津屋崎朝勉強会。

こんにちは!ふじゆりです。

今朝は「津屋崎朝勉強会」でした。
これも、津屋崎に越してきて新たにはじめたことのひとつです。

身近に、本気でがんばっている経営者・個人事業者の方々がいて
業種や世代を超えて、ともに真剣に仕事のことを語り合えるというのは、
ほんとうに贅沢でありがたいことです。

津屋崎朝勉強会。毎月の楽しみです。
津屋崎朝勉強会。毎月の楽しみです。

会議室を借りるでもなく
おしゃれなカフェでの「朝活」というふうでもなく
うちの和室であぐら(または正座^^)で勉強会。

誰かになにかを教えてもらう勉強会ではなく
一緒に語り、考えるなかで自分の仕事に落とし込んでいく勉強会。
参加してくれる全員にとって
時間を割く価値のあるものとして継続していきたいと思っています。

お稽古再開。

こんにちは!ふじゆりです。

やっとお茶のお稽古を再開しました。
気がつけば、なんと8年ぶり。

錦赤玉文茶碗(藤吉憲典作)
錦赤玉文茶碗(にしきあかだまもんちゃわん)

ひとつだけ残念だったのが
津屋崎でお茶の教室を見つけることができなかったこと。
月に2回ほど、電車に乗ってお出かけします。

まずは見学。
まあ、忘れていること忘れていること(笑)
拝見しながら、ああ、そういえば!ということばかりで
おのれの日頃の所作の無作法を再認識することとなりました。

礼の仕方、歩き方、戸の開け閉めから
お作法と精神、習い直しです。

春休みの一日。

こんにちは!ふじゆりです。

4月1日新年度スタート。
春休みも折り返しです。

息子とお友達と一緒に、津屋崎浜で貝殻ひろいをしてきました。

津屋崎葉まで拾った貝殻
津屋崎浜で拾ってきた貝殻たち。

もともと津屋崎に住んでいる子どもたちは
海が身近にあることがあたりまえすぎてか
あんまり浜に降りていなかったりします。

海、久しぶり~!と喜んで
両手に抱えきれないほど集めてくれました。

きれいに洗った貝が乾くのを待ってます。
きれいに洗った貝が乾くのを待ってます。

砂まみれの貝をきれいに洗って乾燥中。
自転車でお買い物帰りのご近所さんが立ち止まって
「あそこの浜に行ったら、もっと面白いのが採れるよ!」と
貝拾いの穴場を教えてくださいました。

週末朝のお楽しみ。

こんにちは!ふじゆりです。

津屋崎での暮らしをきっかけにはじめたことがいくつかあります。
そのひとつが
週末のお楽しみ「論語を声に出して読もう!」。

「国語の先生かなにか、なさってたのですか?」とのおたずねをいただくことがありますが、
いえいえ、自分が読みたくて、思いつきではじめたものなのです。

多久聖廟の「よみかき論語」
週末朝のお楽しみ「論語を声に出して読もう!」

文字通り、声に出して読むだけなのですが
これがかなり面白いのです。
教科書は佐賀県多久市にある孔子を祀った多久聖廟で手に入れた
「よみかき論語」。
http://www.ko-sinosato.com/

論語の素読が終わったら、次は書道です。
こちらもまた堅苦しいことなく(あるいは、くだけすぎなくらい!)
その日により、かなの練習をしたり、一句詠んだり、自分の名前を練習したり。

大人も子どもも、興味を感じた人が、時間を作っていらしてくださるのが
津屋崎の嬉しいところ。

もともと自分たちの楽しみではじめたので
家族以外に参加者がなくても、同じように行うのですが
毎回いろんな方がいらしてくださるのが、ワクワクの種になっています。

週末朝のこの時間、嬉しく楽しく贅沢な時間です。

子育てのできる町

おはようございます!ふじゆりです。

昨日は、4月に津屋崎千軒で開催の
「よっちゃん祭」に向けて、お掃除第一弾。
豊村酒造さんの酒蔵のお掃除をお手伝いして来ました。
親子連れOKなのが、参加しやすさであり嬉しいところです。

豊村酒造の酒蔵掃除。
4月のお祭に向けて、大人も子どもも地域のお掃除。

写真は、酒樽を水洗いする作業でびしょぬれになった子どもたちを
これはもう、着替えさせるしかないでしょう!の風景。
どこの子だろうと、みんな一緒です。

つい先日、ダンナと笑いながら話をしていました。
「もう少し早くここ(津屋崎)に来ていたら、迷わずもっと子どもを産んでいたよね。」

最近特に感じます。
子どもを産み、育てることを、気負わず自然にとらえることができるかどうか、
たいせつなのは「漠然とした安心感」なのではないかと。

もちろん、その安心感の元を探っていけば
たとえば経済的なこととか、まわりの大人からサポートを得られるかなど
いろんな具体的なことばとなって現れるのでしょうけれど。

そんなことを考える余裕ができるまでに
すくすく育ってくれている息子に感謝。
そして、受け入れてくれる地域に感謝なのです。

土間、内と外のあいだ。

おはようございます!ふじゆりです。

花祭窯は、土間から和室への上がり口にかけてを
ギャラリースペースにして、展示をしています。

花祭窯ギャラリー
花祭窯、玄関土間からの眺め。

土間はとっても便利。
家の外でもなく、中でもなく。
この中間的なスペースが
外を通る方との程好い距離感をつくってくれます。

外を通る方が、なかの様子を伺うことのできるスペース。
必要に応じて声をかけてくださるスペース。

昨日の朝、玄関前の小路を掃除していると
いつも朝うちの前を通る素敵なご婦人が
「ちょっとうちにいらっしゃいませんか、すぐ近くなのよ」と声をかけてくださいました。

毎朝の挨拶のなかで、ご近所の方とは思いつつ
失礼ながらどちらのお宅の方かわからずにおりました。
それを察してか「わたしのこと、知らないでしょ」とニッコリ。

ついて伺えば、路地をふたつ東に上った、すぐのところにある
古民家の奥さま。

古いものをそのまま残しておられるというお宅で
古民家のしつらえや、古いお道具を、いろいろと見せてくださいました。

そして、おっしゃられるには
「いつも、お宅の前を通りながら、なかの展示とかを拝見していて
うちの古いものを一度見せてあげたいな、と思っていたの」と。

ほんとうにありがたいことです。

津屋崎漁港朝市。

おはようございます!ふじゆりです。

日曜日の津屋崎の朝は、漁港の朝市。
今は6:30からの開始ですが、
その30分前には現地に到着しているのが理想です。
次々に漁港に入ってくる漁船から水揚げされるようすを見ることができ
ワクワク感が増していきます。

津屋崎漁港朝市。
日曜朝は、津屋崎漁港朝市。

地元での朝市の楽しみの一番は

「一般に市場に出回らないおいしいお魚」

一般に市場に出回らないのはいたみやすかったり、という理由のようで
見たこともない地魚をいろいろと見ることができます。

買うときは、漁師さんや奥さんに
どうさばいたらよいか、どんな料理がおいしいか、を聞いて帰ってきます。
とはいえ、あまりに新鮮なので、お刺身で食べることがほとんど。

我が家では魚を捌くのはダンナの仕事なので
朝市の日は、だいたい夕飯の準備はダンナにおまかせです(^^)

 

博多の奥座敷

こんにちは!ふじゆりです。

津屋崎は「博多の奥座敷」と呼ばれていたそうです。

「○○の奥座敷」
ウィキペディアによれば、本来の意味は
「一般の立ち入りが限られた環境で、気のおけない間柄の限られた客をもてなす為の場所」だとか。
いわば「私的な別荘地」。

格子戸は陰翳の美しさをかもし出します。
格子戸。昼は昼の、夜は夜の陰翳の美しさがありますね。

現代の津屋崎は、この本来の意味での「奥座敷」にぴったりな場所だと思います。
わいわい楽しむ観光地ではなく
個人的な小旅行でひそかに楽しんだり
ふらりと立寄りたくなる居場所のあるところだったり
あるいは暮らすように旅する町であったり

価値観を共有できる人たちが集まれる場所がある。
それが津屋崎だと感じています。

わたしたち自身もまた、
そんな「もてなしの場所」のひとつになりたいと日々精進中。

https://www.facebook.com/HanamatsuriKiln

津屋崎のどのあたりになりますか?

こんにちは!ふじゆりです。

花祭窯を津屋崎に移転してもうすぐ1年。
「津屋崎のどのあたりになりますか?」のご質問のお電話をときどきいただきます。

ひとつ違う路地に入ると景色が変わってしまう、津屋崎千軒の路地。

津屋崎千軒の花祭窯近隣地図
津屋崎千軒の近隣地図。路地をひとつ間違えると迷子に。

路地の面白さ、魅力のひとつでもありますが
訪ねてきてくださる方にわかりやすいご案内を、という気持ちも強く
手作りの立て看板を設置したり、試行錯誤。

と思っておりましたら
最近は、あちこち散策して探しながらお越しになること自体を
楽しんでくださるお客さまもけっこういらっしゃることがわかり。

「探してくるのがとっても面白かったから、これからもあんまり看板出さないでね」
とおっしゃってくださるお客さまも。

そんなお客さまのやさしさを感じつつ、
散策の楽しさと場所のわかりやすさを兼ね備えたご案内方法を思案中です。

津屋崎浜の古伊万里

こんにちは!ふじゆりです。

本日は風が強いです。
海沿いなので、風の強い日が多いです。
のれんもほら、この通り。
でも、風にバタバタと揺れているのれんがお客さまへの目印になっていることも。

花祭窯(はなまつりがま)エンジ色ののれんが目印です。
海風に花祭窯のれんがバタバタ。これが目印。

そして、海風が運んでくるもののお楽しみのひとつにこんなものも。

古伊万里の陶片
津屋崎浜に眠る古伊万里の陶片(カケラ)。

津屋崎で古伊万里に会えるとは
まったく思ってもみなかったことなのですが
歴史や地理を紐解いてみると、なるほどなっとく。

江戸時代、有田焼を積んで伊万里港を出発した船が
海上交易で栄えたこの地にやってきていたり
あるいは玄界灘で座礁したりもしてもいるのですね。

先人の遺してくれた仕事に励まされ、この地でのご縁に感謝する日々です。