こんにちは!ふじゆりです。
このところ、いろんな分野のいろんな方とお話する機会が増えました。
先日、海外駐在10数カ国20数年というK氏とお話していたときのこと。
K氏いわく
「“伝統工芸品”という言葉から連想する価値っていうのは、
日本国内だからこそ通用するんですよ」
「花祭窯の商品は、有田焼になるんですか」
という問いに対し
「技術や文化を学んだ場所、歴史的な背景、使っている材料から言えば有田焼といえますが
“有田焼”とか“伝統工芸品”という言い方はあまりしていません」
とお返事したところ返ってきた言葉です。
伝統工芸品の価値を否定しているわけではありませんし
日本だけがその価値を認めている、ということでもありません。
歴史や伝統を重んじ、価値を尊重する想いは
世界中にあると思います。
K氏の言葉の真意は
「日本の伝統工芸品だ、職人が手間暇かけて作っているんだといったところで
日本人はある程度説明をしなくても理解する土台があるけれど
海外でそれを説明するのは、国により多少の違いはあるけれど難しい。
そのもの自体にそれなりの質が伴っていなければ通用しない」
ということでした。
常日頃考えていることをあらためて確信しました。
日本では「伝統工芸品」=「つくるのに手間や時間のかかっているもの」と
イメージしてくれる方がたくさんいらっしゃいます。
そして
「つくるのに手間や時間のかかっているもの」=「価値のあるもの」
という理解を示してくれる方も多くいらっしゃいます。
でもほんとうに見なければならないのは
「つくるのに手間や時間がかかっているもの」
に
「それなりの価値が伴っているか」
だと思うのです。
そのものの価値は
そのもの自体の価値であって
「有田焼だから良い」のでは無く「伝統工芸品だから価値がある」のでもなく。
たとえば、すてきだな、欲しいな、と思ったものの背景を詳しく聞いてみたら
「実は日本の伝統工芸品のひとつ、有田焼の伝統技法や文化に基づいたものであった」
というようなことが、格好良いと思うのです。