こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。
読書『国宝(上・下)』(朝日新聞社)吉田修一著
映画『国宝』を観たのは、昨年7月のことでしたので、約一年前ですね。なんだかもっと前だったような気もします。映画が公開されてすぐのころに、まずは本を読もうかしらと図書館で調べたら、もちろん蔵書としてあるのだけれど「予約待ち」が大人数になっていて、そりゃそうよね、と諦めたのでした。
先日、いつものカメリアステージ図書館で、「戻ってきた本」が載っているブックトラックのなかに『国宝』発見。上下巻ともありましたので、ラッキー♪とばかりにまとめて借りて参りました。映画も3時間近くでしたので、その元になっている小説のボリュームやいかに、です。分厚い2冊組、さぞかし読むのに時間がかかるだろうな、と覚悟しておりましたが、まあ引き込まれて、思いのほか早く読了。
読みながらまず思ったのは、映画を先に観ていて良かった!でした。というのも、文中に歌舞伎の演目に関する解説などが随所にあり、まあまあのボリュームでしたので、映画を観ていなかったら、読むのに一苦労、という感じになっていたかもしれません。わたしが歌舞伎を劇場で観たことがあるのはほんの数回ですので、舞台のイメージも限られていて、演目を言われてもわかりません。でも映画でばっちり取り上げられていた藤娘や曽根崎心中をはじめとした演目は、観ていたおかげで美しいイメージが思い出され、本を読むのに助けになりました。
映画の脚本には入っていなかったエピソードや、書き換えられているもののなかに、小説で読み直すことで無理なく繋がるものがいくつもありました。「あのシーンは、原作ではこうだったのね」というところを知ることができたのは、良かったです。わたし個人的には、小説のほうが良い、映画のほうが良い、というようなものではなく、映画を観た後に小説で答え合わせというか、間違い探しというか、補完することができてよかったな、と。
特にラストに向かって、小説と映画とのギャップを面白く感じました。実は映画を観た後に、わたしは個人的には、国宝受賞後のインタビューシーン(娘による)は、あれは要らなかったよなぁ、と感じていました。あまりにも俗っぽ過ぎるなぁ、と。でもあのシーンは映画用に作られたものだったのですね。小説では「国宝受賞」の事実は語られていますが、あくまでも周りの人の間で語られるばかりで、当の主人公はその事実にかかわらないままに終わります。うん、この方が自然よね、と感じました。一方、小説でのラストシーンがあまりにも劇的な感じで、これはこれでちょっとやりすぎ!?と思ったり。
ともあれ、原作小説読んで良かったです。すごい本でした。
