質実剛健(しつじつごうけん)自彊不息(じきょうやまず)

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

質実剛健(しつじつごうけん)自彊不息(じきょうやまず)

高校入学式でのこと。「校長先生のお話」は大人になるとなかなか聞く機会のないもので、最近はこの手の式典に参加するときの楽しみのひとつになっています。生意気盛りの学生時代には素直に聞けなかった「お話」にも、大人となった今なら耳を傾けることができる面白さ。もちろん先生は、生徒たちに向かって話をしているのですが。

さて校長先生のお話は、「質実剛健 自彊不息」の解釈を中心に、端的でわかりやすいものでした。緊張しているであろう新入生に対する温かい心遣いが感じられるお話で、好感度高く。昨年来この手の式典での「お話」は、冗長さを避け、いかに短時間で気持ちを伝えられるかが問われているように思います。

「質実剛健」を手元の辞書(『国語辞典』集文館刊)で引くと、「質実(しつじつ)」は飾り気がなくまじめなこと、「剛健(ごうけん)」は強くたくましいこと、とありました。各地で校訓としてよく使われているようです。不器用でも己を信じて愚直に進んで行けばよい、という印象を受けました。

「自彊不息」は易経のことばとされています。手元にあった『中国の思想〔VII〕易経』(徳間書店)を開いてみると、易の六十四卦の一つ目「乾為天(けんいてん)」の解説のなかに、「自強不息」を見つけることができました。「きょう」の字が違いますが、これは訳す際にどの字を使ったかの違いでしょう。「乾為天」は「陽」が重なる万物のスタートとなる縁起の良い卦です。

「自強不息」の解説に、「天の運行は剛健積極、一瞬もやむことがない。君子はこの卦象を見て、一瞬も気をゆるめぬよう努め励むのである。」とありました。

これらはその前後に漢文が続いているのなかの一部を抜き出しているので、この解説から意訳して解釈しないことには、意味がつかめません。このあたりが、言葉の使い方の難しさですね。同じフレーズも、前後の文脈によって、どう理解すべきか(理解されるか)が変わってきます。ここでは先の「質実剛健」と組み合わせて、「まじめに、信念を持って、コツコツと努力し続けることの勧め」と理解しました。

校長先生のお話では、さらに「人それぞれにタイミングやペースがあるのだから、すぐに結果を求めるものでは無い。焦らずコツコツと取り組めば、いずれ結果が伴う」という意味合いを含めてくださっていました。このニュアンスが付加されることによって、とても温かみのある言葉として響いてきました。

この機会に、少し前に読みかけてそのままだった『易経』を、読み直してみようと思います^^