イタリアの専門家。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

イタリアの専門家にお話を聞いてきました。

イタリア・欧州を中心とした国際事業コンサルタントの専門家に、イタリアの現代アートフェアやギャラリーの市場調査をお願いしてみたところ、かなり具体的に必要な情報を調べてくださいました。

担当してくださったのは、博多駅南にあるディサント株式会社さん。現在、福岡県の出先機関である福岡アジアビジネスセンターの登録アドバイザーをなさっています。

「アート」「ギャラリー」という特異な分野にもかかわらず、こちらの期待する情報をばっちり集めてくださいました。ありがとうございます!

地域ごとの経済特性や、住んでいる方々の気質特長、各アートフェアの傾向など。自分一人では大量の時間を要する調査も、専門家はやっぱりすごいですね、短い期間でレポートをまとめてくださいました。

調査の中心はインターネットでの情報収集だったようですが、イタリアから受け入れておられる研修生から生の情報を確認しながらまとめてくださったレポートは、非常にリアリティのある内容で、すぐに生かせるものでした。

今回、レポート報告後の雑談のなかで一番「なるほど!」と思ったのは、イタリアからの研修生の一言「イタリア人は、まず『家ありき』なんだ」

家=家族=家族と一緒にいる空間・時間を大切にする

ということなのですね。その空間・時間が豊かなものになることが一番。そのためにも日々のお掃除で、まずは空間を常に美しく保っておくことというのは、とても重要なことなのだそうです。

感心しつつ、自らを振り返って反省しつつ、のひと時でした。

神戸のギャラリー壺屋さんで個展です。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

7月下旬は、

神戸のギャラリー壺屋(つぼや)さんで個展です。

壺屋さんもまたギャラリーをオープンなさって20年目。壺屋さんのオープンに至る経緯についてはこれまでにもお話を伺っていましたが、この6月に20周年を迎えた花祭窯とほぼ同時期のスタートであったことを、個展案内状に添えられた言葉からあらためて感じました。

由緒ある茶陶の作家さんを中心に、お一人お一人との関係性、ひとつひとつの企画を厳しくこだわりぬいていらっしゃった壺屋さん。自分の美意識とつくりたいものへの欲求に正直に、道のりを開いてきた藤吉憲典。

そんな二者による初個展。この出会いが、お客さまにとって楽しく嬉しいものでありますよう。


藤吉憲典展

平成29年7月22日(土)~30日(日)
11時~18時【期間中無休】

ギャラリー壺屋
神戸市東灘区御影本町6-2-25
TEL078-843-5288
http://www.tsuboya.co.jp/

津屋崎陶片ミュージアム:H290712染付のお皿。丁寧な仕事。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

津屋崎陶片ミュージアム:染付のお皿。丁寧な仕事。

有田焼の磁器生産は歴史的に各工程が「完全分業」です。そのため、海あがりの陶片も「せっかく形はきれいなのに、絵付がひどい」とか、絵付のなかでも「線描きはこんなに丁寧なのに、ダミ(色塗り)がどうしてこうなる?」とか、「表はきちんと描いているのに、裏が恐ろしく手抜き」とかいうものが、少なくありません。

そんななかダンナが拾ってきた、染付のお皿。

津屋崎陶片ミュージアム:丁寧な染付

唐草も地紋も、見込の松竹梅も、とっても丁寧に描かれています。

津屋崎陶片ミュージアム:丁寧な染付

高台がきっちりきれいに仕上げられていて、お皿の裏側にもきちんと絵付が施してあります。

このように形のつくりも、表も裏も、丁寧になされている陶片を見つけると、無条件に嬉しくなります。関わった職人さん皆が丁寧にいい仕事をしたもの。

こういう仕事を見つけると、つくり手も背筋の伸びる思いがするようです。

ちなみにこの「完全分業」、いまだに佐賀有田の産地では継承されていますが、「高度な専門化を目指した結果」というのは実は表向きで、江戸時代に職人技術の他藩への流出を防ぐための方法として、佐賀鍋島藩が敷いた方針だったというのがほんとうのところのようです。

 

蕎麦猪口の桐箱について。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

蕎麦猪口の桐箱について。

蕎麦猪口倶楽部では、桐箱はご注文の都度、ご希望に合わせて桐箱屋さんに発注して作っていただいています。

蕎麦猪口の数によって異なるのはもちろん、桐の材質、蓋の合わせ方、紐の有り無しなどによって金額が変わってくるため、その都度見積もりを取ってお客さまにお知らせしています。

このたび、蕎麦猪口が1客の場合、2客の場合で、最もご要望の多いパターンでの桐箱代金の目安を掲載いたしました。だいたいどれくらい費用がかかるものか、ご参考にしていただけると幸いです。

蕎麦猪口・小皿豆皿の桐箱について

 

 

津屋崎陶片ミュージアム:H290704幕末の金襴手大皿

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

津屋崎陶片ミュージアム:幕末の金襴手(きんらんで)大皿

津屋崎陶片ミュージアム幕末金襴手大皿

別の日に見つかった二つの陶片。同じ大皿の一部と思われます。こういうことがたまに起こるのがまた、海あがり陶片の面白さ。

染付の藍色の部分はガラス質の釉薬の下に描かれているので、海で洗われても絵が落ちないのですが、器の表面に描かれる赤絵(上絵)は消えてしまうことが多いです。赤の色が残った貴重なカケラ。

よく見ると何も描かれていないようにみえる面にも、絵が描かれた跡がうっすらとあるのです。松の木、梅の枝、波が描かれていたのかな。何色が使われていたのかなぁと、気になります。

津屋崎陶片ミュージアム幕末金襴手大皿

このころはお皿の高台が大きいものが多いようですが、それでも尺(約30cm)はあるのではないかと思われるサイズの大皿です。

幕末~明治ごろの金襴手は以前にも紹介したことがありました。

津屋崎陶片ミュージアム:H290301001

2017年下半期朝勉スタート。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

2017年下半期朝勉強会スタート。

花祭窯で開催している月に1度の津屋崎朝勉強会。半年ごとに継続するか退会するかの意思確認をしながら、メンバーも入れ替わり立ち代わりしつつ、ゆるゆると継続しています。

今日は2017年下半期の第1回目。とはいっても上半期からメンバーが変わらなかったので、いつも通りのスタートでした。

勉強会の柱は「最近どう?」

簡単に言ってしまえば、それぞれの取り組みを聞き、自分の現状を話すというそれだけのことですが、これがまあ大きな気づきのもとになるのです。

もともと「全員異業界」であることが特徴の集まりなのですが、このところその幅の振れ方がより大きくなり、ますます面白くなっています。人数は3名から多いときでも8名なので、人数的には多くないのですが、その職業がさまざま。

ざっくり分けても飲食業、製造業、小売業、農業、仕業…と、ほんとうにいろんな視点での意見交換ができます。共通点は個人かまたは家族経営に近い事業形態であるところ。

ついつい専門バカになりがちで、視野が狭くなりそうなところを、腹を割った話のできる仲間たちに、とても助けられています。

 

津屋崎陶片ミュージアム:H290630土ものの高台。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

津屋崎陶片ミュージアム:土ものの高台。

浜辺を歩いていて、どうしても染付赤絵の磁器が目につくので、それを拾ってくることが多いのですが、土ものもたくさん上がります。実際のところ、江戸期の塩田跡の発掘をお手伝いしていた時に出てきたのは、磁器よりも土ものの方が多かったのでした。

本日は、土もの三つ。ロクロで引いた碗です。三つとも高台がきれいに残っていて、面白いなぁ、と思いました。ロクロでひくと、底に向かうにしたがって生地が厚くなるので、高台周りが(後処理で削りすぎない限り)一番丈夫になって割れにくいのかもしれません。

津屋崎陶片ミュージアム土もの高台

↑土ものの生地の上に、白土で化粧してあります。高台の内側にも釉薬がかかっているのが、土ものには珍しいと思いました。側面には波文様のような彫文様。彫に白化粧ということで技法的には三島手のような感じかと思いきや、現川(うつつがわ)焼にこのような技法があるということで、彫に見えたのは刷毛による文様かも知れません。

津屋崎陶片ミュージアム土もの高台

↑黒っぽい釉薬がかかっています。釉薬をかけたあと、高台際をきれいに剝いだようで、きっちりと色が分かれています。写真はやや白っぽく映っていますが、いかにも粘土っぽい赤い土です。高台なかに見えるヒビは、残念ながら器の内側まで入っていますので、使うと水漏れしたでしょう。碗全体が割れるには至らなかったようです。

津屋崎陶片ミュージアム土もの高台

↑土の感じ、釉薬の感じから、萩っぽいですね。キッチリと仕上げられた高台です。上の二つと異なり、釉薬は流れるまま。釉薬のかけ方ひとつとっても、違いが見て取れて面白いのです。

 

土もののうつわ、これまでにも唐津系の燈明皿の類をご紹介しています(^^)

津屋崎陶片ミュージアム:H29041901明かりの道具

津屋崎陶片ミュージアム:H290331001~明りの道具(ひょう燭)。

 

義父のお墓参りに行ってきました。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。先週末のことですが、

義父のお墓参りに行ってきました。

毎年いつとは決めていないのですが、ダンナのお父さんのお参りに行きます。わたしたちが結婚する前にすでに亡くなっていたので、わたしは会ったことがありませんが、遺してくださっているものから、お父さんのイメージがはっきりと出来上がっています。

遺してくださっているもの、それは有形無形さまざまなのですが、それらが陶芸家としてのダンナ藤吉憲典に大きな影響を与えていることがはっきりとわかります。だからこそ、毎年ある時期になると「今こんなふうに頑張っているよ」を報告しに行こうとソワソワしだすのです。

ダンナのお父さんは、書道教室の先生でした。ダンナの字が上手いのは、お父さんに猛特訓されたから。当時は泣きながらやっていたそうですが、書道をたたき込まれたおかげで、字が上手くなっただけでなく、やきものの絵付をする上での筆遣いの上手さにも繋がっています。

蔵書のなかには、書道関係の本はもちろん、古典や昭和文学の全書、そして近代画家の画集がずらり。画家になりたかったダンナは高校卒業後デザイン事務所に就職しました。「絵で飯が食えるものか」とお父さんからなかなか認めてもらえなかったようですが、その実、画家へのあこがれはお父さんもまた持っていたものだとわかります。

今、ダンナはやきものの上に絵を描いています。画家ではありませんが、陶芸家もまた、画家と同じくらい「それで飯が食えるものか」と言われそうな類の職業です(笑)

あなたの息子は自分のやりたいことに忠実に、それを仕事にして、なんとか飯を食っていってますよ。自分の表現の世界をどんどん広げていますよ。これからも面白くなっていきそうですよ。と報告してきました。

 

2017年上半期読書ベスト5。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。早いものでもうすぐ2017年も折り返し地点。ということで今回は、ふじゆり的2017上半期読書ベスト5。

2017年上半期読書ベスト5。

第5位 ハムレット

今さらのシェイクスピア。先日読んだばかりですが、まだその余韻が残り、たびたびページを開いています。言葉の面白さ、言葉遊びの知性を見せつけられました。久しぶりに演劇が観たくなってきました。

第4位 最強の読み方

視野の広げ方を考えさせられた本でした。新聞・本・雑誌・インターネット、それぞれの媒体をそれぞれの特色を理解してどのように活用していくか。佐藤優氏と池上彰氏のやり方を、ほんの少しでも自分のやり方に採り入れていくことができれば、世界の見え方が今と変わってくると理解できる本でした。

第3位 会話もメールも英語は3語で伝わります

ロンドン訪問を前に4月に手に入れた本。振り返ってみるとブログには書いていませんでした。テレビなどでも紹介された人気本らしく、英語で「伝える」ための考え方をわかりやすく紐解いてくれています。この本に書かれていることをしっかり押さえれば、もっと気楽で伝わる英語でのコミュニケーションが実現できそうです。

第2位 世界全史「35の鍵」で身につく一生モノの歴史力

世界史を学びなおしたいと思ったときに見つけた、わたしに必要なのはまさにこの本!でした。お話として面白かったので、どんどん読み進めることができたのが第一の魅力。世界史の流れと地理の変遷がこの1冊に納められているので、読後も他の本を読んで歴史的背景を確認したいときなどに、辞書的な使い方もしています。

第1位 楽園のカンヴァス

堂々の2017上半期第1位は、原田マハ『楽園のカンヴァス』。ずいぶん前に読んだような気になっていましたが、原田マハさんの著書を読みはじめたのは今年に入ってからのことだったのでした。下手な指南書よりも、絵画・芸術に対する鑑賞の興味をかきたててくれる本だと思います。


小説、ノウハウ本、教科書、戯曲と、我ながら面白い顔ぶれになりました。下半期もどんな本に出合えるか、楽しみです(^^)

 

読書『巨大化する現代アートビジネス』(紀伊國屋書店)

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

読書『巨大化する現代アートビジネス』

上の写真右側が『巨大化する現代アートビジネス』の史料。左側の年表は『pen No.407 アートの教科書』の1ページです。

『巨大化する現代アートビジネス』は巻末の史料含めて319ページありますが、興味のある人は一気に読んでしまえるでしょう。読み物として面白かったです。

二人のフリージャーナリスト、ダニエル・グラネとカトリーヌ・ラムールによる「現代アートの世界」の調査報告書とでもいいましょうか。投資・投機対象となった現代アート界を動かす面々とそのネットワーク・仕組みを垣間見ることのできる内容でした。

藤吉憲典の口癖は「国宝より家宝」。「転売されることによって価値を示すもの」ではなく「ずっと大切にとっておきたいと思われるもの」を作りたいと思っていますので、投機対象としての現代アートの世界には興味がありません。

ところがこの本を読むと、その二つはどうやら完全に切り離されるものではなく、現代のアートとして世界の評価を仰ごうと思えば、やはりその文脈にのっかる必要があるようです。なるほど村上隆さんがずっと以前から常々あちらこちらでおっしゃっていたことなのですが、この本を読んで、より明確に理解することができました。

この本のなかには「アート界を牛耳る100人」としていろんな方のお名前がでてくるのですが、そのなかのいくつかの発言に光を見出すことができました。例をあげてみますと…

「アートは投資ではない」

「流行のアーティストは数多く生まれても、いずれ流行は去り、最後は美術史が選択してくれるでしょう」

不安定な時代にこそ、人々は文化を必要とします。価値のあるものとの出会いをとおして、世界と結びつきたいと願うのです」

現代アートをコレクションするということは、(中略)それが魅力的なライフスタイルにもなるということです。」

(いずれも『巨大化する現代アートビジネス』より)

半分ほど読んだときに、そういえば、と『pen』の永久保存版を引っ張り出してみたのでした。これが約1年前に出ていたのですね。アートの近現代史が頭に入っていないわたしは、あわせて読むことで「なるほど~!」と腑に落ちるところも多々。

「アートの教科書」と書いてあったので。