久しぶりの観劇は、北九州芸術劇場で『メアリー・ステュアート』。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

久しぶりの観劇は、北九州芸術劇場で『メアリー・ステュアート』

ブログをセルフ検索したところ、前回の「観劇」は昨年6月の博多座歌舞伎でしたので、約1年ぶりです。福岡で観劇できる場所は、福岡市内なら博多座、キャナルシティ劇場、福岡市民ホールあたり、北九州は大・中・小ホールを持つ北九州芸術劇場ですが、最近は「これ観たいなぁ~」と悠長に構えていると、気が付いたらチケット完売!ということが少なくありません。

さてメアリー・ステュアート。宣伝チラシには「かたや刑務所に留置されたクイーン。かたや王冠に縛られたクイーン。スコットランドとイングランド、相対する2人の女王を取り巻く緊迫の王室ドラマ」とありました。振り返ってみると、これまでわたしが読んだり観たりしてきたものは、エリザベス1世を中心としたものばかり。映画『エリザベス1世』『エリザべス・ザ・ゴールデンエイジ』、ミュージカル『レディ・べス』、中野京子さんの『名画で読み解く イギリス王家12の物語』…。メアリー・ステュアートをタイトルにしている=メアリー側からの視点を観たのは、今回が初めてだったように思います。

幕が上がるとすぐに、宮沢りえさん演じるメアリーの長台詞。舞台変わって今度は若村麻由美さん演じるエリザベス1世の長台詞です。長台詞とはいえ単なる独白ではなく、登場人物との会話形式でしたので、その間合いに緊張感を感じました。前半では主役二人は直接には交わらないものの、それぞれの場での丁々発止のやり取りが緊迫した空気を作り出していました。途中休憩をはさんでの終盤、二人が対峙しての場面の見応えのあること、思わず息をつめて見守りました。13時開演の物語は、終わったときには16時を回っており、あっという間の3時間でした。

それにしても、宮沢りえさんの佇まいの美しくカッコ良いことに、惚れ惚れ。背筋を伸ばしたくなった帰り道でした。

『メアリー・ステュアート』

読書『名前のないカフェ』(新潮社)ローベルト・ゼーターラー著/浅井晶子訳

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読書『名前のないカフェ』(新潮社)ローベルト・ゼーターラー著/浅井晶子訳

いつものカメリアステージ図書館新刊棚より。舞台は第二次世界大戦後のウィーン。孤児院で育った男が開いた小さなカフェに集まる人の、それぞれの物語が紡がれます。読了後のなんとも温かい感じに既視感を覚えたのですが、この著者の本を読むのは初めましてでした。

戦後の名残あるエリアが少しづつ復興していくなか、時代に取り残されていく焦燥感や諦めを感じながら生きる人たちと、そうした孤独を抱えた人たちにとって大切な居場所となるカフェの物語。カフェがオープンしてから閉店するまでの10年間のお話です。上の写真は本書の裏表紙。「人は、心配より希望を少し多めに持ってなきゃ。」というのは、主人公ジーモンの同居人である老齢の未亡人のセリフです。ほんの少し多めに希望を持つことで、一歩前に進むことができる人生があることを、みごとにあらわしていました。

新潮社の公式サイトでの本書の紹介で、エッセイストの松浦弥太郎氏による書評が秀逸でした。「やさしさとは、何かをしてあげることではなく、つねに注意を払い、相手の時間を奪わないことなのかもしれない」という文章が、本書の核心をついていると思いました。これは、主人公でありカフェのオーナーであるジーモンの姿勢そのものでした。物語の終わり方は少々切ない感じがあるのですが、読後とても優しい気持ちになりました。というわけで、ローベルト・ゼーターラー氏の著作も追っかけたいと思います。邦訳がどれぐらい出ているかわかりませんが、まずは図書館蔵書の物色から始めます^^

『名前のないカフェ』(新潮社)ローベルト・ゼーターラー著/浅井晶子訳

直方谷尾美術館訪問・番外編-直方市立図書館の居心地が良かった♪

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直方谷尾美術館訪問・番外編-直方市立図書館の居心地が良かった♪

今年のゴールデンウィークの唯一のイベントは、直方訪問でした。本日は、先日アップした「直方谷尾美術館」訪問の番外編。

国内外を問わず、出先で思いがけず時間が空いたら、美術館か図書館に足を運ぶようにしています。あるいはギャラリーか本屋さん。これらの場所は、わたしにとっては何時間でも滞在できる場所であり、落ち着ける避難場所です。あまり馴染みのない場所に行くときは、あらかじめ周囲にこうした場所があるかどうか、地図で確認をしておきます。まあ、今はスマホですぐに調べられるので、その場でちゃちゃっと見つけることもできるのですが。

で、今回は直方谷尾美術館での写真展を観たあと、関連イベントの映画上映まで3時間ほどもありましたので、まずは腹ごしらえ。美術館からすぐのところにある、アーケードになっている商店街は「シャッター通り」ですが、当日は「直方五日市」なるイベントで様々なお店が路上に出ていました。どうやら毎月5日に開催されているらしく、お昼時でもあり、たくさんの人で賑わっていました。飲食店を探そうとしていくつか見つけたものの、せっかくでしたので、地元の高校生チームが出しているうどんを食べることに。安くておいしかったです^^

腹ごしらえをした後は図書館へ。幸い、映画上映会場の「ユメニティのおがた」が複合文化施設で、ホールに隣接して図書館があったのでした。ラッキー♪初めての図書館は、とてもワクワクします。まずはぐるりと館内を周りました。郷土の歴史を知ることができる「筑豊文庫資料室」があり、とても興味深かったです。学習スペースもたくさんで、中学生高校生と思しき学生さんたちがたくさん。児童向けの閲覧室のスペースがかなり広かったのも印象的でした。

そしてわたしがなにより感動したのが、図書館のほぼ中央に位置する「屋外読書スペース」。中庭というような感じです。図書館の本を持ち出して読むのも、もちろんOK。程好くコンパクトなスペースに、木があって、風が感じられて、外からの光が程好く降り注いで、そこに机と椅子が設置してありました。↓この写真の通り、木漏れ日が心地よいお天気でしたので、まだ誰もいなかったのを幸いとここに陣取り、1時間以上本を読んでいました。

直方市立図書館

そしてもうひとつ、この図書館等の施設があるのはJR直方駅のすぐ裏側で、ときおり列車の音が聞こえるというのも良い感じでした。外に出るとすぐに、駅と車両がたくさん見える景色も最高。直方へは車で行かないと不便だろうと決めつけていましたが、図書館がすぐ近くにあるし、駅から美術館までは歩いて15分ほどだし、歩く道中はアーケードで屋根もあるし、次回はぜひ電車で来てみようと思いました。

2026年映画6本目は、直方谷尾美術館イベント『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』。

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2026年映画6本目は、直方谷尾美術館イベント『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』

直方出身の世界的写真家・鋤田正義氏。前回鋤田正義氏の写真展を観に行ったのは2018年4月のことでしたので、もう8年前になります。少し前に、鋤田氏から直方谷尾美術館へ作品寄贈(約300点)があったというニュースを聞いて、ということはコレクション展があるはず!とひそかに期待していたところでした。その第一弾が2026年4月29日(水・祝)~6月7日(日)まで開催されています。

鋤田正義写真展 鋤田の眼 時代の向こうを見る眼

直方谷尾美術館 鋤田正義写真展

5月5日子どもの日、朝一番に直方へ向かいました。花祭窯のある津屋崎からは、車で1時間かからないぐらいの距離です。美術館のオープンと同時に入場し、まずは学芸員研修会で顔馴染みの、直方谷尾美術館学芸員の市川さんにご挨拶できたのが嬉しかったです。デヴィッド・ボウイ、YMO、忌野清志郎…レコードジャケット等でお馴染みの写真はもちろん、初めてみるものもたくさんで、コンパクトな会場ながらも大満足でした。個人的には、土屋昌巳のカットがあったのが一番嬉しかったです。何周もして堪能した後は、午後からの映画上映に備えて、腹ごしらえ。

映画「SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬」も、実に見ごたえがありました。YMOの面々がそれぞれに鋤田さんと対談しているシーンがたくさん含まれていて、幸宏さんやキョージュがもうこの世にいないことがなんだか信じられず、細野さん絶対長生きしてね!の気持ちでした。約2時間の上映を見終えてまず思ったのは、こうしちゃいられない!ということ。あの時代からずっと世界で仕事をしてきた人の姿を見せられて、まだまだぜんぜん足りていない自分たちのことを思い、ものすごいモチベーションアップになりました。

というわけで映画6本目は、美術展関連の上映でした。映画は1日限りのイベント上映でしたが、写真展は6月7日まで開催中です。ぜひ^^

映画『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』

直方谷尾美術館「鋤田正義写真展 鋤田の眼 時代の向こうを見る眼」

読書『大日の使途』(PHP研究所)川越宗一著

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読書『大日の使途』(PHP研究所)川越宗一著

川越宗一著作の追っかけ継続中です。本書は16世紀キリスト教伝来のお話。日本史の教科書で顔なじみのフランシスコ・ザビエルが来日した時に、その案内を務めたといわれる「ヤジロウ」なる人物が主人公です。読了後、この人は実在したのかしら?と素朴な疑問が頭に浮かびましたので、少し調べてみたところ、鹿児島県の公式サイトに関連記事を発見。

鹿児島県/キリスト教伝来の地

あっさりとした表記ではありますが「1549年(天文18年),日本最初のキリスト教伝道者フランシスコ・ザビエルの一行が鹿児島に上陸しました。彼らを案内したのは鹿児島人アンジロウ(ヤジロウ)でした」(鹿児島県公式サイトより)とあり、実在の人物がモデルであったことがわかりました。

川越宗一氏の著作を何冊も読むなかで、しばしば「キリスト教」が登場するのですが、読むほどに「布教」の名目の背後にある欲、植民地支配的な実質的な目的が見えてきて、なんだかなぁ、やっぱりそうだったんだよなぁ、という気分になります。そうだと思ってはいても、キリスト教に限らず、宗教の表の顔と裏の顔に、うんざりしてしまいます。宗教間での争いや弾圧の被害に巻き込まれるのが、素朴に救いを求める末端の人々であるというのは、国家間での戦争に民間人が駆り出され攻撃を受けるのと同じように見えます。

本書のなかで、仏教だろうとキリスト教だろうと、デウスだろうと大日だろうと、その信心を拠り所にして心が救われる人がいるならば、誰が神であろうと良いというようなセリフがあり、本来そうであるはずだよなぁと思いながら読みました。

『大日の使途』(PHP研究所)川越宗一著

2026年映画5本目は『プラダを着た悪魔2』。

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2026年映画5本目は『プラダを着た悪魔2』

楽しみにしていました。上の写真は、年初に「今年観たい映画」として挙げていた3作品ですが、嬉しいことにコンプリート♪少し前に「金曜ロードショー」で20年前の前作が放映されましたので、予習。画面越しに見るアン・ハサウェイはすごく若かったんだなぁ、と再認識しましたが、当時22~23歳ぐらいだったようですね。そして予習といえば、メリル・ストリープ演じるミランダのモデルといわれている、アナ・ウィンターのメットガラ(DVD)を、3回観てから臨みました(笑)。

5月1日の公開初日は、平日金曜日とはいえゴールデンウィーク中の「ファーストデイ」でしたので、人が多いかもしれないなぁ…と思っていましたら、近年まれにみる(わたしが観る映画にしては)多さでした。50人を超えていたのではないかしら。公開前のプロモーションにものすごく力が入っているのは感じていましたので、その効果もあるのだろうなぁと思いつつ、ともあれ映画館に足を運ぶ人が一人でも増えると嬉しい今日この頃。

さて『プラダを着た悪魔2』、痛快で面白かったです。20年を経て、ジェンダー、レイシズム、ハラスメント、サーキュラーエコノミーなどなど、時代の意識がどれほど変化しているかを感じさせるシーンが随所に散らばっていて、エンターテインメント性の高い華やかさのなかに、社会派な雰囲気をまとっていたのが印象的でした。とはいえ、やはり見どころは最高のファッションをまとう登場人物たちの格好良さ。なかでもわたしが一番素敵だと思ったのは、スタンリー・トゥッチ演じるナイジェルのおしゃれな佇まいと存在感でした。また、実際のメットガラでもパーティーシーンで目を引いていたレディ・ガガが、「レディ・ガガ」として特別出演していたのが、おおー!という感じでした。

映画『プラダを着た悪魔2』

読書『海神の子』(文藝春秋)川越宗一著

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読書『海神の子』(文藝春秋)川越宗一著

いつものカメリアステージ図書館から借りてきた一冊です。川越宗一著読書5冊目は、「国性爺(こくせんや)合戦」。国性爺って、なんか聞いたことがあるような気もするけど、何?誰?が、正直なところでした。で、ググりましたら、近松門左衛門の人形浄瑠璃の演目で、のちに歌舞伎の演目にもなっているとのこと。「歌舞伎演目案内」のサイトでは、「鎖国されていた江戸時代にあって、海外を舞台に、日本の血を引いた主人公が中国大陸で王朝の復興をめざし挙兵するというほかに類を見ないスケールの大きな話」と紹介されていました。

中国の海賊の父と日本人の母との間に生まれた混血児である、主人公の福松(のちの国姓爺こと鄭成功)。全編を通してそのひたむきな姿が心に残りました。「行き場のない者たちのための、居場所をつくる」という思いは、本人にとって切実なものであり、切実さゆえにだんだんと空回りするようになっていく姿は、切ないものがありました。それにしても現在の長崎県のエリアは、鎖国の時代において公にも非公式にも海外との交流の入り口であったのだなぁと、あらためて感じます。わたしは10代のときに長崎県に8年間住んでいましたが、本書の題材となった国姓爺も、その前に読んだ梅屋庄吉も知らず…ということで、ちょっと長崎勉強し直さねばと思いはじめました。

川越宗一氏のおかげで、小説を通して日本の近現代史への理解が、もちろん題材は偏っていますが、少しづつは広がっているように思います。と同時に、これまで全く読んでいなかった「司馬遼太郎」に、そろそろ手を伸ばそうかなぁ…そんなタイミングがついにやってきたのかなぁ、という感じになってきました。連休中に、図書館で考えたいと思います^^

『海神の子』(文藝春秋)川越宗一著

読書『地べたから考える』(筑摩書房)ブレイディみかこ著

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読書『地べたから考える』(筑摩書房)ブレイディみかこ著

いつものカメリアステージ図書館新刊棚から。筑摩書房の「ちくまQブックス」です。公式サイトによると、ちくまQブックスは「10代のためのノンフィクションシリーズ」だそうで、それで子ども向けの本の並びにあったのね!と合点しましたが、大人が読んでもぜんぜん良いと思います。というか、ぜひ大人にも読んで欲しい一冊です。

ブレイディみかこさんは、ちくまQブックスのサイトでの本書紹介欄では、その肩書がライター・コラムニストと書いてありましたが、エッセイストとして知られているのではないでしょうか。英国の「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始し、日常にひそむ社会の問題をエッセイの形で発信し、最近は小説も書いていらっしゃるようです。福岡のローカル紙・西日本新聞でもたまに連載があり、読者としては楽しみのひとつ。お子さんの姿を通して社会問題を描いた『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)が有名です。と言いつつ、まだわたしは両書とも呼んでいないのですが^^;。

さて本書。「アンソロジー」ということで、著者がこれまでに書いたエッセイのなかから、選りすぐられた15編を読むことができます。巻頭の「はじめに」に「生きるための問いは立てるものではなく、立ってくるものであり、すでに立っているもののことだ。」と書いてあります。そのすでに立っている問いに対して、見ないふり無かったふりをしないで向き合うことが、著者のスタンスであり、この「Qシリーズ」の意図でもあるのだろうな、と思いました。

英国における階級社会のありようを見ることで、日本における(無いものとごまかされてきた)階級社会のありようが照らし出されていると感じました。著者のパートナーの言葉に、自分たちの息子が親の一人がイエロー(日本人)であるという理由で、いつかいじめられる時が来るから、幼い時から格闘技を習わせているというのがあり、なるほどこういうのは日本と変わらない感覚かもしれないと理解できるエピソードでした。英国での生活では階級社会であるのがあからさまであるにもかかわらず、生まれも育ちも現在も「労働者階級」であると自認する著者にとって、日英どちらの方が生きやすいかという問いに対しての解は、著者が英国に住み続けているという事実が語っています。

実は、昨年ロンドンに行ったときに、同じようなことを、アテンドさんが言っていました。藤吉憲典の作品を扱ってくださるギャラリーは、英国王室が顧客リストに名を連ねる、いわゆるアッパークラスの人たちが集まる場所です。そこでのパーティーの翌日に、電車で30分ほどの場所にある「労働者階級のエリア」に連れて行ってくれました。そこには、福祉的な観点で工芸の担い手が活動できる場所が公に設立されていて、たくさんのクリエイターが制作活動をしていました。同じロンドン市内でも、その二つの場所の間には、地理的にも心理的にも(線は目に見えなくても)明らかな境界がありました。ただそこでアテンドさんに言われたのは、労働者クラスエリアにはそこでの世界・生活がきちんとあって、アッパークラスがうらやましいとか、そのような発想は無いのだということ。今回本書を読んで、アテンドさんがおっしゃったことが、あらためてよくわかったような気がしました。

『地べたから考える』(筑摩書房)ブレイディみかこ著

読書『不完全主義』(かんき出版)オリバー・バーグマン著/高橋璃子訳

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読書『不完全主義』(かんき出版)オリバー・バーグマン著/高橋璃子訳

昨年末、正月休み用にと購入していた中の一冊。気が向いたときに少しづつ読んでいたら、思いのほか読み進まず、読了が今になりました。メールマガジン「ビジネスブックマラソン」で紹介されていて、気になっていた本です。この手の自己啓発本を購入するのはとっても久しぶり。自分のためというよりは、これから社会に出ていく息子に贈ろうかな、その前に内容を読んでおこうかな、という感じでした。

以下備忘。


  • 現実を思い通りにコントロールする能力が人生の充足感や達成感に結びついているわけではない
  • まちがっていたのは、そもそもの目標
  • 情報過多
  • 意識して思いだせなくても、それはたしかにそこにある
  • 自分の戦うべき戦いを選ぶ
  • 小さくて明確な仕事を淡々と片付ける
  • 「自分を広げる」方向性
  • そのためにはまず、自分に正直になる
  • 今いる場所で、手持ちのスキルやリソースで、あなた自身にできること
  • ルールに人生を捧げない
  • 良い仕事をするためには、休息と快適さが欠かせない
  • 人間が万能でない以上、問題は必ずある
  • 充実した人生を送りたいなら、何よりも「力を抜く」ことを覚えたほうが良い
  • 他人にしたくないことを自分にしない
  • 「インスピレーションは素人のためにある。我々プロはただ現場に行き、仕事をするだけだ」(アーティスト チャック・クロースの言葉)
  • 他人のネガティブな感情は、結局のところ、その人自身の問題でしかない
  • 思い通りにいかないほうが満足度が高い
  • 完璧主義とは、傷つくことを避けようとする脳の働き
  • 集中力を高めない
  • 今ここにある、これがあなたの人生だ。
  • 「現在」の価値
  • まず自分に時間を割り当てる
  • 問題はいつだってなくならない
  • 今起こっていることの価値は、いつかのために取っておくことよりもその場で体験することにある
  • 体験から何かを得ようとしない
  • ただ生きているから生きているのであって、そこに言い訳も大儀も必要ない
  • これも人の手でやったこと。
  • 「どうなるかわからない」という状態を受け入れられるかどうか
  • 功利的にメリットの大きさを計算しなくても、自分のやるべきことがただ直感的にわかるときがある
  • 何も克服できなくても、そのままで人生を生きてしまえばいい

期待以上に面白かったです。50代の今だから言っていることがよくわかる、という部分もあるとは思います。ビジネス系自己啓発本にこれまで書かれてきたような思い込みに対して、さらりと否定してみせるあたりが痛快でした。特に「意識して思いだせなくても、それはたしかにそこにある」というのは、まさに我が意を得たり。この言い回し、今後どんどん使わせてもらおう!と思いました^^

巻末に載っている「読書案内」がまたとても興味深かったのですが、残念なことに「未邦訳」の参考文献が多く。ただ、紹介されても実際には全部は読めないだろうなと思えば、とりあえず邦訳されているものを読みはじめるぐらいでちょうど良いのかもしれません。

『不完全主義』(かんき出版)オリバー・バーグマン著/高橋璃子訳

読書『トロイの女たち』(早川書房)パット・パーカー著/北村みちよ訳

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『トロイの女たち』(早川書房)パット・パーカー著/北村みちよ訳

いつものカメリアステージ図書館新刊棚から。なんとなく既視感があって借りて参りました。読みながらも、いくつかの描写に「このシーン知ってるかも」の既視感。読み終わっても、既視感の原因には気が付かなかったのですが、ブログを書く段になって「もしかして…」で、以前に同著者の本を読んでいたことに気が付きました。読書『女たちの沈黙』(早川書房)パット・パーカー著/北村みちよ訳、です。早川書房の公式サイトによると、本書『トロイの女たち』は『女たちの沈黙』の続編。

舞台は『女たちの沈黙』に引き続き、今から3千年以上前に起きたと言われているトロイア戦争です。中世から近世のあいだ、トロイア戦争は神話だと考えられていたものが、1870年代のトロイア遺跡発掘から史実の可能性を見直され、研究が続いているのだそうです。本書は、古代ギリシアとトロイア王国(現トルコ)との戦いを描いた叙事詩『イリアス』を、女たちの側から描いた物語。全三部作のうちの第一部『女たちの沈黙』、第二部『トロイの女たち』という位置付けで、このさきに完結編となる第三部が続くようです。「訳者あとがき」でも、この続きを日本の読者に届けたい!という気持ちが伝わってきましたので、早川書房さんに期待して待ちましょう。

さて物語は、有名な「トロイの木馬」による作戦が、いよいよ決行されるシーンから始まります。読みながら頭のなかで、木馬が宮殿内に運び込まれ、木馬のなかから兵士たちが飛び出すイメージが、鮮明に浮かび上がってきました。勝敗が決した後、戦いの「戦利品」あるいは「奴隷」としてやり取りされる女たちの運命と、そのなかで生きていく彼女たちのそれぞれの立場・ぞれぞれの思いが、ストーリーの核となっています。無力感のなかでもできることをなそうとする、登場人物の女性たちの静かな気概と誇りに頭が下がる場面がいくつもありました。

歴史上の出来事を小説にしたものは昔からたくさんありますが、近年、語り手・目線を変えて描き直したものが、洋の東西を問わずたくさん出てきているそうです。そこには時代の要請もあるのだろうと感じます。人種を変えて、宗教を変えて、性別を変えて…これまで「語り手」となり難かった人たちに語らせたらどんなストーリーになるのか。複数の視点が提示されることで、視野が広がり想像力が鍛えられるように思います。

『トロイの女たち』(早川書房)パット・パーカー著/北村みちよ訳