読書『ダンヒル家の仕事』(未知谷)メアリー・ダンヒル著/平湊音訳

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『ダンヒル家の仕事』(未知谷)メアリー・ダンヒル著/平湊音訳

ダンヒルといえばライター。ダンヒルの創業者アルフレッド・ダンヒルの末娘であり、経営者として、ダンヒルが「タバコ屋さん」から世界的ブランドへと展開するのに立ち会った著者。本書を通して、19世紀末から20世紀を通しての英国・ロンドンの変遷が伺えました。産業構造の変化、社会的な制度・意識の変化、伝統的な価値観・家族観の変化…。馬車が走っていた時代から、二つの大戦を経て、本書が執筆された1979年へと続く物語は、さしづめ英国から見た近現代史のひとつといえそうです。

女性が経済的に自立するということ。事業を継ぎ守り伸ばしていくこと。この時代の働く女性としての視点ではもちろんありつつ、ダンヒルの娘だったからこその仕事観・家庭観が伺えます。子ども時代も仕事をするようになってからも、特に私生活ではずっと順風満帆であったとは決して言えない環境ながらも、ポジティブな姿勢を保ち続ける強さ。その根底には「ダンヒル家の一員である自分」への誇り、信頼感・肯定感があったのだろうと感じました。

煙草はじめ主に男性向けの嗜好品からブランドをスタートした会社。世界展開していくにあたり、その命運を握る一人であった女性が語るダンヒル家のお話は、華やかながらその影も色濃く感じました。とくに事業を始めた張本人である著者のお父さんアルフレッド・ダンヒル氏にとって、事業が大きくなることが必ずしも幸福につながらなかったのが、切ないかぎりです。終盤で著者が「家族経営の店が、国際的なマーケティングを行い、すべての資本主義諸国で商品を売るような企業になる必要があったのでしょうか。そもそも、これは望ましい発展なのでしょうか。」と書いている、その問いが常に胸中にあったのでしょうね。個人の美意識や発想に基づき、職人の優れた技芸が実現するクオリティと、その対極にある大量生産。前者で支持を得た事業が、それを大きく広げようとしたときに必ずぶつかる矛盾と葛藤のストーリーでした。

『ダンヒル家の仕事』(未知谷)メアリー・ダンヒル著/平湊音訳

銀座2丁目にあるというダンヒル銀座本店。次回上京時に、その美意識と技術に触れるために覗いてみようかな、と思います。