2022経営指針書と、展覧会予定など。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

2022経営指針書と、展覧会予定など。

1月5日時点でほぼ書き上げていた今年度の経営指針書。自分のなかでリリースする前に、考えたいことがあり、10日ほど寝かせておりました。結果、かなりの変更を加えて、本日ようやくリリースです。

まず今年度のテーマは、書き初めでも書いた『威風堂々』と、『自由な展開』。創業25周年、次の四半世紀に向けてステップアップの土台となる一年にできるといいな、と思っています。どこにあっても、自分たちは自分たちであると、堂々としていられるように。そして、25年のなかで「これは違う」と勝手に線引きして自ら制限してきたものの縛りを解いて、もっと自由に動いてみようと。

毎年新しいことにチャレンジしてはいますが、経営指針書を書くこと自体がルーチン化して、無意識のうちに「前年に倣え」で考え方が小ぢんまりして来ているかもしれないと、年初に書いた「経営指針書」を反省したのでした。もっと自由に大風呂敷を広げます。

今年の藤吉憲典は、国内ではコロナ禍で延期してきた銀座黒田陶苑さんでの個展と、町田から青山へと移転なさった百福(ももふく)さんでの個展を予定しています。黒田さんでの個展は久しぶりになりますし、百福さん移転後の店舗では初めての開催になります。どちらも、これから先四半世紀の制作活動をワクワクと期待していただける内容にしたいと考えています。

また、状況の読めない状態が続いていたロンドンでも、12月に個展を予定しています。その時に情勢がどうなっているかはわかりませんが、開催を大前提に準備を進めます。もしかしたら作品だけの渡航になるかもしれませんが、個展を開くと決めてくださったギャラリーさん、その先にいるお客さまに喜んでいただけるよう全力を尽くします。

中長期的な展望としては、これまでとは全く異なるアプローチをいくつか発表予定です。昨年は意図せずしてその準備を進めることができましたので、流れに乗ってそのままチャレンジしていきたいと思います。ここで立てた事業計画が、年度末に計画がどのように進んでいるか、あるいは変わっているか。自分たち自身が一番楽しみにしています。さあ、がんばろう。

映画『HOUSE OF GUCCI』を観てきました。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

映画『HOUSE OF GUCCI』を観てきました。

今年密かに決めたことのひとつに「映画を月に1本は観る!」があります。我が家から最寄りの映画館はイオンモール内にあるTOHOシネマズ。毎月1日は「ファーストデイ」、毎週水曜日は「TOHOウェンズデイ」で鑑賞料が1200円になりますから、気楽に足を運びやすい環境です。まず1月の映画鑑賞は、ミッションコンプリート(笑)。

さて『HOUSE OF GUCCI』。少し前に『マトリックス レザレクションズ』を観てきたダンナが、映画館に配架されているチラシを持って帰ってきたなかにあって、見たいなぁと思っていたのでした。リドリー・スコット作品は、『ゲティ家の身代金』を観たのが2018年のことですから約4年ぶり。昨年公開の『最後の決闘裁判』を観たいと思いながら映画館に足を運ぶことが出来ず、『ナイル殺人事件』はたびたび公開が延期になって、この2月にやっと見れるかな!?というところです。

上映時間159分。最近の洋画はおしなべて上映時間が長いような気がするのは、気のせいでしょうか。でも、まったくその長さを感じさせない、むしろ、もう終わっちゃうの?もっとその先の物語を見たい!と思わせる159分でした。

同族経営のGUCCIが三代目で人手に渡ってしまう顛末の物語。その結果かどうかは別としても、GUCCIは成功復活を遂げて現在にもラグジュアリーブランドとして生きています。ファミリービジネスが大きくなりすぎて、ファミリービジネスだからこそうまく行かなくなり、ファミリーはいなくなって、ビジネスだけが残る切なさがありました。

鑑賞前に楽しみにしていたのは、レディ・ガガ、アル・パチーノと、映画に使われている洋楽の数々。期待通りに素敵でした。が、実は失礼ながら期待していなかったのにすごかったのが、アダム・ドライバー。少々ネタバレになりますが、予告編などではいかにもレディ・ガガ演じるパトリツィアが怪物のように描かれているものの、わたしにはむしろアダム・ドライバー演じるマウリツィオ・グッチの方が魔性に見えました。

『HOUSE OF GUCCI』でスタートの2022映画鑑賞。来月は何を見ようかな、楽しみです^^

郷育カレッジ講座で久しぶりに大峰山。

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郷育カレッジ講座で久しぶりに大峰山。

「沖ノ島が見える大峰山を歩こう」のタイトルで、福津市の「市観光ボランティアガイド会」の皆さんが案内してくださる講座に参加してまいりました。一昨年から始めたご近所ウォーキングの定番コースのひとつが大峰山。適度に負荷がかかりお気に入りのコースではありますが、歩きはじめるとなかなか途中で道をショートカットすることが難しいため、時間に余裕が無いと避けがちになってしまっていました。

そんなわけで、久しぶりの大峰山。朝は氷点下の冷え込みでしたが、風はさほど強くなく、お日さまも出てきて、比較的良いコンディションでのウォーキングとなりました。これなら沖ノ島も見れるかも!と期待できる空模様。観光ボランティアガイドさんの案内のおかげで、大峰山ウォークもただ歩くだけでなく「歴史探訪」となるのが、郷育講座の楽しいところ。道々の「ガイドポイント」をまとめた資料も準備してあり、ところどころ立ち止まりながら解説を聞きました。

さて講座タイトルの「沖ノ島が見える」は、この講座の楽しみのひとつです。沖ノ島は、世界遺産登録された頂上に至るまでの3か所に「見えるかもしれないポイント」があります。上の写真の場所はその一か所目。実は2年度前の同講座でも、同じ場所から写真を撮っていました(笑)。前回の講座では、よく見えなかったのでした。今回も最初は「見えませんね~」と言っていましたが、ここからさらに登って行った2か所目のポイントで「あれ!見えますよ!」と。目を凝らして見ると、霞んだ空と海の境目にうっすらと島影が見えました。今日の参加者の皆さんには縁起が良かったね♪と主催者側の一人として一安心。

それにしても山頂から眺める海の美しいこと。そういえば昨年のお正月はどこへも行けなかったので、ここから初日の出を見たのだった!と、思い出しました。一年経つのは早いようでもありながらが、その間の変化を考えると、たった一年前のことがずいぶん昔のことだったような気もするから不思議です。

郷育カレッジの「沖ノ島が見える大峰山を歩こう」講座は毎年人気の定番講座です。来年度のカリキュラムにも採用予定ですので、興味のある方(福津市民か、福津市内への通学生、通勤者に限りますが)はぜひ、参加を検討してみてくださいね♪

読書『実力も運のうち 能力主義は正義か?』(早川書房)マイケル・サンデル

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『実力も運のうち 能力主義は正義か?』(早川書房)マイケル・サンデル

つい先日『読書大全』(日経BP)からリストアップした「今年読みたい本」のなかに、マイケル・サンデル著の『これからの正義の話をしよう』がありました。刊行後すぐに気になりながら読んでいなかった本の一冊です。『これからの正義の話をしよう』は、2010年の刊行。新年早々『実力も運のうち』を図書館の新刊棚で発見しました。こちらは昨年2021年の刊行。順番は逆になるものの、ここで出会ったのもご縁だわ!と、先に読むことにいたしました。

読みはじめてすぐに、考えさせられました。それは、本書で述べられている「能力主義」の傲慢に、自分自身心あたりがあったからにほかなりません。わたしは本書でいういわゆる「エリート」とは程遠いところにいます。自営業者として常に「ちょっとしたきっかけでいつどう転ぶかわからない状況に居る」のを感じています。にもかかわらず、能力主義の傲慢の芽が自分のなかにあるのを否定できませんでした。

本書では、序論から第7章までアプローチを少しづつ変えながらも、一貫して「実力(だと本人が思っているもの)も運(すなわち偶然付与されたもの)のうち」だと認めることの意味を説いています。「やればできる!」の言葉の裏に隠れている諸刃の剣の存在を目の前につきつけられて、複雑な気持ちになりました。

近年はやりの若者言葉に「親ガチャ」というものがあると知ったのは、昨年のことだったと思います。すなわち、子どもは親を選べず、ガチャガチャのように偶然出てきた運命に従うしかないというような意味だと。親が選べないということは、育つ環境を選ぶことができないということ。この「親ガチャ」という言葉はまさに、本書で言っていることの本質をついていると思いました。

わたしにとって本書を読んでのもうひとつの収穫は、トランプ政権が米国で誕生した背景が少しは理解できたと思うこと。現代の社会を分断しているもの、格差社会を生み出しているものはいったい何なのか。それぞれの分断にそれぞれの理由がある一方で、その根底に共通して横たわっている能力主義思想の姿が見えたような気がしました。新しい資本主義が叫ばれ始めている昨今ですが(これまた実態の見えにくいものですが)、正すべき資本主義の背後にある思想を理解しないと、解決にはつながらないことがわかりました。

一人でも多くの人に読んでみて欲しいと思いました。そして、このテーマについて語り合ってみたいと思った本でした。

Simon the Rhino サイの名前が決まりました!

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Simon the Rhino サイの名前が決まりました!

昨秋、福岡アジア美術館で開催した展覧会「藤吉憲典の挑戦 古伊万里の変遷と未来 古典からアートへ」の会期中に、展覧会広報物のメインキャラクターとなった黄色いサイ(Yellow Rhino)の名前を募集しました。皆さんがとても一生懸命考えてくださったのが、とても嬉しくありがたく思いながら、検討しておりました。

命名:サイモン

ニューヨークメトロポリタンミュージアムの人気者は、William the Hippo カバのウィリアムさん。対して、Simon the Rhino サイのサイモンさんです。

藤吉憲典 サイ

サイモン=Simon=犀文

皆さんからのご提案を拝見してハッとしたのは、「サイ」にかけて、読み方の音や漢字表現に多様な意味を込めたお名前案をたくさんいただいていたこと。日本語ならではの良さ、楽しさをあらためて感じました。ダジャレ的な要素も含まれていて、肥前磁器の歴史と重なる江戸文化を思わせるものも多々。そこはぜひひとつ押さえておこう!と思いました。と同時に、日本人だけでなく海外の方にも親しみやすい(呼びやすい)名前がいいな、という気持ちがありました。既に藤吉のサイが何頭も海外に飛び出しているので。

さて、サイモン。ご提案いただいたたくさんの候補のなかにあった、数少ない英語名でした。英語名Simon(サイモン/シモン)は、もとはユダヤ名のSimeonに由来し、キリスト教十二使徒のペテロの本名がシモンということもあり、西洋世界でもよく親しまれている名前のひとつだそうです。わたしはサイモンと聞くと、サイモン&ガーファンクルのポール・サイモンだったり、デュラン・デュランのボーカルであるサイモン・ル・ボンの名前が頭に浮かびます(世代がわかりますね 笑)。この二つの例だけでも、ファーストネームにもラストネーム使われているわけで、とても一般的な名前であることがわかります。

そして「犀文(サイモン)」。犀はサイそのまま。文は文様。藤吉憲典の生み出すサイの特徴・魅力は、細かいところまでこだわった造形美に加えて、その独特の文様にあります。「サイの文様」ではなく「文様のついたサイ」ですね。「サイモン」の音に漢字を合わせるにあたり、「文」以外の選択肢は必要ありませんでした。それくらい、作者であるダンナもわたしも、しっくりきましたので、迷いなく決定。

それにしても「名前」を必死で考えたのは、我が子が生まれたとき以来のこと。その当時「名づけ辞典」的なものをたくさん図書館から借りてきて、漢字の意味を調べたり画数を確認したりしたのを思い出しました。

お名前募集の呼びかけにご協力くださいました皆さま、ほんとうにありがとうございました。これからも一層、Simon the Rhino=サイの犀文(サイモン)をよろしくお願いいたします!

ご近所の○○やさん、がある津屋崎千軒の贅沢。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

ご近所の○○やさん、がある津屋崎千軒の贅沢。

1並びの1月11日。鏡開きです。2022年の仕事始めから既に1週間経ってはいますが、鏡餅を下げると、いよいよスタートという感じがいたします。鏡餅を水に浸けて、あんこを用意して、今日の3時のおやつはぜんざいで決まり。

さてその「あんこ」。車で5分ほどのところに、和菓子屋さんも御用達の「餡やさん」があります。それだけでも近くて便利なのですが、最近は我が家から徒歩5分足らずの漁港にある「おさかなセンター」でも仕入れてくれていて、専門店のあんこを超近所で手に入れることが出来ます。贅沢。

「津屋崎千軒」の呼び名は、江戸後期から明治期にかけて海上交易と塩の製造で栄え、家が千軒もあるほどに繁栄していたという当時の隆盛ぶりから名前がついています。昭和初期までは、たくさんの商店や娯楽施設が連なり、人の行き交いが盛んだったとのこと。今はすっかりお店は少なくなってしまいましたが、それでもふだんの生活の中で「ちょっと○○屋さんに行ってくる」と立ち寄れる場所があります。

上の写真はそのひとつ、ご近所の豊村酒蔵さんで手に入れた酒粕。毎年この季節の楽しみです。12月頃になると、近所で若旦那や若奥さんを見かけるたびに「酒粕そろそろですか~?」とお伺い。あんまりしょっちゅう聞くもので、ついに「出来たらお届けしましょうか」とお気遣いさせてしまいました。寒い日は豊村さんの酒粕で作った甘酒を飲みつつ仕事をしております。

豊村酒蔵さんのついでに、お隣の藍の家を覗けば、軒先にお野菜やミカンが即売用に置いてあることがあります。藍の家はもともとお店ではないので、いつもあるわけではありませんが、あったらラッキー。「ちょっとなにか足りない」ときにお野菜ひとつ、おミカンひとつ加われば、食卓が潤うというものです。

それから、徒歩30秒!?のお茶屋さん。緑茶、干し椎茸、市指定ごみ袋などなど、こちらでいただいています。「あ、切らしてた!」と気づいたら、走って行って手に入れることができるというありがたさ。いつも買うものが決まっているので、わたしの顔を見ると察してくださいます。

お茶やさんからさらに徒歩1分ほど足を伸ばせば、着物リサイクル・レンタル・着付けの時代屋さん。先日はお茶会の数日前に着物の着付けに足りないものが発覚し、文字通り駆け込みました。困ったときの時代屋さん。世の中に着物やさんの数はどんどん減っているなかで、気軽に相談できる場所がこんなに近くにあるのは、ほんとうにありがたいこと。おかげさまで事なきを得ました。

気がつけばご近所ネタをたびたび書いています。「近所」でブログ内検索をしたら、けっこうな数が上がってきました(笑)。それだけご近所さんに助けられて日々を過ごしているということですね。ありがとうございます♪

福岡の地域情報誌『シティ情報ふくおか』のサイト【ふくつのふく】津屋崎千軒をめぐる~さくらのふくつ案内~で、津屋崎千軒の魅力を読むことができます^^

2022初釜に行って参りました。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

2022初釜に行って参りました。

まるまる2年ぶりのお茶会でした。一昨年、初釜の記事を書いたときには、予想だにしなかったことです。これまでも毎年の初釜は特別な機会でしたが、今年はまた特に特別な初釜となりました。

2年間のお休みの間、庵主の和尚様はじめ、先生方は休むことなくいろいろと考えてくださっていたのだと思います。南方流として受け継ぎ守るべき伝統と、時代に合わせてしなやかに変化させていくべきこと・新たに取り入れるもの、そして有事の時にも継続していくための在り方と。その結果としてなのでしょう、南方流としては初めての立礼での初釜となりました。

初釜は、師である和尚様のお点前をじっくり拝見することのできる貴重な機会でもあります。今回わたしの席は幸運なことにほぼ正面からお点前を拝見することができる位置でした。すっかり忘れてしまっているお点前を一緒になぞりつつ、和尚様の所作のすべての美しさに感嘆しつつ、至福の時間となりました。この席にご一緒出来るだけで幸せを感じます。そんな場所を持つことができたことが、ほんとうにありがたいことです。

初釜恒例の色紙には、竹虎図とともに「一呼百諾来一笑萬人賀(いっこすればひゃくだくしてきたりいっしょうすればばんにんがす)」とありました。「一戸百諾」と「 来一笑萬人賀 」。一声かければ多くの人が応えてくれる、笑顔と心からの言葉には万人を幸せにする力がある、といった意味だそうです。笑顔と、心からの言葉。この一年、心にとめて参ります。

初釜はお茶室のお掃除からスタート。

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初釜はお茶室のお掃除からスタート。

一昨年の初釜茶会のあとから、コロナ禍でずっとお休みになっていたお茶のお稽古。2022年の初釜から再スタートするとのご連絡をいただいたのは、昨晩秋福岡県内での一日の感染者数がゼロに近くなってからのことでした。

まるっと2年間のお休みは、南方流に入門以来初めてのことでした。2年の間に少しでも家でお稽古すればよいものの、気持ちがついてこず、結局まったく我が家のお茶室・徳利庵に座ることなく過ごしてしまいました。お点前作法をすっかり忘れてしまった…という心配はあるものの、それよりもなによりも、またお茶のお稽古に伺えることの喜び、先生や先輩同輩の方々にお会いできる嬉しさが勝ります。

さてお茶会の前日は恒例のお掃除。久しぶりに皆さんにお会いできる嬉しさにワクワクしながら行って参りました。ご挨拶を交わし、黙々とそれぞれ仕事にかかります。わたしはつくばいと、その周りの露地のお掃除を担当。庭掃除は、きれいになったと思うとだんだんと細かいところが気になってきてキリが無いのですが、「まずはこれで良し」と思えるところまですると、気持ちまで整って参ります。

お掃除から戻ったら、これまた久しぶりに袖を通す着物の着付けを復習しなければなりません。着物だって、お茶の時でなくても着ればよいものを、こちらもやはり気持ちがついてこず、前回の初釜以降袖を通しておりませんでした。ただ、この間に着物ダンスの整理整頓だけはしておいたのが、良かったです。1週間ほど前に、初釜で着る組み合わせを決めて、風を通しておりました。

さて、着付けの復習。いつもお世話になっているYouTubeの「きものん着付け動画 『袋帯の結び方(二重太鼓結び)』」をチェックです。着付け方法の動画は、いろんな方がたくさんYouTubeに上げていて、助かります。なかでもわたしはこの「きものん着付け動画」シリーズがとても分かりやすくて気に入っています。今回は、帯の結び方→着物の着方→長襦袢の着方と、遡って復習。これで、当日着付けでパニックになることは無いでしょう(笑)

掃除して、着物を用意して、と、準備をしながらお茶会への気持ちも整って参ります。

読書『読書大全』(日経BP)堀内勉、を読み直し。

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読書『読書大全』(日経BP)堀内勉、を読み直し。

2022年読書記録一発目は、昨年読んだ本の読み直しから。ブログに「読書『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる 経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)堀内勉著」をアップしているのが12月15日ですから、まだひと月経っていませんでした。今回は、今年読みたい本を本書中からピックアップする目的です。上の写真は巻末に載っている《人類の歴史に残る300冊》リストの一頁。

以下、読みたい本リスト。


資本主義/経済/経営
  • 『経済学は人びとを幸福にできるか』宇沢弘文
  • 『現代の経営』ピーター・ドラッカー
  • 『貧困のない世界を創る』ムハマド・ユヌス
  • 『LIFE SHIFT』リンダ・グラットン/アンドリュー・スコット
  • 『モラル・エコノミー』サミュエル・ボウルズ
  • 『良き社会のための経済学』ジャン・ティロール
宗教/哲学/思想
  • 『ギルガメッシュ叙事詩』作者不詳
  • 『ヴェーダ』作者不詳
  • 『イーリアス』『オデュッセイア』ホメロス
  • 『ソクラテスの弁明』プラトン
  • 『ニコマコス倫理学』アリストテレス
  • 『語録 要録』エピクテトス
  • 『中論』龍樹
  • 『正法眼蔵』道元
  • 『方法序説』ルネ・デカルト
  • 『判断力批判』イマヌエル・カント
  • 『ツァラトゥストラはこう言った』フリードリヒ・ニーチェ
  • 『善の研究』西田幾多郎
  • 『存在と時間』マルティン・ハイデッガー
  • 『ポスト・モダンの条件』ジャン=フランソワ・リオタール
  • 『これからの正義の話をしよう』マイケル・サンデル
国家/政治/社会
  • 『孫子』孫武
  • 『君主論』ニッコロ・マキャベリ
  • 『法の精神』シャルル・ド・モンテスキュー
  • 『ひとはなぜ戦争をするのか』アルベルト・アインシュタイン/ジークムント・フロイト
歴史/文明/人類
  • 『文明の衝突』サミュエル・ハンチントン
  • 『人口減少社会のデザイン』広井良典
自然/科学
  • 『生物から見た世界』ヤーコプ・フォン・ユクスキュル
  • 『沈黙の春』レイチェル・カーソン
人生/教育/芸術
  • 『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』レオナルド・ダ・ヴィンチ
  • 『エミール』ジャン=ジャック・ルソー
  • 『自助論』サミュエル・スマイルズ
  • 『大学教育について』ジョン・スチュアート・ミル
  • 『民衆の芸術』ウィリアム・モリス
  • 『幸福論』アラン
  • 『夜と霧』ヴィクトール・フランクル
  • 『美術の物語』エルンスト・H・ゴンブリッジ
日本論
  • 『古事記』稗田阿礼/太安万侶
  • 『日本書紀』舎人親王
  • 『代表的日本人』内村鑑三
  • 『禅と日本文化』鈴木大拙

『読書大全』(日経BP)堀内勉より


計42冊をピックアップ。分野により冊数の多い少ないがあるのは、今の自分の関心のありかを物語っていると思います。既に読んだことのある本も何冊か含まれています。このリスト以外の本もたくさん手に取ると思うので、こればかり読むのではありませんが、年末までにこのなかから何冊読み進むものか、楽しみです。

本書の帯裏面に書いてある『重大な選択を迫られたとき、危機的な状況に陥ったとき、人生の岐路に立たされたとき……真の読書体験が、正解のない問いに答えるための「一筋の光明」となる。』は、きっとそうに違いないと思います。具体的にどの本に書いてあった何が解決に導く、ということでは無いものの、「答えを出す自分」を支える芯を強くしなやかにするのに、読書が役に立つことは間違いないと信じています。

今年もワクワク読書スタートです♪

書き初め2022は「威風堂々」。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

書き初め2022は「威風堂々」。

意味は「威厳があって堂々としているさま」(Weblio辞書より)。毎年「書き初めに何を書くか」を考えるのも楽しい作業なのですが、今年は考えるより先に頭のなかに音が流れてきましたので、即決。初めに音ありきでしたので、わたし自身がこの言葉に込める意味は、特にありませんでした。

昨年一年間は、書道のお稽古をほとんどしていませんでした。「風」の字が苦手なんだよなぁと思いつつ、まあ書き初めですから勢いで良しということで。でも今年は書道部@花祭窯を復活しようと決意いたしました。

2022書き初め

イギリスの作曲家エドワード・エルガー作曲の行進曲のタイトルです。原題は「Pomp and Circumstance March No 1, ‘Land of Hope and Glory’」ですので、直訳すると前半部分は「華やかな、そして、儀式ばった」とでもいうところでしょうか。威風堂々とは、よく訳したものだなぁ、と思います。後半部分は「希望と栄光の地」で、英国の第二の国歌とも言われているそうですね。

さて今年の書き初めも、昨年に引き続き1時間ごとの予約定員制で、ふだんからよく顔を合わせているご近所さん中心に声をかけました。10時のスタートから最終は16時台まで、今年も20名以上の皆さんに、書き初めをしていただくことができました。一緒に書く人数が少ないと、ワイワイとした賑やかさは無いものの、集中しやすい環境にはなりそうです。これはこれで良いかもね♪とは、書道の先生を務めるダンナの弁。

皆さん書き初めで書いたものを、ご自宅や仕事場に飾って一年間を過ごしてくださっているようで、それがとっても嬉しいです。わたしも仕事デスク前にペタリ。顔を上げればいつでも「威風堂々」の文字が目に入ります。いつどこにあっても謙虚に淡々と、結果として威風堂々たる佇まいが身に付くといいな♪と思いつつ。