読書『いちばんの願い』(新潮社)トーン・テレヘン著/長山さき訳

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『いちばんの願い』(新潮社)トーン・テレヘン著/長山さき訳

いつものカメリアステージ図書館新刊棚から、既視感のある本を無意識に手に取っておりました。既視感があるはず、過去に同著者の「動物もの」を読んでおりました。著者のトーン・テレヘンさんはオランダ・アムステルダムで開業医をしつつ、ご自身のお子さん向けに、動物を主人公とする本を50冊以上発表してきた作家さん。

『キリギリスのしあわせ』を読んだ時に感じた、翻訳された日本語の絶妙な「いい感じ」は今回の『いちばんの願い』でも健在で、翻訳者である長山さきさんにありがとうを言いたくなりました。

上の写真は「目次」。目次がそのまま、本書に登場する動物たちの顔ぶれとなっています。その数63。それそれの持つ「いちばんの願い」は、当人にとってはそれぞれにちょっぴり(あるいはとても)切実で、やさしい言葉で書いてあるものの、読み手にはそれぞれにちょっぴり(あるいはとっても)考えさせられるものでした。

それ(考えさせられる)は著者が特に意図したものではないと思います。けれども何十年も生きてきた今読めば、それぞれのストーリーに比喩的に重なる(勝手に重ねてしまう)ものがあり。だからこそ、大人が読んで心に響く本になっているのだと思います。

装丁のイラストレーションはDaisuke Soshiki氏で、トーン・テレヘン著では本屋大賞を取った『ハリネズミの願い』からずっと続いています。やわらかい雰囲気の画が本の内容とピタッときていて、最初に思わず手が伸びたのは、この表紙に惹かれたから、というのも大きいです。

『いちばんの願い』(新潮社)トーン・テレヘン著/長山さき訳

読書『サロメの断頭台』(講談社)夕木春央著

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読書『サロメの断頭台』(講談社)夕木春央著

いつものカメリアステージ図書館新刊棚で発見。こちらも初めましての著者さんです。書評サイトをのぞくと、どうやらコアなファンがぎっしりついていらっしゃる人気作家さんであられるご様子。こんなふうに、まだ読んだことのない作家さんがいくらでもいらっしゃるのだと思うと、読書時間がいくらあっても足りませんね。「サロメ」の文字におどろおどろしいイメージが浮かびましたが、そのイメージの上を行く、重い読みごたえのある一冊でした。

主人公である画家が描いた絵の盗作品の存在が見つかったことに端を発し、贋作ビジネスの発覚、連続殺人事件と次々に不穏な出来事が立ち現れます。ストーリーの中には、時代背景の説明めいた文章は見当たりませんでしたが、明治から大正あたりだろうと違和感なく理解しながら読めたところが、著者の力だなぁと思いました。時代設定は大正時代だったようですが、わたしには、鹿鳴館から大正ロマンといったイメージが、読みながら自然と浮かんできました。

最後の方で主人公が犯人たちに投げかける「君たちはきっと、(中略)、崇高な、自分たちだけに許されたことだと勘違いしていたんじゃないかな?まるで芸術家の特権のようにだ。」というセリフが、とても刺さりました。実のところ程度の差こそあれ、そのような「勘違い」が、令和の今もなお根強く残っていることを、芸術の現場にいると感じることは少なくありません。そういう自分だって、勘違いしていることが無いとは言えないのではないかと、ヒヤリとさせられました。

ともあれ登場人物が画家をはじめとした芸術家たちであるということを別にしても、非常に絵画的な小説だと思いました。映像にしたら、とても怖くて美しいものが出来上がりそうです。ちなみにわたしの頭のなかには、ややセピア色がかったほの暗い画が、読書の間中浮かんでいました。

巻末に参考文献として、ワイルドの『サロメ』のタイトルが挙がっているのはもちろんのこと、その他の書籍も、興味深いタイトルがずらりと並んでいました。本書では、大正時代の文化の担い手(自称を含む)と彼らを取り巻く雰囲気がなんともいえず良かったのですが、著者がどんな世界観から紡ぎだしてきたのか、その「元」の一端が参考文献に並んでいました。これらも読まねばと思わせられました。

ちなみにわたしが過去に読んだ『サロメ』は、オスカー・ワイルド著と、そのオスカー・ワイルドを描いた、原田マハ著です。

『サロメの断頭台』(講談社)夕木春央著

読書『競歩王』(光文社)額賀澪著

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読書『競歩王』(光文社)額賀澪著

ゴールデンウィーク中に読んだ『鳥人王』が面白かったので、借りてきた一冊です。『鳥人王』が2024年2月の刊行、『競歩王』が2022年6月の刊行となっておりました。上の写真は競歩ではなく800m走の様子ですが、陸上競技つながりということで。

『鳥人王』がなかなか芽の出ないお笑い芸人と大学生アスリートだったのに対して、『競歩王』はスランプに陥っている小説家と大学生アスリートのお話。本書の一文目「ひどく矛盾した競技だった。」が、わたしの持っていた「競歩」のイメージそのもので、「だよね~」と引き込まれました。

作家である主人公とともに、競歩がどのような競技であるのかを学びながらの読書となりました。どんなスポーツもそうだと思いますが、少し知識が増えるだけで、見え方がずいぶん変わってくるものですね。正直なところを言えば、これまでまったく競歩の試合を観たいと思ったことがありませんでした。それが読後は、機会があれば見てみたいな、という思いに変わっていますので、すごいことだと思います。

と同時に、小説家という仕事についても、なるほどそういうものなのかと、のぞき見したような気持になりました。主人公の設定は、高校生のときに受賞デビューした天才(と言われた)小説家。もちろんフィクションであるとはいえ、昨今の出版業界の事情が垣間見えてくるような感じで、これまたとても興味深かったです。小説を書き続けていくというのは、きっとたいへんなことなのだろうな、と。

1990年生まれという著者。サイトを拝見したところ、スポーツ小説、青春小説を主に書いていらっしゃるようです。まだ読んでいないものばかりですので、ちょっと追っかけてみようと思います。

読書!?『丸善ジュンク堂書店 美術書カタログ2024 defrag3』(株)丸善ジュンク堂書店発行

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読書!?『丸善ジュンク堂書店 美術書カタログ2024 defrag3』(株)丸善ジュンク堂書店発行

先日「選書ツアー」で出かけた博多丸善さんで、本書を見つけました。

魅力的なタイトルと、表紙に踊る「take free」の文字に釣られて迷わずゲットしました。ページを開いてびっくり、美術好き&本好きにはたまらない一冊です。こんな素敵なカタログがあったのですねぇ。知りませんでした。

丸善ジュンク堂さんのサイトによれば、この美術書カタログ「defrag3」では、全国27店舗から49名の書店員さんが本気で選んだ203冊を紹介しているとのこと。その記念すべき第一号は2013年の刊行で、5年後の2018年に「defrag2」、そして今回の「defrag3」は6年ぶりの刊行だそうです。丸善ジュンク堂の全国の店舗で無料配布しているとのことですが、これはすぐになくなってしまいそうです。その1冊をここ福岡で手に入れることができたラッキーに感謝。

本の紹介だけでなく、寄稿文や書店員さんのコラムも面白く、63ページとコンパクトなボリュームながらも読みごたえのある内容です。それに、紙も印刷も、良いです^^ 全体的には近年発刊のものが多く紹介されていますが、なかには10年前20年前に発刊されたものもあります。自分が持っている本を紹介している書店員さんがいるのを見つけると、「あ、これわたしも持ってる!」って、なんとなく嬉しくなりますね。でも圧倒的に知らなかった本の方が多いですから、欲しい本=次に買う候補本がたくさんになりました。嬉しいやら悩ましいやら(笑)

興味のある方、ぜひお近くの店舗で探してみてくださいませ♪

『丸善ジュンク堂書店 美術書カタログ2024 defrag3』(株)丸善ジュンク堂書店発行

祝・カメリアステージ図書館の選書ツアー2024は、応募者が定員を超えました♪

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祝・カメリアステージ図書館の選書ツアー2024は、応募者が定員を超えました♪

いつものカメリアステージ図書館、毎年恒例の選書ツアーは、例年8月に開催されていました。

素晴らしいイベントなのに、なかなか参加者が増えず、図書館スタッフの方々が毎年悩んでいらっしゃいました。「今年は時期を変えて5月に開催してみます!」というお話を伺ったのは、数カ月前のことでしたが、つい先日「今年はついに希望者多数のため、参加者抽選です!」と喜びの声を聞くことが出来ました。

さて当日、選書ツアーの会場は、今年も引き続き博多駅上にある丸善博多店さん。上の写真は、丸善さんの店内マップです。1時間から1時間半ほどで、参加者がそれぞれ10冊程度の候補本を選びます。選書ツアーは「自分が読みたい本」以上に「図書館に来る人に読んで欲しい本」を基準に選ぶものですが、いろいろな方が選ぶことで、視界が大きく広がります。広い店内、できるだけ他の方がいらっしゃらないジャンルの棚を、と思いながら本を探し歩きました。

途中、日本の古典文学が並んだ棚を眺めていると、「わたし、和歌や俳句が好きで、詠むんですけど、そういう本も選んでいいでしょうかね」と、参加者のお一人に声をかけられました。振り向くと、わたしが見ていた棚の背後には、和歌や短歌や俳句の本がずらり。同じ列にもかかわらず、まったく目に入っていませんでしたので、「ぜひぜひ!」とお返事。これだから、いろんな人の目が必要なのです。

本を選ぶ時間は楽しいですね。あっという間の1時間が過ぎて、今年も無事選書ツアー完了。あとは、司書さんがさらに選書して、選書者一人当たり2冊程度の本が図書館に納入される予定です。自分が選んだ本のなかから、司書さんのお眼鏡にかなうのはどの本なのか、その結果待ちもまた楽しみなのです。来年もまた、選書ツアー参加にたくさんの応募者があることを願いつつ。

福津市の図書館が開催する各種イベントは、随時図書館カウンターなどにチラシがおかれますし、公式サイトの「お知らせ」でも確認することが出来ます。対象は福津市の図書館カードを持っている方で、その都度イベント内容により募集対象の設定等もありますが、興味のある方はぜひ図書館で問い合わせてみてくださいね。

カメリアステージ図書館

読書『バッタを倒すぜアフリカで』(光文社新書)前野ウルド浩太郎著

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読書『バッタを倒すぜアフリカで』(光文社新書)前野ウルド浩太郎著

念願の続編を、このゴールデンウィークに読破することが出来ました。前作をはじめて読んだのは、2018年(発刊は2017年)。

少し前に新聞(だったと思います)の書評欄で続編が出ることを知り、これは買わねば!と思いながら忘れておりました。ゴールデンウィークの初めに近所の本屋さんに行ったら、バッタのコスプレ表紙が目に飛び込んできて、そうだった!と、迷わず手に取りました。まずはその新書らしからぬ分厚さにびっくり。600ページ越えです。

バッタ博士の、10年以上にわたる探求と研究と成長の物語。今回は学術的な成果についても書くことが出来たという、著者会心の一冊なのだと思いますが、読者側からすると、学術書というよりは冒険物語。とにかく文章が面白くて、読ませます。前作もニヤニヤしながら読みましたが、今作はまたさらにスケールアップしています。電車の中で読んでいて思わず吹き出しそうになり、堪えるのがたいへんでした。

600ページ越えですので、サクッと読む、とは参りませんが、夢中になって読むことのできる一冊です。ぜひ、中高生、大学生あたりに読んで欲しいな、と思える本。まったく本の内容の紹介になっていませんが、興味のある方はぜひ手に取ってみてください。面白いです。

『バッタを倒すぜアフリカで』(光文社新書)前野ウルド浩太郎著

読書『鳥人王』(光文社)額賀澪著

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読書『鳥人王』(光文社)額賀澪著

いつものカメリアステージ図書館新刊棚から、初めましての著者さんです。ゴールデンウィーク中にたくさん本を借りてきましたので、ほかにも「初めまして」がありましたが、個人的に一番のヒットが本書でした。

30歳を超えて芽の出ないお笑い芸人が、「アスリート芸人」としての仕事をこなしていくなかで自問する迷いと葛藤。テレビ欄を埋め尽くすバラエティ番組の数々は、たくさんの芸人さんに支えられている(と視聴側であるわたしからは見える)けれど、その裏側というか、出演している芸人さんたちの心の中はこんなふうに吹き荒れているのかもしれないな、と思わせられるものでした。

最初は主人公とは対照的な登場人物として現れたかに見えた「オリンピックを目指す爽やかイケメン大学生アスリート」はじめ、登場人物それぞれが持つ「ちょっとした闇」や「ちょっとした傷」や「ちょっとした葛藤」が、きっと多くの読者にも心あたるのだよなと感じました。自分と、経験や考え方がぴったり重なる登場人物はいなくても、要素要素がところどころ重なるのよね、という感じ。

なかでも「いるんだよなあ。友達のままの方が関係良好だったカップル、仕事仲間にならない方が良かった友達、仕事にしない方が楽しかった趣味、その他諸々」というセリフは、沁みました。何歳までなら夢を追っていいのか、何を選ぶのが合っているのか、誰とならうまく行くのか。きっと決まった正解は無いし、どこで見切ったらいいのかなんて、誰にもわかりません。あきらめないから掴めるものもあれば、あきらめたからこそ掴めるものもあるわけで。なんてことをぼんやり考えさせられました。

同じ光文社から著者の『競歩王』なる本が出ておりました。「鳥人」が棒高跳びで、「競歩」はそのまま競歩。このシリーズはスポーツ小説とでもいう分野になるのかなぁ、と思いつつ、『鳥人王』が面白くてサクッと読めましたので、こちらも読んでみたいと思います^^

『鳥人王』(光文社)額賀澪著

通常運転でお仕事と言いつつ、連休中に読みたい本を図書館で大量に借りて参りました。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

通常運転でお仕事と言いつつ、連休中に読みたい本を図書館で大量に借りて参りました。

いつものカメリアステージ図書館。ふだんは運動不足解消を兼ねて、徒歩か自転車で足を運びます。徒歩で15分、自転車で6-7分といったところでしょうか。今回は車で出たついでに寄りました。車で行った=重さやかさばり具合を考えることなく本を借りてくることができる、ということで、爆買いならぬ爆借り。ちなみにダンナは毎回、分厚かったり大きいサイズだったりする資料系の書籍を借りることが多いため、近所の図書館にも車で行くことがほとんどです。

今回の内訳は、最近気になっている「水煮缶」関係の料理本を数冊と、『告白』で読者デビューした湊かなえさんの著書を遡って文庫で数冊と、いつもの新刊棚から目に留まったもの(結果的に海外作家さんの小説多め)を数冊。料理本はパラパラとめくるので借りてきたその日にすべて目を通してしまい、湊かなえさんの著作は本を閉じることが出来ずにまず一冊一気読みし、と、連休二日目にして既に借りてきた三分の一が読了しております。まあ、もし早々にすべて読み終わってしまったら、また図書館に向かえばよいことですね。ちなみに上の写真は数年前にやはり図書館で「爆借り」してきた時のもの(笑)

ところで福津市のカメリアステージ図書館では、図書館カードだけでなく、交通系カードやお財布機能のあるスマホでも、貸し出し登録ができるようになっています。図書館の新機能はできるだけ体験しておきたいワタクシ、さっそく年明けに交通系カードを図書館カードとして登録したところ、これがまあ、予想していた以上に便利です。というのも、これまでは図書館カウンターで毎度ガサゴソとカード入れを取り出していたのが、交通系カードだけはふだんからすぐに出せるようにしているからなのですが。ちょっとしたことも、快適につながりますね。

連休明けには、毎年恒例「選書ツアー」があります。これまでは夏休みに催行していたのが、今年は気候の良い時期にということで、5月に設定してみたということです。4月30日現在、参加者を絶賛募集中のようですので、福津市図書館利用カードをお持ちの方は、ぜひご検討ください♪

福津市カメリアステージ図書館の選書ツアー募集中。

読書『あきらめる』(小学館)山崎ナオコーラ著

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読書『あきらめる』(小学館)山崎ナオコーラ著

山崎ナオコーラさんといえば『人のセックスを笑うな』と、タイトルがすぐに出てきますが、実はわたしは本書が初めましてでした。『人の…』も読んだことはありません。にもかかわらず、お名前に対して親近感があるのは、ペンネームの妙ゆえですね。これって、さりげなくすごいことだと思います。

さて『あきらめる』。小学館のサイトでの紹介文冒頭にあるのが、本書内から引用されている下の文言です。

登山で頂上まで行く? 途中で降りられる?
「『あきらめる』って言葉、古語ではいい意味だったんですってね。『明らかにする』が語源らしいんです」

小学館『あきらめる』https://www.shogakukan.co.jp/books/09380129

火星移住がはじまった近未来が舞台のSFチックな小説とはいいながら、物語の展開自体は、とても身近な家族の問題、個人の生き方の問題として、心あたるところ多々で、頷きながら読みました。最後に登場人物はめいめい「自分の嫌なところ」をあきらめて受け入れる、そんな境地に辿り着きます。その考えはなるほどと思えるのですが、そのように開き直るには、まずは「自分の嫌なところ、ダメなところ」を、自覚して認めないといけません。それが「(自分自身に対して)明らかにする」ということですね。たぶん、それが難しいのだな、と。

最後の方で、途中で降りることが出来た自分が誇らしい、というようなセリフが出てきます。上へ上へとてっぺんを目指して登っていくばかりがすべてではないことに、そろそろ気づくべき時が来ていると、そんなことがストレートに、あたたかく伝わってくる本でした。

『あきらめる』(小学館)山崎ナオコーラ著

読書『家庭用安心坑夫』(講談社)小砂川チト著

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『家庭用安心坑夫』(講談社)小砂川チト著

先日読んだ『猿の戴冠式』がツボにはまったので、図書館で著者名検索。蔵書にありましたので、すぐに手に取ることが出来ました。ありがたいですね、図書館。本書は群像新人文学賞受賞作だそうです。

さて『家庭用安心坑夫』。『猿の戴冠式』もずいぶん不思議で独特な世界でしたが、ファンタジーっぽくもSFっぽくも解釈できるものでした。ところがこの『家庭用安心坑夫』は、とても現実味があって、それゆえに狂気的な怖さを感じました。

主人公の行動と、主人公の記憶にある母親の行動やセリフは、ちょっと視点をずらせば大笑いできそうなコメディ的要素がありながら決してそうはならず、ジワジワと切迫感が押し寄せてきます。一気に読み上げたあとは、本書のタイトルの秀逸さに、ため息が出ました。小砂川チトさん、これからも読んでいきたいと思います。

上の写真は講談社bookのサイトから。『家庭用安心坑夫』も『猿の戴冠式』も、独特の表紙絵のインパクトが大きかったので、少しネットで調べてみました。装画は榎本マリコさん、装幀が岡本歌織さんという、どうやら今とても人気のあるクリエイターさんのようです。「顔の無い人物」の画は、いろいろな想像を掻き立てるテーマ性を感じますね。

『家庭用安心坑夫』(講談社)小砂川チト著