なにごとも「分析の前に観察」が大切なのだと気づく。

こんにちは。花祭窯おかみ/アートエデュケーターふじゆりです。

なにごとも「分析の前に観察」が大切なのだと気づく。

映画『ラ・ラ・ランド』のオープニングである約3分間のミュージカルシーンについて、評論家だったり文筆家であったりする岡田斗司夫氏が解説しているYouTube動画を、拝見。動画のタイトル「OTAKING explains “LA LA LAND”」のとおり、映画評論というよりは好きな人が趣味で説明している感満載の、熱い解説でした。

わたしは『ラ・ラ・ランド』は映画館で観ました。オープニングシーンの満足度があまりにも高くて、ストーリーがはじまる前に、もうこれで映画館出てもいいかもと感じたのを思い出しました。まるでエンディングのような3分間だったのです。その3分間を徹底解説するというのですから、興味が湧かないはずがありません。

その 「OTAKING explains “LA LA LAND”」 で、冒頭に岡田氏がおっしゃっていたのが「分析するより先に、観察した方がいいんです」ということ。理由は、先に分析してしまうと、その分析を補完するための観察になってしまうから。自分の仮定した分析を正当化する方向で観察してしまうのですね。ご本人を含め評論や批評を仕事にしている人にありがちな、良くない傾向なのだとおっしゃっていました。

その岡田氏の言葉を聞いて思い出したのが、以前読んだ本『知覚力を磨く 絵画を観察するように世界を見る技法』(ダイヤモンド社)。この本では、思考の前提となる認知=知覚の重要性が説かれていました。まずは「純粋によく見る」ことが、その後の思考を支えるため、鑑賞力(見る力)を鍛えることが大切であると。絵画鑑賞でも、映画鑑賞でも、日常生活の意思決定の場面でも、「よく見る」から始まるのだなぁと、あらためて思いました。上の写真はその本の目次ページ。

岡田氏の「ラ・ラ・ランド」観察力は、対象への興味であるとともに、「なぜ自分はこれにそんなに惹かれるのか」という自分自身への探求でもありました。映画を観たときの感動は、楽しかった・悲しかったなどの単純な感情だけではなく、ふだんは表に出てこない、自分のなかの「何か」が反応しているということ。じっくり観察していくことで、自分の心の奥底にしまい込んでいたものを発見することができます。美術鑑賞(対話型美術鑑賞法)とまったく同じプロセスであり、思いがけず勉強になりました。それにしてもその観察方法の徹底ぶりに、大笑いしつつ脱帽しました。

「OTAKING explains “LA LA LAND”」 は1時間近い動画でした。ふだんユーチューブで見るのは15分が限界のわたしですが、面白く拝見しました。興味のある方はYouTubeで検索してみてくださいね^^