読書『クリスマス・キャロル』(新潮文庫)

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『クリスマス・キャロル』(新潮文庫)ディケンズ

続々と、読んでいなかった名作シリーズ。『大いなる遺産』からディケンズ作品に興味が湧き、季節外れですが『クリスマス・キャロル』。これもまた、映画になっていたのですね。写真はロンドン・パディントン駅のクリスマスツリー。

「幽霊が三人出てくる話」と聞いていましたが、幽霊の話ではなく、人間の話。「過去」「現在」「未来」にいざなう幽霊が主人公スクルージに見せたものと、スクルージの悔恨。訳者の村岡花子さんがあとがきで、毎年クリスマスがめぐってくるごとに読むと書いておられ、その気持ちがわかるような気がしました。

ディケンズは10代から働きに出ながら、独学で勉強を続け新聞記者になり、ついには文豪と呼ばれるようになった人。その目線で眺めたロンドンの街と人々とが、背景として大きいことをこの本でも感じました。

作品のあらゆるシーンに涙と笑いが同居しているのは、先日自伝を読んだチャップリンに通じるなぁ、と思いました。時代的には、ディケンズが少し先で、そのあとにチャップリンです。これも訳者の村岡花子さんが書いているのですが、「つまるところ、彼は役者であり、彼の演劇の終局の目的はヒューマニズムであったのだ」に、大きくうなずきました。

チャップリンが自伝で「芸術作品には、歴史書などよりずっと多くの貴重な事実や詳細が含まれている」と書いていました。ディケンズの小説もまさにそんな芸術作品のひとつだと思いながら読んでいます。

誕生日だったので^^

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先週末は誕生日だったので^^

何歳になっても誕生日は嬉しいものですね。久しぶりに大好きなFRANCE YAさんに家族で行って参りました。食事の際にスマホを手元に置く習慣が無いので、いつもお料理を撮りそびれます。上の写真はFRANCE YAさんのパンフレット。

テイクアウトのコースやフランスの伝統的な煮込み料理などで、外販にも力を入れておられるFRANCE YAさん。ここ最近の自粛期間中は、「お家で贅沢フレンチ」の美味しさに何度もお世話になりました。

が、やはりお店でいただくのは格別ですね。席に着いたときの落ち着く雰囲気、美しい盛り付け、お料理ごとに変わるカトラリー。そしてサービスのプロによる、絶妙のタイミングでの料理提供は、お店ならではです。

ほんとうにおいしいと感じるものを食べると、思わず笑ってしまう藤吉家。最初のひと口からダンナ・息子と顔を見合わせて声を出して笑ってしまいました。「おかわり」をオーダーしたくなる美味しさ(笑)。

旬のおいしさ、地元素材のおいしさ、そして丁寧なお料理のおいしさ。FRANCE YAさんでお食事をするときは毎回そうなのですが、ソースを一滴たりとも残すまいと、パンが大活躍です(笑)もちろんそのパン自体もとても美味しく。

シェフの舩越さんと、近況報告のおしゃべりをすることもできました。わたしの知っている飲食業の方々は、自粛期間中もそのあとも、さまざまな創意工夫をなさっています。お店とお客さんとの信頼関係をとても大切になさっていることがわかります。「ずっと、そこにあって欲しいお店」で食事できる幸せを感じる、いいお誕生日でした^^

時代屋さんがやってきた!

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時代屋さんがやってきた!

時代屋さんは、わたしが常々お世話になっているリサイクル着物屋さん。長年、宮地嶽神社の参道でお店をなさっていたのですが、このたびご近所・津屋崎千軒内に移転してこられました。

時代屋さんのフェイスブックページ

お茶を習い始めて着物が必要になった時に、なにもわからず時代屋さんに駆け込んだのがお付き合いのはじまりでした。どんなものが必要かも、わたしのサイズはどれぐらいかも、すっかり理解してくださっているので、すっかりお任せして安心しています。着物はもちろん、小物、履物も。リサイクルショップといいながら、新品も扱っておられます。着物まわりで困ったことがあったときは、すぐ時代屋さんへ。いわば駆け込み寺です。

津屋崎に移転してこられて、一住民として楽しみなのは、着物や浴衣のレンタルもなさっていること。予約をしていれば、着付もばっちりお願いできます。津屋崎千軒は、着物や浴衣姿でそぞろ歩くのに似合うスポットも点在していますから、和装を楽しむ人たちの姿が増えていくかも!と期待しているところです。

なかでも時代屋さんの新店舗は、地域の神様「波折神社」からすぐのところ。七五三や地域のお祭り、初詣などの機会に、時代屋さんで衣装をお借りして、気軽におめかししてお参りできるのは、地域の人たちにとって、ちょっとした嬉しい贅沢となるはずです。

これから、着付け教室などもスタートなさる予定とのこと。またひとつ、文化的なスポットが津屋崎千軒に誕生しました。嬉しい^^

読書『チャップリン自伝 栄光と波瀾の日々』(新潮文庫)

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読書『チャップリン自伝 栄光と波瀾の日々』(新潮文庫)チャールズ・チャップリン著

チャップリン自伝の後半。前半の読書『チャップリン自伝 若き日々』はこちら。写真はロンドントラファルガー広場。

成功を手に入れてからのチャップリンです。本書の最初の方で、「わたしはあまりにも急に成功を掴んだので、いまだに追いつけないでいるのです。」と話す場面があり、自分自身の「栄光と波瀾の日々」を遠くから眺めているチャップリンの姿を感じました。

前半は、やや冗長です。ハリウッドでの成功=アメリカン・ドリームの体現者としての日々が綴られているのですが、セレブやスキャンダル話には興味のない読者としては、少々退屈を感じました。ただ、業界も国も超えた、その時代の寵児たちとの交流が垣間見られたのは、興味深く。

ともあれ、中盤からラストにかけてが「栄光と波瀾の日々」の読みどころでした。政治に巻き込まれつつ、政治の問題ではなく人間の問題として、口を閉ざさず、正面から向き合った態度に、強さと美しさを感じました。映画『独裁者』での結びの演説の書き起こし文が引用されて載っているのが、必見です。

さいごに、一番心に残った文章をひとつ。

「最近起きた出来事でさえ大幅に歪められてしまうことを考えると、わたしは、歴史そのものに懐疑的になる。その反面、詩的な解釈なら、その時代の全体的な雰囲気を伝えることができる。何といっても芸術作品には、歴史書などよりずっと多くの貴重な事実や詳細が含まれているのだ。」『チャップリン自伝 栄光と波瀾の日々』より。

小説を読んだり、絵画を見たりすることは、その時代を知るための貴重な手がかり。まずはチャップリン作品を腰を据えて見なければと強く思いました。

読書『チャップリン自伝 若き日々』(新潮文庫)

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読書『チャップリン自伝 若き日々』(新潮文庫)

チャールズ・チャップリン著。写真は、昨年ロンドンに行ったときのもの。

読みはじめてまず「そういえばチャップリンは英国人で、ロンドン生まれだったのだ!」と、衝撃を受けました。なにを今更と、チャップリンファンから怒られてしまいそうですね。ハリウッドの印象はありましたが、かといって米国人だとは思わず…つまり「よく知らなかった」ということです。

なにげなく図書館で手にした本書。このところ英国の階級・格差を扱った本を読むことが多かったのですが、図らずもそのことを一番考えさせられる本となりました。

「若き日々」と「栄光と波瀾の日々」の二巻からなる自伝。分量的には、幼少期から米国に渡るまでの「若き日々」が全体の三分の一で、米国で成功を手にしてからの「栄光と波瀾の日々」が三分の二というところです。

さてチャップリン。名前はもちろん知っているし、映画は子どものころにテレビ放送されたものを何回か見たことはありましたから、チャップリンと聞いてぱっと頭に浮かぶ映画のシーンはいくつかあります。でも、ちゃんと腰を据えて観たことが無かったな…と思い至りました。

彼に対してわたしがずっと抱いていた印象は、「目が悲しそう」というもので、「喜劇王」の呼称がしっくり来ていませんでした。今回「若き日々」を読んで、その印象の理由がわかったような気がしています。小さなチャップリンが置かれた厳しい現実を読んでいくのは、苦しさを伴うものでした。「お話」ではなく、当事者の言葉で綴られた自伝だからこそ、ですね。

「若き日々」は、ディケンズの少し後で、シャーロックホームズのブーム到来とほぼ同時代。これらの本を読んでいたことが、時代背景への理解に多少なりとも役立ったように思います。

努力は報われるんだな、って。

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努力は報われるんだな、って。

本日は、ごく個人的な話題です。

先週末は息子の陸上競技の最後の大会でした。今年は全国的に、小学校も中学校も高校も、年度初めからあらゆるスポーツの大会が中止になりましたね。ここ福岡県もご多分に漏れず。例年開催される競技会や記録会はなりましたが、先生方が頑張ってくださり、代替となる地区大会を開いてくださいました。

突然の休校から部活動が再開されるまでの約2か月半は、毎日自主練習。幸い近所には海に山にと、人気(ひとけ)を避けてランニングやトレーニングができる場所がたくさんあり、恵まれた環境ではあります。一人で淡々と走りに出かける姿に、「走るの好きなんだなぁ」と思っておりました。

競技大会で上位をとれる位置にはない息子。1年生の時から、大会のたびに目標にしていたのは「自己記録を少しでも更新する」。その目標通り、毎回必ず少しでもタイムを縮めているのを、報告を聞くたび秘かに誇らしく思っておりました。

「見に来なくていいよ(=来ないで)」と言われ続けていた競技大会。最後だからと観に行って参りました。美しい走り姿でした。最後スパートをかけて、前に出ることができました。タイムも、自身の記録を更新。本人も納得できたようで、最後の大会でそんな走りができたのがなによりでした。

競技大会が終了し解散するときに、息子を迎えに行ったダンナに顧問の先生がおっしゃった言葉が「努力は報われるんだな、って、今日の彼を見て思いました」の一言だったそうです。

ずっと「僕は(上位がとれないから)期待されていないから」と息子は言っていました。たしかに一度も上位に入ることはできませんでしたが、先生はちゃんと見ていてくださったようです。

「努力は報われる」って、そういえば久しぶりに聞きました。昨今「努力したら報われる、とは限らない」という論調が多く、実際そういう側面も大いにあると思います。でも、報われる努力もあると信じることも大切だし、その方が楽しいよね、と思った週末でした。

今年も、茅の輪くぐり。

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今年も、茅の輪くぐり。

波折神社の茅の輪くぐり

昨日7月26日は、ここ津屋崎の波折神社で茅の輪くぐり神事が行われました。今年前半の穢れを落とし、無事に感謝します。波折神社では、例年7月末に行われています。

毎年楽しみな茅の輪くぐり。例年なら18時から境内でのお祓い神事を見守ったあと、参加者皆が神職さんのうしろに続いてぞろぞろと輪をくぐるのですが、今年は「三密を避ける」ために変更。14時から18時までのあいだ、神社に来た人ごとに各々茅の輪くぐりをすることになりました。

雨が降ったり止んだりのお天気でしたが、小雨を見計らって神社へ。鳥居にかかった茅の輪を八の字にくぐり、去年の輪をお返しし、お参りをして、社務所で紅白まんじゅうをいただきました。このお饅頭がまた嬉しいのです。

今年も無事茅の輪くぐりができました。感謝!

「和」な写真と英文テキスト。

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「和」な写真と英文テキスト。

藤吉憲典公式サイトリニューアル中。ウェブデザイナーさんが仕事しやすいように、素材となる画像を用意し、テキスト(文章)を日本語・英語で用意するのが、今のわたしに課せられた使命のひとつです。伝えたいことがちゃんと伝わるように、その素材をどこまで準備できるか。

そんなことを考えながら、資料をいろいろ見ていてあらためて思ったのが、「日本的なビジュアルと英文の組み合わせって、見た目にカッコいい」ということでした。上の写真は手前味噌ですが、なんだかこれだけでも雰囲気いいなぁと(笑)

なぜそう感じるのか、わたしだけの感覚なのか。なんとなくカッコいい、の要素が具体的に理解できたなら、いろいろなコンテンツの作り方も、そこに合わせてもっと変わっていくのでしょう。わたしは今のところ、感覚的にしか理解できておりません。もう少し突き詰めて理解できるといいな、と思いつつも、そのためにウェブデザインのプロがいるのよね、とも。

今度のサイトは、写真と日本語と英語の組み合わせが要になりそうです。

肥前磁器の美:藤吉憲典の器「錦百合文食籠(じきろう)」

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肥前磁器の美:藤吉憲典の器「錦百合文食籠(じきろう)」

磁器作家・藤吉憲典がつくる肥前磁器の美しさを伝えるシリーズをスタートします。「美しさ」と書きましたが、ここには「用途の美」を含みます。つまり、使い勝手の良さも含めて「美しい」と言えるもの。そこにこそ、江戸時代から400年続く肥前磁器の価値があると思っています。

磁器作家・藤吉憲典がつくるモダンな食籠(じきろう)です。茶道でお菓子を入れる菓子器として使われる容器を指して食籠(じきろう)と呼ぶことが多いですが、茶道具に限りません。字の通り「食」の「籠(かご)」として使えばよいと思います。もっといえば、「食」に限らず。

昔ながらの道具ですが、丸みを帯びつつもシャープな姿に仕上げれば、古臭さをまったく感じません。カタチが美しいと、あとは絵付によって自在に雰囲気を変えることができます。古典的な形に、オリジナル文様の組み合わせ。

錦百合文食籠 藤吉憲典
錦百合文食籠 藤吉憲典

描かれた百合は「カノコユリ」という、日本に自生する希少種。絶滅危惧種にも指定されています。隣町の宗像にカノコユリの自生地があり、種の保存活動をしているお友だちに教えてもらったのが、この花との出会いでした。

サイズは径が9cmの円型で、高さは約7cm。ほぼ半分の位置から身と蓋に分かれています。

福津市は花の産地でもあるので。

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福津市は花の産地でもあるので。

昨日に引き続き、花の話題^^

花祭窯の近所にはお花屋さんが無いのですが、その代わりに農産物直売所などのお店で、気軽に地元の花農家さんの花を手に入れることができます。庭に花が少ない季節は、お散歩がてら近所の「お魚センター」へ行けば万事解決。

「お魚センター」で、新鮮な季節のお花が手に入るのです。お魚やお野菜と同様、お花もまた、新鮮なものはより美しく、持ちが良く。先日手に入れたのは、トルコキキョウ一束150円也。ほんとうにいいの?というありがたい価格です。

白地に紫色が入ったトルコキキョウ。色合い的に少し寂しいかも…と思いながら生けたものの、どうしてどうして杞憂でした。生けた日から次々に花が開き、重なる花弁が清楚ながらもゴージャスです。八重なんですね。

お花を買うときは「つぼみがたくさんついているものを」と、ついつい欲張ってしまいます。その欲張りぶりに応えてくれるように、思った以上につぼみがたくさんついていました。まだまだ見頃が続きそうです。

おかげさまで、三カ所の花器がすっかり華やかになりました。