日「南方流遠祖・南坊宗啓禅師 献茶会」での献茶点前を務めました。いやもうほんとうにこんな日が来るとは、です。間にコロナ禍があり、お稽古ができない期間もありました。出来の悪いわたしに、いつも辛抱強く温かくお稽古をつけてくださる先生方、励ましてくださる先輩・同輩の皆さま方に、心より感謝しています。

今年1月の初釜茶会のときに、この南坊忌での献茶のお点前を仰せつかり、2月からそのためのお稽古を積んできました。『「口伝」とか「お免状」とか』のタイトルでブログを記していたのは、そのお稽古真っ最中の3月下旬のことで、それからまだひと月も経っていないのに、当時の焦りと緊張感が懐かしさを伴って伝わってきます。本番のお献茶が無事に(いくつかのミスはあったものの^^;)終わり、ほんとうにホッとしました。

「よくここまでお稽古を積んでこられましたね」は、お献茶が終わった後に、先生方のお一人からかけていただいた言葉。「お献茶」を目指してのお稽古のなかで、何人もの先生方から、たくさんのありがたい言葉をかけていただきました。なかでもお献茶当日に、わたしが「どんなに緊張してもこれだけは守ろう!」と思っていたのが、次の三つでした。

  • 「急・緩・急・緩」と唱えながらやってごらんなさい。
  • 作法の手順を間違えることは気にしなくて大丈夫、それよりも大切なものがあります。
  • 南坊宗啓禅師にお茶を点てて差し上げること、それが一番です。

献茶式が終わるや、先生方が「ご立派でしたね。安心してみていることができましたよ」と微笑んでださったり、「堂々として良いお点前でしたね」と涙を流してくださったり。それほどに気にかけてくださっていたのだと、あらためて感謝の気持ちがこみ上げました。

当日のお茶会のなかで、和尚様が正客に入る薄茶席にご一緒することができました。和尚様の茶道修行が約30年、そのお隣に並ぶ先生方は、先代の和尚様のときから50年、70年と続けていらっしゃる先生方でした。師匠たる和尚様が「わたしなどひよっこ、未熟な自分に気が付くばかりです。皆さんも末永くお稽古に励んでくださいね」とおっしゃったのが、心に響きました。ゴールの無い学びの道があることのありがたさ。これからもコツコツと続けていきたいと思います。

九州EC勉強会「WEB上のコミュニケ-ション設計」に参加してまいりました。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

九州EC勉強会「WEB上のコミュニケ-ション設計」に参加してまいりました。

九州EC(九州ECミーティング)は、経営者やECに取り組む方々が幹事となり、事業運営に役立つ情報交換・提供を行う会です。完全ボランティアで続いている、稀有な勉強会組織。毎回、充実したテーマと講師による勉強会を博多で開催してくれるので、ほんとうにありがたい存在です。昨年はなかなかスケジュールが合わずに参加できなかった回が多かったので、久しぶり!でした。今ブログを見直してみたら、ほぼ一年ぶり。

講師は、株式会社アルビオンで国際ブランド推進室でANA SUIやPAUL&JOEの公式ECサイトを運営する榊原隆之氏。アルビオンといえば従業員数3000名を超えるまあまあ大手さんですし、ANA SUIやPAUL&JOEは、百貨店に売り場を持つ有名ブランドのひとつ。これまで九州ECで、大手のメーカーさんや商社さんの担当者さんが登壇なさることはあまり多くはなかったと思います。ですが「百貨店での対面コミュニケーションをWEB上でも再現」する取り組みの根本にあるお客様本位の考え方は、規模の大小を問うものではなく「なるほど~!」の連続でした。

以下、備忘。


  • 実店舗の「買い物」の行為のなかで一番の楽しみは?「どれにしようか迷ったり店員さんに相談したりしているとき」→その楽しみを最大化する仕組みをつくる。
  • 事業者目線と顧客目線の「ズレ」を合わせていく。
  • 相談しやすい雰囲気づくり=相談の入り口はすぐに見つかるか?相談しやすいか?
  • コミュニケーションの語源communicare=分かち合い。
  • ウェブ上のコミュニケーション設計の第一は、「問い合わせ対応」ではなく「相談にのる」。
  • お問い合わせの数・質→マイナスのコミュニケーションにかかるコスト(無駄なやり取りに費やすコスト)を切るために、仕組みをつくる。
  • 増やしたいのは、購入を前提とした積極的な相談。
  • チャットボットでの問い合わせ対応は、参照資料・データを正しく揃えておけば、ハルシネーションの起こりようがない=人による対応よりもむしろ正確。
  • 人の出番は「(アルビオンさんでは化粧品やブランド品の)プロフェッショナルでなければ対応できない相談」。

九州EC勉強会「WEB上のコミュニケ-ション設計」より


前提となっている「買い物の一番の楽しみは、どれにしようか迷ったり店員さんに相談したりしているとき」というのが、個人的にはあまりよくわからない(笑)のですが、そういう人の方が多いのだろうな、ということは想像できるので、自分がわからないお客様心理を知るという意味でも、勉強になりました。「人の出番は、その道のプロでないと対応できない部分」というのは、ほんとうにそう思いますし、そこに注力できる仕組みを作ることが、気持ちよく仕事をする環境につながると思いました。

次回九州ECも楽しみです^^

九州交響楽団2026年度幕開けは「英国セレクション」でした♪

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

九州交響楽団2026年度幕開けは「英国セレクション」でした♪

昨年九月の定期演奏会で、指揮者の太田弦さんが熱愛する英国クラシックを初めて聞きました。今年度最初のプログラムには「幕開けは満を持して」のタイトルがあり、今回も英国セレクションとのことでした。クラシック素人のわたしとしては、そもそも知っている曲目や作曲家の数が限りなく少ないので、ほぼ毎回が新たな出会いです。上の写真は、福岡シンフォニーホールのあるアクロス。

前半はヴァイオリンのソリストを迎えてのヴァイオリン協奏曲。ベンジャミン・ブリテンの曲は、昨年の演奏会でも聴きました。そのときに受けた正直な印象が「重くて攻撃的で難解」でしたので、少々構えていました。が、今回は重厚な闇と同時にストーリーらしいものを感じることができましたので、聴き手としてほんの少しは耳が慣れてきたのかもしれません。ヴァイオリンのソロの存在感の大きさの凄さが迫ってくる時間でした。

休憩のち後半は、ウィリアム・ウォルトンの交響曲第1番。こちらもまた初めましてではあったものの、前半のブリテンよりはわかりやすかったように思います。もちろん、素人の勝手な思いですが。壮大さというよりは、激しさを感じながらの鑑賞でしたが、個人的に同調できる雰囲気があり、終章に向かうにつれて、涙腺崩壊。まったく知らなかった曲、自分の記憶や体験に紐づく曲でなくても、感情を動かされる凄さがありました。

今回は開演時間1分前というギリギリに席に着いたので、開演前のスペシャル・トークを聞くことができなかったのが残念でした。九響が用意してくださるこのトークコーナーが、素人にとってはとってもありがたく、貴重な素敵な計らいです。ただその一方で、これは音楽も美術も同じだと思うのですが、まったく知識も情報もない状態で作品に対峙する素晴らしさもある(と、わたしは思っています)ので、今回はこれで良かったなぁと思いながら帰路につきました。

今年度は九響演奏会の鑑賞は、今のところ5回を予定しています。また次回が楽しみです♪