読書『福音列車』(KADOKAWA)川越宗一著

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『福音列車』(KADOKAWA)川越宗一著

いつものカメリアステージ図書館の蔵書検索から、川越宗一さんの著書追っかけで初の短編集でした。これまでに読んできたのが、いずれもずっしりとした長編でしたので、短編集だとは思わずに読み始め、いきなり物語が終わってしまったときには「え!もうおしまい!?」とびっくりしました(笑)。

『ゴスペル・トレイン』『虹の国の侍』『南洋の桜』『黒い旗のもとに』『進めデリーへ』の5つの短編で構成されています。舞台は順に、アメリカ、ハワイ、パラオ、シベリアとモンゴル、インドで、時代は明治維新の後から、第一次世界大戦、第二次世界大戦と流れます。近現代における、日本と外国とのかかわりを垣間見ることができる5編でした。

近現代史を小説で読むことの良いところは、歴史で学ぶ「史実」とされているそれぞれの場面には、その時代を生きた人がいるという当たり前のことが、きちんと伝わってくることにあると、わたしは感じています。登場人物たちが生きている空間はフィクションの中ではありますが、そのフィクション空間を、どれほど膨大な資料が支えているか。歴史小説を書く作家さんたちの凄さに頭が下がりつつ、の読書です。

川越宗一さんの短編集。氏の著書をこれから読んでみようかな、という方がいらっしゃいましたら、お試しで読んでみるのに本書はちょうど良いかもしれません。ここまでガッツリ長編を読んできたわたしとしては、本書の5編の物語がそれぞれ長編になったらどんなふうになるかしら、と思わずにいられませんでした。それぞれをテーマとした長編が出るといいな、と期待しています。

『福音列車』(KADOKAWA)川越宗一著

花祭窯の海外向け商談資料の制作。

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花祭窯の海外向け商談資料の制作。

3月にジェトロさんの海外ビジネス人材育成事業のフォローアップがあったのをきっかけに、数年ぶりにジェトロさんのサービスにお世話になることになりました。10数年前から、海外ビジネス関係での情報集めやスキルアップに、いくつもの公的機関にお世話になっています。国関係では、ジェトロ、中小機構、九州経済産業局などなど。福岡県の機関でお世話になりまくった「福岡アジアビジネスセンター」は、昨年に組織替えで新たに「グローバルコネクト福岡」となりましたが、こちらはわたしにとっては少々使い難くなったかな、というところ。

各機関が提供している様々な支援事業は、日々更新されるので、わたしは主に各機関が発行するメールマガジンでチェックしています。タイミングよく自分たちの欲するものがあれば、その施策を活用すべく申込。このとき、支援事業の内容が合うかどうかというほかに、その時に対応してくださる担当者さんとの相性もあるのが、現実的なところです。そして実はここ数年、ジェトロの地方での窓口であるジェトロ福岡さんとは、どうもうまく繋がらない状態が続いていました。ジェトロさんは異動があるので、こういうときは次を待ちます(笑)。

この4月にジェトロ福岡の担当者さんが新たに着任なさり、落ち着いたかなという頃にお電話したところ、とても親切丁寧に対応してくださいました。さっそく活用したい施策をご相談したところ、的確にご案内をくださり、おかげさまで少し前に進むことができそうです。先日のフォローアップでご紹介いただいた「プラットフォームサービス」の活用と「TAKUMI NEXT」へのチャレンジです。

プラットフォームサービスは「現地での知見、地場企業、地元政府当局等とのネットワークに強みを持つ現地在住のコーディネーターを配置し、日本からの進出・輸出、海外現地法人の運営に関する課題・悩みに関するご相談に対応します」(ジェトロの公式サイトより)というもの。花祭窯は、その情報提供のなかでも「取引先候補となる事業者のリストアップ」のサービスをお願いすることに。申し込むにあたり、申請フォームに自社情報を入力していくという作業に加えて、必要に迫られたのが「海外商談資料」あるいは「パンフレット」の提供でした。

というわけで急遽、海外向け商談資料の制作。ほんの10年ほど前を振り返ると、この手の資料は印刷物としての提供が当たり前で、印刷経費を考えれば、そこそこ汎用性のあるものを制作するものでした。今ではPDFで送信する形でOKですし、むしろその方が喜ばれますから、そうなると汎用性の高さよりも、提出先への個別最適化重視です。花祭窯の最新情報を入れ込み、目的に合った内容にフォーカスして「その都度編集」しています。

いちいち個別に最適化した資料をつくるのは、内容の検討がたいへんなようにも感じますが、これもまた生成AIのおかげで、便利に短時間で作れるようになりました。「花祭窯」あるいは「藤吉憲典」について、これまでのインプット情報が残っていますから、そこに必要に応じて参照資料をプラスして、「こんな海外商談資料を作りたい」といえば、構成案から文章の候補まで出てきます。修正を繰り返しながら、自分の意図を実現するものを、約半日で作り上げることができました。

すごい時代だなぁ、と思いつつ、無事必要な資料を提出完了出来てホッ。

再々読書『The Book of Tea 茶の本』(IBCパブリッシング)岡倉天心

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再々読書『The Book of Tea 茶の本』(IBCパブリッシング)岡倉天心

先日『禅と日本文化』を読みましたので、その流れで復習しようと、本書を引っ張り出してまいりました。再読書!と思いきや、どうやら3周目。最初は2015年、次は2022年。ブログの読書記録を見直すと、読むたびにどんなところに自分が引っかかっているのかがわかり、変わらないところと変わるところがあるのが面白いです。

というわけで3回目の『茶の本』、以下備忘。


  • 西洋がもっぱら「物質」や「理性」を重視するのに対して、日本は「審美」や「内省」を重んじる(松岡正剛氏による前書き「生の芸術の響き」より)
  • 紛れもなく「生の術」である茶道(「死の術」である武士道に対して)
  • (道教の教義を多く受け入れていた南方の禅宗で禅僧らが1個の茶碗から茶を飲んだ)この禅の儀式が、やがて15世紀の日本の茶の湯へと発展
  • 宋の茶は1191年、南方禅の流派に学んでいた栄西禅師の帰国とともに日本に伝来
  • (南方禅の広がりとともに)宋の茶の儀式と茶の理想も伝わった。15世紀の将軍足利義政の時代までには、茶の湯は完成
  • あなたの美的感情を受け入れ、極限まで満たせるような虚
  • ありふれた日常の事が、精神的なことと同じくらい重要
  • (茶道の理想は)人生の些細な出来事の中に偉大なものを認識する(という禅の考えからきている)
  • 見渡せば 花ももみぢも なかりけり 浦の苫屋の 秋の夕暮れ(藤原定家)
  • 現在をより楽しむ
  • 過去の創造を無視するのではなく、それを自分たちの意識の中に取り込んで吸収しなくてはいけない
  • 芸術は普遍的な言語
  • 今日の芸術はまさしくわれわれのものであり、われわれの姿を映している
  • 現在こそが永遠である
  • 完璧なものは、見つけることさえできればいたるところにある

3回目の読書でまず「おお!」と思ったのは、岡倉天心の熱量でした。憤りの大きさがストレートに伝わってくる文章が随所に見られ、この方はすごく怒っていたというか、憂いていたんだなぁ、と、改めて思いました。本書の良いところは、日英の文章が見開きで両側にあるので、対応する箇所をすぐに確認できるところです。なるほど最初に英語で記述しているから、余計に直接的な言いようになっているのかもしれないな、などと思いつつ。次に読むときには、どんな読み方になるのか、我がことながら楽しみです^^

『The Book of Tea 茶の本』(IBCパブリッシング)岡倉天心

読書『ある一生』(新潮社クレストブックス)ローベルト・ゼーターラー著/浅井晶子訳

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読書『ある一生』(新潮社クレストブックス)ローベルト・ゼーターラー著/浅井晶子訳

先日初めて読んだ、著者の『名前のないカフェ』の読後感の温かさにひかれて、ローベルト・ゼーターラー氏の著作を追っかけることに。いつものカメリアステージ図書館で検索をかけたら、何冊か出てきました。ありがたいですね、さっそく予約して借りて参りました。

主人公エッガーの視点で淡々と語られる、彼の一生の物語。新潮社の公式サイトでの本書の書評に、作家の池澤夏樹氏が「普通の男の特異な生涯」と書いていて、それがあまりにもぴったりでした。エッガーの生涯には、養父の暴行によって一生残った足の不自由、若妻との雪崩による死別、ロシアでの8年間の捕虜生活と、かなり過酷な出来事があったにもかかわらず、それらがあたかも特別なことではないかのように淡々と受け止めて(受け入れて)いるように、物語は進みます。

劇的に描くことも出来そうな生涯を、自身に起こった災難を格好良く受け流しているというのでもなく、「ふつう」に生きる姿。それがどうしてこんなに感動するのだろうと、とても不思議でした。この感覚を上手に説明する言葉は見当たらないのですが、本書は80万部を超えるベストセラーになっているそうで、国や文化を超えて共感を誘うものがあるということなのだと思います。

池澤夏樹氏の書評にある「来るものをすべて受け入れ、来なかったものを思わない」主人公の美質が、読後の満足感につながっているのかもしれません。

『ある一生』(新潮社クレストブックス)ローベルト・ゼーターラー著/浅井晶子訳

読書『天地に燦たり』(文春文庫)川越宗一著

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読書『天地に燦たり』(文春文庫)川越宗一著

追っかけ継続中の川越宗一著作を、いつものカメリアステージ図書館から予約で借りてきた一冊。図書館の新刊棚と並んで、蔵書検索からの予約システムは、たいへんお世話になっている仕組みのひとつです。本書は著者のデビュー作にして、松本清張賞受賞作。

手にとって最初に思ったのが「燦(さん)たり」ってどういう意味だ!?でした。「燦」の文字、ふだんあまり使いませんし、眼にすることも少ないような。真っ先に思い浮かんだのは「愛、さんさんと」ではじまる美空ひばりの歌(笑)。検索したところ、「燦」には「きらきらと明るく、まぶしい様子」という意味があることがわかりました。

文春の公式サイトでの本書の紹介をお借りするならば「日本、朝鮮、琉球。東アジア三か国を舞台に、侵略する者、される者それぞれの矜持を見事に描き切った歴史小説」。日本というよりは薩摩藩としたほうが、登場人物の説明にしっくりくると思います。豊臣秀吉の朝鮮出兵を中心に、「国」に振り回されながらも強く生きる者たちの姿に、ページを繰る手が止まりませんでした。

わたしが読んだのは文庫版で、あとがきを本書の編集担当者さんが書いておられて、それがまた、とても良かったです。編集担当者さんの、本著作への熱い思い入れが伝わってくると同時に、文学賞の賞レースがどのようであるのかをちょっぴり垣間見ることができて、とても興味深かったです。

『天地に燦たり』(文春文庫)川越宗一著

茶道の場で出会ったかけがえのない知己との時間を愉しむ座談会。

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茶道の場で出会ったかけがえのない知己との時間を愉しむ座談会。

お茶のお稽古は月に2回、博多の円覚寺へ。入門して10年以上になり、ご一緒する先輩・同輩の皆さんとも仲良く和やかな雰囲気で、毎回足を運ぶのが楽しみです。ある日、ご一緒にお稽古をしているお友だちから、「長くお顔を合わせているのに、ゆっくりおしゃべりしたことが無いね。皆さんでご飯でもご一緒したいね」と言われ、たしかに!と気が付いたのでした。

善は急げで、さっそく食事会を開催することに。お稽古の終わった後に、気の置けない数名でサクッと集まりました。美味しいものをいただきながら、おしゃべりは弾みます。話題はやはり、お茶のことに集中しました。各々の語る、自分にとっての茶道、先生方への敬意、前回のお茶会の反省、これからのことなどなど。これまでお茶室で顔を合わせたときにも、おしゃべりはしていましたが、深いお話ができたのは初めてで、とても嬉しい時間となりました。

素敵だなぁと思ったのは、皆さんがそれぞれに「あの先生のようになりたい!」という目標を持っておられたこと。南方流の先生方は、ご一緒させていただく時間が長くなるほどに、それぞれに信念をお持ちであることが伝わってくる、すごい方ばかりです。尊敬する先生方がたくさんいらっしゃって、倣い学ぶわたしたちが、自分はどのような在り方を理想とするのかを考えたときに、目指すべきお手本となる先生が目の前にいてくださるというのは、ほんとうにありがたいことです。なぜそのような在り方を目指したいのかを語る皆さんの、静かながらも熱い思いを知る機会となりました。

ところで今回ご一緒したのは、50代から70代までの面々。年齢性別関係無しに、学ぶ場所を同じくし、同じ方向を見ておしゃべりができるのは、とても嬉しいことですね。

読書『禅と日本文化』(岩波新書)鈴木大拙著/北川桃男訳

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読書『禅と日本文化』(岩波新書)鈴木大拙著/北川桃男訳

東京南青山にあるワタリウム美術館「鈴木大拙展 Life=Zen=Art」を観たのは2022年7月のことでした。そのときにミュージアムショップに並んでいたたくさんの本のなかに、もちろんこの『禅と日本文化』もあって、これは読むべき本だと思いながらそのままになっていました。このたび満を持して(!?)読了。著者は日本人であるのに訳者が付いているというのは、本書がもともと欧米人向けに英語で行った講演をもとにしていて、英文で表されたものであるから。このパターンは、岡倉天心の『The Book of Tea 茶の本』と同じですね。

ともあれ、以下備忘。


  • 「言葉に頼るな」(不立文字)
  • 心理がどんなものであろうと、身をもって体験することであり、知的作用や体系的な学説に訴えぬ
  • 知性はもともと均衡を欲するものであるが、日本人は不均衡を好む強い傾向によって、ややもすればそれを無視する
  • 鎌倉・室町時代
  • 禅は武士道精神と相提携する
  • 禅は行動することを欲する
  • いっさいの学問と文字的再構成に反する禅
  • 鎌倉・室町時代(1192-1333-1573年)は(中略)禅僧が中国文化を日本にもたらし、後日同課の道を開いたのはこの時代
  • 特に日本的と見做しうるものが、この時期を通じて孵化の過程にあった
  • 禅と儒
  • 禅には自己の哲学というようなものは無い。その教えは直覚的経験に焦点をおき、この経験の知的内容はかならずしも仏教哲学にかぎられるというわけではない。
  • 寺子屋
  • 茶は原始的単純性の洗練美化
  • 禅がまず知性と闘うのは、知性というものが実用には役立つであろうが、我々が自分の存在をふかく掘り下げようとするのを妨げるから
  • 和・敬・清・寂
  • 禅に必要なのは心の誠実であり、その単なる概念化や物理的模倣ではない
  • いつかどこかで退避の道をもたねばならぬ
  • 四畳半の茶室によって象徴される、静かな「無意識」の一隅
  • 宇宙的無意識
  • 直感的心理
  • 教育者の義務は、その生徒のもつ最も貴重なものを育て上げるために、あらゆる機会を与えること
  • 経験の連続のみが芸術の秘密な深処(中略)へ通ずる

4年前に本書に出会っていながら、読むのが今になったのには理由があったようです。先月の「南方流遠祖・南坊宗啓禅師 献茶会」でお点前を勤めるに至るお稽古のなかで、体感的に分かったと思えることがひとつだけあって、それが具体的に何であったのかを、本書を通して文字で確認することができました。4年前には読んでもわからなかっただろうことが、今だから少しはわかる、という感じです。この先また10年後20年後に読み直せば、そのたびに少しづつ分かることが増えるかしら、そうなると嬉しいな、と思いつつ。

巻末を確認したところ、本書(日本語翻訳版)は1940年第一刷発行でした。「読んでいなかった古典名作」認定です^^

『禅と日本文化』(岩波新書)鈴木大拙著/北川桃男訳

久しぶりの観劇は、北九州芸術劇場で『メアリー・ステュアート』。

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久しぶりの観劇は、北九州芸術劇場で『メアリー・ステュアート』

ブログをセルフ検索したところ、前回の「観劇」は昨年6月の博多座歌舞伎でしたので、約1年ぶりです。福岡で観劇できる場所は、福岡市内なら博多座、キャナルシティ劇場、福岡市民ホールあたり、北九州は大・中・小ホールを持つ北九州芸術劇場ですが、最近は「これ観たいなぁ~」と悠長に構えていると、気が付いたらチケット完売!ということが少なくありません。

さてメアリー・ステュアート。宣伝チラシには「かたや刑務所に留置されたクイーン。かたや王冠に縛られたクイーン。スコットランドとイングランド、相対する2人の女王を取り巻く緊迫の王室ドラマ」とありました。振り返ってみると、これまでわたしが読んだり観たりしてきたものは、エリザベス1世を中心としたものばかり。映画『エリザベス1世』『エリザべス・ザ・ゴールデンエイジ』、ミュージカル『レディ・べス』、中野京子さんの『名画で読み解く イギリス王家12の物語』…。メアリー・ステュアートをタイトルにしている=メアリー側からの視点を観たのは、今回が初めてだったように思います。

幕が上がるとすぐに、宮沢りえさん演じるメアリーの長台詞。舞台変わって今度は若村麻由美さん演じるエリザベス1世の長台詞です。長台詞とはいえ単なる独白ではなく、登場人物との会話形式でしたので、その間合いに緊張感を感じました。前半では主役二人は直接には交わらないものの、それぞれの場での丁々発止のやり取りが緊迫した空気を作り出していました。途中休憩をはさんでの終盤、二人が対峙しての場面の見応えのあること、思わず息をつめて見守りました。13時開演の物語は、終わったときには16時を回っており、あっという間の3時間でした。

それにしても、宮沢りえさんの佇まいの美しくカッコ良いことに、惚れ惚れ。背筋を伸ばしたくなった帰り道でした。

『メアリー・ステュアート』

読書『名前のないカフェ』(新潮社)ローベルト・ゼーターラー著/浅井晶子訳

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読書『名前のないカフェ』(新潮社)ローベルト・ゼーターラー著/浅井晶子訳

いつものカメリアステージ図書館新刊棚より。舞台は第二次世界大戦後のウィーン。孤児院で育った男が開いた小さなカフェに集まる人の、それぞれの物語が紡がれます。読了後のなんとも温かい感じに既視感を覚えたのですが、この著者の本を読むのは初めましてでした。

戦後の名残あるエリアが少しづつ復興していくなか、時代に取り残されていく焦燥感や諦めを感じながら生きる人たちと、そうした孤独を抱えた人たちにとって大切な居場所となるカフェの物語。カフェがオープンしてから閉店するまでの10年間のお話です。上の写真は本書の裏表紙。「人は、心配より希望を少し多めに持ってなきゃ。」というのは、主人公ジーモンの同居人である老齢の未亡人のセリフです。ほんの少し多めに希望を持つことで、一歩前に進むことができる人生があることを、みごとにあらわしていました。

新潮社の公式サイトでの本書の紹介で、エッセイストの松浦弥太郎氏による書評が秀逸でした。「やさしさとは、何かをしてあげることではなく、つねに注意を払い、相手の時間を奪わないことなのかもしれない」という文章が、本書の核心をついていると思いました。これは、主人公でありカフェのオーナーであるジーモンの姿勢そのものでした。物語の終わり方は少々切ない感じがあるのですが、読後とても優しい気持ちになりました。というわけで、ローベルト・ゼーターラー氏の著作も追っかけたいと思います。邦訳がどれぐらい出ているかわかりませんが、まずは図書館蔵書の物色から始めます^^

『名前のないカフェ』(新潮社)ローベルト・ゼーターラー著/浅井晶子訳

直方谷尾美術館訪問・番外編-直方市立図書館の居心地が良かった♪

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

直方谷尾美術館訪問・番外編-直方市立図書館の居心地が良かった♪

今年のゴールデンウィークの唯一のイベントは、直方訪問でした。本日は、先日アップした「直方谷尾美術館」訪問の番外編。

国内外を問わず、出先で思いがけず時間が空いたら、美術館か図書館に足を運ぶようにしています。あるいはギャラリーか本屋さん。これらの場所は、わたしにとっては何時間でも滞在できる場所であり、落ち着ける避難場所です。あまり馴染みのない場所に行くときは、あらかじめ周囲にこうした場所があるかどうか、地図で確認をしておきます。まあ、今はスマホですぐに調べられるので、その場でちゃちゃっと見つけることもできるのですが。

で、今回は直方谷尾美術館での写真展を観たあと、関連イベントの映画上映まで3時間ほどもありましたので、まずは腹ごしらえ。美術館からすぐのところにある、アーケードになっている商店街は「シャッター通り」ですが、当日は「直方五日市」なるイベントで様々なお店が路上に出ていました。どうやら毎月5日に開催されているらしく、お昼時でもあり、たくさんの人で賑わっていました。飲食店を探そうとしていくつか見つけたものの、せっかくでしたので、地元の高校生チームが出しているうどんを食べることに。安くておいしかったです^^

腹ごしらえをした後は図書館へ。幸い、映画上映会場の「ユメニティのおがた」が複合文化施設で、ホールに隣接して図書館があったのでした。ラッキー♪初めての図書館は、とてもワクワクします。まずはぐるりと館内を周りました。郷土の歴史を知ることができる「筑豊文庫資料室」があり、とても興味深かったです。学習スペースもたくさんで、中学生高校生と思しき学生さんたちがたくさん。児童向けの閲覧室のスペースがかなり広かったのも印象的でした。

そしてわたしがなにより感動したのが、図書館のほぼ中央に位置する「屋外読書スペース」。中庭というような感じです。図書館の本を持ち出して読むのも、もちろんOK。程好くコンパクトなスペースに、木があって、風が感じられて、外からの光が程好く降り注いで、そこに机と椅子が設置してありました。↓この写真の通り、木漏れ日が心地よいお天気でしたので、まだ誰もいなかったのを幸いとここに陣取り、1時間以上本を読んでいました。

直方市立図書館

そしてもうひとつ、この図書館等の施設があるのはJR直方駅のすぐ裏側で、ときおり列車の音が聞こえるというのも良い感じでした。外に出るとすぐに、駅と車両がたくさん見える景色も最高。直方へは車で行かないと不便だろうと決めつけていましたが、図書館がすぐ近くにあるし、駅から美術館までは歩いて15分ほどだし、歩く道中はアーケードで屋根もあるし、次回はぜひ電車で来てみようと思いました。