完全予約制の良いところ。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

完全予約制の良いところ。

花祭窯では、ご来店のお客さまを「完全予約制」で承っております。もともと不定休で営業をしていたもので、せっかくお客さまがいらっしゃったときにこちらが不在!ということもあり、その失礼を避けるために「あらかじめご連絡ください」とあちらこちらでお願いの文言は入れておりました。

コロナ対策を機に、完全予約制を打ち出すことを決定。これまでも「ゆるく予約制」ではありましたので、運営上はそれほど大きな変化はありません。でも、完全予約制にしたことで、より「気持ちの余裕をもってお客さまをお迎えする」ことができるようになったと思います。

あらかじめご連絡いただくことにより、まったくの初対面の場合よりも、お客さまとの距離が少し近くなるような気がしています。またどんなものをご覧になりたいと思ってお越しになるのか、少しでもわかっていると、ご要望に合わせた準備もできます。なにより、その時間帯は一組のお客さまだけですので、ゆっくりと気兼ねなくご覧いただけるのが一番喜んでいただけているような気も致します。

実際に「完全予約制」を打ち出してからもうすぐ半年になりますが、ご来店に合わせてお店を開けるというのは、津屋崎千軒という場所的にも、うちの商材的にも合っているようです。前日までのご予約確認をしていただけると確実ですが、当日直前でもお電話などでお問合せいただければ、対応できるときもあります。「花祭窯に出かけてみようかな」と思いついたときは、まずはお電話をいただけると幸いです。

The beauty of Japanese porcelain ; The works by Kensuke Fujiyoshi (004)

Good morning! This is Yuri. I am a wife/manager of Ceramic Artist Kensuke Fujiyoshi. Kensuke is an artist of fine porcelain.

A JIKIRO Jar for sweets with Lily design, underglaze enamels

We started showing the beauty of Japanese fine porcelain through the artworks of ceramic artist Kensuke Fujiyoshi. All of his works are based on the traditional techniques of Hizen jikiHizen jiki which is known as Old Imari is one of the traditional Japanese crafts kogei which has been handed down over 400 years, since Edo period (1615-1868).


A JIKIRO Jar for sweets with Lily design, underglaze enamels (2019)
Kensuke Fujiyoshi
H. 7 × Φ. 9(cm)

錦百合文食籠 藤吉憲典
錦百合文食籠 藤吉憲典

We usually put some sweets in a JIKIRO jar for tea time, especially for a tea ceremony. JIKIRO means a jar for foods. Kensuke drew the unique lily design for contemporary use.

We can use facebook messenger. Please feel free to ask me in English if you have any question about the work.

お客さまへの、特注対応。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

お客さまへの、特注対応。

藤吉憲典の作品について、個人のお客さまから「希望をお伝えしたら、作ってもらえるのですか?」というご質問をいただくことが、たまにあります。お返事としては、お断りすることがほとんどです。基本的には、アート作品もうつわも、個別のご要望にはお答えしておりません。

ではご要望にお応えできる場合とは、どんな場合かというと…

長く、または打ち解けたお付き合いがあり、お客さまがどのようなものをお求めか、作り手がイメージできること。そしてお客さまが、藤吉に全面的に任せてご相談してくださっていると共通理解があること。さらにそのご相談のものを、作り手本人も純粋に「作りたい」と思うこと。これらが揃った場合になります。

藤吉憲典 蓮にカワセミ陶箱
こちらが「蓮」(藤吉憲典 蓮にカワセミ陶箱)

上の写真の「蓮にカワセミ陶箱」は、これらが揃って、お客さまへの特注対応でおつくりした陶箱。蓮が「睡蓮」だったオリジナルから、お客さまのご感想をいただいて「蓮」バージョンでつくったものです。下の写真が、最初に作っていた「睡蓮」版。

蓮にカワセミ陶箱 藤吉憲典
こちらが「睡蓮」(藤吉憲典 蓮にカワセミ陶箱)

より具体的には、これまでどのような藤吉作品をお買い上げいただいているかがわかっていると、お求めのもののイメージが一致しやすいです。また、藤吉のものを扱ってくださっているギャラリーさんを通してのご相談ですと、ご相談内容をお受けするにしてもお断りするにしても、スムーズなやりとりができると思います。

ギャラリーさんへのお問い合わせは、こちらの一覧からご参照くださいね。

読書『百万ドルを取り返せ!』(新潮文庫)

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『百万ドルを取り返せ!』(新潮文庫)ジェフリー・アーチャー

ジェフリー・アーチャーのデビュー作。詐欺にあった作者の経験を基に書かれたという本ですが、まあなんともゴージャスな場面設定でした。映像化されることを最初から意図していたのではないかと思うほど、ひとつひとつの場面を脳内でつくるのが楽しかったです。

画廊街、ウィンブルドン、カジノ、アスコットの競馬、そしてオクスフォード…。読みながら、カラーでイメージがどんどん膨らみました。わたしは映画もドラマ版もまだ見ていませんが、こういう小説を読むと映像の美しさへの期待感が大きくなります。

わたしが「コン・ゲーム」という言い方を知ったのは、映画「コンフィデンスマンJP」で、つい最近のことでしたが、『百万ドルを取り返せ!』は「コン・ゲーム小説の傑作」という解説が。なるほど昔から使われている言い回しなのですね。

それにしても、これが著者の第一作目というのですから、衝撃的なデビューだったことでしょう。まったく古さを感じずに楽しめました。

肥前磁器の美:藤吉憲典の器「染錦柿右衛門調小壺」

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

肥前磁器の美:藤吉憲典の器「染錦柿右衛門調小壺」

磁器作家・藤吉憲典がつくる肥前磁器の美しさを伝えるシリーズ。「美しさ」には「用途の美」を含みます。使い勝手の良さも含めて「美しい」と言えるもの。そこにこそ、江戸時代から400年続く肥前磁器の価値があると思っています。

「肥前磁器(ひぜんじき)」という呼び方は、まだまだ一般的ではありません。「有田焼」とか「古伊万里」といった方が、わかりやすくイメージできると思います。肥前磁器とは、有田焼、伊万里、鍋島などと呼ばれる、北部九州地方(肥前地域)で作られてきた磁器の総称です。地域的には現在の佐賀県・長崎県あたり。

「柿右衛門」というのは、酒井田柿右衛門の子孫が代々受け継ぐ名前であり、その特徴的な作風(絵付の様式)を表します。「柿右衛門調」とか「柿右衛門様式」と呼ばれています。十四代柿右衛門氏が色絵磁器の重要無形文化財保持者(人間国宝)となっているので、柿右衛門調というと赤絵・色絵をイメージする方も多いと思いますが、実際には柿右衛門様式と呼ばれているものには幅があり、下絵の青色が入る染付や染錦もあります。

藤吉憲典のつくる柿右衛門調は、目の届きにくいところまで丁寧に絵付をする、江戸時代の輸出品・献上品としての有田磁器の良さを受け継ぐことを旨としています。

染錦柿右衛門調小壺 藤吉憲典
染錦柿右衛門調小壺 藤吉憲典
藤吉憲典 染錦柿右衛門調小壺
藤吉憲典 染錦柿右衛門調小壺

丁寧で細やかな絵付が特徴ですが、その美しさを引き立てるのは、余白です。磁器作家の絵付に求められるのは、絵の上手さだけではなく、造形美に適うバランスの良いデザインだと、感じさせられる一品です。

花祭窯の九月の庭。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

花祭窯の九月の庭。

九月は初旬に大きな台風がふたつありましたので、さすがのヒガンバナもお彼岸には難しいかも、と思っていたのでした。大潮と重なったこともあり、津屋崎千軒は潮をかぶりました。潮をかぶると、モノは錆びるし、植物は枯れてしまいます。

枯れた植物を片付けつつ、突如まっすぐに伸びてくる茎が数本あるのに気が付いたのが、約一週間前。ヒガンバナです。台風の潮風にも負けず、きちんとお彼岸に照準を合わせて伸びてきました。9月20日にひとつめが開花。その後次々と咲いて、いつものようにお彼岸の風景となりました。

気候が変わっても季節に合わせて咲く花のすごさは常々感じています。なかでも「秋のお彼岸」ピンポイントのタイミングに必ず花を咲かせるヒガンバナの力には、毎年感動しています。今年はまたひとしお。

今朝はまたここに、ヤブランも新たに顔を出してくれました。紫色のヤブランは8月の下旬に咲いていたのですが、時間差で白が開花。

植物の力に勇気づけられる初秋です。

読書『FACTFULNESS (ファクトフルネス)』(日経BP社)

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(日経BP社)

ハンス・ロスリング氏とその息子夫妻による本書。日本での出版後、すぐにあちらこちらの書評で取り上げられ、ぜひ読まねば!と思っていたのが、今になりました。

読むのがずいぶん遅くなってしまったなぁと、やや反省していたのですが、初版の発行日を確認したところ2019年1月15日。まだ2年は経っていないのですね。今年1月来のコロナ騒動を経た今読んだのは、わたしにとってベストタイミングだったかもしれません。

イントロダクションに書かれていた「(カー)ナビの情報が間違っていたら、目的地にたどり着けるはずがない」の一文に、この本で伝えたいことの本質を感じました。目指す目的地にたどり着きたいならば、正しい情報を基にしなければなりません。

では、「正しい情報」は、どうしたら手に入るのでしょうね。そして、何をもって「正しい」と言えるのでしょうね。

個人的には前々から、「統計データ」は「ある仮説を裏付けるために算出された数字」であるというイメージを持っています。数字もまた、それだけでは根拠となりえません。よく「『真実』はどこから見るかで変わるけれども、『事実』は変わらない」というような言葉を聞きますが、さて。そのわたし自身の疑問への答えのひとつが「訳者あとがき」にありました。

『FACTFULNESS』の訳者は、関美和氏と上杉周作氏。訳者あとがきで上杉氏が「事実に基づかない「真実」を鵜呑みにしないためには、情報だけでなく、自分自身を批判的に見る力が欠かせません。」と書いていらして、ドキリとしました。いわく「「この情報源を信頼していいのか?」と問う前に、「自分は自分を信頼していいのか?」と問うべきなのです。」と。

今日も報道されるいろいろな数字を前に、思い込みを排除し冷静に判断できる態度を養ってゆかねばと、あらためて考えさせられた一冊でした。

藤吉憲典公式サイトをリニューアルしました。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

藤吉憲典公式サイトをリニューアルしました。

藤吉憲典公式サイト https://fujiyoshikensuke.com/

前回に引き続きウェブ制作を担当してくださったのは、福岡を拠点にご活躍のウェブデザイナー・ハラプロ原田大輔さん。そして今回も、いつも作品を撮ってくださるabc pictures 赤司憲壕さんの写真に、大いにお世話になっております。おかげさまで、格好良いサイトが出来上がりました。

リニューアルのキーワードは「シンプル」でした。見る人にとってシンプルか、運営する側にとってシンプルか。新しいサイトのポイントは、主に次の3つです。


一.これまで二つに分かれていた英語版と日本語版を一体化しました。

これまでは「英語版=海外向け=アートメイン」、「日本語版=国内向け=器メイン」という見せ方になっておりましたが、「藤吉憲典の仕事としてどちらも見ることができるのが面白い」というご意見をいただくことが増えてきました。また「アート」「器」という線引きが難しいものも多く、それなら無理に分ける必要はないのでは!?という結論にたどり着いたのでした。藤吉憲典の仕事を丸ごとご覧いただけるようになりました。

二.お問い合わせ方法のご案内を増やしました。

コンタクトフォーム、電話、各種SNSの機能など、コンタクト方法がさまざまにある昨今。お客さまができるだけ使いやすい方法でご連絡できるように、と思いました。お問い合わせへのナビゲーションを増やしたり、大きめに表示したり、ご利用可能な方法をわかりやすく表示することを心がけました。ここはデザイン上の美しさとのせめぎあいもあり、希望だけお伝えして、あとはデザイナーさんに一任。

三.プラットフォームとしての公式サイト。

最新の情報は、フェイスブック、インスタグラム、ピンタレストでその都度発信してまいります(2020年9月現在)。リアルタイムで流れる情報発信を得意とするSNSに対し、公式サイトでは、基本的な情報をしっかり載せることを意識しました。結果として、コンテンツが好い具合に絞られたと思います。その一方で文字が多くなった部分もありますが、興味のある方がゆっくり読んで下さったら嬉しいな、と思っています。


日本語・英語の文章チェックは何度見直しても細かいところが気になり、思いのほか時間がかかりました。ここは自分の責任。特に英語は、どうしても自分の稚拙なレベルが反映されてしまうので、英会話スクール・ブループラネットのトラヴィスさんにチェック&アドバイスをお願いし、助けていただきました。

ウェブ制作の原田さん、写真の赤司さん、英語のトラヴィスさん、皆さんその道のプロであるのはもちろん、藤吉憲典の仕事をよく見ていてくださり、その世界観を大切にしてくださるのがありがたいです。わたしの言葉足らずの説明でも、毎回スムーズに仕事が運ぶのは、ひとえに皆さんのおかげです。今回もたいへんお世話になりました。ありがとうございました!

福津市歴史資料館企画展「新原・奴山古墳群調査研究の現在」。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

福津市歴史資料館企画展「新原・奴山古墳群調査研究の現在」。

9月16日(水)から展示されている、最新の発掘調査結果を拝見してきました。「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群調査研究成果5館連携展覧会のひとつです。他の4館は、宗像大社神宝館・九州国立博物館・海の道むなかた館・九州歴史資料館。

福津市カメリアステージにある歴史資料館では、数は多くはないものの、鉄器・土器・ガラス玉などの副葬品のほか、古墳の建材となった石材も見ることができます。ガラス玉はいつ見ても嬉しくなりますね。また今回個人的に最も興味深かったのは、非破壊検査によるレーダー探査の成果についての説明。「地中レーダー解析画像」見てもよくわからない(笑)ながら、ワクワクしてしまいます。

この「展示資料を見ただけではよくわからない」点については、立派な解説パンフレットがあります。また、なんと!5館の展示担当者による調査研究成果報告会が、2020年10月11日(日)に開催されます。場所は福津市歴史資料館横にあるカメリアホール。定員200名ということですので、興味のある方は、ぜひ早めにお申し込みを。

詳しくは、「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群調査研究成果5館連携展覧会の特設サイト https://www.okinoshima-heritage.jp/ でご確認くださいね。

それにしても、地域の古墳を日常的に身近に感じ、発掘調査の結果をその都度歴史資料館で拝見できる環境のありがたさ。あとは現地の発掘調査のお手伝いに行けたら最高ですね。調査はまだまだ続きそうなので、そのうち機会を作れたらいいな、と思いつつ。

読書『点と線』(新潮文庫)

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『点と線』(新潮文庫)松本清張

ついに松本清張に手を伸ばしました。はい。松本清張、読んでいませんでした。ほんとうに「読んでいない本」ばかりですね(笑)

この前に『ゼロの焦点』を読んだので、2冊目の松本清張。これまでまったく読んでいなかったにもかかわらず、なんとなく「ゼロの焦点=崖」「点と線=時刻表」というイメージだけはありました。松本清張作品もまた繰り返し映像化されているので、その世界観はもはや読者・ファンだけのものではないのでしょうね。

『点と線』は、昭和32年2月から翌1月まで雑誌『旅』に連載されたものだそうで、わたしが生まれる10年以上前のものでした。舞台のひとつが福岡博多の香椎(かしい)であり、国鉄(現JR)の香椎駅と西鉄の香椎駅が出てきます。小説を読むときはいつもそうですが、自分の知っている土地(場所)が舞台として出てくると、読みたい気持ちが俄然上がるのですから、不思議なものです。

JR香椎駅は普段わたしが博多に行くときに使う路線上にあります。香椎宮がありますし、管轄の税務署もあるため、しばしば使う駅であり、とてもなじみ深い駅。一方、西鉄香椎駅は眺めるばかりで使ったことが無いものの、本文中最初の方に「この電車は、津屋崎という北海岸の港まで通じていて、西鉄香椎駅は、その途中なのだ。」の一文を発見し、津屋崎が登場したことに感激。

西鉄香椎駅の少し先にある新宮駅からここ津屋崎に至る線路は既に廃線となっていますが、名残を感じる風景は近所にも残っています。「つやざき」の地名が出て来たのは、本文中この一箇所だけですが、それでも嬉しく。

ストーリーは、もちろん面白かったのですが、後半がなんとなく駆け足に感じました。前半の描き方の細かさに比べ、最後の「手紙による種明かし」は、描写を端折られてしまったような感じを受けました。「何を中心に書いているのか」という点では、これで十分なのだと思いますが、ストーリーテラーたる刑事だけでなく、他の登場人物たちの心の機微ものぞきたかったと思ったのは、我が儘でしょうか。

と、ここまで書いてから、そういえば最近の小説は「すべてを書き過ぎている」のかもしれないと思い至りました。わかりやすさを求める風潮に、毒されている自分を発見。はっきりとは描かれず、わからない部分が多いということは、解釈の余白・余韻が読者に残されているということ。それこそが、本書の魅力でもあるかもしれません。