『炎芸術』153号に掲載されました。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

『炎芸術』153号に掲載されました。

2023年2月1日阿部出版さんから発刊の『炎芸術』153号 特集「染付 憧れの青」に、染付作家の一人として、藤吉憲典も取り上げていただきました。

『炎芸術』といえば、陶芸業界の有名誌。前回取り上げていただいたのは2018年冬でしたので、おおよそ4年ぶりです。長年藤吉憲典を追ってくださっている編集担当者さんに、心より感謝です。ありがとうございます。

今回の特集号、面白いな、と思ったのは、もともとは染付をやっていなかった作家さん、土ものの作家さんとして知られていた方などのお名前が、「染付作家」として何人も上がっていたこと。それはつまり「染付」そのものが、今、注目を浴びているということなのかもしれませんね。今回の特集では、実にさまざまな在り方の染付を拝見することが出来ます。わたしはふだん業界(同業者)情報をほとんど入れず、藤吉の作風もまた世間の流れとは全く関係のないところにあるため、誌面から漂うある種「ブーム」的な雰囲気に、新鮮な驚きを感じました。

ともあれ染付の魅力が、作る人、使う人どちらにもどんどん広がっていくことは、とても嬉しいことです。作り手からみれば、染付は数ある陶芸表現技法のなかのひとつ。それぞれの表現方法と考え方とが、興味深く拝見できる誌面でした。そんななか、藤吉憲典が提供したのは、祥瑞の三段重箱に、手付きの酒器(チロリ)。いずれも、古典の文様・カタチを用いながら、そのまま写したものではなく、時代をミックスさせています。なので、実は古典にありそうでなかったもの、なのですね。そのあたりの面白さも感じながらご覧いただけると幸いです。

『炎芸術』153号 特集「染付 憧れの青」 藤吉憲典

『炎芸術』153号 特集「染付 憧れの青」

藤吉憲典アート作品の、国内トップコレクターさんのまなざし。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

藤吉憲典アート作品の、国内トップコレクターさんのまなざし。

藤吉憲典のアート作品は、ほとんどが海外に出ている現状ですが、国内でも蒐集してくださっているお客さまがいらっしゃいます。昨日は、現在国内で一番のコレクターでいらっしゃるお客さまが、オーダーしていた作品を取りにいらっしゃいました。

そもそものスタートは、サイ好きのコレクターさんが、藤吉のつくるサイを目にする機会があり、気に入って、ご自身の「サイのコレクション」に加えたいとオーダーしてくださったこと。現在優に100頭を超えるサイがコレクションルームに並んでいるそうです。その一部を写真で拝見しましたが、サイズもさまざまなら素材も多様なサイのオブジェが、生き生きとした風情で並んでいました。そのなかには、もちろん藤吉憲典作のサイ達の姿も。

あくまでもアートコレクターではなく、サイのコレクター。お話していて伝わってくるのは、サイへのあふれる愛情です。そして、大好きなサイを緻密に魅力的に表現していることが嬉しいと、藤吉作品について語ってくださる評価眼。「好き」をモチベーションとするコレクター魂があふれていました。「自分の好きなもの」について笑顔で語るコレクターさんのお話を伺いながら、こういう方のところにオブジェをお届け出来るのは、とても嬉しく幸せな仕事だとつくづく。

そもそも、市場の評価とは関係無しに自分の好きなものを追及する姿勢は、アート市場においても原点であったはずだと思うのです。わたしたちは、好きで手に入れた作品はいくらお金を積まれても手放したくない、というコレクターさんのところにこそ、作品をお届けしたいと思っています。なにを甘いことを、と言われる向きもあるかもしれません。が、転売によって表面的な価格価値を高めるものではなく、「オーナーに末永く愛されるもの」こそがわたしたちの目指すべきアートの評価です。それで良いのだと、コレクターさんのまなざしを通して、あらためて信じることが出来ました。

作家は自分の作りたいものだけを作る、これは大前提でありつつも、こんなふうに高く評価し購入してくださるコレクターさんがいらっしゃるからこそ、さらに制作のモチベーションが上がるというのもまた真なのです。素晴らしいお客さまに恵まれているラッキーを実感した一日でした。

読書『ヘルンとセツ』(NHK出版)田渕久美子著

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読書『ヘルンとセツ』(NHK出版)田渕久美子著

いつものカメリアステージ図書館新刊棚。なんとなく手に取りました。ほんとうに、なんとなく。「ヘルンとセツ」と言われてもなにひとつピンとこず、家に帰ってページを開いて、「小泉家」「島根」「ハーン」と単語が目に入ってきてようやく、「小泉八雲」の名前に思い至りました。上の写真は我が家の近所の神社の様子ですが、ヘルン(ラフカディオ・ハーン)もこのような神社のお祭りに感動していたのだろうな、と。

江戸幕府から明治政府への激動期、歴史の表舞台には登場しない、地方の人々の様子が伝わってくる物語でした。なかでも「士農工商」の身分制度崩壊がもたらした悲喜こもごもは、わたしはこれまで深く考えたことがありませんでしたので、少なからず驚きをもって読みました。制度崩壊によって、チャンス到来と頑張る人、生きる気力をなくす人。いつの世も、民が国の政治に振り回されるのは「仕方がない」ことなのかもしれませんが、やはり近現代における「明治維新」と「第二次世界大戦敗戦」による価値観の大転換は、あまりにも厳しい現実だったのでは、という思いをあらたにしました。

それにしても、西欧化に突き進む日本に対する、ハーンの諭すセリフの数々が刺さりました。今の時代に生きる我々に必要な視点が、そこにあると感じました。特に「日本は神道と仏教が喧嘩もせず、仲良く並び立てる国です。一方、欧米はひとつの神だけが正しいのだと言い張る国であり、そこには、個人主義がはびこります。自分さえ良ければいい、自分の国だけが大きくなればいい、そうした考え方を招きます」(『ヘルンとセツ』より)のセリフは、考えさせられました。

実は、読み終わって初めて著者名を確認しました。田渕久美子さんって聞いたことがあるなぁ…と、著者プロフィールを拝見して納得。NHK大河ドラマ『篤姫』『江』をはじめ、脚本家として有名な方でした。著作もたくさんあるのですね。『ヘルンとセツ』面白くてサクッと読了しましたので、ほかの著書も読んでみようかな、と思います。

本書を通して描かれる島根出雲の地が、とても魅力的に思えました。わたしは島根は津和野あたりにしか足を運んだことがありませんが、ずっと行ってみたいと思っている足立美術館もあることですし、ゆっくり滞在の旅を計画したいところです。

ヘルンとセツ』(NHK出版)田渕久美子著

久しぶりのお茶のお稽古で、気分晴々。

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久しぶりのお茶のお稽古で、気分晴々。

約2か月ぶりにお稽古に参加して参りました。12月は外せない仕事のスケジュールが稽古日に重なり、1月は初釜茶会には参加したものの、稽古日は暴風雪により博多に出れずと、すっかりご無沙汰してしまいました。

穏やかなお天気となった昨日は、お稽古の開始時間に合わせてお茶室に入りました。既に何人もの方がお見えになっていたので、まずは皆さんのお点前を拝見。ちょうどわたしと同じお点前をなさっている方がいらっしゃったので、拝見しつつ復習です。

現在わたしがお稽古をしているのは、奥点前のひとつ「盆点て」。ひとつのお点前を1年間通してお稽古することで身に着けていきます。コロナ禍下でのお稽古お休み期間を経て、盆点てのお稽古を再開してから、この春で一年になります。が、未だ「身に付いた」という感覚とは程遠く。進んでは戻り、の繰り返しです。

そんなわたしに呆れた顔もせず、淡々と稽古をつけてくださる先生方には、ほんとうに頭が下がる思いです。そして、炉の前に座り、ひとつひとつの所作を確認しながらお点前をしていくと、それが間違えながらではあっても、終わったときにはとてもすっきりとした気持ちになるのですから、ほんとうに不思議です。

思うに、一つ一つの所作に集中するときには、日頃常に頭の片隅にある仕事のこともすっかり吹き飛んでいるのが、良いのだと思います。間違えながらやっていても、「今のこの動作」に集中できているときは、大丈夫なのですね。同じようなミスでも、集中できていないときには、即座に先生から「心ここにあらず」と声が飛んできます。

そんなわけで、久しぶりのお稽古で、頭の中がすっきりとリフレッシュ。やっぱりお茶は良いですね♪

読書『世界を魅了する日本の現代陶芸』(光村推古書院)ジョーン・B・マービス著

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『世界を魅了する日本の現代陶芸』(光村推古書院)ジョーン・B・マービス著

先日読んだ、映画字幕翻訳のパイオニア・戸田奈津子さんと、米国における日本美術研究の第一人者・村瀬実恵子さんとの対談集『枯れてこそ美しく』のなかで、村瀬さんの教え子の一人が、日本の現代陶芸をアメリカに紹介して大きな成果を上げておられることを知りました。

ジョーン・B・マービスさんと、お名前が載っていましたので、さっそく検索。彼女自身による、日本の現代陶芸をアメリカに広めた経緯をまとめた書籍がすぐにヒットしました。2019年発刊と最近のものでしたので、これは読んでみなければと、手に入れたのでした。

カラー写真が豊富で、展覧会図録のような雰囲気です。テキストは、左側に日本語、右側に英語と、両方で書かれています。対談も含まれており、もとの原稿が日本語で書かれたものと英語で書かれたもの、両方あったようですね。翻訳には「和→英」「英→和」総勢3名の翻訳者のお名前が挙がっていました。これは、アート分野の英語学習にもかなり使えそうです。

日本の陶芸界で近現代名前が挙がる作家が紹介されています。「最近20年間における日本の現代陶芸に対する西洋の関心の盛り上がり、その背景にある様々な要因を、芸術的、経済的、社会的側面から探ってみたい」というのが、本書の第一の目的として挙げられていました。その魅力に日本人だけが気がついていない、とする著者の言葉には、並々ならぬ熱意を感じました。と同時に、「現代アート」に対して「陶芸」の地位が低く評価されることに対するいら立ちも感じられました。

アメリカの方々が日本の現代(近代)陶芸をどう見ているのか、何を見ているのか、その視点を探るのに、分かりやすい本です。また日本陶芸界の近代史をおさらいするのにも、ぴったりの内容でした。今後の海外市場へのアプローチに、このような視点があるということを知っておくことは、とても勉強になりました。

それにしても、戸田奈津子さんが好きで気軽に手に取った対談本『枯れてこそ美しく』から、自分の仕事に直結するようなヒントが広がってきたことの面白さ。やっぱりつながっているんだなぁ、と一人頷きました。

世界を魅了する日本の現代陶芸』(光村推古書院)ジョーン・B・マービス著

読書『青いパステル画の男』(新潮社)アントワーヌ・ローラン著/吉田洋之訳

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読書『青いパステル画の男』(新潮社)アントワーヌ・ローラン著/吉田洋之訳

いつものカメリアステージ図書館新刊棚より。タイトルのリズムと装丁になんだか親しみを感じて、手に取りました。家についてページをめくり、なるほどその理由が判明、昨年読んだ『赤いモレスキンの女』と同じ作者でした。

出版社も訳者も同じということで、既視感があったのですね。

本書『青いパステル画の男』もまた「大人のおとぎ話」と評されています。骨董収集が趣味の男が巻き込まれる不思議な物語。新潮社の本書紹介サイトで、骨董に造詣の深い青柳龍太氏が書評を書いています。とても興味深いので、ぜひ読んで欲しい書評です。本書内、主人公がパリのオークションハウスで「青いパステル画」を競り落とすシーンは、とても切実に描かれていました。そんな象徴的なシーンを中心に、骨董収集に取りつかれた人が陥る悲喜こもごもがとても人間的で、悲しくも面白いのです。

個人的には、主人公が影響を受けた、骨董蒐集家であった伯父の言葉が、とても響きました。いわく「もし君が本物のコレクターになりたいなら、知っておかなきゃいけないことがある。オブジェ、本物のオブジェは、持っていた人の記憶を抱えているということ」(『青いパステル画の男』より)。このセリフは、現代においてアートオブジェを世に出している作家側の人間として、わたしに重く響きました。「本物のオブジェが、持っていた人の記憶を抱えている」ということは、「持っていた人の記憶を抱える力を持っていないオブジェは、本物とは言えない」ということだからです。それが「オブジェに魂がある」ということならば、まさにその通りだと思いました。

このように、自分自身の仕事とのつながりから考えさせられることもあり、とても面白い読書となりました。

『青いパステル画の男』(新潮社)アントワーヌ・ローラン著/吉田洋之訳

今年も波折神社で豆まき神事♪

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

今年も波折神社で豆まき神事♪

節分の豆まきは、年中行事のなかでも特にワクワクするもののひとつ。我が家では毎年家中豆だらけにしています。ここ津屋崎に越してきてからは、我が家での豆まきに加えて、氏神様波折神社での豆まきに参加するのが楽しみな恒例行事。今年も行って参りました!

コロナ禍前までは、近所の保育園の園児たちが集まったり、小学生が地域学習の一環で参加したりと、賑やかでした。今年は保育園や小学校には、神社から出前することにしたそうで、境内はちょっぴり寂しく。来年あたりには、コロナ前のやり方に復活できるといいね、とご近所さんとおしゃべりしつつ、開始を待ちました。

まずは本殿で、年男年女の皆さんにお祓いの祝詞が挙げられました。本殿前のわたしたちにも、神主さんが榊を持ってきてくださいましたので、頭を下げてお祓いを受けます。神事が終わるといよいよ豆まき。今年は集まった人数もちょっと少ないなぁ、と思っていましたが、いざ豆まきがはじまると、境内は一気に活気づきました。

藤吉家代表として参加したので、家族の人数分は頑張って確保せねば!と臨みました。豆を投げるのは神主さんと氏子総代の方々と、年男年女の皆さん。知った顔を見つけては「○○さん!こっちこっち!」と声かけです。遠くに近くに、正面に側面に、まんべんなく撒くのもたいへんそうです。飛んでいるものをキャッチしたり、落下したものを拾ったり、おかげさまでなんとか家族分を確保することが出来ました。

豆まきが終われば立春。気持ちは春に向かいます。

読書『枯れてこそ美しく』(集英社)戸田奈津子・村瀬実恵子共著

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

読書『枯れてこそ美しく』(集英社)戸田奈津子・村瀬実恵子共著

映画字幕翻訳のパイオニア・戸田奈津子さんと、米国における日本美術研究の第一人者・村瀬実恵子さんとの対談集。コロナ禍下、東京とニューヨークをZoomでつないで実現した対談ということです。

1936年生まれの戸田さんと、1924年生まれの村瀬さん。お二人の年齢からでしょう、タイトルには「枯れて」の文字が入っていますが、どうしてどうしてお二人ともエネルギーにあふれています。読み終わったときには、この「枯れて」には何か別の意味が含まれていたのではないか、その意図を探さねば、という思いに駆られました。

わたしは本書を読むまで村瀬実恵子さんをまったく存じ上げなかったのですが、アメリカの美術界では知らないひとはいないというお方だそうです。元コロンビア大学教授でメトロポリタン美術館東洋部日本美術特別顧問。50年前から、アメリカでは当時ほとんど知られていなかった日本美術の芸術性、美しさを伝えてきた第一人者(集英社サイトより)とのことです。

そんな「最前線」を突っ走ってこられたお二人のやりとりは、機知に富み、人生を生き抜く力、責任と覚悟がビシビシと伝わってくるものでした。テーマは「おしゃれ」「キャリア」「運命の出会い」「仕事の意味」「美」「楽しみ」「人との付き合い」「終活」と続きます。ストレートなお二人の言葉は厳しさも含んではいるものの、どの談のトークも面白く。読んでいて励まされ、わたしももっと頑張ろう、頑張れる!と思わされました。

最終章「終活」のところでの、日本についての村瀬さんの見解が、とても重く痛かったです。いわく「そういうことに人々が関心を持つのは、国としても、個人としても理想像がないからでしょうね。小さく、小さく、小さくなっていくのね。日本という国はもう、そんなに遠くない将来になくなるのかもしれませんね。どういう形で消滅するかは興味もあるし、ちょっと長生きして見届けたい気持ちもあります。」(『枯れてこそ美しく』より)と。

日本に生きる私たちは、そんな現状をどうやって打開して行ったらよいのでしょう。巻末最後の最後で、大きなテーマを突き付けられました。

『枯れてこそ美しく』(集英社)戸田奈津子・村瀬実恵子共著

古い片口鉢を花器に、白梅が咲きました。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

古い片口鉢を花器に、白梅が咲きました。

お正月用にと佐賀花祭から採ってきた白梅。お正月飾りはとっくに片付けたのですが、活けた枝ものが元気だったので、そのまま玄関周りに飾っておりました。昨年末に活けたときにはまだ固く緑色だったつぼみが、少しづつ膨らんで白い花弁が見えてきたかと思ったら、ここ数日の寒の緩みで、花開きました。

白梅

花器に使っている唐津の片口鉢は、作り手知らずですが、ぽってりとした姿が愛らしく、口が欠けたからと捨てようとなさっていたご近所さんから譲っていただいたもの。昭和初期辺りのものではないかと思います。計量カップとして活躍したのであろうことがイメージできる姿。姿の良い器は、食器としては使えなくなっても、なかに剣山を仕込めば、花器として大活躍してくれます。

欠けた部分の直しは、食器として使い続けるには、それなりに配慮したもの、やはり本漆できちんと直すのが一番安心です。けれども花器として使うのならば、食器ほどには神経を使わずとも、ホームセンターなどで手に入れることのできる「磁器用の接着剤」を使って補修することも可能です。本格的に直そうと思えば、それなりに費用も手間も時間も掛かりますが、このあたりうまく使い分け、役割を変えることで、お気に入りの器を身近に置いて使い続けることが出来ますね。

小学校で、キャリア教育のゲストティーチャー。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

小学校で、キャリア教育のゲストティーチャー。

ここ福津市は、地域と小中学校の連携が進んでいる方だと思います。「コミュニティスクール」と称し、さまざまなアプローチで、地域と学校が一緒に活動しています。そんな活動のひとつとして、卒業を間近に控えた小学6年生への「キャリア教育」で、ゲストティーチャーをしませんか?というお誘いを受けました。

具体的には、自分が今やっている仕事を20分ほどで説明し、子どもたちに伝えたいことを話す、というものです。二日間にわたり、総勢24名の様々な職業をもつゲストティーチャーが、小学校に集合。そのなかの一人として、「窯元おかみ」「アートエデュケーター」二つの仕事の紹介をしてまいりました。

まず準備で頭を抱えました。小学6年生にわかりやすく伝えるために、どんな言葉を使って、どのように説明したらよいのか。「窯元おかみ」も「アートエデュケーター」も、小学生にとっては耳馴染みの無い単語でしょうし、まったくイメージがわかないだろうな、と。「陶芸家」の説明の方が簡単そうだなぁ、と思いながら資料作り。アートエデュケーションの講座は子ども向けにできるのに、自分自身の仕事を伝えるとなると難しく。

当日は、できるだけ平易に話そうと思いながら、子どもたちの反応を見つつ進めました。実際に質問してみたところ「学芸員」という職業も、知らない子がほとんどでした。自分が小学生だったころを考えると、たしかにそうかも知れないな、と。そんなわけで、伝わったかなぁ…の不安はぬぐえませんが、それでも楽しい時間となりました。その一因は、「将来、美術を使った仕事をしたい」という子が、思ったよりも多くいたこと。そのなかの一人にでも、何か伝わるものがあったら嬉しいな、と思いつつ。

ところでこの試みは昨年度からスタートして2回目だということで、現時点で市内の小学校がすべて行っているわけでもありません。小学生の時からキャリア教育というのは、今の時代、時期尚早とはいえないでしょう。世の中にいろいろな職業があることが現実的に理解できるようになるというだけでも、素晴らしい機会です。これからもっと広がり、継続的に開催されるようになるといいですね。

ちなみにゲストティーチャーとして参加した方々の職業は、工学系研究者、ドローンオペレーター、助産師、看護師、障がい者就労支援、弁護士、グラフィックデザイナー、自衛官、歯科医師、プロバスケットボール選手、保育園園長、美容師、新幹線運転手、獣医師、大学教授、人事コンサルタント、バレリーナ、大学教授、フィナンシャルプランナー、フレンチシェフ、システムエンジニア、警察官、スポーツクラブ経営者…とほんとうにさまざま。わたしは新幹線運転手の方と一緒の教室で、子どもたちに混ざって話を聴くことが出来ました。ラッキーでした。