「口伝」とか「お免状」とか―次なるステップに向けてお茶のお稽古中。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

「口伝」とか「お免状」とか―次なるステップに向けてお茶のお稽古中。

茶道南方流に入門し、お稽古を始めてから10年以上が経っています。禅寺でのお稽古は「禅茶一味」を旨とし、「茶の本道は修行による人格の向上、和敬の道こそが本意」(茶道南方流公式サイトより)。実は、南方流に入門するそのずいぶん前に、3年ほど裏千家の先生について習ったことがありました。お茶を習うことにしたそもそもの動機は、仕事上お付き合いのある方々(特に日本料理・懐石料理の料理人の方々)と、ちゃんと話ができるようにしておきたいから、でしたので、そう考えると少々(かなり?)実利的でした。

南方流でお稽古を続けていくなかで、「このようなスタンスを保てる人になりたい」と人間的に尊敬する先生方や先輩方にたくさん出会い、今ではすっかり「お茶のお稽古に行くこと」自体が目的!な感じになっています。いずれにしても、お茶の世界にある「お免状を取得する」こととは、まったく結び付いていませんでした。南方流は、ほかの流派に比べるとお免状の階位や数が少ないと思いますが、それでもあります。実は入門して間もないころに、師匠たる和尚様に「お免状は要らないのですが」とお尋ねしてみたことがありました。それに対する和尚様のお返事は、「ちゃんと順番があるんですよ」というものでした。

というわけで、現在、お免状の次のステップ「献茶」に向けてお稽古中です。南方流の作法はすべて「口伝」とされており、お点前の所作を記したような教科書がありません。「これを見れば正解がわかる」というものが無い。お稽古中にはもちろん先生が口頭で指導をしてくださいますが、お作法を忘れないように「メモする」なんてことも、憚られます。お稽古は、原則的に月に2回。特別に増やして4回。覚えの悪いわたしにとって、どうやって当日に向けて所作を頭と体に叩き込んでいくかは、切実な課題です。ほんとうにびっくりするほど、すぐに手順を忘れてしまうので(笑)。苦肉の策としてここ数回は、お稽古が終わりお茶室を出たその足で最寄りのカフェに入り、今やってきたお稽古をノートに書きだす、ということをしています。

自分用の一時的なメモなら許容範囲かしら、ということで。お茶室に入る最初のご挨拶からどのように動いたか、先生が何とおっしゃったか、順を追って思い出しながら文字にしていくと、自分の動きが多少は客観的に見えてきます。そうして書き出した後に、動きに無駄・矛盾が無いかを考えながら見直し&修正を繰り返します。書き上げた!と思ったら書いたものは破り、帰りの電車では頭のなかでひたすらイメージトレーニング。自分が書きだしていた内容が間違っていたらアウトなのですが(笑)、それは次のお稽古のときに確認して修正することにして、頭のなかで繰り返します。というのが、本番まで1カ月を切った、ドキドキの今日この頃の状態。

さて和尚さんの「ちゃんと順番があるんですよ」の意味。先生方・先輩方がわたしにお稽古をつけてくださり、道を示してくださったように、わたしもまた相応のお稽古を積んだ暁には、後進の方々にできる限りのお手伝いをすることが勤めである、ということなのだと思います。わたしの「お免状は要らない」という発言は、なんとも自分勝手で図々しいことであったと、お稽古を重ねるほどに理解できるようになりました。未熟ながらも少しでもできることがあるならば、お返しして行くのが筋というもの。なんてことを考えながら、とりあえずは自らの目の前にある課題に向けて、頑張ります。

Fukuoka Flower Show番外編-福岡市植物園まで来たら動物園にもGo!

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Fukuoka Flower Show番外編-福岡市植物園まで来たら動物園にもGo!

Fukuoka Flower Show 2026の会場が福岡市動植物園の「植物園」でしたので、隣接する動物園にも、足を延ばしてまいりました。午前中は青空で陽射しの強さを感じていましたが、午後になると天気予報の通りに雨が降り出し、傘をさしての動物園。雨にもかかわらず、まあまあの人出で、人気の高さがうかがえました。雨だしサクッと回ろう!と思っていましたが、なかなかの広さで高低差もある動物園は「サクッ」とは行かず、しっかり歩き回りました。

雨のなか、厩舎に入ってしまう方々も多いなか、ファンサービスで顔を見せてくださった皆さまのなかから、ベストショット3枚。

福岡市動物園

↑悠然とした姿のオランウータンさんは大迫力。

福岡市動物園 カバ

↑流し目も決まっているカバのタロウさん。

福岡市動物園

↑姿が断然美しいヒョウ。眠そうにしながらも起き出してくれました。

今回一番サービス精神旺盛だったのは、カバのタロウさん。カバは藤吉憲典作品にもよく登場するので、観察必須なのですが、水のなかを悠々と泳いでは顔を上げてこちらに視線を寄越してくれる姿は、とても力強く圧倒されました。ヒョウやらトラやら、ガラス越しにまあまあ近い距離で観ることができる工夫がされていて、「ほほう、この模様はこのようになっているのね」などと思いながら観察することができて、大満足。

噂には聞いていましたが、長い工事期間を経てリニューアルオープンした福岡市動物園は、かなり見応えのある空間になっていました。今回はサイやゾウはあまり近くに来てくれず、遠めに眺めるだけでしたので、次は晴れた日に来たいと思います。

初開催の「FUKUOKA FLOWER SHOW 2026」を見に行ってきました。

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初開催の「FUKUOKA FLOWER SHOW 2026」を見に行ってきました。

もう何年も前から、福岡市内では「一人一花運動」が続いていて、天神を中心に市内の繁華街には、企業の協賛によるプランタや植栽の花があちこちに増えていました。福岡市でのフラワーショー開催を目指して、実績を積み重ねてきていたのでしょうね。関わってきた方々の嬉しさはさぞかし大きいだろうな、と思います。古くからの友人に園芸関係の業界人がいて、Fukuoka Flower Show開催初日に視察とレセプション参加のために東京から来るというので、視察にご一緒させてもらうことに致しました。

さて、Fukuoka Flower Show。英国で開催される、歴史あるチェルシーフラワーショーに憧れて、国際的なフラワーショーを福岡でもやりたい!となったのだろうな、と思いつつ。初日は特に業界関係の方が多かったのもあるとは思いますが、あちらこちらでのおしゃべりの声に、チェルシーフラワーショーに行ったことのある人がとても多いことが伺えました。そして、そうした方々が全国からここ福岡に集まってきていることに、少々びっくり。聞けば、フラワーショーの開催にはかなりお金がかかるので、各地で企画が立ち上がっても継続することが難しく、日本国内ではフラワーショーの開催自体が数少ない機会になっているということでした。

ガーデンコンテスト、ベランダガーデンコンテスト、ハンギングバスケットコンテスト、プランツアワーズと、来場者が自分の「好き」を投票できる参加型の仕組みになっていました。メインは「ガーデンコンテスト」。審査員によるグランプリは既に決定していて、あとは来場者の投票による「ピープルズチョイス」が、会期中の投票を集計して、最終日の3月26日に決まるということでした。審査員には、本場である英国王立園芸協会からお二人来日しておられて、ガーデンコンテストに出ていた5つのガーデンについて「解説ツアー」をしてくださるということで、わたしもそちらに参加。

審査員長であるジェームズ氏による解説は、園芸素人にもとても分かりやすかったです。コンテスト用に作られたお庭の技術的評価にはほとんど触れず、否定的なコメントは一切出さず、どういう視点で楽しめるのか、この庭に来ると何が嬉しいのか、という部分を一番に強調していらっしゃいました。そして、今回が第一回目となったガーデンコンテストについて、これから回を重ねるにつれてどんどん良くなっていくであろうという「ポテンシャル」への期待を何度も口になさったのが印象的でした。

一番上の写真は、会場となった福岡市植物園で、最もわたしの目を引いたモクレンの大木。あんなに大きくなるのね、とびっくり。

再読書『嵐が丘(上・下)』(光文社古典新訳文庫)エミリー・ブロンテ著/小野寺健訳

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再読書『嵐が丘(上・下)』(光文社古典新訳文庫)エミリー・ブロンテ著/小野寺健訳

先日観た映画『嵐が丘』で、映画の良し悪しとはまったく別のところで、こんなストーリーだったかしら???がぬぐえませんでしたので、「読んでいなかった名作を」シリーズ読書『嵐が丘』再読です^^。映画を観終わってすぐに、いつものカメリアステージ図書館に予約を入れました。古典文庫には珍しく、上下巻とも貸し出し中になっていたので「わたしと同じように、映画をきっかけに読み直している人がたくさんいるのかも!」と思いました。が、2週間ほどで順番が回ってきましたので、たまたまだったのかもしれません。

さて、いざ検証。まずは上巻を一気に読みました。「こんなストーリーだったかしら???」は、「そんなストーリーだったのね!」に、無事修正されました。登場人物の顔ぶれや役割が少々変わっているものの、映画『嵐が丘』は、この上巻の筋をきちんとなぞっていたことがわかりました。上巻は主人公キャサリンが亡くなるところまででお終いで、映画もまたキャサリンが亡くなるところがラストシーンでした。

そうなると今度は、ほぼ同じ分量ある下巻の内容を読まねば!となり、引き続き下巻へと突入。こちらにはキャサリンが亡くなる前に生んだ子どもと、ヒースクリフの子どもが登場します。ヒースクリフが、自分とキャサリンの不幸を呪い、次の代にまでもその恨みをぶつける、という構図。なるほど、これはこれで続編映画が一本作れるボリュームかもしれない…と一瞬考えましたが、映画ではキャサリンの赤ちゃんはお腹の中で亡くなっていることをにおわせていましたので、これを覆すのは難しいかしら、とも思いつつ。

というわけで、上下巻通して読了。前回読んだ時よりも、だいぶ短い時間で読むことができたように感じるのは、映画でビジュアルイメージが頭にあったのも要因の一つかもしれません。前回読んだ約6年前の読書記録では、「ドロドロ路線の昼メロ(ドラマ)顔負け」と印象を書いているのですが、今回の読書ではそのイメージが払しょくされました。昼メロ愛憎劇めいたストーリーの奥にある、登場人物(特に、ヒースクリフ!)の心の機微が、かなり切なかったです。

本は、読む自分の状態によっても、読み取れるものや残るものが変わってきますから、何度も読み直すと面白いですね。とはいえ今回は、自分があまりにもストーリーを忘れてしまっていた事実に、呆れかえってしまう読書にもなりました(笑)。

読書『シリアの家族』(集英社)小松由佳著

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読書『シリアの家族』(集英社)小松由佳著

本書も、いつものカメリアステージ図書館新刊棚から借りてきた一冊です。いつものように前情報無しに手に取ったら、小説と思いきやノンフィクションでした。久しぶりのノンフィクションは、感情を揺さぶられる読書となりました。著者はドキュメンタリー写真家であり、その前は登山家として「植村直己冒険賞」を受賞したこともあるという方。そして本書は「第23回開高健ノンフィクション賞受賞作」でした。

「シリア内戦」「シリア難民」ニュースで目にする字面として知っているに過ぎなかった現実を、本書を通して垣間見ることができました。著者は2012年からシリア内戦・難民を取材してきたといいます。アサド政権崩壊・崩壊後の2024年末にかけての記録は、家族だからこその距離感で描かれていました。集英社の公式サイトでの本書の紹介ページには、開高健ノンフィクション賞の選考委員の方々のコメントが並んでいます。なかでも、映画監督・森達也氏の「秘密警察も移民となったシリア人も政府軍兵士もイラン軍兵士も、すべて等身大の人間として描かれている。」という評が、とてもしっくりきました。

シリアという場所の地理的・政治的・宗教的な複雑さは、わたしには本書を読んだだけでは正確に理解できないどころかイメージするのも難しいのでした。ただ、読みながらずっと思い出していたのは、以前に読んだ三浦英之氏の『沸騰大陸』、アフリカの現在とその背景を伝えるルポ・エッセイでした。これも集英社からの刊行ですね。そのなかに、アフリカで起こっている紛争が、民族や宗教を起点とするものではなく「富」と「格差」を起点としたもの、豊かな資源があるからこそ起こるのだという記述があったのを思い出していました。

それにしても、危険を顧みずにそうしたエリアに足を運ぶ、記者や写真家の人たちは、いったい何に、どのような信念に突き動かされているのか。このようなノンフィクション作品に触れるたびに、その凄みに圧倒されます。そして、内に向きがちなわたしの視界を少しでも広げようとしてくれる彼らに、感謝と敬意を感じています。

『シリアの家族』(集英社)小松由佳著

読書『絢爛の法』(新潮社)川越宗一著

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読書『絢爛の法』(新潮社)川越宗一著

久しぶり?の読書記録。いつものカメリアステージ図書館新刊棚から借りてきた一冊です。先週借りてきた本の顔ぶれが、気が付いたらどれも重厚な感じで、図書館から借りている2週間でぜんぶ読み終えることができるかしら…と、少々焦りつつ、時間をかけて読んでいます。本書も全624ページの大作です。

さて『絢爛の法』。毎度のごとく、情報無しでなんとなく手に取りましたが、大当たり。幕末から明治維新、明治憲法の制定と議会制民主主義へと踏み出す怒涛の時代を、「井上毅」という法制官僚を主人公として描いています。この時代のいわゆる有名人、西郷隆盛、江藤新平、大久保利通、伊藤博文、大隈重信、岩倉具視、山形有朋などは、わき役として登場。それぞれに強烈な個性を持った登場人物たちに対して、これまで抱いていたイメージをひっくり返されるようなエピソードストーリー満載の、日本近代史(フィクション)でした。なかでも、大久保利通と伊藤博文の、小説内での在り方がとても興味深かったので、もっといろんな小説でこの人たちのことを読んでみたいと思いました。

憲法改正議論が現実的に進みつつある今、本書を読むことができたのは、わたしにとってはグッドタイミングでした。明治維新のあと、憲法を作ろうともがいてきた人たちの想い。本書には「自然法」という言葉が何度も登場します。自然法は「何人をも害するなかれ」という言葉に集約される、いわば人類普遍の正義であり、「法律は人を守るためにある」というシンプルなもの。ところがその普遍の正義を明文化して運用させるには、シンプルどころではない過程と調整と犠牲を強いられる(強いられた)、というのが、本書でのストーリーであったと思いました。

「人を守るためにある」思いを込めて作られた法律が、いかにして骨抜きになり、思いもよらない方向へと導かれるその論拠となってしまうのか。憲法に基づく民主主義が平和な社会(世界)を実現するという思いは絵空事なのか、ストーリー後半に向かうにつれて、民主主義の主体たる国民の責任を感じさせるシーンも数多く登場し、考えさせられました。川越宗一さん「初めまして」でしたが、とても読みごたえがありました。また一人、追っかけるべき著者を見つけてしまいました。

『絢爛の法』(新潮社)川越宗一著

2026年3本目の映画は、マーゴット・ロビーが美しい『嵐が丘』。

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2026年3本目の映画は、マーゴット・ロビーが美しい『嵐が丘』。

ここ2年ほど、観たい!洋画がなかなか最寄りの映画館で上映されずに、うーん…という感じでしたが、2026年はスタートからいい感じです。『ダウントン・アビー』『モディリアーニ!』に続く3本目は、原作エミリー・ブロンテの『嵐が丘』。主演マーゴット・ロビー、原作は名作古典という、素晴らしい組み合わせです。2年前の『バービー』でも、マーゴット・ロビーの美しさにほれぼれしていましたので、これは観るしかない!ということで、楽しみにしていました。

「読んでいなかった名作を」シリーズ読書で、わたしが『嵐が丘』の上下巻を読んだのは2020年。6年前です。実は、主人公キャサリンとヒースクリフが出会う少女時代・少年時代のころの描写と、「愛憎劇」であった!という印象は記憶に残っていたものの、『嵐が丘』のストーリーをほぼ覚えていませんでした(汗)。まあでも、映画見るうちに思い出すんじゃないかしら、と思いつつ、ストーリーの復習はしないまま映画館へ。そして、観終わった後の感想は、こんなお話だったかしら???でした(笑)。

長いお話ですから、簡潔に要点をまとめて脚色すると、このような脚本に仕上がるのかもしれません。映画の予告チラシをあらためて眺めると、「Introduction」の部分に「誰も観たことの無い『嵐が丘』が、この2月、いよいよ幕を開ける!」とありました。誰も観たことの無い、というところで、ちゃんと予防線が張られていますね。映画紹介サイトあたりでも「新解釈」という言葉が飛び交っています。新解釈なのねと思いつつ、個人的には、原作のどこがどうなってこうなったのか確認したいという思いもあり、あらためて本を図書館で借りることに。これから再読して確認します(笑)。

と、このように書いてきましたが、映画自体は映画館で観て良かったです。映像の美しさ、マーゴット・ロビーの美しさは期待通り、そしてヒースクリフを演じたジェイコブ・エロルディの暗い目と声がなんとも魅力的でした。ジェイコブ・エロルディさん、わたしはお名前を初めて聞きましたが(というか、見たり聞いたりしてもすぐ忘れてしまうのですが)、オーストラリアの俳優さんなのですね。『007』の新ジェームズ・ボンド役のオファーがあったというニュースもあり、これからが楽しみな俳優さんなのかもしれません。

このあとは4月に『ハムネット』、5月に『プラダを着た悪魔2』の公開を楽しみにしているところです。最寄りの映画館で上映するかな、上映しますように!と期待しつつ^^

読書『異文化理解力』(英治出版)エリン・メイイヤー著/田岡恵監訳・樋口武志訳

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読書『異文化理解力』(英治出版)エリン・メイイヤー著/田岡恵監訳・樋口武志訳

先日参加した「福岡市の海外展開支援プログラム」で、「グローバルコミュニケーション講座」を担当してくださった講師のSPRINK株式会社の元美和氏がおススメしていた本です。原題は「THE CULTURE MAP」。タイトルになっている「カルチャー・マップ」で、国による文化の傾向(違い)を地図化(というか図表化)した説明が、単純化されたビジュアルでわかりやすく示されています。

出版元公式サイトにある本書の紹介文「本当に大切なのは、英語力よりも、「異文化理解力」だった!」が、本書の内容を端的に表しています。著者はビジネススクールの客員教授で、ビジネス場面視点での本です。監訳者の方も、ビジネススクールであるグロービスの方。すなわち、ガッツリビジネスマン向けであり、なかでもマネジメントにおける事例が盛りだくさんになっています。ですので、本文内に登場する事例の解説は、そのような立場ではない人にとっては、少々わかりにくく、過剰に思えるかもしれません。

本書内でも仮定されている疑問のひとつに、「国や文化の違いはもちろんあるだろうけれど、それだけではなく、個人の傾向もあるのでは?」というものがあります。著者はそのような意見が出るのを当然と受け入れながらも、しっかり論破していて、なるほどそれだけの事例を体験してきた方なのだとわかります。ただわたし個人としては、本書で述べられている内容すべてを額面通りに受け取らなくても良いかも…という気もしました。

とはいえ、カルチャー・マップはなかなか興味深く、役に立ちそうです。「こういう傾向があるのね」ということを知っていることで、戸惑う場面を減らすことができるだろうことは確か。ビジネスにおける「説得」「対立」「交渉」という概念が少々古いような気がしたので、あらためて確認したところ、日本国内で2015年の発刊でした。「本当に大切なのは、英語力よりも「異文化理解力」」というのは普遍的な真理だと思いますが、ビジネスにおける人間関係の在り方は、この10年で大きく変わっているような気がするので、著者の最新版の知見を聞いてみたいな、と思いました。

『異文化理解力』(英治出版)エリン・メイイヤー著/田岡恵監訳・樋口武志訳

読書:フェルディナント・フォン・シーラッハ著『禁忌』、『カールの降誕祭』、『犯罪』(東京創元社)。

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読書:フェルディナント・フォン・シーラッハ著『禁忌』『カールの降誕祭』『犯罪』(東京創元社)

月初めに読んでいた、フェルディナンド・フォン・シーラッハの『午後』が、読みごたえがあり興味深かったので、いつものカメリアステージ図書館で著者名検索。思いのほか揃っていましたので、まずは3冊借りてきました。気になった本がすぐに探せて手に取ることができる有難さ。いずれも東京創元社さんからの刊行です。ちなみに東京創元社さんの公式サイトで著者名検索すると、ずらりと15冊ヒットしました。

今回読んだ3冊は、いずれも弁護士である著者の経験が、ストーリーの元になっていることがうかがえました。主人公はいずれも弁護士ですが、その弁護士に「弁護される人」のストーリーがメインです。『禁忌』は長編、『犯罪』は主人公が同じの連作短編集、『カールの降誕祭』は短編集でした。主人公を通して、著者の弁護士としてのスタンス、「犯罪」との向き合い方が、じわじわと伝わってきました。『犯罪』は、本屋大賞翻訳小説部門で第1位を取ったそうです。

特に印象深かったのは『禁忌』でした。「緑」「赤」「青」「白」の章分けで進むストーリーは、読み始めてしばらくは「???」という感じでした。これが中盤を超えて「青」の章に入ると、一気に、著者がこの物語を通して言いたかったことが明らかになってきます。特に「青」の章の後半に向かっての法廷での緊迫したやり取りは、凄みを感じさせるものでした。最終的に弁護側(=主人公側)が勝つ、というか、被告は無罪となるのですが、そこに晴れがましさはなく、重苦しい印象だけが残りました。

ご近所図書館の蔵書にあるものだけをみても、未読本がまだ何冊もあります。ただ、一気にまとめ読みすると、少々重いというのが、正直なところ。ここからは、ぼちぼち参ります。

フェルディナント・フォン・シーラッハ著 『禁忌』『カールの降誕祭』『犯罪』(東京創元社)

読書『西洋の敗北と日本の選択』(文春新書)エマニュエル・トッド著

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読書『西洋の敗北と日本の選択』(文春新書)エマニュエル・トッド著

『西洋の敗北』を読もうと思いながらそのままになっていました。一度は図書館で借りてきたのですが、返却期限までに読み切れず。たまたま本屋さんの新書コーナーで本書を見つけ、ラッキー♪とゲットしたのでした。『西洋の敗北』が2024年1月刊行で、本書は2025年9月が第一刷になっていましたので、1年少々で新書版で日本向けに増補して出版されていることになりますね。そのスピード感に、著者と出版社の熱意あるいは危機感の大きさを感じます。

本書内で繰り返し触れられていますが、『西洋の敗北』は25か国で翻訳出版されているにもかかわらず、そのなかに「英語版」が無いという事実。そのことこそが、本書の内容の価値(真実味)を上げているという見方は、あながち間違いではないように思いながら、読了しました。特に「なるほど」と思ったのは、ロシアとウクライナの問題について書かれた部分。以前に読んだ『オリバー・ストーン オン プーチン』で語られていた内容と重なって、当時からブレていないロシア(プーチン)を確認する結果となりました。『オリバー・ストーン オン プーチン』は、2015~2017年のインタビューをもとに書き起こしたものでしたので、それから10年後の今、当時懸念していたことが現実化している、ということなのだなぁ、と。

著者の言う「西洋」が主張する見解だけを見てしまいがちな環境にあって、視点を変えて眺め直し、自分の頭で考えることがいかに重要であるか、危機感を感じさせられる読書でした。新書版ですので、比較的読みやすくボリュームもさほどありません。「興味はあるけれど、1冊読むのは面倒」という方には、本編の前に書かれた「日本の読者へ」だけでも読むことをお勧めしたいと思いました。

『西洋の敗北と日本の選択』(文春新書)エマニュエル・トッド著