読書『建築の条件 「建築」なきあとの建築』(LIXIL出版)(第8章~終章)

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

読書『建築の条件 「建築」なきあとの建築』(LIXIL出版)(第8章~終章)

福岡acad.で建築の勉強会をはじめるにあたり、(株)藤井設計室・藤井さんご夫妻にご相談に行ったときに、「この本を読んでみて」とお借りした本のなかの1冊。後編です。前編(序章~第7章)は、こちら↓。

読書『建築の条件 「建築」なきあとの建築』(LIXIL出版)(序章~第7章)

第8章以降は、全体からみると4分の1程度のボリュームなのですが、「第8章アート」「第9章ソーシャル」そのあとの「坂本一成との対話Ⅱ」の内容が、個人的にとても興味深いものでした。

わたし自身は建築素人ですし、建築関連の本を読むことはこれまでほとんどなく、著者の坂牛卓さんの名前も、対話で登場する坂本一成さんの名前も、本書を読むまで存じ上げませんでした。本書発刊の2017年6月25日現在、坂牛卓さんは「建築家、O.F.D.A.共同主宰、東京理科大学工学部教授」、坂本一成さんは「建築家、アトリエ・アンド・アイ、東京工業大学名誉教授」の肩書をお持ちです。

以下、後編備忘。


  • モダニズムとはジャンルの自律性を高める運動だった。(中略)ポストモダニズムとは、建築においては表面的には歴史主義と見えていたが、同等にこうしたジャンル固有の論理を瓦解し、その境界を失わせる動きだったのである。(第8章アート)
  • 「空間は『空間』よりも空間を占めているものからその本質的な存在を受け取る」(Martin Heidegger, “Building Dwelling Thinking,” in David Farrell Krell ed., Martin Heidegger: Basic Writings, Routledge, 1993 (坂牛卓 訳))(第8章アート)
  • 建築とアートは次の二点をファッションと共有しているのである。一つめはインスタレーション性(場所性、ライブ性)、二つめは被服性(新体制、表層性)である。(第8章アート)
  • 窓は、場所性=ライブ性により変化するという特徴があるのは言うまでもないが、そこはまた「偶有性」という要素も含まれてくる。(第8章アート)
  • ジャン・ボードリヤールは、『芸術の陰謀-消費社会と現代アート』(塚原史訳、NTT出版、2011年、<原著>1996年)において、現代アートは、何の意味もないものをさも意味ありげに見せて、価格を高騰させるたくらみを成功させたと言い、こう述べる。(第8章アート)
  • オリジナルであることを最大の評価基準とするのではなく、むしろ「カスタマイズ」こそを価値とする現代的な在り方とも言えるし、ブランドマークを製品に入念に刻印するファッション・ブランドのブランド性とも近い。(第8章アート)
  • 社会のためのアートという形で発展してきたリレーショナル・アートが、結局は再度金儲けの道具になっているのではないかという疑問(第9章ソーシャル)
  • 「関係性」以前のアートに内在する有効性(第9章ソーシャル)
  • かつてアートとは、その形の持つ美しさ、それを生み出した造形技術によって、見る者に見る者の能力を超えた超越性を感じさせ、感動させたのである。(第9章ソーシャル)
  • 関係性のアートはそうした超越的で絶対的な価値を捨て、見る者を超えることなく見る者と同じ次元に位置している。(第9章ソーシャル)
  • アートの超越した能力や商品の使用価値は比較的わかりやすい価値である。しかるにその価値が希薄になると、その他の文脈上に位置付けられる価値を定める人が必要になる。それがキュレーターという職能なわけである。(第9章ソーシャル)
  • はたしてアートでも商品でも、その価値をキュレーターのみに任せておいてよいのだろうか。見る者や使う者自身の思考がそこに入り込まないのはいささか不自然であろうし、目利きにすべてを任せるのは危険でもある。(第9章ソーシャル)
  • 美術の価値が関係性に移行していることは、美術の世界のみから始まったというよりは、モノの価値を絶対視せずに相対化してみるようになってきたことに大きく関係する。(第9章ソーシャル)
  • 「AESTHTIC(美学的)→CULTURAL(文化的)→SOCIAL(社会的)」(第9章ソーシャル)
  • ソーシャルであることの危険(第9章ソーシャル)

『建築の条件 「建築」なきあとの建築』(LIXIL出版)(第8章~終章)より


終章のまえにある、「坂本一成との対話Ⅱ」も、とても面白かったです。

建築、アート、デザインに関わる方には、おすすめです。

 

 

【開催報告】福岡acad.建築の勉強会:第1回建築の歴史

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

【開催報告】福岡acad.建築の勉強会:第1回建築の歴史

Meet Me at Art の最初の勉強会を無事開催することができました!

【福岡acad. 建築の勉強会シリーズ 第1回 建築の歴史】講師は株式会社藤井設計室・藤井昌宏氏。このブログでも何度かご紹介していた「お酒を呑みながら建築のお勉強」を、より多くの方と共有しようという試みです。お酒は飲みませんが。

初めての開催で、まずは「告知」が一番の課題であったのですが、結果として会場の部屋のサイズに程良い人数となりました。和気あいあいとした雰囲気で開催出来たと思います。

反省点は、時間配分を上手にできなかったこと。受付から終了まで、3時間半に及ぶ内容でしたが、それでも時間が足りませんでした。皆さんとの交流・意見交換の時間を30分は確保したいと思っていながら、うまく進行することができなかったのは、わたしの未熟故。次回は時間配分をもう少し考えます。

講師の藤井さん、キレッキレのトークでした。「お酒を呑みながら‥」のときからさらに内容がブラッシュアップされ、一度話を聞いたことがあるはずの面々(わたしやダンナ)も、また新たな視点を得ました。「建築の勉強会」というタイトルの枠に収まらず、建築の歴史を軸とした、哲学的な思索の場に高まっていたように思います。

今回の勉強会を受けて、わたしのなかで宿題になったのは下記のようなことでした。

  • 「なぜ」。なぜここにあるのか?なぜこんな形なのか?
  • もとの意味は分からなくなっても、形だけは残っている。
  • 「バランスの良いもの」が残っている。
  • どこが「バランスの良さ」なのか?
  • 「残そう」という意図。
  • 後世に残るものをつくれるか?
  • 何を残し伝えることができるか?
  • 余力・余剰・合理性

終了後のアンケートでは、ほとんどの方が、今後予定しているプログラムにも参加したいと意思表明してくださり、とても心強く思いました。

当日ご参加くださいました皆さま、運営面でお手伝いくださいました皆さま、ほんとうにありがとうございました!

 

初訪問、島田美術館。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

初訪問、島田美術館。

藤吉憲典の蕎麦猪口小皿豆皿展開催中の熊本SUNNY訪問に合わせて、「島田美術館」におじゃましてまいりました。

島田美術館は、古美術研究者であった島田真富翁の遺志により、故翁の旧宅跡地に建てられた美術館です。熊本の観光ルートからちょっぴり離れた住宅地にありますが、実際訪問してみると、熊本城の後方から歩いて20分弱と、お散歩に程好い距離。

写真はお屋敷の門構え。建物、庭の格好良さもGOODです。お目当ては開催中の展覧会

眺めて愛でるスモールワールド「掌中の江戸」展。

「小さきものは、みなうつくし」の世界とでもいいましょうか。可愛らしい道具がたくさん並んでいました。なかでもわたしが気に入ったのは「飯事(ままごと)道具」。磁器に染付の絵付が施された小さな飯事道具。お姫様の玩具だったのでしょうか、なんとも愛らしく贅沢を感じました。

熊本島田美術館

上の写真は、入場チケット。島田美術館は、宮本武蔵関連のコレクションで知られており、常設展示では宮本武蔵と細川ガラシャの関連資料を見ることができます。

 

梅雨入り2。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

梅雨入り2。

梅雨シーズンになると嬉しくなる文様は、食の器だけにとどまりません。

染錦蛙と紫陽花陶箱 藤吉憲典
染錦蛙と紫陽花陶箱 藤吉憲典

染錦蛙と紫陽花陶箱。「染錦(そめにしき)」というのは、「染付(そめつけ)」と呼ばれる藍色を出す絵具を使う絵付けと、「錦手」とか「赤絵」と呼ばれるカラフルな上絵の具を使う絵付との組み合わせで文様を描く技法です。

梅雨空の下に色とりどりの紫陽花が映えるように、この陶箱も染付の濃い藍色のなかに、色とりどりの紫陽花を描いています。そして、カエル。

花祭窯の創業の地である花祭は自然豊かで、梅雨時になるとこのような鮮やかな緑色のアマガエルが常に家の周りにおりました。

この陶箱のデザインは藤吉憲典のオリジナルですが、身の周りの自然を取り込んで描く在り方は、江戸の昔の肥前磁器の文化を踏襲しています。

 

平成30年度学芸員技術研修会

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

平成30年度学芸員技術研修会

今年度も開催決定!のご案内をいただきました。写真は、この研修会がきっかけで昨年「教育普及プログラム」の在り方を学びに押しかけ訪問した宮城県美術館。

「学芸員技術研修会」は、文化庁事業「大学における文化芸術推進支援事業」の採択を受けて、九州・沖縄8県で開催される研修会です。

わたしが初めて参加したのは、2年前。この研修会の存在を偶然ネットで見つけ、ダメでもともとと事務局の先生に参加希望のメールを書いたところ、わたしの仕事・立ち位置を理解し、快く受け入れてくださったのでした。

学芸員研修に行ってきました。

「美術館・博物館の学芸員」の肩書の無いわたしにも道を開いてくださったのは、事務局を務める、九州産業大学美術館の緒方泉先生。この学芸員技術研修会のすごいところは、各研修を担当するプロフェショナルな先生方を全国各地から招聘していることと、そこを目指して意欲的な学芸員の方々が九州内外から集まって来られることだと思います。が、それが継続的に実現しているのも、ひとえに事務局の先生の熱意やお人柄によると、つくづく感じます。

平成30年度も魅力的な研修テーマがずらり。「展示グラフィック」「資料保存」「展示制作」「照明技術」「梱包技術」「博物館教育」「ユニバーサル・ミュージアム」「著作権」など…

もしこれを読んでおられる学芸員さんがいらっしゃったら、ぜひご参加をお勧めいたします!開催場所は九州ですが、例年、九州外からの学芸員さんも参加なさっています(^^)

 

バウハウスってなに!?

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

バウハウスってなに!?

友人であり尊敬する師でもある藤井設計室・藤井ご夫妻と一緒に、モノを生み出すことを生業としている人たちが一緒に学べる場をつくろうとしています。そこで出てきたキーワードが「バウハウス」。もちろん聞いたことがありますが、「バウハウスってなに!?」と問われると、ほぼ説明できない状態であることが発覚。

というわけで、遅ればせながらまずは基本的なことを理解したいと、「バウハウス」に関する参考書類(洋書あり・写真もたっぷり!)を大量にお借りしてきました。

上の写真はその一部、『bauhaus 1919-1933』(tachen)、『Design for the Future』(Hatje Cautz Publishers)、『アール・デコの世界』シリーズ(学習研究社)。

たくさんの写真情報を眺めてまず思うことは、バウハウスが生み出したモノや、その影響を受けたモノ・現象が、現在進行形で生み出され続けているということ。そして、これはあくまでもわたしの個人的な思いですが、「消費され続けているもの」としてのインパクトを感じました。

ただ、わたしは「つくる人」ではないので、そこをきっかけに生まれてきたモノや現象もさることながら、むしろバウハウスが誕生するに至った経緯というか、立ち上げに奔走した人たちが、いったいなにを(どんな状態を)目指していたのかという理念に興味があります。

さて大量にお借りしてきた資料、まだ半分も読むことができておらず、わたしが知りたいことへの解答は得られていません(汗)が、ほふく前進よろしく少しづつ自分のなかに取り込んでいくことができればよいな、と。

ちなみに、次に読みたい本は、この本です(^^)

美術と芸術。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

美術と芸術。

写真は、ちょうど手元にあった、中学生時代(ん十年前)から持っている「エッセンシャル英和辞典(中型新版第12刷)」(旺文社)の「art」の部分。

英語にすると「Art」なのですが、日本語だと「美術」「芸術」とふたつの言い方になり。普段話したり書いたりする場面では、その時のニュアンス(あるいは気分)で使い分けたり、たとえば自分以外の第三者の方との会話や文章との関連で使う場合は、もともと使われていた言葉を踏襲して使おうというくらいの使い分けの意識でした。

先日、あるアートに関するできごとについて、ダンナと侃々諤々意見交換した結果、これから自分がこれらの言葉を使うときは、自分で定義した意味に基づいて意識して使い分けていこうと思いたち、なんだかスッキリ。


ふじゆり的「美術」と「芸術」の使い分けの考え方

  • 美術…びじゅつの「び」は「美」や「ビューティフル」の「び」。
  • 芸術…げいじゅつの「げ」は「ゲッ!」という驚嘆の「げ」。

音的に美しくない表現が含まれていてスミマセン。が、今のところ=2018年5月10日現在、この解釈で行こうと思います。‥もっと勉強したら、また解釈が変わるかもしれませんが(笑)。

わたしが勝手に師と仰ぎ尊敬する、『大きな羊のみつけ方』著者であり、日本の博物館教育普及の最先端を走ってこられた齋正弘先生は、「美術の『び』は、びっくりの『び』」とおっしゃっています。その発想を真似た次第です。(齋先生、考え方拝借いたします<(_ _)>

齋先生がびっくりの「び」であるというのと、わたしの「げ」の考え方は、近しい感じだと思います。たとえば(わたしの場合、特に現代アートの作品に向き合ったときにおこりがちな)どうみても「美しさ」が感じられないものに対峙した時に、その作品を好きになれなくとも、それもまた「げいじゅつ」なのだという解釈によって、個人的な好き嫌いに関係なく「アート」として受け入れる土壌ができると思うのです。自由にいろんな表現があっていい、そのことが(それができる社会であることが)、近代以降の市民社会なのであり、いちばん大切なのだということを、わたしは齋先生に教わりました。

ちなみに「art」は「エッセンシャル英和辞典(中型新版第12刷)」(旺文社)では、「1.芸術,美術(中略)2.文芸;学芸(中略)3.技術,技巧,わざ;(特殊の)術;熟練(以下略)」となっています。

 

読書『なぜ、これがアートなの』(淡交社)

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

読書『なぜ、これがアートなの』(淡交社)

1998年初版です。美術館で鑑賞教育を語るときや、教育普及の学びの場面で、バイブル的に登場するというこの本。わたしがこの本の存在を知ったのは、つい数年前。美術館・博物館の学芸員技術研修会で教育普及の講座に参加したときでした。

著者のアメリア・アレナスさんは、1984年から1996年までニューヨーク近代美術館(MoMA)で美術館教育プログラムの専門家として活動なさった方で、対話型鑑賞法の第一人者とされています。

「はじめに」で「これはモダン・アートの概論でも、あるいは過去百年間にアートの世界でなにが起こったかという美術史の解説でもありません。」(『なぜ、これがアートなの』より)と書かれているとおり、美術に関する知識を扱った専門書ではありません。美術鑑賞の方法について書かれた本なのですが、かといって美術鑑賞の方法論を説いたものでもなく。おおよそ70点の作品について、「作品を鑑賞していくための、いくつかの例」が紹介されています。

美術の業界の人や専門家に向けて書いたのではないと言われるこの本ですが、少々難しく感じるところも。ただ、この本を読み終わった時に、モダン(近代)・アートもコンテンポラリー(現代)・アートも、近代以前のアートも、もっと自由に絵やアートを見て楽しんでいいのだと思える人が一人でも増えてくれたら嬉しいな、と。

九州EC勉強会;「こんなもの誰が買うの?」がブランドになる

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

九州EC勉強会;「こんなもの誰が買うの?」がブランドになる

九州EC(九州ECミーティング)平成29年度ラストの勉強会は、ブランドクリエイター阪本啓一さんをお招きしての勉強会でした。

「九州ECミーティング」は、2005年1月、EC事業に関する情報過疎地であった九州でも「大阪東京並みの情報を得られる場」を作る目的で結成されました。運営はボランティアによって成り立っています。

今回は、坂本啓一さんの新著『「こんなもの誰が買うの?」がブランドになる』で展開されている話を中心に、中小企業・個人事業主サイズのこれからの商売を考える勉強会となりました。

以下、勉強会備忘。


  • 非再現性
  • 自社にとって最適なサイズ
  • 宣伝ではなく広報
  • 手段=モノ+α
  • ユーザーエクスペリエンス
  • リポジション
  • 熱量
  • 狭く濃く
  • クライアントの意図
  • エコシステム
  • 強みだけに集中
  • 経験と知識
  • 安心ベース

 

ひさびさ京都(1)京都鉄道博物館

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

ひさびさ京都(1)京都鉄道博物館

1泊2日で京都に研修旅行に行ってきました。

まずは、梅小路の京都鉄道博物館からスタート。京都駅からバスに乗った人たちの顔ぶれから察するに、観光客よりは地元のお客さまが多いように感じました。世間が春休みに入る前、平日朝一番でしたが、オープンを待つ列ができていました。入場してすぐに新幹線ゼロ系との記念撮影スポットがあり、お姉さんがテンション高めで写真を撮ってくれるサービス。否応なしに気分が盛り上がります。

本館の建物に入る前に、プロムナードで並んだホームに実物列車の展示。このあたりの構成は、規模は違えど門司港にある九州鉄道記念館と同様です。いよいよ本館に入ると、まずその広大なスペースにびっくり。展示もロンドンの鉄道博物館をほうふつとさせる、あるいはそれ以上の充実度合。大規模で手の込んだ鉄道ジオラマも素晴らしかったです。

館内では機関車トーマスのスタンプラリーをはじめ、幾つものイベントが同時並行的に開催されていました。展示物やコーナー間のスペースが十分に広く確保されているので、子どもたちがはしゃいでもゆとりをもって眺めることができます。空間の取り方がとてもよく考えられている博物館だなぁ、と思いました。

そしてやはり梅小路といえば、扇型車庫と転車台。蒸気機関車がずらりと半円形に並ぶ景色は、圧巻で感動的でした。扇型車庫は国指定の重要文化財だったのですね。大人も子どもも楽しめる、テーマパーク的な博物館でした。

最後におまけのサプライズがありました。帰りの移動で京阪電車の交野線に乗ったところ、思いがけず車両が「トーマス列車」。鉄道博物館で「トーマスのスタンプラリー」を見てきた直後だっただけに、嬉しい驚きでした。