読書『物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために』(講談社)難波優輝著

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために』(講談社)難波優輝著

講談社の現代新書です。著者の難波優輝氏は「分析美学とポピュラーカルチャーの哲学」を専門とする研究者。日本国内約30万人の研究者が登録しているという「researchmap」の該当ページを拝見したところ、美学・哲学関連の学術論文をいくつも発表なさっているようです。執筆なさっている書籍もたくさん。

「物語を愛するがゆえに、物語化を批判する」との立ち位置で書かれている本書は、文章には学術的な難解さを感じる部分もありましたが、わたし的には「著者が感じている気持ち悪さは、なんとなくわかる」という感じで、面白かったです。ここ数年、個人的に少々辟易していたのは、事業活動・マーケティングを論じる場などで語られる「ストーリー」の「重要性」。言いたいことはわかるけど、本質とはズレている感じがぬぐえないものも目につくなど、少々濫用気味ではと違和感がありました。

さて本書。面白かったです。個人的には、第1章の「物語批判の哲学」が最も刺さりました。第2章以降は「探求編」ということで、第2章「ゲーム批判の哲学」第3章「パズル批判の哲学」第4章「ギャンブル批判の哲学」と続きます。わたし自身が、ゲームにもパズルにもギャンブルにも夢中になったことがないため、「ほうほう、なるほど」という感じで拝読。ゲーム・パズルの章では、「一つの正解があることを大前提にゴールを目指す」という単純化された思考・行動パターンの背景にあるものと、そのパターンに対する危惧が生まれました。またギャンブルの章では、「依存症」が何に対する依存なのか、という考察が、これまで自分がイメージしていたようなものではなかったことに、考えさせられました。

もうひとつ、第1章の物語批判のなかで取り上げられていた「MBTI」に関する記述が、面白かったです。実のところ、30年以上前から心理学の学術的な位置付けでMBTIを理解していた者としては、ここ数年、MBTIが「占い」のような形で一般化していることを、「そういう公開の仕方になったのね」という感じで、軽い驚きを持って受け止めていました。なので、本来のMBTIと、現在一般化されて流行っているものとの差異、現在流行っているものが、どのような文脈で利用されているのかを本書で垣間見ることができたのは、思いがけず大きな収穫でした。

わたしの持っていた、個人的ないろいろな違和感に、本書がすべて答えを出してくれたわけではありません。けれども、モヤモヤとしていたものの幾ばくかが、本書によって言語化されて、説明可能になったことは、嬉しいことでした。哲学的なので「サクッと読む」とはいきませんでしたが、このテーマに興味のある方には、とっても面白い内容だと思います。新書、ふだん使わない頭を使うのがいいですね♪

『物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために』(講談社)難波優輝著

2026年コンサート一発目は、九響定期演奏会「マーラーの第九」。

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2026年コンサート一発目は、九響定期演奏会「マーラーの第九」。

今年も九響を楽しみにしています。1月のニューイヤーコンサートに足を運び損ねてしまったので、この日をとっても楽しみにしていました。会場はアクロス福岡シンフォニーホール。朝までの雨も上がり、会場に到着したころには気持のよい青空。開演まで少し時間がありましたので、アクロス山を眺めながら日向ぼっこを愉しむことができました。

開演10分前に、指揮者の太田弦さんによるステージでの「プレトーク」がスタート。「マーラーの第九」と言われても、クラシック素人のわたしはピンときません(汗)が、このプレトークで、今日の演目がどのようなものなのかを、優しくかみ砕いて話してくださいました。こういうサービスが、とてもありがたく嬉しいです。いわく、演奏時間が(第一楽章から第四楽章までで)1時間半にわたるので、本日の演奏会には「途中休憩」がないということ。そして「マーラーの第九をやると言ったら、何人もの方から『太田さん、辞めるんですか!?』と聞かれた」というエピソードを、その理由と共に説明してくださいました。ちなみに辞めるということでは全然ないということで、安心しました。

すごい体験でした。鑑賞する側にも、ほのかに心地よい緊張感のただよう1時間半。壮大で激しい変化のある曲を演奏し続ける演者の皆さんの集中力と体力・精神力のすごさを思いました。わたしはといえば、第一楽章の変化の激しさに「訳が分からなくてついていけない」感じになり、第二楽章で一転したテンポに気持ちが良くなって思わず眠くなり、第三楽章でようやくなんとなく既視感(既聴感?)のある雰囲気に安心し、第四楽章の音のかたまりにミツバチの大群が押し寄せるイメージを抱き、最後の静寂に向かう迫力を堪能…と、勝手に楽しんでおりました。

今回は万雷の拍手にもかかわらず、アンコール曲の演奏がありませんでしたが、もちろん納得です。あれだけの演奏を成し遂げた後には、もうきっとアンコールに応える余力は残っていないのではないかしら、と思いました。

というわけで、今年も九州交響楽団を微力ながら応援致します♪

読書『午後』(東京創元社)フェルディナント・フォン・シーラッハ著/酒寄進一 訳

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読書『午後』(東京創元社)フェルディナント・フォン・シーラッハ著/酒寄進一 訳

三日連続の読書記録。このところ珍しく、数冊を並行して読んでいましたので、ちょうど読み終わりの時期が重なりました。本書もいつものカメリアステージ図書館新刊棚から借りてきた一冊。東京創元社さんから出た本を、最近読んでいたような気がして、セルフブログチェックしたところ、ここ一年ほどは読んでいませんでしたが、その前に、何冊も読んでいました。そのタイトルの並びを見て、なるほどなるほど、思い出しました。著者もジャンルも異なるそれぞれの本に共通しているのは、中毒性を感じさせるような不思議さがあるところ。公式サイトには「ミステリ・SF・ファンタジー・ホラーの専門出版」とあります。

さて『午後』。本書は、ホラーでもSFでもなく、ではミステリかファンタジーかと問われると、どちらにも、そうだとは言い難いけれど、そういう要素もあるかなぁ…という感じです。短編集ですが、すべて語り手は弁護士で作家の「私」なので、つながったもの(中編?長編?)として読むことができました。その「私」が訪れる世界のあちらこちらでの、さまざまな過去を抱える人々との出会いが描かれています。表紙を開いた最初の舞台が台湾でしたので、本書の直前に台湾の作家さんの本「地下鉄駅」を読んでいたわたしとしては、一瞬デジャブ感がありました。

東京創元社さんの公式サイトでの本書紹介文に「ところどころに挿入された歴史上のエピソードによる全26章は、ページを閉じたあとに、深く鮮烈な余韻を残す」とあります。その、さらりと「歴史上のエピソード」が織り込まれているところが、最近小説を通して「自分の知らなかった近現代史」に出合うことに関心が向いているわたしには、とても印象的でした。ストーリー自体は個人的なお話が核でありながら、歴史の影がうっすらと見え隠れしている、とでも言いましょうか。独特の読みごたえを感じたので、さっそく図書館で「フェルディナント・フォン・シーラッハ」を蔵書検索。ありましたありました!さっそく予約しました^^

内容同様に不思議な感じのする表紙は、イラストレーター・版画家のタダジュン氏による装画で、フェルディナント・フォン・シーラッハ著作の装丁にたびたび使われているようです。

『午後』(東京創元社)フェルディナント・フォン・シーラッハ著/酒寄進一 訳


読書『「セラミックス」のことが一冊でまるごとわかる』(ベレ出版)齋藤勝裕著

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読書『「セラミックス」のことが一冊でまるごとわかる』(ベレ出版)齋藤勝裕著

毎度おなじみ、いつものカメリアステージ図書館新刊棚から借りてきました。「セラミックス=陶磁器」ですので、業界関係者としては、これは読まねば!です。ベレ出版さんは「いつも学ぶ人の近くに」いる出版社を目指しておられるということで、語学や自然科学系のわかりやすい本を得意となさっているようです。本書は「一冊でまるごとわかるサイエンス」シリーズの最新刊。上の写真は花祭窯がお世話になっている磁器材料を扱う陶土屋さんのふちの陶磁器原料さんが出すフリーペーパー、その名も「ジキ(磁器)読まんば!」(佐賀の方言で「すぐに読まなきゃ」の意)。磁器陶土屋さんもまた、まさにセラミックス業です。

さて本書。代表的なものはやはり「陶磁器」としながら、ガラスやセメントやファインセラミクスへと話が広がります。ベレ出版さんの本書紹介では「まず古典的なセラミックスの歴史と科学を紹介し、セラミックスの化学的・物理学的な性質を見たうえで、ファインセラミックスの製法と性質などを解説していきます。」となっています。その紹介通りで、わたし個人としては、化学的・物理学的な性質を解説しているページに興味が沸きました。花祭窯でダンナが制作しているのは、磁器。「やきもの」には大きく分けて陶器と磁器がありますが、その違いを自然科学的に説明するとこうなるのだな、ということがわかりました。

このところ、カメリアステージ図書館新刊棚のおかげで、自然科学系の本をちょこちょことつまみ読みするようになりました。一般向けとはいえ、理解するのはやはり簡単ではありません。と思いながらも、いつもと異なる頭の働きを要求されるのは、なかなか面白く。自然科学系の本を読むと、考え方の選択肢が広がるような気がしています。

『「セラミックス」のことが一冊でまるごとわかる』(ベレ出版)齋藤勝裕著

読書『地下鉄駅』(河出書房新社)何致和 著/及川茜 訳

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読書『地下鉄駅』(河出書房新社)何致和 著/及川茜 訳

いつものカメリアステージ図書館新刊棚から借りてきた一冊。台湾を舞台とした物語です。台湾の小説家の方が書いた本を読んだのは、もしかしたら初めて(!?)かもしれません。オードリー・タン氏の著作は何冊か読みましたが、小説ではありませんでしたので。勝手に「一人オードリー・タン読書祭り」を開催していたのは、2021年のことでした。本書は何致和(カチワ)さんの初邦訳本。上の写真は、台湾故宮博物院に行った時のもの。

448ページと、結構なボリュームでしたが、引き込まれて週末に一気読み。これは舞台が日本でもまったく違和感がないよなぁ、と感じました。主人公を取り巻くあれこれも、主人公の娘を取り巻くあれこれも、介護の問題も、どれもが「あるある!」とイメージできる世界。物語は淡々と日常を描いていて、その中心に「地下鉄駅への飛び込み自殺」という非日常があります。地下鉄の自殺防止プロジェクト長に任命されてしまった主人公の、公私におけるトラブルは、「悲劇と喜劇は紙一重」の言葉を思い出させました。

巻末に、精神科医であり作家である松本俊彦氏が解説を寄せています。河出書房新社の本書紹介ページにも一部載っていて「読了後、語られなかったこと、描かれなかった余白に読者は深く心を揺さぶられ、何かを考え始める。こうした、読後から始まる独特の余韻、静かな残響音は、本作品における最大の魅力といってよいだろう。」と書いておられるのですが、わたしの読後が、まさにこの通りでした。

本書は何致和(カチワ)さんの初邦訳ということでしたが、台湾では何冊も受賞歴のある著書が出ているということで、もっと読んでみたいと思いました。これから過去作に遡って邦訳されると嬉しいな、と願いつつ。

『地下鉄駅』(河出書房新社)何致和 著/及川茜 訳

よく食べ、よく話し、よく笑い、大満足のランチタイムを過ごす贅沢。

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よく食べ、よく話し、よく笑い、大満足のランチタイムを過ごす贅沢。

何年か前から「月一回ぐらいのペースで、尊敬するいろんな女性経営者の方と、マンツーマンでランチミーティングが出来たら嬉しいな!」と、思っていました。実際には、できても年に2-3回という感じでしたが、そのひとつひとつの機会が、あまりにも学びが多くて嬉しかったので、昨年あたりから、やはりこれは意識して時間を確保して行きたいな、と思うようになりました。

なぜマンツーマンかというと、人数が多いと「たくさんお話する」がなかなか難しいから。「気軽に、でも、ちゃんと話す」には、人数は少ない方が良いと、わたしは感じています。なぜランチタイムかというと、単純にわたしが夜は弱い(すぐ眠くなる)から。なぜ女性かというと、仕事とプライベートの境が曖昧な立場では、ライフサイクル面等で共通点が多く理解しやすい同性の方が、「そうそう!」という場面が多くなるからです。

ということでまずは、2026年の第一回目が実現しました。快くお付き合いくださったAさん、ありがとう~!何度も顔を合わせていても「二人で」という機会は、これまでありませんでしたので、とっても嬉しい時間となりました。なにがそんなに面白かったのやら、二人で大笑いしながら、たくさんおしゃべり。お料理のスタートから、気が付けば3時間が経っていました。コース料理とはいえ、ランチタイムの3時間。わたしたちの食べる(おしゃべりする)ペースに合わせて、ベストタイムで提供してくださったお店にも感謝です。今回は宗像市にある魚料理が特に素晴らしいフランスヤさんにお世話になりました^^

読書『あなたについて知っていること』(集英社)エリック・シャクール著/加藤かおり訳

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読書『あなたについて知っていること』(集英社)エリック・シャクール著/加藤かおり訳

いつものカメリアステージ図書館新刊棚から借りてきた一冊。図書館の貸出期間が2週間なので、2週間以内に1回の頻度で足を運んでいます。新刊棚からの選書は、前情報無しで博打的に借りてくることがほとんど。借りる前に表紙裏や裏表紙に載っている著者紹介は確認するものの、家に帰ってページを開いてみないと内容がわからない面白さがあります。期待に対して「当たり外れ」はあるのは大前提ですが、これまでのところ肌感覚的には「当たり」の方が圧倒的に多いです^^

本書もそんな「大当たり」の一冊。エジプト・カイロを舞台とした物語の登場人物は、わたしの知らない文化的背景を持った人たちです。1961年~2001年と時代を追って記されていて、わたしが生まれたのは少しあとではありますが、重なっているところも多いにもかかわらず、本書もまさに「わたしの知らない現代史」を垣間見ることができるものでした。不思議な二人称で語られるストーリーは、最初なんとなく違和感を感じながら読みましたが、その二人称語りに慣れてきたころに、語り手の存在が明らかになるという、思いがけない展開。

切ない物語でした。登場人物それぞれの立場から見たら、それぞれに「あの人が悪い」「あの人のせいで」と責めを負うべき相手を決めることができるのかもしれないけれど、読者として眺めると「仕方がなかった」としか言いようのない出来事・事態が積み重なっていきます。登場人物たちは特別に魅力的であるというわけではないけれど、なんとか味方をしたいという気持ちになるのは、不思議な感覚でした。

本書がデビュー作だという著者は、カナダのフランス語圏に生まれ、エジプト人の両親を持つということで、自身のルーツに迫る物語なのかもしれません。本書は会社員としての仕事をしながら約15年をかけて書き上げたとのことでしたので、次作がいつになるのかはわかりませんが、密かに楽しみにしたいと思いました。

『あなたについて知っていること』(集英社)エリック・シャクール著/加藤かおり訳

ピッチ登壇の予定も意欲もないものの、ピッチ資料制作過程で見えてくるものは大きかった。

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ピッチ登壇の予定も意欲もないものの、ピッチ資料制作過程で見えてくるものは大きかった。

福岡県の商工部スタートアップ推進課からご案内をいただき、8月から参加している支援事業「サッシン・ベース」。プログラムでは「新規事業に関する具体的な構想(アイデア)を策定」「プログラムを通じて知識習得やネットワークを構築」することが、ゴールとして提示されていました。昨年8月以降、月1回のワークショップなどに参加してわかったことは、そのすべてが、具体的には「ピッチ用の資料を作る」ゴールを目指しているということでした。

2月にプログラムのラストにある「デモデイ」なるものが、このプログラムで学んだことをピッチ形式で発表する場になります。そこへ向けて、現在ピッチ資料作成中。白状すると、最初は「ピッチ資料作っても、出る予定も出る気も無いんだけどなぁ。間違えたかなぁ」と思っていました(笑)。でも時間を割いて参加する以上は、研修のための研修にしてはなりません。そんな暇はない。けれども、そこに集っている皆さんが魅力的な方々ばかり。ということで、継続決定、受講中は「花祭窯の事業に生きる形にするには、今日の内容をどう解釈・活用できるか」だけを、ひたすら考えることにしました。

「ピッチに出る予定も出る気も無い」は、今も変わっていません。ですが「ピッチ資料を作る」を目指して学び調べ作業をしているうちに、その思考過程や作業自体が、ブランディングの構築と、それをいかに「伝わる言葉」に落とし込んでいくかに、めちゃめちゃ役に立つことが判明。目から鱗の発見がいくつもありました。当初「間違えたかなぁ」なんて思いながらも、続けて参加してよかったです。というか、間違えたかもなんて思ってゴメンナサイ!。結局は、自分がどう生かせるか、よね、と、あらためて思ったのでした。

というわけで、プログラム終了までもう少し。この機会をフル活用できるよう、頑張ります^^

2026年映画2本目は、ジョニー・デップが監督の『モディリアーニ!』。

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2026年映画2本目は、ジョニー・デップが監督の『モディリアーニ!』

モディリアーニの絵が特別好きなわけではありませんが、ジョニー・デップが監督だと聞いて、途端に興味がわいてきました。近所の映画館では上映されていませんでしたので、はてどうしよう…の結果、車で30分ほどドライブした先にある映画館に初上陸することに。天気も良く、ちょうど水曜サービスデーでお得でしたので、サクッと行ってまいりました。上の写真は、我が家にある画集。ここでもモディリアーニとユトリロはセットになっていました。

配給会社ロングライドの公式サイトでは「モディリアーニの人生を変えた激動の72時間」と紹介されています。舞台は、第一次世界大戦の影が色濃くなりつつある1916年パリ。芸術家・画家として長いこと認められず、売れずにいたモディリアーニが、これで駄目ならキャリアを捨てて故郷へ帰ろうとしていた、そのラストチャンスで彼の人生を変えるコレクターと対峙するまでの三日間です。ラストチャンスと書きましたが、それはまったく「ドリームズカムトゥルー」的なワクワクキラキラしたものではなく、むしろとどめを刺されに行ったとも取れるシーンでした。

その、コレクターのモーリス・ガニャとモディリアーニが対峙するシーンの、二人の言葉の応酬が、とても良かったです。どちらの言うことも、いかにも、よくわかる。アーティストの「もう見下ろされ値踏みされるのはまっぴらだ」という気持ちに対して、芸術家を名乗るのであれば結果(作品)で勝負するしかないという現実を突きつけるコレクター。丁々発止のやり取りと、そのあとのモディリアーニの荒れ方(自分の描いたものに火をつけ投げ捨てる…)を見れば、この出会いが彼の人生を「成功への道筋へと」変えるものだったとは、単純には解釈しづらいものです。ラストの、大理石(だと思いますが、とにかく彫刻用の石)にノミを打ちこむシーン。とっても短いそのワンシーンが、その先にあるモディリアーニの成功の姿をイメージさせる、という感じで、ひさびさに「語り過ぎない映画」を見ました。

モディリアーニとつるんでいる、ユトリロとスーティンの存在感が、とても良かったです。そして、この映画のおかげで「えいやっ!」と出かけた映画館が、意外と近くて車でのアクセスがスムーズであることが分かったのは、わたしにとって収穫でした。「近くの映画館」の選択肢が広がりました^^

ジョニー・デップが監督の『モディリアーニ!』

読書『土と生命の46億年史』(講談社)藤井一至著

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読書『土と生命の46億年史』(講談社)藤井一至著

講談社の「BLUE BACKS」シリーズです。メールマガジン「ビジネスブックマラソン」(以下、BBM)で紹介されていた本。ブルーバックスシリーズは、子どもから大人まで楽しめる「一般向け科学シリーズ」ということで、わたしのような文系頭の読者にやさしい位置付け。正直言えば、書いてあった内容のうちどれだけ自分が理解できたものか、怪しくもありますが、この手の本を「楽しく読んだ」ということだけでもすごいことです。小説のように「引きこまれて一気読み!」という感じではありませんが、少しづつ、丁寧に、じわじわと読むことができました。

タイトルの通り、内容はとっても壮大です。が、それを身近なところに引き寄せて解説してくださっています。人間が人工的に作り出すことができないものが「土と生命」である、ということを主題にしています。なるほどなるほどと、微生物の偉大さや、植物の仕組みの凄さ、昆虫の逞しさに感心しながら読み進み、そのずっと先につながって、哺乳類、ヒトであるわたしたちの存在があることが見えてきました。後半に向かうにしたがって、ふだん自分がなんとなく理解している(と思い込んでいる)温暖化や気候変動の話というのは、とても近視眼的で表面的な理解に過ぎないということが突き付けられてきました。土の研究者である著者の抱く「20万年にすぎない私たちホモ・サピエンスの文明はなぜこんなに早く危機に直面したのか?どうすれば繁栄を継続できるのか?」という本題が、終盤になって明らかになります。

本書での読書体験が嬉しかったので、ブルーバックスシリーズに興味がわいてきました。こういう科学系の本を読むと、ふだんとは違う世界が広がりますね。

『土と生命の46億年史』(講談社)藤井一至著