読書:『リーチ先生』

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

『リーチ先生』原田マハ(集英社)

上の写真は、本の内容とはまったく関係がありませんが(笑)。

原田マハさんの本を読むようになって、このタイトルの本が出てから、気になりつつ、敬遠したい気持ちもありつつ、であったのですが、ついに手に取りました。464ページ。分厚い本でしたが一気に読みました。

なぜ敬遠したい気持ちがあったのかというと、「リーチ先生」つまりバーナード・リーチということは陶芸の話ということであり、陶芸業界の話になると、どうしても批判的な視点が働いてしまうような気がしていたからなのでした。

が、読んでよかったです。なによりお話としてとても面白かったこと。そしてわたしにとっては、「史実を基にしたフィクション」ということを理解したうえで、民芸運動がおこった時代背景や空気感を知る、格好の陶芸近代史料となりました。

この小説のなかに出てきた、わたしにとっての「!」はみっつ。


●好いものは、好いのです。理屈はいりません。(『リーチ先生』原田マハ より)

リーチ先生のセリフとして書かれていたこの言葉は、わたしにとって、花祭窯がはじまってからずっと心のうちにあるものでした。はなから言葉による説明が必要なものは、「好いもの」とは言いにくい。「良い」ではなく「好い」という漢字を使っているのも納得です。価値判断の根っこにあるのは、結局は好き嫌い。それが自然だと思うのです。

有名な人が無名であることの素晴らしさを説く、というのは、なんだか奇妙な気がするのだが。(『リーチ先生』原田マハ より)

「民藝」というものを定義付けた人たちに対して、わたしがずっと抱いていた疑問そのままでした。導入部分の章でさらっと書いてあった一文でした。たった一文でしたが、民藝運動の結果としての「民藝」の位置づけに対してある種の違和感を感じていたのが自分だけではなかったことがわかる表現で、少しほっとしたのでした。

仕事に向かい合うために、何よりも大事なのは、情熱だ(『リーチ先生』原田マハ より)

本物のバーナードリーチがこのように言ったかどうかは知りませんが、こと「やきもの」の仕事に関していえば、ほんとうにそう思います。知識や技術はあとから身に付けていくことができますが、情熱だけは自分のなかから出てくるものですから、後付けするのが難しい。それに、情熱が無くても「仕事」として割り切ってやっていくというスタンスの人にとって、やきものの仕事をわざわざ選ぶ利点はそれほど大きくないように思うのです。


わたしの原田マハさん追っかけはまだ続きそうです(^^)

読書:『幸福な王子』

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

読書『幸福な王子』ワイルド(新潮文庫)

『サロメ』の話題に引き続き、ワイルドの『幸福な王子』。

『サロメ』でオスカー・ワイルドに興味が湧き、そういえば家にワイルドの著書があった!と思って引っ張り出してきたのがこれでした。『幸福な王子』他8編が入った童話集。『幸福な王子』は自分が子どものころから知っているお話ですし、息子が小さいころから何度も読み聞かせたお話のひとつですが、それがワイルドの書いた童話であることに、今回はじめて気づいたのでした。

子ども向け絵本で知っていた『幸福な王子』とはずいぶんと雰囲気が異なり、これは日本の昔話などでもそうですが、想定する読者層や時代によっても表現方法がずいぶんと変わっているわけですね。だからこそ読める人は原典で読むのだよなぁ、と今更ながらに感じました。

二冊の『サロメ』でなんとなく固まってしまったワイルドのイメージを和らげ、広げることのできる童話集でした。

 

読書:サロメ2冊。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

サロメ2冊。

オスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』と、それを基にした原田マハさんの『サロメ』。

わたしが先に手に取ったのは、原田マハさんのサロメで、挿絵を描いたオーブリー・ビアズリーが主役。イラストレーターという枠には到底おさまらないアーティストであるビアズリーを中心に据えた、マハさんお得意の手法「史実を基にしたフィクション」で、とても面白く読みました。

この本でワイルドに興味が湧き、そういえば家にワイルドの著書があった!と思って引っ張り出してきたのは『幸福な王子』他8編が入った童話集。『幸福な王子』は自分が子どものころから知っているお話ですし、息子が小さいころから何度も読み聞かせたお話のひとつですが、それがワイルドの書いた童話であることに、今回はじめて気づきました。

童話集には『サロメ』には入っていませんので、「ワイルドの戯曲『サロメ』」を探して手にしたのは、平野啓一郎さんの訳による光文社古典新訳文庫でした。

平野啓一郎さんの「訳者あとがき」、英文学者でワイルドご専門の田中裕介氏の「解説」、そして平野啓一郎さんに新訳を依頼した演出家・宮本亜門氏の「『サロメ』によせて」と、『サロメ』そのものにプラスして読みどころ満載の一冊でした。

最近のわたしの読書傾向、小説・実用書問わず一冊の本から影響を受けて、他の本へと展開していくことが多くなってきました。秋の夜長は読書ですね(^^)

食事を通して見える世界@郷育カレッジ

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

食事を通して見える世界@郷育カレッジ

花祭窯のある福津市には、市民のための生涯学習の仕組み「郷育カレッジ」があります。

先日、そのひとつである食育講座「食事を通して見える世界」に参加してきました。

講師は九州大学大学院生の竹内太郎さん。自ら自炊や保存食づくりを実践し、九州大学の自炊塾、むなかた自炊塾の運営を手伝っておられます。むなかた自炊塾については、以前にもご紹介をしました。

むなかた自炊塾で食育を考えた。

今回の講座では、大学院では日本の近代史を研究なさっている竹内さん独自の切り口で、「日本の食事文化」と「伝承の重要性」を考える時間となりました。

講座のなかで最も心に残った竹内さんのお話は、「伝承」の考え方。「教えてもらったことを次の世代に伝えていくことが、それを教えてくれた人が生きていたことの証になると思う」というものでした。

両親、祖父母、先生、近所のじいちゃんばあちゃんが教えてくれたことを、子ども、孫、近所の子に伝えていく。血がつながっていてもそうでなくても、教えていただいたことを誰かに伝えていくことで、それを教えてくれた人の存在を次世代に残していくことができる。

そしてそれは文字や言葉による情報だけでなく、味であったり、知恵であったり、景色であったり…。「教えてあげたこと、教えてもらったこと」が引き継がれていくことが、人の生きた証になる。素敵な考え方だな、と思いました。

 

花祭窯@恵比寿展示会ご報告。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

花祭窯@恵比寿展示会ご報告。

週末は、勉強会組織九州ECの経営者仲間、7事業者での初イベントに花祭窯も参加して来ました。三連休、はじめの二日は台風接近であいにくの天気でしたが、三日目にはきれいに晴れ。異業種での合同企画は学びの多い機会となりました。

出展者それぞれに専門性が高いため、いらっしゃるお客さまも、知識をお持ちであったり、目的意識の高い方ばかり。そのようなお客さまとお店側との会話のキャッチボールは、傍で聞いていても刺激的で楽しく、多くの発見がありました。

今回花祭窯は、大川家具ドットコムさんのスタイリッシュなサイドボードをお借りしての展示。天板の上だけでなく引き出しのなかにも器を収めて、楽しい演出ができました。

藤吉憲典の飯碗、デミタス珈琲碗皿

引き出しを開けたところに器が入っている。それだけのことでこんなに嬉しくなるのですね。津屋崎の花祭窯での展示も、引き出し方式を採り入れたくなってきました。

もうひとつ、おいしい発見。恵比寿4丁目交差点に見つけた、鮨博一さん。お持ち帰りランチパックの五目いなりとかんぴょう巻きが絶品!そしてなにより少しだけ会話を交わした大将の粋な心遣いとふるまいに、とっても幸せな気持ちになりました。時間のゆっくりあるときだったら、カウンターに座ってお寿司を食べたかったなぁ~と(^^)

その仕事の先。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

その仕事の先。

花祭窯に中学生がやってくるのはまだ少し先ですが、今日はいつもお世話になっている桐箱屋さん=お隣にある古賀市の増田桐箱店さんが、職場体験中の中学生を連れていらっしゃいました。

本日が体験最終日ということで、「できあがった桐箱が使われている現場」を見るための窯元訪問です。「お伺いしてもいいですか」の打診をいただいて、なるほど!是非にとお越しいただきました。

すべての会社や商品は、その会社・商品だけで成り立っているのではなく、その手前にある仕入元や、その先にある得意先との関係性のなかで成り立っています。そんなあたりまえのことも、実際にその「手前」や「先」が見えないと、ひとつの会社のなかで完結しているような気になってしまうかもしれません。

やきものができあがる→桐箱屋さんに測りに来ていただく→桐箱屋さんが箱をつくって納めてくれる→納品された箱に箱書きをして次第を整える→お客さまのもとへ送る

このような一連の流れのなかにある桐箱屋さんであり、窯元であり。この仕事の先には誰がいるの?を知ること、意識することの大切さをあらためて考える機会にもなりました。

 

 

九月のお干菓子。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

九月のお干菓子。

和菓子このわさんによる季節のお干菓子。すっかり毎月の愉しみになっています。お客さまにお茶をお出しするときに、お茶菓子が季節のエピソードを添えてくれるというのは、あらためて嬉しいことだなぁ、と感じます。

さて今月は柚子を持ってきてくださいました。季節的には少し早いのかな?と思いましたが、そろそろ青い柚子から収穫期に入るようですね。九月に入って朝晩涼しくなってきたところ、季節をちょっぴり先取りするのもまた贅沢です。

上の写真、お皿は浅葱(あさつき)の楕円小皿を使ってみました。藤吉憲典のオリジナル。創業時から作っているロングセラーです。浅葱、つまりネギの花をデザインしたものなのですが、ぱっと見た感じで受ける印象はヒガンバナ。柚子のお菓子を載せたら、朱色・薄いグリーン・黄色が楽しい一皿になりました。

もうひとつ、黄瀬戸の豆皿に載せてみたら、こちらはお月さまのような雰囲気に。

さて今回のお干菓子、なんと命名しようか、思案中。

浅葱楕円小皿はこちらで詳細ご覧いただくことができます(^^)

 

 

お師匠さんの教え。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

お師匠さんの教え。

九月に入り、お茶のお稽古再開です。わたしの入門している茶道南方流では、毎年八月は夏休み。ただでさえなかなか覚えないところに、ひと月のお休みで手順がすっかり忘却の彼方、と言い訳しながら…。

でも、根本的にたいせつなことは残るものですね。夏休みに入る直前に、ふだんはなかなかお稽古を見ていただく機会のない、お師匠さんである和尚さんにご指導いただく好機を得ました。そのときにいただいた言葉が、ずしんと残っていました。

ごまかさないこと」。

お点前のお稽古の後に、いただいた言葉です。いや、ほんとうに恥ずかしかったです。意識のうえではごまかす気持ちなどまったく無いつもりでしたが、「作法がうろ覚え」であることを知られたくない気持ちが無意識に働いたのでしょう。ゆっくり丁寧に、お客さまにもよく見えるようにすべき作法が、手先でさっさと済ませるような形になっていたことを、指摘されたのでした。

恥ずべきは作法の手順を間違えることではなく、そこに心が伴わないこと。

教えていただいたことをしっかり心に留めて、秋からのお稽古です。

 

イメージ以上。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

イメージ以上。

久しぶりにこの言葉を聞きました。朝から窯を上げる作業をしていたダンナ、今回の窯に入っていた最新作の青磁の壺を持って、ごきげんです。

独立してから20年、窯元勤め時代を合わせると四半世紀、磁器制作をしてきている藤吉憲典。新たな技法で取り組んだ新作であっても、窯から出てきたやきものの姿があらかじめイメージ出来ていることは、作り手本人にとってはある意味あたりまえになっています。

それが今回は「イメージ以上に良くあがった!」のですから、相当嬉しい様子。電気とガスでコントロールしている磁器の窯であっても、やっぱり「窯の火」という要素による不確実性は、やきものの面白さなのだなぁ、と思います。

作り手のイメージ以上に良く上がった青磁の壺ふたつです(^^)

 

 

 

 

英語時間を増やそうと…。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

英語時間を増やそうと…。

事業の海外展開で必要に迫られて英会話を習い始めてもう3~4年でしょうか。なかなか上達しないのは仕方がないとして、せめて今よりしゃべれなくならないようにしたい。というわけで、日常的に楽しく「英語」する時間を少しでも増やそうと目論んでいます。

今やっているのは、自宅でこつこつ「英語で三行日記」 と 近所のイベントスペース王丸屋さんでの「Only English」

「英語で三行日記」は、お世話になっているブループラネット英会話スクールの先生トラちゃんから勧められてスタート。週1回のレッスンの際に提出すると、翌週のレッスン時に、添削して返してくれます。たったの3行ですが、毎日書いて添削してもらうことによって、自分の間違えやすい傾向がよくわかります。

Only Englishは、「英語を話す機会が欲しい」という人で集まって、1時間日本語禁止の状態でおしゃべりするイベントです。先生はいません。お互いに助け合いながら英語でのおしゃべりタイムをつくっていきます。毎回テーマは「最近どう?」というようなもの。自分のこと、自分の近況をおしゃべりします。

定期的に開催していますが、基本的には単発での自由参加。ほぼ毎回来るメンバーもいれば、一回だけの飛び入り参加の人も。その日のメンバーに「英語がわりと話せる人」が一人でもいると、かなりスムーズに進みますが、そうでないと、けっこうたいへんです。たいへんですが、面白いです。

津屋崎界隈で英語好きな方、王丸屋さんのOnly Englishにぜひ(^^)