こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。
再々読書『The Book of Tea 茶の本』(IBCパブリッシング)岡倉天心
先日『禅と日本文化』を読みましたので、その流れで復習しようと、本書を引っ張り出してまいりました。再読書!と思いきや、どうやら3周目。最初は2015年、次は2022年。ブログの読書記録を見直すと、読むたびにどんなところに自分が引っかかっているのかがわかり、変わらないところと変わるところがあるのが面白いです。
というわけで3回目の『茶の本』、以下備忘。
- 西洋がもっぱら「物質」や「理性」を重視するのに対して、日本は「審美」や「内省」を重んじる(松岡正剛氏による前書き「生の芸術の響き」より)
- 紛れもなく「生の術」である茶道(「死の術」である武士道に対して)
- (道教の教義を多く受け入れていた南方の禅宗で禅僧らが1個の茶碗から茶を飲んだ)この禅の儀式が、やがて15世紀の日本の茶の湯へと発展
- 宋の茶は1191年、南方禅の流派に学んでいた栄西禅師の帰国とともに日本に伝来
- (南方禅の広がりとともに)宋の茶の儀式と茶の理想も伝わった。15世紀の将軍足利義政の時代までには、茶の湯は完成
- あなたの美的感情を受け入れ、極限まで満たせるような虚
- ありふれた日常の事が、精神的なことと同じくらい重要
- (茶道の理想は)人生の些細な出来事の中に偉大なものを認識する(という禅の考えからきている)
- 見渡せば 花ももみぢも なかりけり 浦の苫屋の 秋の夕暮れ(藤原定家)
- 現在をより楽しむ
- 過去の創造を無視するのではなく、それを自分たちの意識の中に取り込んで吸収しなくてはいけない
- 芸術は普遍的な言語
- 今日の芸術はまさしくわれわれのものであり、われわれの姿を映している
- 現在こそが永遠である
- 完璧なものは、見つけることさえできればいたるところにある
3回目の読書でまず「おお!」と思ったのは、岡倉天心の熱量でした。憤りの大きさがストレートに伝わってくる文章が随所に見られ、この方はすごく怒っていたんだなぁ、と、改めて思いました。本書の良いところは、日英の文章が見開きで両側にあるので、対応する箇所をすぐに確認できるところです。なるほど最初に英語で記述しているから、余計に直接的な言いようになっているのかもしれないな、などと思いつつ。次に読むときには、どんな読み方になるのか、我がことながら楽しみです^^
