津屋崎陶片ミュージアム:H29042001二重高台の大皿

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

津屋崎陶片ミュージアム。二重高台の大皿。

外側の高台が割れて削れてしまっていますが、二重高台です。器の径が大きいと、窯での焼成中に生地が変形してへたってしまうことがあります。それを防ぐ方法のひとつとしての、二重高台。支える点(線)を増やすことにより、底や腰が落ちるのを防ぎます。

津屋崎陶片ミュージアム

二重高台の大鉢や大皿は、上手(じょうて)と呼ばれる凝ったものも多いですが、これは絵付の大雑把な感じを見る限りでも、それほど上手のものでは無さそうです。上手のものは、裏もしっかり描きこんであるものが多いです。

これは高台の内側には線描きしか見えず、ちょっぴり残念。あんがい時代の若いものかもしれません。

津屋崎陶片ミュージアム

それでも、二重高台の陶片をあまり見つけることが無いので、嬉しい発見です(^^)

 

 

津屋崎陶片ミュージアム:H29041901明かりの道具

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

津屋崎陶片ミュージアム、明かりの道具。

「燈明皿」とか「油皿」とか「ひょう燭」と呼ばれ、行燈のなかに置いて使われたものです。江戸中期以降の唐津系の陶器と思われます。

津屋崎陶片ミュージアム 明かりの道具

ほんの少し欠けていますが、ほぼ完品。これだけ形がそのまま残っていると、思わず実際に油と芯を入れて明かりを灯してみたくなりますね。

唐津系の明かりの道具は、こちらでもご紹介しています。いろいろな形があるのは、明かりをいかに長持ちさせるか、改良を重ねたからだとか。

津屋崎陶片ミュージアム:H290331001~明りの道具(ひょう燭)。

 

 

津屋崎陶片ミュージアム:H29041801墨弾の蓋もの

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

津屋崎陶片ミュージアム:墨弾(すみはじき)の蓋もの。

幕末と思われる「蓋もの」の蓋の陶片です。幕末の蓋もの、よく見つけます。蓋は、表も裏もちゃんと絵付されているものが多くて、程好いサイズ感で形も可愛らしいものが多く、完品で出てきたら使いたいといつも思います。

碗の陶片だけだとそれが蓋ものの身なのか、もともと碗だけのものなのかわかりにくいのに対し、蓋の陶片は「これは蓋もののフタだ!」と分かりやすい。というわけでなんとなく、幕末の蓋ものの蓋だけがたくさん上がっているような錯覚をもちます。

墨弾(すみはじき)」と呼ばれる技法で絵付されたものです。

津屋崎陶片ミュージアム

墨弾とは…生地に墨で文様を描き、その上から呉須(ごす:染付の藍色を出す絵具)を塗ると、墨に含まれる膠(にかわ)分によって墨の上の呉須がはじかれて、これに釉薬をかけて焼くと、墨は焼き飛ばされて白く抜けた文様となります。(佐賀県立九州陶磁文化館図録 柴田コレクションⅥ より)

 

津屋崎陶片ミュージアム:H290331002~唐草二つ。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

津屋崎陶片ミュージアム、唐草文様ふたつ。

津屋崎陶片ミュージアム蛸唐草

(上)蛸唐草文様(たこからくさ)

(下)牡丹唐草文様(ぼたんからくさ)

津屋崎陶片ミュージアム牡丹唐草

磁器作家・藤吉憲典的に「背筋の伸びる思いのする陶片」の類です。薄手で品よくつくられた形に、丁寧で伸びやかで美しい文様。

「やっぱりこうでなくっちゃ」というお仕事ぶりの陶片。こういうものに出会うたびに、ものづくりの原点に立ち返ることができるのは、ほんとうに幸せなことですね。

 

 

津屋崎陶片ミュージアム:H290331001~明りの道具(ひょう燭)。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

津屋崎陶片ミュージアム
明りの道具「ひょう燭(ひょうそく)」。

海あがりの陶片は、古伊万里ばかりではありません。これまでにも、宋時代の青磁をご紹介しましたが、本日は唐津系の陶器。

実は「ひょうそく」という呼び名があることを知らず、燭台と一緒くたになっていました(汗)

ろうそくで明かりを灯す燭台(しょくだい)に対して、油を使った行燈(あんどん)があり、行燈のなかに置かれていたのが、「燈明皿(とうみょうざら)」「ひょう燭」と呼ばれるもの。行燈のなかに置くだけでなく、それぞれ単体でも明かりの道具として用いられたもの。ひょう燭は、燈明皿の油量が少なく灯火時間が短い点を改良してつくられたものだそうです。

住まいの道具としても、やきもの(磁器・陶器)はたくさん利用されていますが、特に増えていくのは江戸時代中期以降のことだそうで、このひょう燭も18世紀~19世紀につくられた唐津系の陶器と思われます。

(※佐賀県立九州陶磁文化館 平成6年度特別企画展「よみがえる江戸の華―くらしのなかのやきもの―」を参考にしています。)

津屋崎陶片ミュージアム

お皿部分は欠けていますが、その全容がほぼわかる形で残っている、嬉しい陶片です。

 

 

学芸員研修に行ってきました。

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ) ふじゆりです。

10月3日、熊本県立美術館で行われた学芸員の専門研修に参加してまいりました。

熊本駅から熊本城周遊バス「しろめぐりん」で美術館へ。
「しろめぐり」の愛称通り、熊本城の周りをぐるりと回るバスで
地震後の城内の様子を目と心に刻みながらの美術館入りでした。

研修テーマは「アート教育」。

宮城県立美術館の教育担当学芸員・齋正弘先生による講義と演習でした。

 

九州はもとより、全国の公私の美術館で学芸員として活躍なさっている方々に向けた研修。
普段は観る側として訪問している美術館。
そこで活躍している学芸員さんに、何人もお会いすることができました。
わたしは珍しい立ち位置での参加でしたが、たいへん貴重な経験となりました。

あまりにも内容が濃かったので、わかりやすくまとめるのは至難の業なのですが・・
いくつかピックアップしてみると

  • ミュージアムは誰のもの!?

    本来ミュージアムはもっと開かれたもの。
    本来ミュージアムは皆が使うためのもの。

  • 「すごい」の意味は!?

    自分の立ち位置(歴史的なもの、バックボーン、リソースetc)を確認すると、
    鑑賞対象に対して感じる「すごい」の意味がもっと「自分のこと」として迫ってくる。

  • 鑑賞(アートワーク)とは!?

    「それを見たときに、どこまでイメージを広げることができるか」がアートワーク。
    学芸員は鑑賞者のイメージを広げるお手伝いをいかにできるか、が腕の見せ所。

  • MUSE(ミュゼ)の役割とは!?

    「わたしがここに居る」(繋がり)をバックアップしてくれるもの。
    ※かなり説明が必要ですね。またあらためてブログに書きます(^^)

  • 美術館・博物館での学びとは!?

    皆が同じになるために学ぶ(現在の学校教育)のではなく、
    個人が個人として存在するための思考を促すための学び。

などなどなど

「美術」や「鑑賞」について、日ごろからモヤモヤしていたものを
すっきりと言葉として明らかにすることができた研修となりました。

数年前に受けた学芸員資格課程の実習のなかで学んだことをあらためて思い返す研修にもなり、
自分自身のこれからにとって、たいへん貴重な一日でした。
花祭窯は美術館ではありませんが、ギャラリーとしての機能を持っているので
今回の学びはすぐに現場で生かすことができそうです(^^)

素晴らしい機会とご縁に恵まれた学芸員研修。
取り計らってくださった皆さまに、心より感謝申し上げます<(_ _)>

津屋崎陶片ミュージアム~青磁の陶片

こんにちは。花祭窯・内儀(おかみ)ふじゆりです。

久しぶりの陶片ミュージアム。
本日は、津屋崎浜に上がってくる青磁(せいじ)の陶片について。

津屋崎浜で拾う陶片のなかには、古伊万里だけではなく青磁や白磁もあります。
上の写真も、津屋崎浜でゲットした青磁のカケラ。
これらの陶片のルーツについての手がかりが見つかる場所が、すぐ近くにありました。

小学校のなかの唐人坊遺跡。

玄界灘に面した津屋崎浜から約700m入った津屋崎小学校の敷地内に、
在自西ノ後遺跡(あらじにしのあといせき)があります。

(※以下、在自遺跡のパネル解説を参考にしています。)

在自西ノ後遺跡からは、たいへん多数の中国製陶磁器が出土しています。
遺跡近くに唐坊地(とうぼうち)という地名があること、多数の中国陶磁器が出土していることなどから、
中国・宋(北宋960年~1126年、南宋1127~1270年)との貿易に関係する遺跡だと考えられています。

同じ在自遺跡群にある在自下ノ原遺跡(あらじしものはるいせき)からは、
越州窯系青磁碗(えっしゅうようけいせいじわん)が出土しています。
越州窯系青磁碗は8世紀に中国の越州地方で焼かれた磁器です。

陶磁器は日宋貿易におけるもっとも重要な貿易品のひとつでした。
当時の交易は福岡市の鴻臚館(こうろかん)において国の管理下で行われており、
磁器は一般市民には広まっていませんでした。
ごく少数の身分の高い人だけが、越州窯系青磁碗を所有することができました。

菅原道真の建議により遣唐使は894年中止され、大陸との正式国交は途絶えました。
しかしながら民間商船による交易は途絶えることなく続いており、
これらの交易船には、当時の陶磁器の生産増大により、多量の青磁や白磁が積まれていました。

これらの陶磁器の高台裏には墨書が記されています。
墨書で人名や数字が記されているもので、貿易船に積み込む際に誰の荷物か区別がつくように、
商品の一部につけられた目印と考えられています。
記されている文字は、宋の貿易商人や商社に関係のあるものが多数あり、
多くの宋商人が流通にかかわっていたことがうかがえます。

墨書された陶磁器は商品として使えないため、各地に流通することはなく、
墨書陶磁器が出土している場所は、貿易品の荷揚げ地の近くであったことを示します。

在自西ノ後遺跡で出土している墨書陶磁器は、同安窯系青磁碗4点、小皿1点、龍泉窯系青磁碗1点の6点。
碗・皿のほかにも壺、合子、水差し、甕などいろいろな種類の陶磁器が出土していて、
この地が中国からの貿易品である陶磁器を手に入れやすい環境であったことが予測されています。

 

津屋崎小学校のなかの遺跡。
問い合わせて見学することができます。興味のある方はぜひ(^^)

陶片ミュージアムの、もと。

こんにちは。花祭窯 ふじゆりです。

津屋崎陶片ミュージアム、なかなか更新が進みませんが
そうしている間に陶片は日に日に増えています。

津屋崎浜の古伊万里陶片

古伊万里が上がる津屋崎浜。
どんなふうに上がっているのかとよく聞かれるのですが
たとえば、今朝の散歩途中・・・

津屋崎浜の古伊万里陶片
どこにあるか、見えますでしょうか。
近づいてみると・・・

津屋崎浜の古伊万里陶片

はたまた

津屋崎浜の古伊万里陶片

近づいてみると・・。

津屋崎浜の古伊万里陶片

こんなふうです。
目が「陶片サーチモード」になると
意識しなくても陶片が視界に飛び込んできます(^^)

~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*

津屋崎陶片ミュージアム
http://fujiyuri.com/blog/category/tsuyazaki-oldchina-museun/

<運営責任者>
花祭窯(はなまつりがま) 藤吉有里
https://www.facebook.com/HanamatsuriKiln

~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
■蕎麦猪口倶楽部(そばちょこくらぶ)
http://sobachoko.fujiyoshikensuke.com/

復刻古伊万里からオリジナルまで。肥前陶磁の伝統と革新。
____________________________

■磁器作家・藤吉憲典(ふじよしけんすけ)

Ceramic artist Kensuke Fujiyoshi フェイスブックページ
https://www.facebook.com/KensukeFujiyoshi

藤吉憲典公式ホームページ
http://fujiyoshikensuke.com/

肥前陶磁の価値を高める仕事を通して
優れた伝統工芸文化と技術を世界へ・後世へ伝えます。
____________________________

花祭窯 〒811-3304福岡県福津市津屋崎4-8-20

津屋崎陶片ミュージアム~陶片の展示棚~

こんにちは!ふじゆりです。

津屋崎陶片ミュージアムをネット上でオープンし、
亀の歩みのようにゆっくりと紹介をはじめたところでしたが・・
なんと、リアルにディスプレイするための棚が、花祭窯に来てくれました!

津屋崎陶片ミュージアムのディスプレイ棚がきました。

ご近所さんが、もう使わないからとお譲りくださいました。
重厚な雰囲気で、400年~200年の時を越えてきた陶片を飾るのにぴったり!
ほんとうにありがとうございます。

津屋崎陶片ミュージアムのディスプレイ棚がきました。

いっぺんにたくさんを飾ることはできませんが、
ときどき入れ替えをしながら、楽しんでご覧いただけるよう
美しい展示を心がけてまいります。

現在、展示内容・方法を検討中。
オープンの暁には、あらためてご報告いたします。

どうぞお楽しみに!
といいながら、おそらく最も楽しんでいるのはわたしです(^^)

津屋崎陶片ミュージアム~これぞ初期伊万里!?~H260816001

こんにちは!ふじゆりです。

拾ってきたままになっていた陶片のなかから
ダンナが「これが初期伊万里」と出してきました。

津屋崎陶片ミュージアム初期伊万里の陶片

津屋崎陶片ミュージアム初期伊万里の陶片

津屋崎陶片ミュージアム初期伊万里の陶片

津屋崎陶片ミュージアム初期伊万里の陶片

江戸時代の初期1610年~1650年代につくられたもので
いわば日本で最初に生産された磁器の特徴を持つものが
初期伊万里と呼ばれています。

高台径が小さい
皿の中央にかけて厚手になっている呉須の発色が控えめ

などなど
「初期伊万里の特徴」と言われるものがあります。

写真のものは
高台径が小さいです。
高台がやや内側に向かって斜めに入っているのも
初期伊万里に見られる特徴のひとつだという人もあります。

皿の底部は、厚くできています。
縁が段になっているのも、初期伊万里に良く見られる形だとか。

呉須の色合いも、やわらかい発色です。
釉薬もしっとりとした感じです。
なにが描かれていたのか、この片だけでは判断が難しいですが
おおらかな筆遣いの文様です。

この1片から、ああだこうだと全体を想像してみるのが
陶片の楽しみのひとつでもあります。